◇◆◇桜物語・別章◇◆◇ 祐雫(ゆうな)の初恋
May
20
避暑地
白百合女学院高等学校の二年生になった祐雫は、東野家の従姉兄たちに誘われて、東野邸の別荘で、夏休みを過ごしていた。
昼食後のひとときは、音楽を聴いたり、読書をしたり、午睡をしたりと、各々が自由に過ごす時間だった。
祐雫は、森の散策に出かけることにした。避暑地で着るために紫乃が丹精込めて縫ってくれたピンタックとフリルが織り込まれた白いワンピースに、まだ一度も手を通していないことを思い出して(森のお散歩でしたら、どなたの目にも触れることはございませんでしょう)と、紫乃の気持ちに応えようと身に付けた。
「祐嬢ちゃまは、空色の素朴なお召しものがお好みでございますが、時にはこのように可憐なワンピースをお召しになられてはいかがでございますか。東野の春香お嬢さまに劣らずお美しゅうございます。是非とも避暑地でお召しくださいませ」
祐雫は、出来上がったワンピースを手渡してくれた時の紫乃の言葉を思い出していた。東野春香は、祐雫より三つ年上で、生まれた時から花のように美しい娘だった。華道家の家に生まれ、その華やかさは群を抜いていた。祐雫は(春香お姉さまに太刀打ちできるはずがございません。それに花びらのようなワンピースは私に似合いませんのに……)とこころの中で呟きながら、森の涼やかな空気の中を歩いた。
「静かで涼しくて、まるで静謐を取り戻した神の森のようでございます」
緑の樹々が祐雫を取り囲んでいた。祐雫は、深緑の森に神の森を重ねた。
神の森に一月近く滞在していた優祐は、夏休みになると二週間程、神の森に里帰りしていた。祐雫も誘われるのだが、神の森は、祐雫にとって暑い渇きとの闘いだった長い道程と湖に受胎した異次元の感触が思い起こされて、躊躇するものがあった。それでいて、優祐が帰って来てから神の森の話を聞くと、行かなかったことを後悔する気持ちにもなった。
「こんにちは」
森が開けたところに別荘があり、テラスから声が聞こえた。
祐雫は、神の森の思い出に浸っていたので、神の声が聞こえてきたのかと思い、どきっとした。
「申し訳ない、突然声をかけて驚かせてしまったようですね」
見上げた祐雫の瞳に白いシャツに空色のカーディガンを肩にかけた青年の穏やかな笑顔が飛び込んできた。一瞬、夏空が祐雫の瞳に飛び込んできたかのようだった。
「こんにちは。私こそ、別荘の敷地にまで入り込んでしまいまして、申し訳ございません」
祐雫は、ぺこりとお辞儀をした。
「東野家の方ですか。毎日、テニスコートから華やかな声が聞こえていますね。春香さんには、妹さんはいらっしゃらなかったはずですが」
「従妹の桜河祐雫と申します」
祐雫は、身に付けている綿ローンのワンピースの透け感が気になって、赤面しながら会釈を返した。
「桜河電機の……兄上にはお会いしたことがあるけれど、噂の通りそっくりですね。あっ、失礼、ぼくは、嵩愿慶志朗(たかはら けいしろう)です」
慶志朗は、温厚な優祐の顔を思い浮かべて、祐雫と重ね合わせていた。
「優祐、いえ、兄をご存知でございますか」
祐雫は、自身の知らない世界の奥深さを感じて、優祐に後れをとった気になった。
「晩餐会で、幾度かお会いしました。桜河電機の会長が必ずと言っていいくらい連れていらっしゃいますからね」
慶志朗は、思い出すように微笑んで、祐雫をしっかりと見つめた。
「よろしければ、今からお茶の時間なのですが、付き合ってもらえませんか」
別荘の表札には【嵩愿邸】とあった。今まで、着飾って晩餐会に出かけるくらいなら、勉学に勤しみたいと常々思っていた祐雫には、嵩愿家が何処のお屋敷なのか分からずに、珍しく気後れしていた。
