荷風『あめりか物語』:読後の雑談
Jan
24
1903年から907年までアメリカで暮らした永井荷風が、1908年に出版した『あめりか物語』。そこに出て来る日本人町や中華街の様子についてこれまで記しましたが、今日は個人的にこの小説の中で印象に残った文章を紹介します。
”荒野の夕暮れは人生の悲哀、生存の苦痛を思出させる。”
アメリカの田舎町に住んだ主人公が、墓場を眺めるよりも荒野の夕暮れを眺める方が生きることの苦しみを感じると語った一文です。
”何しろ、この米国という所は、人間社会の善悪の両極端を見る事の出来る場所なのですから”
130年前もですか。日本の大震災の時、小さな子供まで自分の貯金箱をそのまま募金に差し出してくれた姿。10万円までなら窃盗罪にならないと(カリフォルニア州法)店頭の品物をごっそり盗む人々。荷風は、この国ではどちらでも自分の好きな方になれると続けます。
”ああ、しかし、世界の事件というものは、何の珍しい事、変った事もなく、いつでも同じごたごたを繰返しているばかりではないか。外交問題といえばつまりは甲乙利益の衝突、戦争といえば、強いものの勝利、銀行の破産、選挙の魂胆、汽車の転覆、盗賊、人殺し、毎日毎日人生の出来事は何の変化もない単調きわまるものである。”
今年書かれたと言われても、信じてしまいそうな一文です。
”両の脚は日本人特有の彎曲をなし”
主人公はアメリカで会う日本人を見極める時に、足が湾曲しているのが特徴だと言っています。そうなんですよね、といっても私の足のことですが、正座して育ったために足が歪んでいます。同じアジア人でも正座の習慣のない中国人や韓国人の足はまっすぐなので、機会があったら比べてみてください。
最後に、どうでも良い共感部分ですが、
”余は都会の夜を愛し候。燦爛(さんらん)たる燈火の巷を愛し候。”
私も燈火=ネオンが大好きなので、同じことを声高々と言いたいです。「余は都会の夜を愛しそうろう!」笑
”ああ!紐育は実に驚くべき不夜城に御座候。日本にては到底想像すべからざるほど、明るく眩き、電燈の魔界に御座候。”
日本も既に明治時代でしたが、ニューヨークのきらめきは比べ物にならないほど大規模だったのでしょう。”電燈の魔界”、心躍りますね〜。
日本も既に明治時代でしたが、ニューヨークのきらめきは比べ物にならないほど大規模だったのでしょう。”電燈の魔界”、心躍りますね〜。