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サウスベイ マネジメント セミナー( Southbay management seminar )は月一回のセミナーを中心に勉強し、時々に親睦をする、乃ち「よく学び、よく交友する」そのような会です。

2008年度 7月 - 見捨てられたビジネスの再生-小さな工場をシュワ知事と商務長官が同時訪問したわけ

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2008年度 7月 - 見捨て... 2008年度 7月 - 見捨て...
日時
2008年7月9日(水)、6:30PM - 8:30PM
会場
ニューガーディナ・ホテル
テーマ
見捨てられたビジネスの再生-小さな工場をシュワ知事と商務長官が同時訪問したわけ
講師
井出英雄(いで ひでお)

講師のプロフィール
1942年福島県生まれ。日立製作所自動車機器事業部の生産技術部で設備設計などに従事中の1984年に米国での新会社設立任務を拝命。自動車機器事業部として最初の海外子会社設立であったために手探りの立ち上げとなり、設立場所をケンタッキー州に定め建設担当として2,3年の予定で赴任するも工場・業務拡大が相次ぎ、現地人採用、部品の現地調達、業務指導などで当地に9年滞在。1994年には問題山積のLAオペレーション担当となりケンタッキーから直接異動。LAの経営立て直しをしながら自動車部品の再生やアフターマーケットへの販売に携わり2008年3月まで勤務して依願退職。その間、カーメーカのみならずサプライヤー、ライバル会社、現地人、現地社会などに積極的に関わり、独自の経営眼をもつ。プライベートでは60歳を過ぎてからタップダンスやケーナ(竹笛)演奏にもチャレンジし、また酒をこよなく愛するグループ「銘酒会」の三原則を設定して12年以上継続中。SBMSの運営改革にも関与して会長を7期務めた。

講義内容

まくら
今年3月一杯で退職。直後に、リタイヤ・ハイというものを体験した。数週間の間にやりたいことを次々にやりはじめた。(桜前線のおっかけ、温泉、地酒、ゴルフ、友人訪問、同級会、リタイヤパーティ、メールの配送などなど、あたかも残る人生があとわずか・・・という感じで)。3ヶ月経ってやっと落ち着きを取り戻した感じ。

SBMSの講師依頼

太田さんから2ヶ月ほど前に、講師依頼を受けたとき、数年前に見かけたある情景を思い出した・・・名の通ったある会社をリタイヤした人が寿司カウンターで板さん相手に大声で現役時代の手柄話をしているのを目撃し「醜い」と感じたが、いま自分がその立場にあるのではないかと。しかし、SBMSの会長を7期も務めた義理もあり、自分の会社人生を纏めて振り返る機会になるかと思い、逡巡した結果受けることにした。SBMSの過去を振り返ってみると、巨大産業である自動車業界からの講師は意外にも皆無であり、部品会社ではあるが自動車業界の別な側面からの話も良いかもしれないと思い、私なりに纏めてみた。リタイヤした人の間で流行の「自分史」が「自慢史」になりがち、とよく言われる。自分の場合、成功物語ではないので七転八倒の会社人生が、自慢史にならぬように、心して話すようにします。

まずはタイトルのこと

日立のHAPのLAオペレーションは140人程度の人数。その一部のトーランスの工場(80人程度の町工場)にシュワちゃんことシュワルツネッガー知事と米国商務長官(カルロス・ゲテレス)が5/12に同時訪問するという珍事が発生した。私はその時点ではリタイヤしていたが、どういうわけか”The founder”として招待され、シュワ知事に紹介された。なぜ知事らが訪問したかについては、表向きの理由はあるが、日本人があまり知らない自動車部品の再生ついてシュワ知事が短いスピーチで2度も触れている。日立は本来ジャンクヤードに捨てられるような製品をここで再生している。ビジネスだけではなく環境にとってもすばらしいことだ・・・と。この再生ビジネスで2004年から連続でカリフォルニア州から廃棄物縮減賞を受賞している。それが日立を訪問先に選んだキーポイントになっている。そして、その『再生(Remanufacturing)』こそ私の会社人生の後半で情熱を注いだユニークなビジネスの本質が凝縮されており、そのことにシュワ知事が触れてくいれたことがとてもうれしく思い、きょうのセミナーのタイトルにした次第です。きょうは、そこを発端にして私の会社人生を日本時代、ケンタッキー時代、ロスアンジェルス時代に分けて、部品メーカとカーメーカの関係、その関係が皆さんに及ぼす影響、公私ともどもお付き合い下さった方々から学んだことなどをその時代の世相と絡めてお話したいと思います。堅い話は極力避けますので、話の途中で飽きたらちゃちを入れていただいて結構です。すぐ脱線します。

