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1921年のトランスクリエーション――イギリス人に翻訳された源氏物語

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 「女というものはうるさすぎても駄目、嫉妬深くてもダメ…」などと、男3人が集まって話す内容は現代のそれとさほど変わりありませんね。源氏物語が1008年頃に書かれたものだと理解していても、夢中になって読み進めていると、まるで昨日、周囲で起こっていたことのようにも感じます。何しろ現代の私たちと同じように喜びや悲しみを感じ、恋愛をしながら生きている平安貴族の人々の様子が臨場感いっぱいに描かれているのですから…。あまりにも生き生きとした感情描写に、この物語が描かれた時代のどこかできっと私自身の先祖も笑ったり怒ったりしながら生きていたに違いないと、時代を超えたつながりすら感じられるのでした。

 源氏物語によってもたらされるこのつながりの感覚は、きっと1920年代(そしてそれ以降)の西洋人読者も体験したことでしょう。イギリス人東洋学者アーサー・ウェイリーによって英訳され、1921年と1923年に出版された「The Tale of Genji」は、西洋の人々を非常に驚かせました。それまで自分たちこそ文明の最先端にいると信じていた彼らにとって、この感情表現豊かな物語が極東の小さい島国の、しかも女流作家によって編まれたことに衝撃を感じたのです。そしてこの出版により、日本文学への国際的な評価は一気に高まりました。

 しかし、日本人が読んでも実に難解な古典を、日本に生涯一度も訪れたことのないウェイリーがどのように翻訳したのでしょうか。その点について、上智大学の故渡部昇一名誉教授が次のように説明しています。

〈会話の中から抜粋〉
 「(西洋の人々が)驚いたのは、やはり驚かせるような訳をやったウェイリーと言う人が天才的な芸術家肌の人だったからです。(ウェイリーはまず)最初読んで、それから目をつぶって、どういうことが書いてあるかイメージしたって言うんですよ。イメージして、それをさーっと書いたそうなんです。その後であまり原文から外れないようにチェックする。
 だけど、そもそもはひとつひとつ訳していこうという翻訳家の姿勢じゃないんですよ。あるパラグラフをぱっと読んで、その情景を完全に彼の頭の中でして、それを彼の文章で書いて、後でチェックしたんです。チェックが最初にあるような訳では全然ないんです」。

 「全体のイメージを捉える」。これは現代におけるトランスクリエーション(通常の翻訳ではなく、心に訴える訳)と同じコンセプトに他なりません。渡部名誉教授は、源氏物語が西洋の国々でこれほどまでに高い評価を得た理由を、この独自の翻訳方法にあったと分析しています。

 実は原文よりもおもしろいのでは?という評価まであるのがウェイリーの訳です。どこまで意訳するか…というのは翻訳に携わる私たちを常に悩ませる問題であり、原文へのリスペクトは決して忘れてはならないものです。しかし大抵の場合は、この文章を読んでいる人々に楽しんでもらいたい、幸せになってもらいたい、何か良い影響を得てほしいと願ったとき、その言葉をどう訳すかということへの答えは自然と出てくるものです。


談話の全てをお聞きになりたい方は「アーサー・ウェイリーの英訳『源氏物語』が与えた影響」https://www.youtube.com/watch?v=tcYutegXFOQ
をお聞きください。

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