十数年程前「うちではお酒は飲まないから、どうぞ。」と言われて、保護者の方から1本の赤ワインをいただきました。北海道の富良野の農協で、フランス原産のブドウの苗を取り寄せ、そのブドウから試験的に作ったという赤ワインです。そこの農協関係者にだけ配られたという限定ワインですが、何かの縁でそのうちの1本が私のもとにやってきたのです。
それまで、それほどワインが美味しいものと感じたことがなかった私でしたので、一週間ほどしてからやっと口にしてみました。まずひと口目です。口の中に入れてみて“あれっ”と思いました。口の中に入れたワインが、しばらくすると舌の上から蒸発してなくなってしまった、と思えたのです。そこでもうひと口飲んでみます。しばらく舌の上で転がっていたかと思うと、やはりいつの間にか蒸発してなくなってしまったという感覚です。そのときは、それが美味しいのか、あまりたいしたことがないのかがわかりませんでした。しかも、ゆっくりと味わうはずが3日ほどで飲みきってしまい、じっくりと味わうチャンスがなくなってしまったのです。
今でもはっきりと覚えているのは、赤ワイン特有のしぶみはしっかりとしており、それが舌の上で転げまわっていました。そしてしばらくすると何の後味も残さずにのどの奥に消えていくのです。これがきっと蒸発してしまった、という感覚につながったのだと思います。飲めなくなってはじめて、是非もう一度あのワインが飲みたいという強い欲求がおきるものだったのです。
これで一気に赤ワイン好きになってしまいました。そして買える範囲のものをいろいろ試してみるのですが、同じようなものにはめぐり会えません。どれもしぶみが強すぎたり弱すぎたりし、甘すぎたり、水っぽすぎたりもするので何かが舌に残って蒸発してくれないのです。1本数十万円もするワインもありますが、それを飲んだ感想を聞くと、やはりあのワインとは少しちがうようです。もうあのワインは作っていないのでしょうか。素人の私にも他のワインとの大きなちがいがわかったのですから、高い評価を受けないはずがありません。何故継続して作らないのか不思議でなりません。たまたま私のもとにやってきたものが特にできの良かったものだったのでしょうか。
不思議な縁で私のもとにやってきた赤ワインですが、一期一会の出会いのように、きっともう二度とはめぐり会えない逸品だったのかも知れません。
カーネル笠井
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