「東山時代、関東の天命釜をもって、良となす」(和漢三才図会)と称賛され、西の声屋釜をしのいで全国に名を知られた佐野天命鋳物についてみてみよう。すでに諸書で考察されているので、ここではその域を越えるものではなく、紹介程度にとどまることをあらかじめお断りしておいて、さっそく本論にはいろう。
まず、天命鋳物の起源について、結論からいえば、はっきりしたことはわかっていないのが現状である。佐野天命鋳物師であった正田家の正田治郎右衛門が著した「湯釜由緒」の記事に、
昔天慶2年(939)7月、河内国丹南郡狭山郷天命より佐野の西旗川の東岸、金屋寺岡村へ移住し其後犬伏宿北一異鋳物師入という処へ転居し、この時始めて土びん茶釜なるものを鋳造す。これを小天命湯釜といい、また、この年治安3年(1023)5月15日なるを以て、年号の安三の2字を取りて、安三湯釜とも名づけ、普通小天命釜と称し…
とあり、これによれば、天慶年間に、河内国丹南郡狭山郷(現在の大阪府南河内郡狭山町) の鋳物師が、下野の金屋寺岡村に移住してきたのにはじまるという。その後、鋳物業の中心地はだいたい次のように移っている。
河内国狭山郷―金屋寺岡村―犬伏宿北裏鋳物師入―田町―金屋町―金井町―金屋仲町―金屋町―金屋下町―金吹町
「金」という字がついた町名が多いところからみてて、鋳物業は当時、相当盛んだったらしい。
真偽のほどはともかく、文献や伝説には天命鋳物の起源をほぼ天慶年間としているものが多い。しかし、それ以前に、佐野の鋳物業が全くなかったわけではないだろう。おそらく日常使うなべやかまは、もっと早くから作られていたに違いない。そうした下地があったからこそ、当時のかなり高度な鋳工技術を受入れ、発展の基礎を築けたのだろう。
鋳物師は最初、庄園領主や農民の要求があると、そのつどなべ、かま、くわなどの生活必需品を作っていた。生産力も低く、需要も少なかったから、各地を回って需要に応じていた。
その後、次第に需要がふえ、放浪の姿が消え、特定の地方に定住して鋳物業の中心地を作る形に変っていった。中世の代表的な産地は、河内の丹波、大和の下田、播磨の野里、相模の鎌倉と下野の天命である。
佐野天命の鋳物師が文献にはっきり登場してくるのは、やはり中世に入ってからである。日光「常行堂記録」には、正長3年(1430)7月28日の夜、常行堂の「大火舎」(火鉢)が失われたが、これは天明八郎次郎なる鋳工によって寄進されたことがみえている。またかれは、宝徳3年(1451)8月18日常行堂摩多羅神に鰐口を寄進している。さらに足利「ばん阿事文書」の「正光院義貞書留」の中には「綱切ノ太刀」という天命の刀鍛治が作った刀のことが記されている。
こういった事実から、室町初期、すでに佐野天命宿には、天命八郎二郎という鋳物師や刀鍛治などが、一つの集団として鋳物業に従事していたことがわかる。
時代は下るが、佐野大庵寺の「念仏日記」は、領主佐野昌綱が欣求浄土の志を立てて僧岌翁から「念仏一千返」(千回念仏を唱えること)のやり方を聞き、家臣や庶民にもこれをならわせた時の記録だが、この中に天命鋳物師について興味ある記事がのっている。
八万返 清心禅門 尾嶋天明衆
五千返 韮墨工禅門 嶋田同
三千返 内田道正 天明衆
三千返 内田道祐 同
三百返 大山備前 同
三千返 大森六良左衛門 同
三千返 川嶋八良左衛門 同
この記録から当時、仏門に帰依した鋳物師がいたこと、鋳物師の集団が「尾嶋天明衆」「嶋田天明衆」といった一定の集をもち、「座」のような組織を作っていたことがわかる。
天正4年(1576年)に発布された「鋳物師職座法之掟」で「一国ないし一郡には特別の由緒ある鋳物師が居住するので、他国の鋳物師や新規の者の営業を許さない」と定められた。この法律は、鋳物師の特権保護と同時に、軍需品の調達など領主の支配政策に基づいて意図的に行われたものである。
このようにして天明鋳物師たちは、現在の佐野市を中心に、独占排他的に営業していたようである。その活動は、鋳物業の本場和泉、河内の鋳物師の組織「鍬鉄鋳物師本座」の営業をおびやかすほどだった。そのため和泉、河内の鋳物師は自分たちの独占権を守ろうと足利幕府に訴え、幕府は、鎌倉府(関東公方)に対して、上野、下野の鋳物師が新たにくわ鉄商売を行うことを禁止するよう命じている。宝徳元年(1449)、室町初期のことである。いかに天命鋳物師が全国的に活躍していたかがわかる。
八代将軍足利義政の時代は、東山文化といわれ、京都に銀閣寺を建て、茶室として東求堂を設けるなど、茶の湯が流行した。こうした世相の影響をうけ、最初に述べた「天命の釜をもって良となす」といわれるほど高度な芸術品が生み出されたのだろう。
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