真のエリートを育てるー平成27年鏡開き年頭挨拶ー
Jan
28
毎年、鏡開きでは、子どもクラスの保護者の方々に向けて年頭挨拶を行っています。
いつの頃からか年頭挨拶は、練心館道場子どもクラスの「今年のテーマ」を発表する場になってしまいました。
いつもきちんとした原稿がある訳ではないので、正確に再現することはできませんが、以下、今年のご挨拶を記そうと思います。
今年の一月で、私が二代目館長を継いで丸十年となりました。
まだまだこれからですが、取り敢えず、十年間何とかやってこれたのは皆様の温かなご支援の賜物です。
心から感謝申し上げます。
どういう訳か毎年、子どもクラスの「今年のテーマ」を発表するのが恒例になっています。
昨年は、「本物を追求し、本物を育てる」でしたが、今年はそれを更に発展させて、練心館道場子どもクラスは、「真のエリートを育てる英才教育!」という結論になりました。
何だか仰々しくて偉そうで、本当にすみません。
実はこのテーマは、五年前(平成二十二年)と全く同じです。その時は『荘子』の「説剣篇」の話をしました。
趙の国の恵文王は政治をほったらかしにして剣術に狂い、国中から武芸者を集めては戦わせ、数百人の死傷者を出す有様でした。これを心配した太子は荘子に相談をします。荘子は武芸者になりすまして王様に剣を説きました。
私には三つの剣がございます。それは、「天子の剣」、「諸侯の剣」、「庶人の剣」。
「天子の剣」とは、天地自然の理と徳のことで、これは絶対不敗の王者の剣、皇帝の剣である、と。
「諸侯の剣」とは、人間の知恵と勇気のことで、これは為政者の剣、リーダーの剣ということ。
「庶人の剣」とは、喧嘩腰に人を威圧し暴力や凶器をふりまわすこと。しかし、こんなものは鶏の喧嘩と大して変わらず、そんなつまらぬことで大切な命を落としてしまったら、天下国家のために役立つこともできなくなってしまう。
恵文王様は、ご自身は天子様のようなお立場におられながら、何故に「庶人の剣」などを好まれるのですか!、と。
以来、恵文王は反省し剣術狂いは治まったそうです。
手前味噌な話で恐縮ですが、合氣道は、天地自然の理と徳を体得するための修行の道です。まさに、『荘子』「説剣篇」の中で説かれた「天子の剣」そのものだと今でも思います。
実は、今回は全く別のアプローチで「真のエリートを育てる英才教育!」という結論に至りました。
切っ掛けはテレビです。
昨年の十一月、練心館では約三年振りにテレビが視られるようになりました。
そうです。今まで地デジ化に対応していなかったのです。
NHK・Eテレ「ソウル白熱教室」という番組の再放送を偶々視て、えらく感銘を受けてしまいました。
ソウル大学のキム・ナンド教授が、韓国の熾烈な競争社会の中で生き辛さを感じ、悩む人々に対して、温かなメッセージを贈っていました。
その中で、心理学者ウォルター・ミシェルが四十数年前にスタンフォード大学で行った「マシュマロ実験」について紹介していました。
四~五歳の子どもを部屋に案内すると、お皿の上にマシュマロが一つ置いてあります。「このマシュマロは君にあげる。でも私が戻るまで(約二十分間)食べずに我慢できたらご褒美にもう一つマシュマロをあげるよ。」そう言って実験者は部屋を出て行ってしまいます。
我慢してマシュマロを食べずにご褒美にありつけた子は、全体の三分の一程であったそうです。
十数年後の追跡調査で、我慢できた子たちのグループは大学進学適性試験(S.A.T.)の点数が平均して二百点以上も高く、更にその後の人生でも、夢や希望を叶えたり、高収入な仕事に就いていたりしたそうです。
キム・ナンド教授は、この「目先の欲求を辛抱する能力」を「マシュマロ能力」と名付け、子どもたちに身に付けさせなくてはいけないのは、この「マシュマロ能力」だと力説します。
しかしながら、多くの韓国の親御さんたちは「マシュマロ能力」ではなく、目先の良い点数の取り方ばかりを教えようとする。確かに、立派な学校に入り、立派な職に就ければ嬉しいことだが、それを達成するためのもっと根本的な能力を教えることができていない。
多くの親御さんたちは、「人間性や社会性は社会に出て揉まれていくうちに自然に身に付くだろうから、先ずは学歴、そのためには塾。それは親がしてあげるから他は自分で何とかしなさい。」となってしまっている。
キム・ナンド教授は言います。
正直さや誠実さ、マシュマロ能力、他者への配慮、これらこそ、子どもの頃からの訓練と教育が必要であると。そして、その大切さを子供たち自身も解かるようにさせなければいけない、と。
更に、子どもたちに近道を教えてはいけない。ゆっくり進むこと、徐々に成長することが大切だと教えなくてはいけない、と続けます。
またもや、手前味噌な話で恐縮ですが、これを視て、道場で日頃、「目先の合理性に騙されるな」「目先の損得に振り回されるな」「目先の勝ち負けに拘るな」と言い続けてきて、それで良かったんだと心底思えました。
また、十年間不安もありましたが、安易に昇級させないできて良かったんだと、胸を撫で下ろしました。
恐らく、練心館は地域でも一番昇級が難しい習い事ではないかと思います。
昨今の新自由主義の影響下、子どもたちを取り巻く世界にも、目先の合理性や目先の損得、目先の競争ばかりに子どもたちを追い込もうという流れが強くなっているような気がします。
塾でもスポーツでも、とどのつまりは「いかにして他人を打ち負かし、自分が勝ち誇るか」しか教えていない所が増えてきたように感じるのです。
今、日本で一番有名な合氣道師範でいらっしゃる哲学者・思想家の内田樹先生は、よくこんなことを仰っています。
現代の日本社会には、リーダーとはどう振舞うべきかを何一つ学んでいない人間が、社会で上層部に君臨していることの悲劇がある、と。
子どもの頃から競争競争で、常に他人を打ち負かし、自分が勝ち誇ることにしか躍起になってこなかったような人間は、いざ自分が社会でエリートとなり、リーダーとなっても、同じように他人を打ち負かし、自分が勝ち誇ろうとする以外にどう振舞うべきか判らなくなるのでしょう。
勿論、リーダーに求められる資質とはそんなものではないし、そんな人間を真のエリートと呼べる筈もありません。
合氣道は、天地自然の理と徳を学ぶための修行の道です。それは、『荘子』「説剣篇」の中で説かれた「天子の剣」、絶対不敗の王者の剣、皇帝の剣です。
更に、合氣道の技のお稽古はお互いが相手を思いやらなければ成立しません。
普通にお稽古をすることが、自然に誠実さや他者への配慮を身に付ける情操教育になるのです。
また、合氣道の技は非常に高度なものなので、覚えるだけでも優れた脳トレにもなります。
そして、練心館では安易に昇級できません。否が応でも「マシュマロ能力」が鍛えられますし、目先の合理性や目先の損得、目先の勝ち負けに囚われない、長期的な視野で物事を本質的に捉える思考力が養われると思います。
今年の練心館道場子どもクラスのテーマは「真のエリートを育てる英才教育!」。
何だか結局は手前味噌な自画自賛となってしまいました。
しかしそれでも、練心館には他所とは違う、練心館に天から与えられた役割があるのだと信じています。
本年も是非、皆様からの温かなご理解とご支援を宜しくお願い申し上げます。