シュワちゃん来訪の写真とスピーチ

スピーチの鑑賞は↓こちらをクリックhttp://www.youtube.com/watch?v=Eojn1xNeG5I

スピーチの鑑賞は↓こちらをクリックhttp://www.youtube.com/watch?v=Eojn1xNeG5I
(裏話)知事と連邦の商務長官はどちらがエライと思うか?日本の知事と大臣の関係とは違って、ここでは知事のほうが格は上のようだ。カリフォルニアという国にべ商務長官が訪問したということ。商務長官は30分前に到着して待機する形をとった。日本国総領事の扱いは最初客席前列だった。日本国代表なのにおかしい、井出が当日主張し、結果的に壇上に並んだ。 自動車部品のアフターマーケットや再生ビジネスとはどういうことかを 知るには、自動車部品はどう作られるか、どんな背景で日系企業が世界 各国で生産しているかの説明が必要。

日本時代

生まれ育った時代と環境(別紙)
入社当時:自転車からバイクへ・・・自動車なんてとても
日立の社風:「野武士」の昨今
技術屋(エンジニア)の気風:原理追求ゆえ無礼講、下克上。
シベリア帰りの部長の口癖:英語を話すやつにろくな人間いない
英語の勉強は隠れキリシタンのごとく
酒が飲めないやつは仕事ができぬ・・・ストーム(寮、家庭)
飲み会風景:写真映写(記憶なくなるほど飲む)
特許を400持っている男、回路冷却は酒で
材料は物性で動き、人間は感性で動く:材料は正直でごまかしがきかない。物性を無視すると必ず悪い結果・・・リコール・・・等の結果となって出る)ことをこの時代に学んだ。一方人間は感性というものあり、これも無視できない。抑えればどこかで出てくるし、皮肉を言えば反発が残る。** 茨城という土地柄:直接的、他人の品質に口出し,京浜地区との違い・・・全国のカントリーボーイが茨城で合体
いまだに残るDNA:2次会での一件(ホステス前に3時間の技術談義)
後輩が今になって分かった家内のもてなし、日本&KY(電話もかけず家に押しかけてきてもてなされておいたことが、自分で家庭を持っていかに大変なことであったか)
3-3-4の現代の若者(ハシにも棒にもかからない:伝統的に優秀:導き方によりどちらにも転ぶ)
自動車機器部事業部** 時代の流れに乗って量産、手作業コンベアから専用機へ
海外出張先からのスケッチ・写真で先行設計。今の中国を非難できるか?(ポケットの中にゴルフ用の短い鉛筆とメモをしのばせ、メモをとった)
マイナーな事業部の悲哀:カーメーカー依存で自らは海外に出れず
貿易摩擦の強風:海外進出(現地生産・現地調達)への圧力
敵前逃亡と非難され
隠れキリシタンが海外プロジェクト経験:時代の波で海外プロジェクトが転げ込み担当した。英語嫌いの部長が英語の重要性と我々隠れキリシタンのごとくに勉強して身に着けていた英語を認識してくれた。

