《眼福(104)“端午の節供!?!”❖21-126❖》

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我が家の玄関、孫の初節供を思って飾った可愛い人形。

《“至福の懐い!?!”❖2021/5/5❖》
端午の節供、こどもの日、皐月晴れ、これ等の表現がとっても似合う5月5日。
僕にとって今年の5月5日は、 感慨深く昔を思い出し、感慨深い日となった。
今年も連休の間に、山での事故報道を目にして、とても心が傷んだ。
遭難事故は、現場にいた者でないと。。。一般論で専門家が指摘して欲しくない。
マスコミ報道者は、真摯に事故を分析し、より良き登山への提言をしてほしく思う。
遭難事故の報道に、自分の青春時代が重なって辛い部分もあったが、、、。
冬山経験(高所登山)がない(僕の事)者が、3月の穂高岳奥又白を登る??
そこで雪崩遭難、無謀のひとことだった!!先輩がなくなり新人が助かった。
僕にしてみると複雑、今でも参加を許してくれた先輩たちに感謝してる。
以後、山行を重ね、夏の欧州ALPSで凍傷、足指を切る所だった。
その翌年の5月連休、剣岳・三の窓合宿に参加できた。合宿は、厳冬と夏が一緒??
猛吹雪の翌日は、夏模様で八ツ峰の壁々を連続登攀でき最良の思い出。
下山は、落っこちるように三の窓雪渓をグリセード、黒部の十字峡~黒四ダム。
登山したものでなければ分からない世界だ。あの頃は、経験だけが頼りだった。
今は、装備にしろ気象情報にしろデータは豊富だ。今の岳人は、天気図など書かない。
色々あって、黒部丸山東壁で墜落事故で身体を痛め10年も山行を諦めた。
その間に結婚、男の子に恵まれた。その子(15歳)とアルプスの名峰Mに登れた。
それを最後に登山らしいことをしていない。そんな我が子に待望の男の子を授かった。
その孫の初節供。僕の半世紀が走馬灯のように駆け巡った。
「令和参年(皇紀2681年)5月5日、記」



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