「よろしゅうございますの。お邪魔ではございませんか」
祐雫は、突然のお茶の誘いに躊躇しながらも、慶志朗の笑顔に惹き寄せられていた。
「詩乃さん、可愛いお客さまがいらっしゃったので、お茶をお願いします」
慶志朗は、祐雫が安心するように、テラスから、別荘の中に声をかけた。
「はい、かしこまりました。坊ちゃま」
すぐに中から返事が返ってきた。
「どうぞ。一足先に家族は帰ってしまって、管理人さんとぼくだけなのでご遠慮なく」
慶志朗は、テラスへ続く階段を上る祐雫を気遣って手を伸べて導き、テラスの椅子を引いて勧めた。
「ご丁寧にありがとうございます」
祐雫は(なんて紳士的な御方でございましょう)と、勧められるまま椅子に腰かけた。
「しのさんというお名前でございますか。我が家の婆やも紫乃と申しますの」
祐雫は、婆やの紫乃を思い、慶志朗に親しみを感じた。
「父の代から、別荘を管理してもらっているので、ぼくは、物心ついた頃から、詩乃さんには頭が上がりません。母以上に詩乃さんの躾は厳しかったものです。そちらのしのさんは」
慶志朗は、少年のように照れながら微笑んだ。
「祖母が子どもの頃からの姉やでございましたの。生き字引のように優しい婆やでございます」
祐雫は、受け答えをしながら、慶志朗の笑顔に引き寄せられていた。
「お待たせいたしました。さぁ、どうぞ、お召し上がりくださいませ。ほんに可愛らしい森の妖精のようなお嬢さまでございますね。お召しものがとてもよくお似合いでございます。坊ちゃまは、森の静けさに少々退屈されてございましたので、お嬢さまにいらしていただけてよろしゅうございました」
詩乃は、冷たい紅茶と牛乳寒を円卓に並べて、祐雫に微笑みかけた。
「突然お邪魔をいたしまして申し訳ございません。お褒めいただいてありがとうございます」
祐雫は、立ち上がって詩乃に会釈を返した。自分には似合わないと気にしていたワンピースを褒められて、安堵していた。
「どうぞ、お座りになられて、ごゆっくりなさってくださいませ」
詩乃は、夏の木漏れ日に煌めく祐雫の姿を眩しく見つめた。
「ありがとうございます。いただきます」
「詩乃さん、ありがとう」
詩乃は、丁寧にお辞儀をして、慶志朗にお邪魔はしませんとばかりに微笑むと別荘の中に下がっていった。
「森の妖精か……詩乃さんも上手い表現をしますね」
慶志朗は、思わず微笑んでいた。祐雫は、テラスで本を読んでいた慶志朗がふと視線を向けた森の中に突然現れた。緑の森を背景に白いワンピース姿の祐雫は、まさに森の妖精を思わせた。風に揺れる翠の黒髪は、森の樹木を映し込んだようだった。
「白いワンピースが妖精の羽のようで、思わずお誘いしていました」
慶志朗は、森の深緑色を湛えた祐雫の瞳に惹かれて、真っ直ぐに見つめた。
「まぁ……今までそのように褒めていただいたことがございませんので、とても恥ずかしゅうございます」
祐雫は、頬を薄紅色に染めて俯きながら、不思議な気分に包まれていた。今まで誰の前でも物怖じしたことがなく、凛と胸を張って相手の瞳を見つめて話をするようにしていた。それが慶志朗の前では、真っ直ぐに瞳を見つめて話すことが出来なかった。普段の祐雫らしからぬ装いのワンピースが慶志朗の瞳に留まったことにも戸惑いを感じていた。そして、可憐なワンピースを纏った所為か、陰を潜めていた祐雫の乙女心が呼び覚まされていた。
(普段にお逢いしてございましたら、気に留めていただけなかったのかしら)祐雫は、こころの中で呟いた。
「さぁ、冷たいうちにどうぞ」
慶志朗は、祐雫にお茶を勧めた。
「はい、いただきます」
