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荷風が描いた約130年前のNY中華街が貧民窟

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荷風が訪れたと思われるニューヨ... 荷風が訪れたと思われるニューヨークの中華街、現在の景色
 
 
 
 
先日、永井荷風が描いた1903年頃のシアトル・日本人町がエグいという話を書きましたが、同『あめりか物語』内で描かれたニューヨーク・中華街の貧民窟ぶりは日本人町の比ではありません。

”紐育の中の貧民窟という貧民窟、汚辱の土地という土地は対外歩き廻ったが、ああ! この恐るべき欲望を満すには、人の最も厭み恐れる支那街の裏屋ほど適当な処はないらしい。しかり、支那街――その裏面の長屋。ここは乃(すなわ)ち、人間がもうあれ以上には、堕落し得られぬ極点を見せた、悪徳、汚辱、疾病、死の展覧場である…”

人間が堕落し尽くしたその極点の場所であり、「死の展覧場」ですよ。しかしなるほど、その表現が決して大袈裟でなかったことは後の話でよく分かります。

と、その前に、私はニューヨークに詳しくないのですが、中華街は数カ所あるようですね。この『あめりか物語』の一章「ちゃいなたうんの記」に登場するのは私も行ったことのある、ブルックリン大橋そばの中華街のようです。

”そこがもう貧民窟の一部たる伊太利亜の移民街で、(中略)だらだら坂を上れば、忽(たちま)ちプンと嫌な臭気(におい)のする処、乃(すなわ)ち支那街の本通りに出たのである。”

ここに出て来る「伊太利亜の移民街」は地理的にも、現在、人気観光スポットとなっているリトル・イタリーのことかと思います。

――中華街の裏長屋の描写
”(前略)敷石の上には、四方の窓から投捨てた紙屑や、襤褸片(ぼろきれ)が、蛇のように足へ纏(まつわり)付くのみか、片隅に板囲いのしてある共同便所からは、流れ出す汚水が、時によると飛越し切れぬほどな、大い池をなしている事さえあり、また、建物の壁際に添うては、ブリキ製の塵桶(ごみおけ)が幾個(いくつ)も並べてあって、その中からは盛(さかん)に物の腐敗する臭気(におい)が、ただでさえ流通の路を絶れた四辺(あたり)の空気をば、殆(ほとん)ど耐えがたいほどに重く濁らしている。”

どんだけ汚いんでしょ。馬糞だらけ、機関車の煙で煤だらけ、労働者の汗のにおいが漂う日本人町(シアトル)は不可抗力の汚れとして、こちらは”人”がまき散らした汚れですね。

こんな裏長屋になぜ主人公が訪れるかというと、ここが私娼窟だからでした。荷風の小説『墨東奇譚』でも主人公は私娼窟のある町(東京の向島区にあった玉の井)を、貧しい身なりに変装してまで訪れています。また、『ふらんす物語』でも娼婦との交流が多く描かれています。

が、『墨東奇譚』や『ふらんす物語』に登場するどこか趣ある私娼窟と、このニューヨーク・中華街の私娼窟は悪い意味でレベチ。中でも中華街を根城にしている”アメリカ人私娼”の描写は悲惨そのものです。

”べったり白粉を塗立てた米国の女が、廊下に響く足音を聞付けさえすれば、扉を半開に、聞覚えのある支那語か日本語で、吾々(われわれ)を呼び止める。”

日本語で呼び止めるぐらいですから、当時そこに通う日本人がいたということでしょうね。

”哀れ、この女供は、米国の社会一般が劣等な人種とよりは、寧(むし)ろ動物視している支那人をば、唯一の目的にして――その中には或る階級の日本人も含んで――この裏長屋に集まって来たものである。”
 
ここからの描写も痛ましい。

”人間社会は、如何なる処にも成敗、上下の左右を免れぬ。一度(ひとたび)、身を色慾の海に投捨てても、なおその海には清きあり濁れるあり、或者は女王の栄華に人を羨ますかと思えば、或者は尽きた手段の果が、かくまでに見じめを曝(さら)す。彼らは、何(いずれ)もその身相当の夢を見尽くして、今はただ「女」という肉塊一ツを、この奈落の底に投げ込み、もう悲しいも嬉しいも忘れてしまった。”
 
既に堕落したと思われる世界にも、さらにその下があると語っています。

”幾杯となく煽った強い火酒(ウイスキー)に、腸(はらわた)を焼きただらせ、床の上に身をもがいて、大声に自分の身の上をいい罵り、或いは器物を破(こわ)し、己の髪毛を引きむしっているなぞは珍しからぬ例である。”

”この狂乱の時期さへ経過してしまって、折さえあれば鴉片(あへん)の筒を恋人の如くに引抱え、すやすやと虚無の平安を楽しんでいるも少くはない”。

「廃人」という単語ほど適切な表現はないでしょう。
 
しかしここには、そんなこの世の底辺以下に堕ちてしまった女性たちよりも、そのまた下の女性たちが描かれています。その惨状たるや、もう絶句しかありません。が、長くなってしまったので、それは次の機会にでも。
 
 
#あめりか物語 #ちゃいなたうんの記 #アメリカ在住ライター #ニューヨークのチャイナタウン #永井荷風

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