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四季織々〜景望綴

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章◆ 8

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章...
   遺言

 暖かな陽光を受けて、桜の蕾が膨らみかけた祐里十八歳の誕生日の午後だった。  
亡くなった桜河濤子さまの遺言書が、顧問弁護士によって旦那さまに届けられた。

【ユウリノ ケッコンアイテ キマル シキュウ カエラレタシ チチ】

旦那さまからの電報を受け取った光祐さまは、心臓が止まる思いがした。春の休暇で帰った時には縁談話はなかった筈なのに青天の霹靂の気分だった。取る物も取りあえず駅に行き、列車に飛び乗った。列車の中では祐里の結婚相手を暗中模索していた。帰る時刻を知らせていないにも拘らず、桜川の駅では森尾が車で待機していた。森尾も突然の光祐さまの帰省に固い表情をしていた。光祐さまは、父上さまの決意の固さを感じ、この最大の困難に思いを巡らし、これから起こる事に立ち向かい、今回も必ず祐里を守り抜こうと決心した。もしもの時は、自分の祐里への想いを正直に父上さまと母上さまに話して許しを請おうと思っていた。光祐さまは、車がお屋敷に到着するなり、奉公人たちが出迎える間もない速さで、ただいまも言わずに旦那さまの書斎へ駆け込んだ。
「光祐、お帰り。早かったね」
 旦那さまは、自分の考えが正しい事を確認して光祐さまを笑顔で迎えた。
「父上さま、祐里の結婚相手が決まったって、どういう事なのですか」
光祐さまは、肩で息をして早口で旦那さまを問い詰めながら、旦那さまが微笑んでいる姿に不思議な戸惑いを感じた。
「光祐、祐里のこととなると熱くなるようだが、まぁ落ち着きなさい」
 すぐに奥さまと祐里が何事かと書斎に入り、奉公人たちは遠巻きに様子を窺っていた。
「旦那さま、わたくしは何も聞いてございませんわ」
 奥さまは驚いて旦那さまに詰め寄った。祐里は、突然の結婚話に凍りついたように書斎の入り口に佇んでいた。
「さて、光祐も帰った事だし、薫子も祐里も今から大切な話をするから座りなさい」
光祐さまや奥さまの剣幕とは正反対に、旦那さまは、優しい笑みを浮かべて、ゆっくりとおばあさまの遺言書を机の引き出しから取り出して長椅子に腰かけた。奥さまは、旦那さまの隣に座り、光祐さまは、凍りついた祐里を優しく導いて向かい側に座った。
「先日の祐里の誕生日に元山弁護士より、おばあさまの遺言書を受け取った。光祐が都に戻ったばかりだったので、この連休まで待つことにしたのだがなんと待ち遠しかったことか。今から読み上げるが、これはおばあさまのお気持ちであり、光祐や祐里にその気持ちがなければ遂行しなくてもいいと初めに断っておく。ただ、私が打った電報でこのように早く帰って来たところを見ると光祐の気持ちは、おばあさまのお気持ち通りのようだね。さて、祐里は、後から私たちに遠慮せずに自分の気持ちを正直に言いなさい」
奥さまも光祐さまも祐里も訳が分からないまま神妙に頷いた。旦那さまは、それではと濤子さまの遺言書をゆっくりと開いて読み上げた。

