2005年1月北米報知掲載 多数の犠牲者を出したインド洋における大津波のニュースがメデアを占め、命拾いをした人達の体験談が聴かれるが、難を免れた人達全てが必ずしも幸運だっただけではない。共同通信によると、インドネシア・アチェ州のシムル島(人口6万9700人)では震源地から僅か25マイルに有り、家や建物の大半が津波に破壊されたにも拘らず犠牲者は8人にとどまった。アチェ州全域での犠牲者は9万人を越えるとされている中でである。 シムル島の一教師によると、同島では多くの犠牲者をだした1907年の大津波での経験が住民から子供達に語り継がれていると言う。「強い地震を感じたら、海を見なさい。海水が水平線に向かって引けば、津波となってかえってくる。高い所に避難しなさい」。 ある程度年配の日本人なら、この話にすぐに聴いた事のある話と気付かれる筈である。教科書などで「稲むらの火」として知られる自分の稲田を焼いて村人を津波から救った浜口五平衛の物語である。「生き神様」と祀られた五平衛の話は帰化人、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン 1850〜1904))によって著書「仏の畑の落ち穂」(1897)の中で世界中に紹介された。 シアトル市内ビーコンヒルの第13消防分署の前庭には美術家エレン・ジーグラー氏による彫刻石にこの物語の要約が地区のアジア系住民への敬意として刻まれている。エレン・ジーグラー氏は1995年、阪神淡路大震災に際して鎮魂碑を製作された事でも知られる。 八雲の著書の中では明記されていないが浜口五平衛の物語が起きたのは現在の和歌山県広川町、安政元年(1854)に紀伊半島を襲った大津波での事。 文化や伝統の伝承は歴史保存の為だけではない。時として多くの人命を救う事もある。
2011年1月北米報知掲載 (この拙文は2010年12月に執筆。2011年の新年に掲載されたもので、東北大震災の起きる以前です。) 「日本には、いくつの原子力発電所があるのか、御存知ですか?」という質問に、おおまかでも答えられる方は案外に少ない。あなたも即答できなかったら、日本と米国の原子力発電所の所在地図を見て下さい。この小さな国に米国の半分以上のプラントがあるのを、日本人の多くも自覚していません。 核の話をすると、すぐに日本人の「核アレルギー」が持ち出されるが、核の廃絶を願う気持ちは判りますが、六十数年前、人類は神の領域を侵してしまったのです。たとえ良心ある人々が核兵器を放棄しても、悪意ある輩がほくそ笑むだけでしょう。今は、人智を尽くして安全な核の管理運用に貢献する事が、日本の選択肢ではないかと思います。 「世界2番目の原子力大国」 まずは、日本国民が、日本が世界のトップ3の「原子力大国」であるという認識をしっかり持つ事です。そして世界の人にも知ってもらわなくてはなりません。別表に示したように、計画中のものも含めると遠からず日本はフランスを抜いて世界2番目の原子力大国になります。現在、世界中で約五百三十の原子力発電所がありますが、上位四カ国の米国、日本、フランス、ロシアで総数の半分以上を占めます。日本は名実共に「核」技術最先進国です。アメリカもオバマ政権がエネルギー対策として原子力発電を見直そうとしていますが、アメリカが最後に原子力発電所を作ってから、30年以上経っています。つまり大半の経験ある技術者が引退してしまっているので、アメリカはフランスや日本の技術を輸入しなければならない所に来ています。 「イラン、北朝鮮の核武装懸念」 アフガニスタン戦争を除けば、今、国際社会最大の課題は、イラン、北朝鮮の核武装懸念でしょう。イランも北朝鮮も、いくら世界中が反対しても、核の開発を止める筈がないのは誰の眼にも明らかです。ただ表向きは国連などの非難に、自分達の核開発は平和利用だと主張していますが、これは、彼等を野放しにしない絶好の機会とも思えます。本当に平和利用ならば、国連の定める規則に従い、きっちりとした「保障措置」をとる事を約束させれば良い。自らのアクトを公正と主張するなら、国際社会の前で「保障措置」順守を拒む事は出来ないでしょう。国際法の定める核に対する「保障措置」とは施設を検察官が視察する程度の生易しいものではありません。施設の設計施工段階から施設の運用を監視する機構を組み込まなければならないものです。この「保障措置」を厳密に遵守して運営されているのは、実は日本しかないのです。アメリカを始めとして核武装している国々では「保障措置」といってもお手盛りであり、徹底されているとは言い難いのが実情です。「保障措置」の施行において日本の技術は最先端です。既に他国への「保障措置」の運営の大きな部分を日本は負担しています。 「ドラ猫共に首輪と鈴をつける」 もしイラン、北朝鮮に平和利用を名目に核開発を認めるということになれば、このドラ猫共に「保障措置」という首輪と鈴をつける絶好の機会です。そして、それが出来るのは日本なのです。「保障措置」の施行になれば、黙っていても大半の費用の負担が日本に押し付けられだろう事は眼に見えています。ならば日本はこの役割を積極的に買って出て、国際社会の前で手を上げるべきだと思います。ここで徹底した「保障措置」の施行を世界に示し、唯一の被爆国として「核」に歯止めをかけ、国際世論を背景に、翻ってアメリカを含む核武装国にも「保障措置」の徹底した順守を義務付ける事が出来れば、核兵器の脅威を世界から無くす事に、一歩近づけるのではないでしょうか。日本が国際社会の前で凛とした態度を見せる事ができれば、その時は、大戦以後、連合国支配の続く国連常任理事国に、望まずとも世界が押し上げてくれるでしょう。 人の夢と書いて、はかない(儚い)と読みますが、これも初夢で終わるかなあ。
