小倉川殺人事件「奇妙な矛盾」
Mar
3
署長と和重と健一と刑事A・B・の五人がいる。
健一が口火を切った。
「署長、高藤の転落死どう処理しますか? 事故である証拠もないし、自殺である証拠もないし、殺しと思われる証拠もないですが?」
「署長、ないないづくしでは事故死で処理するしかありませんな」
「殺しの本部をたてる確たる根拠もありません。署長、事故処理の決断願います。人もいませんし、本部をおっ立てれば県警のお偉い人も来ますし面倒です。健一の言った通です。事故死の証拠なし・他殺の証拠もなし・自殺の証拠もなし・隠蔽ではありません。証拠がないのです。気の毒だが、こんな深山幽谷の場所に一人で入るなんて非常識です。最低限でも二人でしょう。刑事はろくでもない健一を含めこの四人です」
「班長、ろくでもない刑事はないでしょう! だったら班長はろくでもあるんですか?」
「班長の目線から見たお前はこうだ。何時も上司に逆らう。命令に逆らう。協調性がない。単独行動に走る。だから相棒になる刑事も毛嫌いする」
「班長、俺の名前は網島健一! お前という名前ではありません! あっ! そうだ署長、生活安全課に小島夏子と言う巡査がいます。俺の相棒として刑事課に異動させてさせて頂きませんか?」
「そんな話は、移動申請書類を本人が出した時点で検討する」
「やはり、署長は今回の相撲何とかと同じですね?」
「何だ、相撲何とかと言うのは?」
「いや! いいです。この話は聞かなかったことにしてください」
「署長、一言いいですか?」と、和重が言った。
「何ですか熊沢先生?」
「殺人にしろ、自殺にしろ、事故にしろ、その証拠を見つけるべきではないでしょうか? 私は解剖医です。死因を特定するのが私の仕事です。この仏さんが事故死であれば、その証拠を確認すべきではないでしょうか? 証拠に基づいて正確な判断をするのが警察の正義です。警察学校の校長時代、私は生徒にそう教えて来ました」
「解剖先生も青臭いご意見ですなぁ」
和重が反論した。
「事故死の証拠もないのに、事故死の処理は青臭くないんですかねぇ?」
「この猪苗代署は、刑事はわずか四人です。遊びの渓流釣りで転落して四人が捜査に駆り出されれるのはいい迷惑です。それとも解剖先生、刑事見習いで応援頂きますかね?」
「署長、不承ではありますが、この網島健一、捜査は二人が基本ですが、私一人でやりますよ。しかし解剖先生が応援して頂けると、二人になりますが? 署長この案如何でしょうか? 解剖先生もどうせ暇なんですから」
「どうせ暇とは何だ! その言いぐさはないだろう。それに解剖先生とはなんだ! 熊沢先生と呼べ」
「網島の相棒は熊沢先生決できまりだな。事故の証拠・自殺の証拠・他殺の証拠・三ない尽くしの証拠を探してくれ
04:居酒屋
その居酒屋は高台にあり、猪苗代湖の夕景が、ゆれる波に幻想的に漂っていた。窓から眺める光景は、居酒屋ならぬ、リゾートレストランと言う雰囲気である。
しかし店内の造作は、完全な居酒屋で、男女問わず客には人気があり、午後六時には何時も満席状態である。
和重と健一は、カンターの端に美しい風景には背を向けて座っていた。その時店員が
「解剖先生お待たせ、特別注文の銀河ビール生です」
「解剖先生って呼ぶなと言ったろう」
「へい! 分かりました解剖先生」
「何だあの野郎! 全然分かったないな」
「いいじゃないですか解剖先生、刑事見習いの解剖先生と、優秀な網島健一刑事に乾杯!」
隼人の声「あんたたち、こんな居酒屋で酒飲んでる暇ないだろう! 俺の転落現場まで行って、尚子の足取りを確認するのが先だろうが」
「健一、これからどうする? 殺しだと言う前提で捜査するのか?」
「初期段階で、前提での捜査はしない。現段階で分かっている事実は、仏さんが高藤隼人60歳、死因は崖から転落して脳挫傷で即死。死体の胸の温度が6度と高い。解剖先生、署長室で胸の温度のこと、何故言わなかったんですか?」
「俺にその原因が分かっていないのに、彼らにどうやって理解出来る説明をするんだ」
「俺にはどうして説明したんですか?」
「その現象が異常だと分かってくれると思ったからだ。仏さんの転落に直接関係あるとは思わないが・・・もしかして、そのもしかがあるかも知れない」
「何ですかそのもしかって?」
「お前なぁ! 馬鹿じゃないか? 分からないから、もしかって何だよ。分かってたら今言うよ」
