紅葉
桜山が見事な紅葉の彩りを見せる頃、お屋敷の桜の樹が茜色に染まり、絢爛たる華やぎを辺り一面に披露していた。
祐里は、毎日、桜の樹の下に赴いては、はらはらと舞い散る落ち葉に語りかけた。
「桜さん、綺麗な色でございますね。錦の反物を織っているようでございます。この反物は、祐里に似合いますでしょうか。光祐さまにご覧いただきとうございますね」
黄色から茜色に染まった葉は、祐里の問いに応えて、陽射しを受けて舞い散り、祐里に錦の振り袖を纏わせていた。桜の樹は、愛しい祐里を自身の落ち葉で優しく包むことにしあわせを感じていた。祐里の足元には、艶やかな落ち葉が錦の絨毯のように広がっていた。
祐里は、風に舞い散る落ち葉を庭箒で桜の樹の根元に掃き寄せた。この落ち葉は、お屋敷の土に返り、再び、桜の樹の養分となる。
「桜さん、落ち葉を光祐さまにお送りいたしましょうね」
祐里は、一番綺麗な茜色の落ち葉を拾って手のひらで包み、光祐さまへの想いを込めて手紙に同封した。
祐里の熱い想いは、茜色の葉に託されて光祐さまの住む都へ旅に出る。
旦那さまが仕事が忙しい時に、月の半分近く滞在する都の桜河家別邸に光祐さまは、執事の遠野夫妻と暮らしていた。
桜河家別邸は、旦那さまが奥さまと結婚して新居になる予定だったが、奥さまには都の空気が合わないと分かり、それ以来、別邸として使われていた。
遠野は、桜河電機では、社長の右腕とも謳われ、旦那さまから絶大なる信頼を置かれていた。また、妻・寧々は、十三歳から都で生活するようになった光祐さまの母代わりでもあった。
「光祐坊ちゃま、お帰りなさいませ。祐里さまからお手紙が届いてございます。すぐにおやつをお持ちいたしましょうね」
寧々は、玄関で奉公人たちと共に笑顔で光祐さまを迎え、書簡入れから封書を取り出すと手渡した。寧々は、光祐さまの養育を任されて以来、数回祐里とも会う機会があり、光祐さまが祐里を大切に想っていることをそれとなく感じていた。
「ただいま。寧々、ありがとう。おやつは、食べたくなったらぼくから声をかけるよ」
待ちかねていた祐里からの手紙を受け取った光祐さまは、寧々や奉公人に普段通りに挨拶しつつも、逸るこころを抑えて自室へ足早に向かい、扉を閉めると同時に手紙を開封した。
光祐さま
お屋敷の桜の樹が艶やかな錦に染まりました。
あまりに綺麗な茜色にございましたので、
光祐さまにご覧いただきとう存じましてお送りいたします。
光祐さまは、いかがお過ごしでございましょうか。
祐里は、旦那さまと奥さまにご慈愛いただきまして、恙無く過ごしております。
先日の雨上がりに桜山に虹の橋が掛かりました。
桜山の錦秋があまりに綺麗でございましたので、
神さまが虹の橋を架けられて見物にいらしたかのような美しい眺めでございました。
祐里は、時間も忘れて見惚れておりました。
光祐さまとご一緒に眺めとうございました。
少しずつ、寒くなって参りますので、お身体をご自愛くださいますようお祈り申し上げます。
冬の休暇でお帰りになられる日を指折り数えてお待ち申し上げております。
かしこ
十一月二十三日
光祐さま
祐里
手紙から仄かに祐里の香りが立ち、気分が和らいだ。手紙に同封された茜色の落ち葉は、祐里の笑顔を写してこころを温かくした。光祐さまは、くるくると落ち葉を指で回してから部屋の窓辺の目に付く所に飾った。不思議なことに茜色の落ち葉を見ていると、お屋敷の自室のバルコニーで祐里と一緒に居る気分になれるのだった。茜色の落ち葉は、秋の陽射しを受けて祐里が微笑んでいるかのように感じられた。
「祐里、もうすぐ帰るよ」
「光祐さま、楽しみにお待ち申し上げます」
光祐さまは、声に出して落ち葉に話しかけた。すると祐里の声が返ってきたように感じられた。
祐里は、おばあさまの仏壇にも桜の落ち葉を供えた。
「おばあさま、大切な桜の樹が落ち葉の季節になりました。錦のように綺麗でございましょう。お供えいたしますので、どうぞご覧になられてくださいませ」
祐里は、おばあさまの遺影に話しかけて手を合わせた。
(祐里、ありがとう。これからも桜の樹を大切にしておくれ)
閉じた瞳の中でおばあさまの優しい笑顔が蘇っていた。
祐里は、柾彦や女学校の同級生にも栞として桜の落ち葉を贈った。ひとひらの落ち葉は、贈られた人々を不思議としあわせな気分にさせていた。
柾彦は、お気に入りの本に落ち葉を挟み、常時手元に置いて大切にした。
光祐さまは、旦那さまのお供で度々晩餐会に参会した。また大学の友人達の邸宅に招かれて、数々の良家の令嬢とまみえて人気を博していたにもかかわらず、祐里以外の女性にこころを動かされる事はなかった。
その後、旦那さまのもとには、数々の良家より祐里の見合い話が届けられたが、祐里の結婚は自由にさせる考えで断っていた。そして、今では祐里を我が娘のように思い(どれほどの良家であろうと簡単に嫁に出すものか)と考えていた。
榛文彌は、転属先で酒宴の帰りに冬枯れの山で遭難し、人にも語れないほどの恐ろしい体験をして、桜林で倒れているところを捜索隊に発見されたらしいと巷に風の便りが流れた。
その後は、長い年月、文彌の消息を耳にすることはなかった。
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Posted at 2008-09-26 17:45
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