ケンタッキー時代:いよいよ米国進

会社幹部の覚悟:土手の影に掘っ立て小屋を立てよ・・腰が引けていた
なぜケンタッキーか(写真映写)・・・カーメーカとの距離と力関係、労働環境(非組合、勤勉性)、現地の歓迎度(インセンティブ)、空港からのアクセス、気候風土(人情、四季あり)トヨタに先行10ヶ月・・・冷や汗もの   
土地柄とエピソード(別紙)
建設会社の選定・・・本社の原案は日系建設会社の選定であったが、建設担当である井出の意見を取り入れて、現地会社を選定した。これは一担当の判断で原案を覆すことはできないが、現場で働く者(井出)の叫びを本当にエライ上司がくみ上げて判断したことで、その後の現地活動に多大なる好影響をもたらした事件だった。つまり、現地社会では、日立が日米どちらの建設会社を選定するか固唾を呑んでウォッチしていたが、おそらく日系に違いないとみており、予想に反して現地会社選定と知って日立の判断に好感を持ったことを事後に知り、その後のインセンティブ交渉などにも良い結果をもたらした。井出にしては、現地ケンタッキーの建設会社、しかも創業父親を亡くして若いが三兄弟が結束して対応し、その誠実みあふれる迅速な反応が尊大な日系企業とはまったく違うとの印象に打たれた結果の判断であった。
その会社は、当時初めて日系企業(日立)と契約し、その後の日系企業進出に伴い、日立プロジェクトが成功したこともあり、200社以上の日系企業と次々契約を結び一地方企業から全米規模の建設会社に成長した。井出としては、時流に乗っただけと思っているが、その建設会社は井出との関係が事始と信じており、今も親交が有る。
白板からのコミニケーション・・・物語レポートから箇条書きへ・・・米人の報告は長たらしく、要点箇条書きの重要性を教育、徹底した。
重要事項の決定日本人だけの会議で決定か、現地人を入れるか。これが日本人と現地スタッフの信頼性ある関係構築の鍵である。弊社は最初から現地人を入れて決めることにした。今もその伝統は継承されている。いまも、KY+DET+LAで毎週(月)電話会議を実施している。
自分の力のなさ痛感・・・他力活用へ(一人は半人、二人は百人)
日本のキャッチャーの重要性
困難だったこと
以心伝心の伝統的図面
日本レベルの品質浸透
Hitachi? Who?
出てきたからといって仕事がもらえると思うなと(N)に言われた
現地調達率60%以上という呪縛
取引先トップの意識改革(バリ処理、百聞は・・日本に連れて行って見せた)
日米の作業者の意識の違い(不具合の予見・予知ができるかどうか)同じ気自動機械を使っても、不具合を予見・予知できる日本の作業者は機械の不具合を事前にしり、壊れるまで使う米国の作業者とでは結果の不良率は100倍くらい違う。0.1%と10%くらいの違い。
ホットラインの重要性(取引先のトップと電話ですぐ話せること)
失敗事例:鋳物の巣(日米のホッチキスの違い)、型の引揚げ(小切手、ラインストップを考え米人の手が震える)
海外駐在員のムラ社会:ご婦人方への配慮重要
気が狂いそうなことが発生する。限られた人間関係と逃げ道がないムラ。
偉い人:エライとはどういうことか
優秀な部下を差し出すか、要らない部下を差し出すか。結果は自分に戻ってくることを知るべし。偉い人は優秀な人を差し出す。 (例)日本語もうまく表現できない人間を海外に出すことは、本人、顧客、現地人、現地会社・・・すべてに不幸なこと。望みがなければ即日本に帰すべし。そんな人間を送り出す日本側の判断には断固意見を述べる必要あり。
仕事ができる人と権威で威張る人-その道の一流に聞け
背負っている物が違う・・・と言う男。パイオニアvs駐在員・・・海外勤務はだれもがパイオニアと思えば不備も改善する意欲はでるが、すべて整っているところにきたという「駐在員意識」では不満が先行してうまく行かない。
ある事件、そしてLAへ

問題山積のLAへ

LA事業の状況:見た目の印象・・・泥・油・ほこりだらけで惨め
業績不振:多大な負債と売上低迷
訴訟問題
モラル低下:盗み、喧嘩、ハラスメント、バンダリズム、落書き・・・
顧客評判の低落
赴任一週間で警察沙汰
問題の本質は何か・・・聞くも語らず・・・マッチョの存在を把握
恐れながらの要求・・・パラソル、電子レンジ、いすの修理
Give & Takeで改善行動
現場巡回で名前と顔を覚える、犬も歩けば・・・で必ず何かが見える
投資なしでの効率UPは可能:目で見える管理をして効率改善
従業員は管理者の鏡:悪く扱えば悪く反応する
声をかければ、声が返ってくる。そうすれば悪さもしにくくなる。結果:一年で不良率低減、効率向上、トラブルの激減となった。「あなたは会社にとって大事な人。頼りにしてるよ」というトップの態度とメッセージが大事と思う。つまり、会社で働く以上、上司に無視されるほど悔しく、面白くないことはない。そこから不平不満が芽生える。夫婦関係も同じではないか。

LA事業所のビジネス

技術サービス
部品販売(カーメーカのディーラ・ネットワーク)
リマン(Remanufacturing:再生)ビジネス
カーメーカの呪縛があり、売上伸びず細々経営ひえちた。余計な金儲けは不用、市場状況のみを報告せよとのミッションを与えられた。しかし、現場の人間の目を見ると、彼らが支えている家族のことを考え、ちいさいオペレーションながらTopとして何とかしなければとの責任感を禁じえなかった。そこで、見捨てられたビジネスの再生に賭けることにした。