「どうでもいいけど解剖先生、お前と馬鹿呼ばわりはしないでください」
「お前な! ・・・じゃなかった網島健一君、どうでもよかったら俺に言うな」
「分かった。話題を変えよう。解剖先生の趣味は絵だったな?」
「お前な、解剖先生って言わない約束だろう」
「解剖先生もお前、お前って言わない約束でしょうが?」
「まあいいっか。単細胞のお前だ。しょうがないから許す」
「単細胞のお前って何ですそれ?」
「まあいいから、いいから・・・で、唐突に絵がどうしたんだ?」
「写実派? 印象派? どっちです?」
「えらい難しい質問だな? 強いて言うなら自己流で物まね派だな。しかし基本はデッサンだからな? その質問はどう言う意味だ?」
「似顔絵、描けます?」
「ああ、そう言う意味か。大学時代路上で似顔絵描きのアルバイトしてたからな」
「ああ、絵描きくずれの解剖先生ですか?」
「お前な・・・
「分かりましたよ。熊沢先生」
05:転落現場
翌日、早朝朝もやの立ちこめている中、ヘッドライトを点灯してきた四駆が、林道行き止まりの駐車場所に止まる。
その四駆から和重と健一が降りて来る。
規制線すら張られていない駐車場所を、和重と健一はお義理といった感じで周囲を見て回る。新しい発見は何もない。
高藤隼人の四駆は、猪苗代西署に保管してあるが、一応鑑識が車内を調べたが、これって言った異常がなかった。
「とにかく転落した位置まで行ってみるしかないな」
健一はそう言って、装備を調えて、鉈を腰に、熊よけの笛を和重に渡した。和重は「熊よけって鈴じゃないのか?」と聞いたが、「それが素人の赤坂見附、熊の野郎は、用意どんの笛の音が連続でこだますれば、絶対に近づかない」
「お前、保証するか!」
「お前は保証出来ないが網島健一は保証する」
「じゃあ、網島健一君、行きますか?」
「その前に念には念を入れろと言うこともあります。熊よけの基本作業があります。ちょっと待ってください」
健一は、ポケットから爆竹を取りだし火をつける。
爆竹の音が、大倉川流域に大きくこだまする。
「解剖先生、これで熊の野郎とは200%遭遇しません。保証します」
そう言って健一は鉈を片手に獣道へと入って行く。
和重はその後を追って、健一の背中を見ながらついて行った。
健一の歩く背中の揺れを見ながら、再び死体保管BOXに入っている高藤隼人のことを思い出した。
どう考えても、胸部の温度が6度~5.5度は異常だ。死体保管BOXの温度は2度、プラスマイナス1度に設定して有る。解剖医の資格を取得してから10年、解剖医の経験では10年はまだ浅い方だが、それにしても摩訶不思議な現象であることには間違いない。解剖学会の先輩にも相談したが、「珍しく特異な現象であることには間違いない。解剖学の常識をくつがえす新発見につながるかも知れない。是非胸部を開けて見てはどうか? その場合俺も立ち会わせろ」との見解であった。
しかし、和重は胸部を開けることに戸惑いを感じた。理由は分からないが、何故か、死体の声が、いや死体の意志が、「メスを入れるな!」と叫んでいるような気がした。
他殺死体は、詳細な検体・解剖・鑑識による現場捜査により、死因を特定し、犯人の手がかりと見つける。そのような場合「死体の声を聞け」とよく言われている。
高藤隼人の場合、崖から落下したこと・死因は落下したことによる脳挫傷・即死・衣服その他争った状況はなし・目撃者もなし・
林道に駐車してあった車両も、鑑識の結果異常なし・誰が見ても事故による転落死の状況証拠がそろっている。
但し、和重の引っかかるのは「胸部6度」だ。
その「6度」の数字が、高藤隼人の死体の叫びと思えた。
理屈ではない。和重の感情である。
突然鋭い笛の音が響いた。
和重が健一の背中に声をかけた。
「何だ、驚かすなよ! 熊でも出たか?」
健一が立ち止まって振り返り
「解剖先生、熊と会わないための笛と言いましたよね。黙って僕の後ろについて来るだけではなく、時々笛ぐらい鳴らしてくださいよ」
と、言って前に進み始める。その背中に和重が声をかける。
「岩魚って魚は、こんな奥まで来ないといないんか?」
「養殖なら釣り堀もありますよ」
「だったらその釣り堀で釣れば簡単だろう」
「登山とおんなじです」
「何でおんなじなんだ?」
「そんなことぐらい分かんないんですか?」
「あいにく俺は、山とか釣りとかに興味がないんでね。女性には興味があるが、結果はお前とおんなじだ」
「お前とは何です!」