祐雫は、グラスを手に取り、ベルガモットの香る冷たい紅茶を飲んだ。森の清涼な空気に紅茶の香りが合間って、乙女心をくすぐられた。祐雫は、グラスを透して慶志朗を秘かに見つめた。
「桜河電機の娘さんは、成績優秀の才女でゆくゆくは長男の優祐くんを差し置いて、社長に就任するのではと聞いていたけれど、噂と違って可愛らしい方ですね。どうして晩餐会で気付かなかったのだろう」
慶志朗は、祐雫の瞳を見つめて、晩餐会の顔触れを思い出していた。
「晩餐会には、伺ったことがございませんの」
普段の祐雫であれば「どうして女の私が社長ではいけませんの」と向きになって反論していた筈なのに、世間の風刺さえも耳に入らず、慶志朗の微笑みと声の響きにうっとりと酔いしれていた。
「深窓の令嬢なのですね」
慶志朗は、興味津々で祐雫の顔をまじまじと見つめた。
「いいえ、そのようなことはございません。ただ……」
慶志朗の大きな瞳で見つめられて、祐雫は、頬を薄紅色に染めて俯いた。勉学に勤しんでいたとは言えなかった。
「桜河電機の会長や社長は、このように可愛い祐雫さんを人目に触れさせたくなかったのでしょう。それとも、すでに許嫁がいらっしゃるのですか」
慶志朗は、ゆったりとした微笑みを祐雫に投げかけた。
「いいえ、そのような御方はございません」
祐雫は、慌てて否定しながらも、森の神秘的な時間の流れと慶志朗の穏やかさに包まれて、不思議な寛ぎを感じていた。
慶志朗は、紅茶を飲みながら、森の樹々に纏わる楽しいはなしを語った。
寛いだ気分の祐雫は、慶志朗のはなしにうっとりと酔いしれていた。
二人の寛ぎに反して、森の天候は、瞬く間に暗転し、突如閃光が走り雷鳴が轟くと同時に激しい夕立が降り出した。
「さぁ、こちらへ」
空気を揺るがす雷鳴に驚いてすくんだ祐雫の手を引くと、慶志朗は、部屋の中へ入って硝子の扉を閉めた。明るかった空が一瞬にして翳り、辺りは夜のように暗くなっていた。
「夕立だから、すぐに止むでしょう。雨が止んだら、東野邸まで送って行きましょう」
慶志朗は、硝子越しに雨雲を見上げて、優しく祐雫に話しかけた。
祐雫は、自分らしくない自分に気が動転していた。今まで雷をこれほどまでに怖いと感じたことはなかった。唇を噛み締めて潤んだ瞳を慶志朗に気付かれないように俯いていた。慶志朗の前では、何故だか甘えん坊な気分になってしまう自分がいた。
「はい」
祐雫は、声が震えて返事をするのがやっとだった。慶志朗は、大粒の雨に濡れた祐雫の黒髪に伝う一雫を祐雫の恋心のように感じて、掌で受け止めた。
「森の雷は、町の雷と違って豪快だから、びっくりしたのでしょう。大丈夫ですよ、落ちはしませんから」
慶志朗は、微笑んで震える祐雫の肩を優しく引き寄せた。祐雫は、慶志朗の胸の前に顔を隠すようにして小さく頷いた。慶志朗からは、爽やかな森の香りが感じられた。祐雫は、しばらく慶志朗の胸を間近に感じて稲光から避難していた。慶志朗は、静かに祐雫の肩を抱いて、夕立の雨を見つめていた。屋外の雷雨の激しさと相反して、雨音までも心地よいメロディに変え、部屋の中は優しい雰囲気が立ち込めていた。
雷鳴が遠退くにつれて、空が次第に明るさを取り戻しつつあった。雨音が止むとともに、森には涼しい風が渡り、小鳥のさえずりや蝉の声が戻ってきた。
「もう、大丈夫でしょう。あまり遅くなると東野邸で心配されるといけないから、送って行きましょう」
慶志朗は、祐雫の肩から手を離して微笑んだ。
「ありがとうございます。お会いしたばかりでございますのに、大変失礼をいたしました」
祐雫は、いつまでもこのままでいたいと思いながら、慶志朗から離れて深々とお辞儀をした。
