断捨離は私には馴染まない

私は「断捨離」なる言葉が嫌い、というか断捨離を流行り言葉のように
使う方々に疑問を抱く。

捨てるなら、何故それを入手したのか・・・
不要になったのか、壊れたのか?
壊れたら修理すべきだし、不要なら貰い手を探すべき、捨てるとは・・・

失礼ながら「捨てる」のは購入時に「目利き」が出来ないか、安物を
買ったのではないかと思う。
吟味して買えば、捨てることはないし邪魔にはならない。

断捨離はその意味ではないと言われそうだが、私が言いたいのは、何でも
捨てて、自分の周りだけは「身軽・整理」したいとの思いで、この言葉を
使う方々である。私は、この方々をこっそり「タコ」呼ぶ、理由は蛸は
自分の住処の中のゴミは、全て外にマメに出す。
海中で蛸壺等を見つけたら、中に石を入れる。中に蛸が居れば、即座に
投げ出してくる、何度入れてもすぐに出す、よく似ている・・・

それと、道具をやたら整理して収納したがる方にも疑問がある。
仕舞い込むと、片付いているようにみえるけど、実は使わない事に
なってしまう。そして「不要品」になると思う。

収納してあると外見が良いだけである。豊かな生活は「整理」ではない。
加齢で記憶力が落ちると、道具の存在を忘れてしまう。
日本家屋は住居部分は道具の収納には向いていない、納屋や蔵に収納するよ
うに出来ている。
最近の住居はクローゼットや収納庫を屋内に設置してあるが、さほど
容量は期待できないし、天井近くまであるので、仕舞い込むと取り出し
が面倒になる。

私はキッチン用品がやたら多い、レストランがやれるほど所持している。
でも、不要品は無い、ちゃんと使っている、時々お客さんをお招きするが
道具が半分以上仕事をしてくれるのです。

カメラも同じ、沢山もってるけど、どれもちゃんと使っている、ないと困る。
パソコンも同じ、どれもこれも用途別に使わけている、無いと困る。

使い込む事で、そのモノとの記憶の絆が生まれる。ああ、あの時買ったモノだと。
良い思い出は、そのモノを手に取った時、使った時に蘇ってくる、捨ててしまえば
その記憶は蘇るだろうか、簡単にモノを始末する方は、その記憶に未練はないのだ
ろうか・・・・・

3年前に投稿したものを加筆修正しました


わかお かずまさ
VegaSystems

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