あっしがまだコンストラクターの会社員だった時の話。 (※コンストラクターは、レーシングカーを生産してお客さんに売る商売のこと) 某トップカテゴリー(スーパーフォーミュラやスーパーGT )の、レース雑誌にはチョクチョク顔や名前の出て来るエンジニアが工場をチラホラ見て回り、彼が気になった事の提言を受けた。その中でも忘れられない一番のトピックがある。 ●「なんで、何処のか分かんないこんな安いオイルが置いてあるんだ?」 答)企業努力です。 そのオイルメーカーの商品は数多の台数に使用していたから、最低限度の性能上は実質問題が無い。 しかも新車を購入したオーナーは、シェイクダウンで少し走ったら有無を言わずオイル交換をするし、その際、当然オーナー指定のオイルに全交換される。なんなら走る前に交換されてしまう。 つまり新車時に充填されるべき油脂類は、最低限の品質保証を担保していれば良いということになる。あっしらコンストラクターも商売だから、何でもかんでも高級品を奢っとけば良いという訳にもいかず、微々たることだけど、企業努力で売り上げの利益に貢献しようと必死だったのである。 レーシングカーとはいえ量産車ゆえの涙ぐましい努力、とでも言えば良いのか。 きっと、そのエンジニアには量産に対する商売上の事情よりトップカテゴリーでの価値観が優先した結果の発言だったのだろう。 なにせ、彼は「たった1台の車輌を速くすることだけ」が課せられた仕事なのだから。 ・・。 と、ここまではその当時の話。 実は、これは工具・道具類にも全く同じ事が言える。 『作業に支障ないから』という理由で、激安ツールメーカーの工具が溢れたレーシングの現場は、果たして、顧客に満足感を与えられるだろうか? この悩ましい問題と全く同義なのだ。 つまり、プロフェッショナルの現場であれば、一流の道具が顧客満足度に寄与する、という論法である。 この時、高級ツールメーカーで揃った現場は確かに素敵なのだけど、作業者が使い方を心得てない未熟者だったら、、 もう、猫に小判状態なのだが。でも「高級ツールを所持している」という説得力だけは、ある。 これでもし、その後光すらも無い状況… ・怪しいツールしかない ・扱いが怪しい ・そもそも、ツールが無い ちなみにアジア各地へ出張に行くと、こんな「何もない」事はしょっちゅうで。その際は、それでも作業は完遂しなきゃならない。とにかく有る物で対処。まさにサバイバルゲームっすよ(笑) こうなると、目も当てられない戦慄が走る。 顧客満足度どころじゃない。 だからこそ、人目に触れる物はきちんとしたメーカーでなければならない、という論法はしごく真っ当である。 ただし先の油脂メーカーの例を挙げるなら、商売上利益確保の努力も、他方から鑑みれば、これはこれで是でもあり得る。 スポンサーから湯水の資金提供を得ている立場と、一円でも利益に還元したい量産の立場では、価値観が違って当然なのだ。 ではあの時、かのエンジニアはどのような意見をすれば軋轢を生まなかったのだろうか?と、考えてみると、やはり量産現場への理解と、それでもプロフェッショナルとしての矜持を維持できる工夫を共に考える、という姿勢こそが必要だったのだろう、と思う。誰でも、パッと見で何でも好き放題「言う」だけは簡単に出来るからだ。 とは言え、例えコスト感覚の厳しい量産現場であっても、誰の目に触れるかわからない状況であれば「見られている」認識は常に持ち合わせていなければならない。 第三者に対して説明抜きに納得させる事が出来る環境作りは大切だ。 ・・・。 と、これは少し話題がそれたな。 本質的には同義なのだが、話題をツールに戻そうと思う。