         遺言書

  桜河濤子は、榊原祐里について、ここに遺言する。

一、榊原祐里が、満拾八歳になるまで存命し、他家へ嫁いでいない場合、
  両者の合意のもとで、桜河光祐との結婚を許可する。

    □□拾参年四月弐拾参日
                   □□□□□桜川一番地
                          桜河濤子 ㊞

もう一通の旦那さま宛の手紙には、理由が記されていた。

  啓祐殿
 母の本心を残します。いつの日か、啓祐の眼に触れることを望みます。
 祐里を連れて、桜川を散歩している途中で、旅の修行僧に出会いました。
 祐里を一目見るなり跪いて、このお方は、神さまの御子でございます。大切に育ててくださいませと、
祐里に手を合わせました。
光祐が気に入って不憫で引き取ったばかりの娘で、にわかには信じられませんでした。
しかし、祐里は、本当に神さまのような一緒にいると、幸せな気分にしてくれる娘でした。
将来、祐里を光祐の嫁にしたいと思いました。それ故、養女にしたいと申し出た啓祐に反対して、
光祐とは戸籍を別にする事にしました。将来、祐里を光祐の嫁にしたいと思いました。
それ故、養女にしたいと申し出た啓祐に反対して、光祐とは戸籍を別にする事にしました。
もし、桜河の家に縁があるとしたら、神さまの御子の祐里は、苦難を乗り越え、必ずや光祐の嫁に
なってくれると信じています。
 祐里が拾八歳になり、光祐と祐里がお互いに合意するのであれば、結婚を許可します。
もし、祐里がそれより前に他家に嫁いでいた場合や光祐が結婚をしていた場合は、この遺言はなかった
ものとし、弁護士に破棄を依頼しました。
即座に遺言書を開示しなかったのは、祐里の強運を試したかったのです。
当主である啓祐の意向を聞きもせずに、勝手な遺言書を残す母をお許しください。
 母は、いつまでも桜河の家が栄え、皆がしあわせに暮らせる事を望んでいます
 祐里の身分が何になりましょう。祐里の前では、そのような些細な事は、誰も問題にすることは出来ないと
思います。
どうか光祐と祐里が、桜河の未来を荷なって、しあわせでありますように祈るばかりです。
                                                濤子                    

旦那さまは、遺言書を読みながら、元山弁護士の突然の来訪を思い出していた。
「ようやく、啓祐さまに濤子さまの遺言書をお渡しする重責を果たす事ができまして安堵いたしました。これをお残しになられる時は、大層、祐里さまの行く末を案じられて、即座に開示すべきかどうか最後までお迷いでございました。濤子さまのご遺言通り、祐里さまは、強運の持ち主でございました」
 遺言書を読み終えて感慨に浸っている旦那さまに、元山弁護士は、大きく頷いて笑顔を見せた。
「元山弁護士、母は、このような遺言をしていたのですね。母の真意が分かり、こころが晴れました。ありがとうございました」
 旦那さまは、元山弁護士の両手を力強く握って満面の笑みを浮かべた。
 旦那さまは、濤子さまが断固として祐里を養女にする事を反対しながらも、孫の光祐さまと同じように可愛がっていた態度がずっと腑に落ちないでいたのだが、ようやくその真意を納得することができた。
 そして、自分も妻も何故祐里を手放す気になれなかったのか、すんなりと理解できた。祐里は、桜河家に縁を持ち合わせた娘だったのだ。 旦那さまは、光祐さまが帰るまで、奥さまにも祐里にもこの遺言書の件を伝えるのを我慢した。そして、光祐さまを驚かそうと、五月の連休前に電報を打ったのだった。

