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波猫まち子の日記

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人間は、決心しただけで幸せになれる

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今からちょうど8年前。子育てが... 今からちょうど8年前。子育てが私の幸せでした。
2022年10月15日、私と子供たちは、それまで住んでいた家から徒歩5分の借家に引っ越しました。住んでいた家はすでに売却していました。つまり私は、19年間暮らした夫と別れる決意をしたのです。私のブログを読んでくださっている方たちには、私が夫との結婚生活に悩んでいたことをご存知かと思います。特に3番目が生まれてから、つまりこの売却した大きな家に引っ越してきてから、私たちの結婚生活は多くの問題を抱えていました。それでも続けてこられたのは、子供たちがまだ手のかかる年齢で私自身、子育てが楽しくてそれだけで幸せだったことが何よりも大きかったからではないかと思います。そういう意味では、家族で過ごす時間は少なかったにせよ、経済的に支えてくれた夫には感謝しなくてはなりません。

この問題だらけの結婚生活、夫婦の関係をどうにかせねばと思わせる出来事が去年の11月にありました。自分だけではどうにもならないと判断し、初めて夫の両親と弟に自分たちの問題を打ち明けたのです。それが解決へのスタートだったと言っても過言ではありません。私はかかりつけの病院を通してカウンセリングを受け初め(同時にそれまで夫のことで相談にのってもらっていた親友の1人にもメンターのように定期的に会って話を聞いてもらうようになり)、今後の夫婦のあり方について真剣に考え始めました。その時点で私が思っていたことは、「離婚する・しないに関わらず、お互いが幸せになる方法を見つけたい」でした。私の中には、まだ離婚に対する経済的な不安があり(自分自身がフルタイムの仕事に就いていないため)、同時に家族を維持することが義務のように感じていました。しかし、離婚への不安は夫の弟から「カリフォルニアでは離婚したら資産は折半される」ということを初めて耳にしてから、自分にも可能かもしれないと思い始めていました(こんな常識的なことすら知らなかったのです)。

でも、本当に別れる決心がついたのは私自身の力ではありませんでした。一言でいえば、法的な力が働き、初めて私は、自分自身の常識が世間一般とはかなりかけ離れていたことに気づいたのです。また、ある友人の「すでに限界は来てるんじゃない」という言葉にハッとし、「一体自分は何を我慢しているんだろう」と目が覚めたのです。

そこからは一気に物事が進み始めました。私は夫に別れたいと申し出、家を売却する提案をしました(かなりの借金を抱えていたからです)。決心してから家を売却するまで約3カ月、それから実際に出るまで1か月かかりました。義理の両親に相談してから約1年後でした(ちなみに義理の両親と弟は、それ以来ずっと心の支えになってくれています)。

家を売却してくれた不動産屋さんは地元では知らない人はいないくらい腕の良い方で、またご近所さんでもありました。彼女のおかげで家はスムーズに売れ、しかも徒歩数分圏内に可愛らしい借家まで(彼女曰く)天からの思し召しのように見つかったのです。私と子供たちはベッド等、最低限の物だけをU-Haulの小さなトラックで4往復して運び出しました。夫も1往復だけ手伝ってくれました。

あの家を出ること。それは私がずっと望んでいたことのように思います。でもそれができなかったのは、経済的な不安と、それ以上に離婚して一人になることへの精神的な不安が大きかったからです。しかし、経済的な不安は、とりあえず財産(家の売却金マイナス借金)を折半することで当分は解決されました(もちろん今後はフルタイムの仕事に就かなくてはなりませんが)。そして、もう一つの精神的な不安、それが実際は、想像していたのとはぜんぜん違って、まったく無かったのです。まず、私は一人じゃないんですね。子供が3人いて、しかも上2人は17才と14才だからほぼ手がかからない。私は、寂しくなるどころか、とんでもない自由と精神的安定を手に入れたのです。それは、家具一つ選ぶことから家事一つやることまで、誰の目や指示を気にすることなく、自分の好きなように、好きな時にやっていい。こんな自由がなぜこれまでの結婚生活になかったのでしょうか。例えば、イスを買ったとします。アマゾンで届きました。これまでだったら、「ああ組み立てなきゃ」「夫がやってくれないかな。なんでやってくれないのかな」「(夫に言われる前に)早くやらなきゃ」と様々なストレスがあったのに、今は、単純に「今日疲れてるから明日やろう」でお終い。誰に気を遣うこともなく、誰にも文句は言われない。自分のペースで決められることの何とも言えないすがすがしさよ。

引っ越してきてから、ある程度ご近所さんの目を気にすることはありました。自らパンプキンブレッドを焼いて届け、「私たちは怪しい者ではありませんよ」といわんばかりに愛想を振り向いたのは、やはり新しい(徒歩5分とは言え、初めて知り合う人たちがほとんど)コミュニティには受け入れられたかったからです。そして、折半したお金と夫からのある程度の養育費に頼ることなく自立すべく、フルタイムの職を探さなくてはならないことは十分自覚しています。実は、家の売却を手伝ってくれた不動産屋さんと親しくなったことで、不動産業に興味が湧き、不動産の資格を取るために勉強を始めました。自分の今の仕事(翻訳会社のコーディネーター)もあるため、なかなか思うように勉強する時間が取れないのですが、でも、本心はどこか本気でない部分があるんだと思います(苦笑)。ハイ、私はレイジーなんです(苦笑)。でも、自分に言い聞かせています。「誰に言われるわけでもなく、自分で選んだことをやる時初めて、私は自分の人生を生きているんだ」と。

この可愛らしい借家に引っ越してきてから約2か月が経ちました。不安がゼロとは言いません。問題がゼロではありません。父親が家からいなくなったことによる子供たちへの影響はその中でも一番心配です(もちろん子供たちはお父さんに時々会っています)。それは次女の突然始まった反抗期にすでに表れています。また、将来への経済的不安もあります(私は果たしてフルタイムの仕事に就けるのだろうか)。でも、これまでずーっと毎朝暗い気持ちで歩いていた近所の運河沿いの散歩コースを歩く時、「自分はもうあの時みたいに悩んでいない」そう思えるだけで、自分は何て幸せなんだろうと思うのです。

私が尊敬する心理学者の加藤諦三先生が、あるYouTube番組でこうおっしゃっていました。「人間には退行欲求と成長欲求があって、悩んでいる時は安定している退行欲求に縛られている。でも、成長欲求を選べば幸せになれる。リンカーンはかつて、「人間は決心するだけで幸せになれる」と言った」と。

私が本気で幸せになろうと決意するには、多くの時間と思考が必要でした。一人になることへの経済的・精神的不安と、家族を壊すことは良くないという考えに縛られていたからです。でも、それ以上に、私自身が「自分には幸せな人生を送る権利がある」と気づいたことがすべての引き金となりました。成長欲求を選ぶこともまた、そう簡単なことではないのです。自分の中の機が熟し、かつ周囲とのタイミングが合って初めて行動に移す勇気が生まれてくるのかもしれません。

引っ越してきて初めて、私は自分の部屋というものを手に入れたのですが(それまでハーパーと寝ていました)、自分の趣味で選んだ絨毯やナイトテーブル、ナイトランプに囲まれて眠りにつく時、私は今日という日に感謝せずにはいられません。

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