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四季織々〜景望綴

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胡蝶の夢。

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先日ドラマを見ていてとても感動する場面がありました。

学者と真の舞を追求する舞人との語りです。

舞人の問いに・・・
「学者とは常に問いかけ自らもともに学ぶもの。わたしよりも遥かに立派な師がいらっしゃる。いっしょに問いかけてみよう。学者は何をするものか・・・その答えを探し求めていた頃に随分と世話になった師だ。だが、真の舞人とは何なのか、それを問いかけるおまえに答えてくれるかどうか・・・」
学者は【花茶】に湯を注ぐ。
「綺麗であろう」
「香りも素晴らしいですね」
「味もまた格別だぞ」
舞人は、湯の中でゆっくり舞いながら花開く花茶を静かに見つめます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
湯の中で甦るように花を咲かせた蕾は、私にとっても尊い師となりました。学者が問いかけ、学ぶものならば、舞人もまた同じ・・・見せるという驕りは捨てます。
干からびた花が湯を含んで再び咲くように人々の暮らしの中に根付く情緒が私の中に沁み込み、真の芸となって花開くと信じています。
けれど、美しく花を咲かせた花も飲まねば意味がありません。人々の暮らしから生まれた私の舞がいつか世に伝わることを心から願っています。

花茶の美しさが絶妙でした。



<夢見鳥>蝶
中国の壮子が、蝶になって、自由に舞い飛ぶ夢を見ました。
目が覚めてから、彼は、自分が蝶になった夢を見たのか、今、蝶が夢を見て人間になっているのか、わからなくなったというのです。

小学生の頃、わたしもよくこのことを考えていました。
今のわたしは、現か夢なのか・・・。


えっ、シンクン・・・なぜ?
#アート #伝統 #文化 #芸術

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岩魚太郎
Commented by 岩魚太郎
Posted at 2009-04-26 19:31

舞人と学者と花茶・・・

真髄を求めて、その答えを永遠に見つけることは出来ない。
答えが見つかれば又その先が見えなくなる・・・
そのことを探求心と表現するのは俗人かも知れません。
絵が描けなくなった、小説が書けなくなった・・等の苦悩・・・

ある意味では、人間のもつ特有の「美」であり、「哲学」でもあると言えます。

その求めるものを探すことの苦悩に、死の選択をした過去の芸術家達、その人々を我々は知っています。

その芸術家の自殺を非難する資格が我々にあるでしょうか?
その答えは「否」です。

舞人は、湯の中でゆっくり舞いながら花開く花茶・・・とありますが、
その舞人は、静かに音もなく花開く花茶を、これこそ私のもとめている「舞の心」・・・
と悟ったのではないでしょうか・・・

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keimi
Commented by keimi
Posted at 2009-04-27 07:21

茶の中で、静かに舞い開く茶の花は、音のない世界でありながら、こころに音を奏でていました。茶碗の中に宇宙があるようにも思えました。

花茶を飲むことがないのですが、是非とも花茶の時間を持ちたいと思いました。

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Toshiaki Nomura
Commented by Toshiaki Nomura
Posted at 2009-04-26 20:42

何事も極めることは難しい・・・。

禅問答のようなお話ではありますが、
真理ですね・・・。

すべからく芸事というのは無限であり、
終わりがないですね・・・。

この世のことは一朝の夢・・・。
終わってしまえば何も残りませんよ・・・。

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keimi
Commented by keimi
Posted at 2009-04-27 07:24

結局、人間は神の境地にまで、到達してはいけないような気がしました。


それでも、終わるその時まで、生きている証を追い求めてしまうものですね。

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