「どうだね、光祐。現在の気持ちを言ってみなさい」
遺言書を読み終えて、旦那さまは、満面の笑みを湛えて光祐さまに問いかけた。
「父上さま、驚かさないでください。電報の祐里の結婚相手って、ぼくだったのですね。ぼくは、結婚相手は祐里しかいないと子どもの頃から決心していました。父上さまは、いつも祐里は妹だとおっしゃっていましたが、大学を卒業して一人前になったら祐里と結婚したいと父上さまに申し上げるつもりでおりました。ぼくの妻は、祐里の他には考えられません。ぼくは、祐里と結婚して桜河の家を大切に守っていきます」
光祐さまは、祐里の手を取り、しっかりと旦那さまに返答した。一番驚いて、溢れんばかりのしあわせを感じているのは祐里だった。
「やはり、光祐は、祐里のことを想っていたのだね。灯台下暗しだったというわけだ。さて、今度は祐里の気持ちを正直に聞かせておくれ。私たちや光祐に遠慮しなくてもいいのだよ。他家に嫁ぎたければそれは祐里の自由だし、その時には、娘として立派な支度をするつもりだからね」
 旦那さまと奥さまは、期待を込めて身を乗り出して祐里を見つめた。祐里は、旦那さまと奥さまの勢いに背中を押されるようにして、俯きながらも秘めていた想いを語った。
「私には、もったいのうございます。おばあさまのご遺言にとても感謝いたします。私は、分不相応と思いながらも、ずっと光祐さまをお慕い申し上げて参りました。これからも、旦那さまと奥さまと桜河のお屋敷で暮らせると思うと嬉しいばかりでございます。本当に祐里でよろしゅうございますの」
 祐里は、真っすぐに光祐さまを見つめて、旦那さまと奥さまに視線を移した。
「もちろんだとも。私たちは、祐里しかいないと思っているのだよ」
 旦那さまは、満面の笑顔で頷いた。
「光祐さん、祐里さん、おめでとうございます。ここ数日の旦那さまのご機嫌なお顔の訳がようやく分かりましたわ。わたくしにも内緒にされてございましたのね」
奥さまも晴れやかな笑顔で、愛しい光祐さまと祐里のしあわせな姿に目を細めた。
「皆が喜ぶ顔を同時に見たかったからね。そうと決まれば、すぐにでも婚約披露をしなくてはなるまい。善は急げだから、婚約披露宴は明後日の大安に決まりだ。結婚は、光祐が大学を卒業して我が社に入ってからになるだろうが、薫子、準備をお願いするよ」
「はい、旦那さま。花婿、花嫁の両方のお支度でございますから楽しみでございます。桜河家に相応しい立派なお支度をいたしましょうね」
 奥さまは、瞳をきらきらと輝かせた。
「それから、祐里、今日からは私たちのことを遠慮せずに、父親、母親と思っておくれ。祐里は、桜河家の人間になったのだからね。さぁ、早速呼んでおくれ」
旦那さまと奥さまは、熱いまなざしで祐里を見つめた。
「父上さま。母上さま。祐里は、しあわせものでございます」
祐里は、二人の熱いまなざしに満面の笑顔で応えた。旦那さまと奥さまは、祐里を抱きしめた。祐里は、お屋敷にこれからも居られると思うと胸がいっぱいになり、旦那さまと奥さまに抱かれて、しあわせの涙を溢れさせた。光祐さまは、その様子を安堵して見つめていた。
しばらくして光祐さまと祐里が書斎を退室すると、旦那さまは、遺言書を机の引出しに仕舞って、奥さまに大きく頷いてみせた。
「私の心配は取り越し苦労だったようだ。光祐は、自分で最良の妻を見つけていたのだね。それにしても、祐里は、不思議な娘だ。母上が神の御子と信じていたように祐里の前では生まれや身分など問題にならなくなってしまう。薫子、桜河の家が笑いの種になったとしても私たちは満足だね」
 旦那さまは、奥さまの手を取った。
「誰も笑いはいたしませんわ。祐里さんは、どなたがご覧になられても立派な光祐さんのお相手でございますもの。旦那さまとわたくしが、どこに出しても恥ずかしくないように大切に育てて参りましたし、祐里さんの気品は持って生まれたものでございます。どちらの御嬢様にも比類のない限りでございますわ。榊原さんは、きっと神さまに縁の家の出でございましょう。祐里さんのお見合いから、光祐さんの気持ちは薄々感じておりました。わたくしとて、光祐さんの嫁には祐里さんをと思ってございましたもの」
 奥さまも満面の笑みで、旦那さまの手に両手を添えた。
「私も見合いをさせた後から急に祐里を嫁に出すのが惜しくなった。今思えば、祐里以外に光祐に似合いの娘はいない。祐里を手放さずに済んで本当にめでたし、めでたしだ」
「わたくしもほっといたしました。祐里さんは、ほんに側に居るだけでしあわせな気分にしてくれる娘でございますもの」
旦那さまと奥さまは、肩を寄せ合い、光祐さまと祐里の結婚に思いを馳せていた。