アフターマーケットの仕組み
HAP資料提示(提示忘れました)
車が壊れたらどうするか:日米の違い、直すか頼むか。日本は直す人はほぼゼロ。米人は40%が直そうとする。
車の乗り方の違い:買い替えと乗りつぶし。ここに巨大マーケットの存在。
日本人の「見栄」が阻むビジネスと育てるビジネス
リマンビジネスとは:別紙を読む(省略)
カーメーカの呪縛(他者に売ってはいけないという日本での基本契約)
4,000人のリマン会社:目から鱗(うろこ)・・・商売っ気を持つ
他社:図面も持たないのに修理。弊社:図面も部品も経歴情報もありながら、いやいや商売。罰当たり・・・とおもいやる気を出した。

呪縛を乗り越え部品販売
敵は社内にあり・・・営業の抵抗と業者癒着
余計なことをするな。アフター商売でライン商売を失っては元も子もない、という営業の理論。ラインビジネスとアフタービジネスは本来「二輪の車」であるべき。
小さな風穴を開けよ・・・”Money talks”儲かったら皆群がってきた。
反対があるときは自分で出来るることからはじめ、相手に儲けさせる。儲けさせると話を聞くようになる。まさにMoney Talksである。
売り出せど売れず・・・Copy Catの存在、特許侵害で訴える構え。結果的にはコピーをやめさせ、日立から買わせることで決着。彼らの販売網を活用して$5M以上売っている。
カーメーカーの呪縛打破:部品メーカは生かさず殺さずの扱い・・・だが死にそうになる。
死んではたまらないので、他社に売ってはいけないという自動車メーカの呪縛を打ち破ろうとする。しかし、売らせてほしいといっても基本契約の重要条項の変えるような英断はカーメーカでも誰もできない。よって「売らせてもらいます」という宣言をして(了承はあえて要求せず、かといって隠れて売るのではないというスタンスで)売り出すことにした。『再生品は修理品』という考え方を前面に出せばカーメーカーも黙認するであろうとの見方。
因果な商売:品質向上と部品販売(品質がよければ売れない)
(R)の神風:リマンの効用・・・数十億ドルの節約で本社に貢献
リコール機会に生産能力を三倍に上げるカイゼンをした。
困難に面した時の日米の違い:嫌がる日本人、張り切る米人、この違いで助けられた。

部品価格
部品メーカの悲哀;数セントと数百ドルの一例
20数ドルのものが800ドルで売られる構造。
高い価格をかぶるのは誰か:消費者
アフターの部品で儲けるカーメーカー:ごく普通のこと。米国カーメーカーは部品メーカーにも市販させてくれるが、日系カーメーカーは例の基本契約で第三者販売を禁じている。小銭を稼がせてくれない。
[編集]大きな名前のちっぽけな町工場
名前ゆえの経費かかる:規制、社会責任と貢献、規律など。

企業は人なり
結局は「人」しかも現地人(総務.経理.営業.製造.生技.品質.IT….)
現地人を教育し、権限を与え、その人がどんどん成長してゆくのを見るのが一番の楽しみ。そしてやがて次の職を見つけて去るのはやりきれないが、アメリカンドリームをつかむため、と自分に言い聞かせて祝福するしかない。去ったあとでも日立で学んだことが役立っているなんていってくれると、良かったなあと思う。
不満の芽を事前に摘む:常に声をかけていると反応・態度でわかるもの。上司がいるのに自分にやたらアプローチしてくるのはその兆候。
外向きの仕事・内向きの仕事:日本は80%が内向き(社内の上司向け)の仕事:アメリカに来てよかったのは外に向かって仕事ができたこと。自分が内向きの仕事を要求しなければ良い。自分は自ら情報を取りに行けばよい。その分部下には外向き(顧客向き)の仕事をさせれば相乗効果大となる。
しかし、アメリカでは自分がボーっとしてればそのとおりの結果になる。日本では主任、課長らが気を利かせて部長を盛り立てるが・・・。
短時間で不具合がフィードバックできるか、会社の品質維持に大事なこと。一方通行(やっておけ、といって結果を確認しない)が不良の最大の原因。80%の不具合は一方通行の結果である。
人事管理のまとめ(別紙に提示)
結果的に『壊れたものを再生してお金を儲ける』ことができ、かつ環境に良い結果ともなり、従業員のモラルも高まり、数え切れぬほどあった社内トラブルもウソのように消えていった。KYの本社にもずいぶん収益を上納しました。そうすると面白いもので、見捨てられていたはずのLAビジネスに協力者がでるようになってきた。まさにMoney Talks.

