柾 彦 の 恋
追憶
鶴久柾彦は、車窓から夕暮れの秋桜の川原を眺めていた。
茜色に染まる秋桜は、愛しい初恋の姫・桜河祐里の笑顔と重なる。
儚げでありながら、強い意思を持った気高き姫。
守り人として側に居ながら、手の届かなかった姫。
それでも、同じ時間を共有できるだけで嬉しかった。
その姫も、今は、幼き頃から慕い続けていた光祐さまと結婚して桜河家の若奥さまとなり、双子の母となっていた。
手が届かないと分かっていても、恋して止まないのは姫だけだった。
初めて会ったのは、図書館。姫は、一番高い書架に背伸びして本を引き出していた。その横顔の聡明で美しかったこと。一目で恋をした。
次に会ったのは、銀杏亭の昼食会。女学生の中で一際可憐で目を惹いた。それでいて慎ましく側に居るだけでしあわせな気分にしてくれた。
そして、新緑の美術館。陽だまりの中で白いワンピースが似合って、よそ風に揺れる黒髪がきらきらと輝いていた。『柾彦さま』と澄んだ瞳で見上げられて、名前を呼ばれる度に姫の美しさに言葉を忘れて見惚れていた。
真珠晩餐会では、榛文彌の非礼な言動に遭いながらも、毅然とした態度を保っていた姫。怖くて震えながらも、決して自分には、涙を見せなかった強き姫。
夏の強い陽射しの中では、光祐さまの力強い愛に抱かれて安心していた姫。二人の側に居ることが喜びでもあり哀しみでもあった。
秋桜の花咲く川原では、まるで天女が羽衣を纏うように佇んでいた美しき姫。茜色に染まる美しい横顔を見つめて、思わず愛してしまいそうになる気持ちを懸命に押さえた。
姫から毎年贈られる桜の落ち葉は、木箱の中に大切に保存した。
十八の春にめでたく光祐さまと婚約し、ますます、美しく輝いた姫。手の届かない女性だと解っていながら、柾彦のこころは恋する気持ちで溢れていた。
それからも、高等学校を卒業するまでの一年間、柾彦は、ずっと守り人として側で姫を見守り続けた。
大学時代は、離れた里から「素晴らしいお医者さまになられますようにお祈り申し上げます」と手紙で励ましてくれた姫。
柾彦は、光祐さまの妻となった現在でも、姫以外の女性は考えられなかった。
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Posted at 2008-09-29 20:27
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Posted at 2008-09-30 06:43
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Posted at 2008-09-30 03:28
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Posted at 2008-09-30 14:50
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