 光祐さまは、安堵した途端に午後から何も食べていないことを思い出して食堂に行き、紫乃の作った夕食を至福の気分で食べ終えた。祐里は、しあわせな微笑を湛えて、その光祐さまの安堵した様子を横で見つめていた。心配して台所で待機していた森尾夫婦と紫乃は、二人の吉報を聞いて嬉し涙で見守っていた。
「爺は、光祐坊ちゃまと祐里さまのおしあわせな御姿が何より嬉しゅう御座います」
 森尾夫婦は、手拭いで何度も目頭を拭った。
「明日は、ご婚約のお祝いに坊ちゃまの大好きな桜葉餅をお作りしましょうね。ご近所にもお届けしましょう。皆も坊ちゃまと祐里さまのご婚約を喜んでくださいますわ。婆やは、嬉しいばかりでございます」
 紫乃は、窓から見える桜の樹を見上げて言った。
「ご馳走さま。爺、あやめ、婆や、ありがとう。いろいろと心配をかけたけれど、皆が大好きな祐里をしあわせにするよ。これからも、ぼくに力を貸しておくれ」
 光祐さまは、森尾夫婦と紫乃に頭を下げた。
「光祐坊ちゃま、もったいないお言葉で御座います。私たちは、何時でも光祐坊ちゃまと祐里さまの味方で御座います」
 光祐さまと祐里は、改めて森尾夫婦と紫乃の深い愛情に胸がいっぱいになった。
「祐里、庭に出てみようよ」
「はい。光祐さま」
 五月の爽やかな風が若葉の香りを庭いっぱいに漂わせる明るい月夜だった。
「今年は、お庭の桜の樹に少しお花が残ってございますの。若葉色の葉と淡い桜色が綺麗でございます」
 祐里は、月の光に照らされた大好きな桜の樹を見上げた。
「桜の樹もおばあさまもぼくと祐里を祝福してくれているのだね。桜の樹、ありがとう。お陰で祐里をしあわせにできるよ」
 光祐さまは、桜の樹を見上げて手を合わせた。月の青い光が桜の花に反射して、そよ風と共にはらはらと舞い散る花弁の中に佇む祐里をますます美しく見せていた。
「光祐さまがお側に居ない時は、おばあさまの桜の樹がいつも私を励ましてくれました。桜さん、本当にありがとうございます。そして、光祐さまが力強く私をお守りくださいました。私は、光祐さまを信じて今日まで参りました。祐里は、夢のようにしあわせでございます」
「祐里、これからもずっとぼくの側にいておくれ」
「はい、光祐さま。祐里は、いつまでも光祐さまのお側に居とうございます」
桜の花弁が祐里の長い髪にとまり、光祐さまは、そっと祐里を抱き寄せてくちづけた。祐里は、光祐さまの力強い愛に包まれて溢れんばかりのしあわせを感じていた。
 天の月と優雅な桜の樹だけが、二人のくちづけを静かに祝福して見守っていた。光祐さまは、祐里との結婚が公になるまで、兄以上の行動に出ないように心に誓っていた。それほどまでに祐里のことを清らかに大切に想っていた。離れていても祐里のことを想うだけで、こころが安らいだ。それは、祐里も同じだった。

こうして、桜河家では、光祐さまが大学を卒業して会社の役員研修を無事終了した、光祐さま二十三歳、祐里二十一歳の桜の盛りに、盛大な結婚式・結婚披露宴が三日三晩続いて催された。お屋敷の樹齢三百年になる桜の樹が光祐さまと祐里の結婚を祝して、百年に一度咲くという紅白の見事な花を開花させた。その桜の樹の下の花婿・花嫁の絵にも描けない美しさは、春風に乗って都にまで伝わっていった。
 光祐さまは、祐里を愛しみ力強く守っていた。祐里は、光祐さまに寄り添って、桜の樹をお守りの如く毎日欠かさず大切にして過ごした。旦那さまと奥さまは、仲睦まじい光祐さまと祐里の姿に目を細めて見守っていた。
 
 翌年の春、これも桜の盛りに桜の樹とお屋敷の人々の祝福を受けて、無事に双子の優祐と祐雫が生まれた。輝かしい桜河家の未来を荷なった御子の誕生であった。
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ファルコン
Commented by ファルコン
Posted at 2008-09-27 18:06

順風な桜河家ですが、これから波乱の歴史が続くのかな?

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keimi
Commented by keimi
Posted at 2008-09-28 15:29

しばらく、春の暖か日和が続きます。

波立つのは、しばらく後からです。

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Toshiaki Nomura
Commented by Toshiaki Nomura
Posted at 2008-09-27 23:41

すべてめでたしめでたしですねぇ・・・(^。^)


みんながハッピーな状態になってよかった。
なんだか読み終わってホッとしますね・・・。

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keimi
Commented by keimi
Posted at 2008-09-28 15:32

小説としては、桜河家を没落させたほうが面白いのでしょうが、書いていると第三者的な見方が出来なくなりついついしあわせな方向に引き寄せられてしまいました。

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