SBMS・その他の活動

SBMS
SBMSの転機に関与して:$30/月から$10/月にして、セミナー企画の委託からボランティア運営にしたのが大きな転機であった。
サンタ(ただで、楽しく、ためになる)方針の意味と狙い
このなかで、タダというのはタダでセミナーが聞けるということではなく、タダで奉仕して(ボランティア)で運営に参加するということなので、あえてこの場でお願いします。
継続の原動力(女性、IT,会則の適宜改正など)特に女性が要所を占めているのが運営がうまく言っているキーポイントであるとおもう。女性は気が回るので、タイムリーなフォローを入れてくれるのでたすかる。男だけではこうはいかない。セミナー委員長太田さんは本当に良くやっていただいている。IT活用の面も大きな改善で、若い世代(武藤さん、阿部さん、中野さんたち)の活躍が光る。良いタイミングで11歳若い川口会長にバトンタッチした。
学んだこと:その道のプロであるセミナー講師の共通点:難しいことを優しく講義すること。
学んで実行したこと:タップダンスや阿波踊り体操もあるが、物事の考え方を会社で実行したということか。視野が広がる、ということ。講義が終わってから、仲間と食事や一杯やりながら講演の内容について反しあったりするのが楽しみ。
感銘したこと:志を高く維持し、実績は第三者的なデータで証明せよ。
(独りよがりではだめ、ということ)
お願い:各業界のプロの紹介をセミナー委員まで知らせて欲しい。それが『タダ』で奉仕することにつながる会員の義務でもある。

銘酒会
原体験は日立
三原則の意味:手酌で飲む、一本持参、飲んだ責任は自分。
日本人に生まれて感謝:日本酒や酒のつまみのうまさと深みを知る。
飲み友達・・・日本ではLAのような関係むずかしいかも

60歳の手習い

Tap Dance
会社のパーティ:ありきたりでつまらなかった
ロスらしく面白くやれるものはないかと思ったときにSBMSでTapと出会った。
一年隠れて練習するも、9/11のせいでパーティはキャンセルとなり、結局2年間練習。しかし、志と実力の差・・・プロのすごさをしる。覚えられない・・・記号を考え出してメモし、自宅復習で覚える。
ストーリー:できない振りして従業員を驚かせる・・・大受け。

楽器
フルートの演奏 http://www.youtube.com/watch?v=H5ZIWa0XE2E - コンドルは飛んで行く♪

フルートの演奏 http://www.youtube.com/watch?v=H5ZIWa0XE2E - コンドルは飛んで行く♪
(・・・本件SBMS当日は時間の関係上触れなかった)
ペルーでケーナに会う
壁に当たりフルートを習う
『感性』を保つため
演奏の映像(↓それぞれのリンクをクリック)
http://www.youtube.com/watch?v=H5ZIWa0XE2E - コンドルは飛んで行く♪
http://www.youtube.com/watch?v=SosnjXbNPSc - Amazing grace♪
http://www.youtube.com/watch?v=fqQjPtoqFm4 - My Old Kentucky Home♪

海外在住で日本の両親を亡くすということ

自分の原点は両親とふるさと
結局、良くも悪くも子供は親を選んで生まれたということ
親を亡くし親を知る結果に:葬式で、田舎のしきたりで・・葬式も悪くない・・・しかし生前に知るべきが・・・親は語らず、子は聞かず:世の常か
生きてうるちに孝行してください:自分はKY時代に両親失い何もできず。親は子の成長だけを願うが、子としても何かしてあげたい。

終わりに

ノンキャリア・カントリーボーイの会社人生に終止符。それだけのこと。
懐の深い会社・懐の深い米国のおかげでここまで働けた
妻との人生行脚(苦労をかけた妻。大きなミスをしないうちに会社辞めろ、との助言に従う)
LA独特の友人関係に感謝
愛でられて やがて嵐に 散るよりは  ころあいを知り  往く山桜かな
リタイヤ直後に日本に一時帰国した時節、新居であるマンションの階下に見える公園で華々しく咲く桜と、故郷への道々に咲く山桜を見比べて、己は後者がふさわしいなと思って詠んだ一句。

記録担当 井出英雄
#SBMS過去のセミナー

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