BCA土曜学校のコラムVol.82〜「考える」〜
5年生の国語の教科書に、谷川俊太郎の「かんがえるのって おもしろい」という教材が新しく入りました。「かんがえる」ことを「どこかとおくへいくみたい」とたとえて、考えることのおもしろさを表現している明るい詩です。
考えることで「しらないけしき」がみえてきて」「そらのあおさが ふかくなる」と続きます。新たな知識を得たり、学びを深めたりして「みらいにむかって」いって欲しいという作者の優しい思いが伝わってくるこの詩から、5年生の子ども達は何を感じてくれるのかとても楽しみです。
「かんがえるのっておもしろい」 谷川俊太郎
かんがえるって おもしろい
どこかとおくへ いくみたい
しらないけしきが みえてきて
そらのあおさが ふかくなる
このおかのうえ このきょうしつは
みらいにむかって とんでいる
なかよくするって ふしぎだね
けんかするのも いいみたい
しらないきもちが かくれてて
まえよりずっと すきになる
このおかのうえ このがっこうは
みんなのちからで そだってく
「考える」の「考」という文字は、腰を曲げてつえをつく老人の形を表し、長生きの老人、死亡した父、物事を突き詰めて調べ考える等の意味があるようです。
「考える」は、筋道を立てて問題や疑問を解決しようとすること、あれこれと思考や想像をめぐらせること、新しい方法や技術などを工夫して生み出すことで、論理的・継続的な思考です。似た意味の「思う」は、嬉しい気持ちや不満などの感情的な心の動きのことをさし、情緒的で一時的な思考を表すことで「考える」と区別されています。
フランスの思想家パスカルの「パンセ」の中の言葉を思い出しています。
彼は、「人間は自然のなかでもっとも弱い一茎(ひとくき)の葦にすぎない。だが、それは考える葦である」。広大無辺な宇宙に比べれば、一茎の葦のように弱い存在にすぎないが、それは考える葦であり、考えることによって「宇宙を包む」ことができる。ここに人間の尊厳があり、偉大さがあるという有名な言葉です。
人間は弱いが、「考える」ことができるから尊い。相反する両方を持っていることが大事であり、物事や人間は単純にわりきれるものではないという意味も込められているのだそうです。
考えていると、なんだか言葉が楽しく「おもしろく」なってきます。
土曜学校の皆さんも、いろんなことを考えて自分の「みらいにむかって とんで」いって欲しいです。