「坊ちゃま、酷い雷でございましたね。 私は、怖くて布団を被ってございました。お嬢さまもさぞ怖かったことでございましょう」
慶志朗と祐雫が落ち着いた頃合いを見計って、詩乃が部屋の扉を叩いて顔を出した。
「詩乃さんは、雷嫌いでしたからね。大丈夫ですよ、別荘には避雷針が付いているので雷は落ちません。雨が止みましたから、 お客さまを送って来ます」
慶志朗は、テラスに続く扉を開けた。夕立で洗われた森の香気が、一斉に部屋に流れ込み、そよ風が祐雫の黒髪とワンピースをさやさやと揺らしていた。
「しのさん、美味しゅうございました。ご馳走さまでございました」
祐雫は、丁寧に礼を述べて、慶志朗の後から、テラスに出た。
「お口に合ってよろしゅうございました。お嬢さま、お気をつけてお帰りくださいませ」
詩乃は、テラスに出て円卓を片付けながら、祐雫に手を振って見送った。
詩乃に見送られて、慶志朗と祐雫は、仲良く並んで森の中を歩いた。
「詩乃さんは、雷嫌いなのに遠慮していたようですね」
慶志朗は、小さく笑いながら呟いた。
「私が嵩愿さまを独占してしまいまして、詩乃さんには申し訳ございませんでした」
祐雫は、慶志朗の胸に顔を埋めていたことを思い出しながら、その姿を詩乃に見られていたのではと、恥ずかしくて顔を赤らめた。
慶志朗は、雨で濡れた斜面を下る時は、先に下って祐雫に手を伸べた。
祐雫は、慶志朗に手を引かれながら感動して(なんてお優しい方でございましょう)と、慶志朗の逞しい腕に見惚れていた。
「祐雫さん、少し遠回りをしましょう」
「はい……」
慶志朗は、急に足早になり、祐雫の返事も待たずに腕をぐいぐい引っ張った。祐雫は、頷きながら、慶志朗から手を引かれるままに足を速めた。
突然、木立の切れ間から、七色に輝く虹が浮かび上がった。慶志朗は、切り込んだ崖の端まで行くと紺碧に変わりつつある空の大きな虹を指差した。
「祐雫さん、ご覧なさい、大きな虹の橋です」
「まぁ、なんて綺麗な虹でございましょう」
祐雫は、虹の壮大な美しさに言葉を失った。
「ここから見える虹は、世界で一番美しい虹だとぼくは思っているのです」
深緑の山から山へ七色の虹が鮮やかに架かっていた。その虹の橋がゆっくりと二人の上空を移動して行った。
「このように大きな虹の橋は、生まれて初めてでございます」
「この山峡にかかる虹の橋は一八〇度回転して行くのです」
祐雫は、熱く虹について語る慶志朗を見上げ、慶志朗の瞳に映る七色の虹に惹き込まれていた。
「夕立の後は、時々ここから虹が見えることがあるので、もしやと思ったのですが、遠回りしてきた甲斐がありました」
雨上がりの風が爽やかに慶志朗と祐雫を包みこんで吹いていった。慶志朗の白いシャツと祐雫の白いワンピースがスクリーンとなって虹を浮かび上がらせていた。
二人は、虹が薄れて見えなくなるまで、風景に同化して佇んでいた。二人が佇む場所の時間は静止して、静寂に包まれていた。
「さぁ、送って行きましょう。遅くなってしまいました」
慶志朗は、薄れ始めた虹とともに現実の時間に戻った。二人は、ずっと手を繋いだままだった。
「はい」
祐雫は、虹が消えるとともに慶志朗との時間が消えるような気分に陥って沈み込んでいた。それからは、二人とも無言になって、手を繋いだまま足早に森を歩いた。
慶志朗は、東野家の別荘が近付いたところで立ち止まると、祐雫から手を離して問いかけた。
「滞在は、いつまでですか」
「明日の午後に、お迎えが参ります」
祐雫も別れがたく、立ち止まって慶志朗を瞳に焼き付けるように見上げた。
「じゃあ、これでお別れということですね」