「失礼。網島健一君と同じだ」
「何が同じですか?」
「常にふられている」
「残念です。僕の場合はその逆、好みの女性がいないから僕の方から願い下げています。端的に言えば、結婚出来ない男ではなく、結婚しない男です」
「なるほど、俺は結婚出来ない男と言うわけか?」
「その通りです。解剖先生」
「お前、熊沢先生と言え」
「熊沢先生、お前じゃなくて網島と呼んでください」
「お前と話していると、何故意味のない次元の低い会話になるんだ・・・どうでもいいから俺の質問に答えろ」
「何の質問だったっけ?」
「馬鹿! 登山とおんなじだ・何でおんなじなんだ? と言う会話だろう」
「あっ、そうだった。1920年イギリス登山家マロリーが「なぜ、あなたはエベレストに登りたいのか?」と問われて「そこにエベレストがあるから」と答えたという逸話は有名です。日本語では、しばしば「そこに山があるから」と意訳されて流布しています。僕の岩魚釣りは「そこに天然岩魚がいるからだ」と言うわけです。登山家マロリーと同じ思想です」
「俺は何故警察官になったんだ? それは悪を正義が正すため・・・と言う訳?」
「解剖先生、もしかして、この僕を揶揄してるわけですか?」
「褒めてんだ。マジで・・・」
転落原因を調べる本筋から遺脱する会話を続けて約30分、高藤隼人が転落した現場に到着した。
林道が切れた車止めから、獣道を大倉川沿いに進み、この転落した現場までは、人の踏み跡だけの道幅は、10㎝~20㎝道しかない。その道の左岸は45度~80度の崖、右岸は垂直の崖で、獣道から約20㍍下に、大倉川の激流が走り、木が生い茂り、川底を見ることが出来ず、激流の音と、小鳥のさえずりだけが聞こえるまさに深山幽谷の世界である。
そんな獣道が開けている最初の場所が、高藤隼人が転落した場所
であった。健一はスケールで道幅を計測した。
道幅:80㎝。
道幅80㎝を維持している距離:120㎝。
川底が見える右岸の路肩:40㎝。
健一が計測を済ませ、和重が写真を撮り、一応簡単な転落場所の検証は終わった。和重が言った。
「俺は解剖医でお前の・・・失礼、網島刑事殿の助手だが、これは他殺だな」
「ほう・・・解剖先生は他殺説ですか?」
「お前、熊沢先生と、尊敬の念を持ってよべ」
「お前の呼称には、今回異議をはさみません。で、熊沢先生、この現場を検証された見立てで、他殺の根拠は?」
「消去法で見立てる
①・事故
不注意で転落した場合、転落防止を阻止した痕跡がない。木の枝を掴むとか、滑り痕とか、転落を阻止した証拠が全くない。さらに決定的なのは、仏様の高藤隼人はお前のような釣りキチと見た。そんなベテランが、こんな場所で心臓発作か脳梗塞でもならないかぎり転落のしようがない。その疑いの兆候がある場合はMRIの検査が必要だが、熊沢先生としては、その要因が認められない。
②・自殺
深山幽谷のこの場所まで徒歩で来て、自殺する理由が見当たらない。不自然である。
③・他殺
事故説と全く同じ状況で転落した場合、転落防止を阻止した痕跡がない。木の枝を掴むとか、滑り痕とか、転落を阻止した証拠が全くない。それらの状況で転落したのであれば、何者かが待ち伏せして咄嗟に突き落とすか、警戒心のない知人が油断をさして突き落とすかのどちらかだ。結論は他殺だ。動機は怨恨」
「さすが熊沢先生、見事な見立てですね」
「お前、異論はないのか?」
「異論はあります。僕は網島です」
隼人の声「さすが解剖先生と田舎刑事だ。ここまでの推理はあってる。しかしここからが難題だな。他殺・怨念・その怨念こそが俺が知りたい問題なんだ。怨念とは、恨み・遺恨・と言う意味に於いては同義語だが、怨念と言う言葉は、気持ち的には幽霊を連想する。尚子が俺の胸を押して突き落とす時に「おじさまごめんなさい」と言った。その「ごめんなさい」と言う理由が知りたいんだ。ああそうそう。解剖先生、俺の胸部の温度が高いのは、尚子の手のひらで強く押されたからだ。尚子の愛が、尚子の手を通して、稲妻のように俺の心に突き刺さった。俺は、殺されたからと言って、決して尚子を憎んではいない。幽霊になってさまよったりもしない。むしろ、尚子の殺意を実現させて、喜ばしいと思っている。しかし・・・しかしだな、尚子が俺に言った「ごめんなさい」の理由が知りたい」
和重と健一は林道の駐車場所まで戻った。
健一が言った。