2010年8月北米報知誌掲載 「数の話」…数字の魔術と落とし穴 「ヒヤリ・ハット」と「フェイル・セーフ」 前回に続き「安全性」について考えてみましょう。皆さんは表題の「ヒヤリ・ハット」という言葉を聞いたことがありますか? 「フェイル・セーフ」は勿論、英語ですが「ヒヤリ・ハット」は外国語ではありませんし、新種のドリンクでもありません。思わず「ひやり」とした。「はっと」気付いた。あの「ヒヤリ・ハット」なのです。これはジョークではありません。「安全性」を考える上で重要な概念なのです。ハインリッヒの法則とよばれるものがあります。大きな事故や災害の裏には29件の軽い事故があり、300件のヒヤリ・ハットがあるという報告がもとになっています。つまり見過ごしてしまいがちな「ひやり」としたや、「はっと」した体験に注目することで、大きな事故や災害を予期、未然に防ごうという事です。医療関係では何が「ヒヤリ・ハット」にあたるのか、厚生省がちゃんと定義しています。 海底油田でも、トヨタ車でも、報告された事故の以前に多くの「ヒヤリ・ハット」があったのではないでしょうか?。歪んだ報道バッシングも下火になりましたが、これを教訓に「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ということにはなってほしくないですね。 さて、物事の起こりえる可能性を数字として表すのが[確率]です。何事によらず完全という事は有り得ません。人間の身体にしろ、機械にしろ動いているという現象の裏には、止まるという現象が背中合わせで存在します。動いているものは、いつかは止まるという事です。マーフィーの法則としてトリヴィア化されていますが、それが大自然の法則です。起こり得るものは必ず起こるのです。例え「十万分の一」、「百万分の一」といっても、人命にかかわるような事故は絶対に防げないのでしょうか? 可能性はあります。それが「フェイル・セーフ」の概念です。不慮の間違いに対する安全措置です。可能性はありますという意味は、完全はありえないとしても、どこまでも安全を第一に考える。これが「安全工学」、あらゆるエンジニアリングの基本です。コンピューターの概念ができても、いままでは、最終的な対処は人間が行なう考えが主流でしたが、ヒューマンエラー(人為的過失)を無くす為には、発展したコンピューターに任せた方が安全という考えが強くなってきているようです。しかしコンピューターも完璧でないことは御承知の通りです。次回はコンピューターに「フェイル・セーフ」は任せられるのかを、考えてみましょう。
このエッセイは2010年7月に北米報知誌に掲載されたものです。 以前に「コミュニケーションしてますか?」の表題下に、「数の話」をいたしましたが、読者の方から続きはどうなっているの?との御催促を戴きました。今回は気になる事件が続きましたので、少し見方を変えた「数の話」をしてみたいと思います。 ただいま渦中のメキシコ湾油田事故、毎日、テレビでも騒がれてはいますが、この事故を、あまり報道されていない面から見直してみましょう。 「写真1」が今回の爆発事故後に水没した海底油田「ディープウォーター・ホライゾン」です。総工費5億6千万ドル、韓国の現代(ハンデイ)重工製。海底油田の種類には詳しく触れませんが、海上の採掘採油総合施設はプラットフォームとよばれます。一つのプラットフォームは平均30ヶ所程の採孔(海底の原油、ガスの出口)を管理しています。「写真2」はNOAA(2006年現在)によるメキシコ湾の油田分布図です(矢印が事故箇所)。驚かれる方も多いと思いますが、メキシコ湾には現在4,000余りのプラットフォームが稼動しているのです。前述のようにプラットフォーム毎に30ヶ所の採孔があるとすると、実に10万ヶ所以上が海底に穿孔されている事になります。今回の事故でBPの責任者は油田、ガス田を合わせ約5万の採孔がBPの管理下にあると表明しています。同責任者は技術及び管理面でのインティグリティー(保障精度)について問われ「100,000:1」つまり間違いの起こりうる確率(プロバビリティー)を10万分の1といっています。普通に考えれば、これは非常に高い安全率(99.999%)です。あらゆる技術面において、このレベルを達成するのは至難の技です。しかし今回の事故のような採孔が10万ヶ所あるとなると、業界全てに同様のインティグリティーがあるとしても、今にでも又、メキシコ湾のどこかで次の事故の起きる可能性があるということです。 今ひとつは、信頼性世界一を誇ったトヨタ車のリコール問題です。問題の故障は世界で約80件報告されていますが、対象となった車は800万台。つまり、この故障はトヨタ車10万台に一台の割で起きた事になります。偶然にも油田業界と同じインティグリティーに直面した事になります。トヨタは「カイゼン」で知られた様に製産精度を極限まで上げる努力をしてきましたが、精度が高くなるにつれ、あと僅かの向上に膨大な費用がかかります。若しも企業が「10万が一」の不備を正すことより、事故の事後処置(人命も含めて)の方が安いという判断を下したとしたら経営陣の倫理感が問われる事になります。今日の経営首脳陣の多くが現場での物作りを体験しておらず、株主の為に利潤のみを追求させられている事は考えさせられます。今、私はこの原稿をコンピューターで書いていますが、コンピューター業界のインティグリティーはどの辺でしょうか? どうも、あまり高いようには思われません。それは「万が一」、「10万が一」で起き得る故障に対する保障経費と投資の比較によるからです。パソコンがクラッシュしても人命に関わる事は少ないでしょうから、有る程度のバグは市場に出す際、無視されています。ユーザーはもっと高いインティグリティーをソフト会社に要求すべきかもしれません。しかし、「十万に一つ」、「百万に一つ」の事故は防げないのでしょうか? 可能性はあります。それが「フェイル・セーフ」の概念です。次回はこの「フェイル・セーフ」に触れてみます。