慶志朗は、明日も祐雫をお茶の時間に招待したいと考えていた。
「はい。嵩愿さま、今日は素敵な時間を過ごさせていただきまして、ありがとうございました。とても楽しゅうございました」
祐雫は、名残惜しそうに慶志朗を見つめた。
「こちらこそ、お茶の時間に付き合ってくれてありがとう。それでは、ここで。御機嫌よう」
慶志朗は、東野邸の門まで、祐雫を送り届けると、踵を返した。
「お送りくださいまして、ありがとうございました。それでは、御機嫌よう、さようなら」
慶志朗に手を引かれた右手を左手で包みながら、祐雫の頬には、大粒の涙が光っていた。祐雫は、門前に佇み、慶志朗が森の中に見えなくなるまで見送った。
慶志朗は、祐雫の笑顔を思い出しながら、別荘への道を後戻った。
途中で、振り返り(何故、またお会いしましょうと誘わなかったのだろう)と悔やんでいた。祐雫の手の柔らかな感触を想い出しながら(きっと縁があれば、また逢えるはずだから)と思い直して、帰りの道を急いだ。不思議なことに別荘までの道程が往きと比べて長く感じられた。
「坊ちゃま、お部屋がとてもいい香りでございましたので、風を通さずにそのままにしてございます。どちらのお嬢さまでございますか。坊ちゃまが別荘にお客さまをご招待されるなんて初めてでございますものね」
別荘に帰ると詩乃がにこにこ笑顔で、待っていたとばかりに話しかけてきた。慶志朗が祐雫を送って帰ってくるまでに時間がかかったことも興味津津の面持ちだった。
「桜河電機のお嬢さんのようです。偶然に通りかかったので、お茶に招待しただけです。突然の雷に動揺されていたので、送ってきただけなのですから……。この香りは、桜の香りでしょう。一緒に居る時には気付かなかったけれど、桜河のお嬢さんに相応しい香りですね」
慶志朗は、別荘の扉を開けた瞬間に桜の香りを感じていた。今思えば、祐雫は、森に人知れず咲く淡紅色の華やかな八重桜の雰囲気を持ち合わせているように思えた。
慶志朗は、噂とは正反対な可憐な雰囲気を持ち合わせた祐雫の瞳の中に聡明さを認めていた。(まさに深窓の令嬢というに相応しい……)
「また、明日もいらっしゃるとよろしゅうございますね。可憐でありながら、光り輝く華やぎをお持ちのお嬢さまでございます。詩乃は、一目で好きになりました」
詩乃は、ご機嫌な慶志朗の顔を意味有り気に覗き込んだ。詩乃は、小さい頃から夏のひと月の間、毎年看るにつけ、慶志朗の僅かな表情から、気持ちが手に取るように分かるのだった。
「詩乃さんが気に入ったのに残念ですが、明日帰るそうです」
慶志朗は、詩乃に乗せられないように無表情で答えた。
「まぁ、さようでございますか。坊ちゃま、残念でございますね」
詩乃は、「残念」を強調して発音した。
「また森が静かになるだけのことです。それから、詩乃さん、用事を思い出したので、ぼくも明後日には屋敷に帰ります」
慶志朗は、窓辺の椅子に腰かけて、読みかけの本を開いた。
「お屋敷に帰られて、お嬢さまにまたお会いする日が楽しみでございますね」
詩乃は、本を読み始めた慶志朗の邪魔をしないように静かに部屋を出た。
慶志朗は、祐雫が座っていたテラスの椅子に祐雫の残像を感じながら、満ち足りた気分で本の文字を追った。
≪つづく≫
<面映い>
「面」は顔、「映い」は照り輝いてまぶしいこと。まぶしくて、顔がほてるような感じになること。
「顔映い」とも言いました。それが転じて「かわゆい」→「かわいい」になったそうです。
「恥ずかしい」と「かわいい」は同じ語源です。
***ちょっぴり、面映い気持ちで・・・可愛い祐雫ちゃんの初恋を載せました。
不定期に≪つづき≫ます。