「ここに死んだ高藤の四駆が駐車していた。で、四駆はそのままになったいた。その四駆に高藤を突き落とした犯人が同乗していた。もしくは、犯人が高藤の車両の跡をつけて来て犯行に及んだ。それとも、高藤がこの小倉川の獣道へ来ることを事前に知っていて、先回りして待ち伏せていた」
「その可能性もあるが? 死体を釣り人が発見したのが午前7時10分、死亡推定時刻は午前6時10分。この場所まで来て待ち伏せするには余裕を見ても5時50分までには犯人はこの場所に到着していなければならない。しかも懐中電灯持参でこの獣道を一人で歩くことになる。いくら釣りキチのお前でも無理なんじゃないか?」
「そう言われて見るとこの優秀な網島刑事でも無理ですね」
「待ち伏せずに高藤の四駆に同乗して来た」
「前日にこの場所に車を用意して駐車する。翌日高藤の車に同乗して来て、犯行後に前日駐車して置いた車で堂々とこの林道を下った?」
「事前にこの山中に駐車すれば怪しまれるんじゃないか?」
「それが怪しまれないんだなぁ~、渓流では、先に駐車している車を先行車と言う。渓流釣りでは、先に川に入った釣り人を先行者と言って、先行者の入った川には原則的竿を出さない。理由は川が足音で荒らされ、魚が岩に隠れて釣れないからだ。危険を察知して岩陰に隠れる魚を、岩の魚と書いて岩魚と言う。そう言う訳で、後から来た車は、先行車の窓越しに必ず車内を見て、釣りか山菜採りか確認する。したがって怪しまれることはない。だが難点は、駐車車両は必ず目撃されます」
「しかし君の説だと、事前に車をこの場所に用意しても、歩いて戻らなければならない。それこそこんな林道をのこのこ歩いていれば怪しまれる。国道までは1㎞もあるぜ」
「解剖先生、初めてお前じゃなくって君と呼んでくれたんだ。どう言う心境ですか?」
「そんな事はどうでもいい。俺の質問に答えろよ」
「歩いて人に会っても怪しまれない方法があります」
「その方法とは何だ?」
「渓流釣りの服装で歩くことです。この小倉川の場合、源流は谷地平でその上は 吾妻山と峰は東大巓(てん)ですが、獣道は登山道として地図に記載されていません。従って登山者は皆無で、この林道を使用する者は、山菜採りか渓流釣りの人かどちらかです」
「なるほど」
「しかし、山菜採りの人は、この林道をのこのこ歩く人はいません。車で乗りつけすぐ山に入りますから」
「渓流の服装をしていると怪しまれることなく自由に歩ける」
「特に竿を片手に持っていれば完璧です」
「その場合、男女の区別はどうかね?」
「一見女性と分かる服装でもしていれば別ですが、サングラスで、男の服で馬鹿長(胸まである長靴)でも履いていれば、必然的に男と見なしますよ。昨今は渓流女子と言う言葉もありますが、この厳しい小倉川では女性では無理です。しかし・・・」
「しかし?」
「この車止めから、獣道を歩くには女性でも充分可能ですから」
「なるほど! お前、いい推理してるな?」
「一応刑事ですから」
隼人の声「なるほど。尚子は俺を空中に泳がせたあと、俺の車を置いて帰ったんだ。乗って帰れば、転落した俺の車がないのはどう見ても不自然だからなぁ~、そう言えば俺の車が駐車する前に車が一台止まっていた・・それが尚子が事前に用意していた車かも知れない」
06:経過報告
小部屋に署長と、和重、健一がいる。
三人の捜査会議である。
署長は後悔していた。署長の権限で、事故処理で終わらせればよかったと思った。何もこのお盆の時期に、県警に内密で・・・いやまだ殺しと分かっている訳でもない。証拠もない。今さら捜査を中断する訳にもいかない。とにかく署長の資質は優柔不断なところである。捜査の進捗も気になって。しかし全体会議を避けたかった。外の刑事の見解も、和重と健一の話が、署長の沽(こ)券(けん)に関わるような話になることを恐れた。だから署長一人で捜査経過を二人だけに聞いた。本人もそのことを理解しているが、どうにもならない。だからいらだっている。署長は健一にふてくされているように質問した。
「高藤の免許書の住所はどうだった?」
「免許書の住所は合っていましたが、十年前から廃屋になっていたそうだ」
「戸籍の住所は?」
「免許書の住所と同じです」
「戸籍の住所に出かけて見る必要はないのか?」
「あると思いますがまだ行っていません」
「高速道はどうなってる?」
「東北道監視カメラの画像を一応調べています」
「その結果は?」
「8月14日午前11時5分、さいたま新都心から入って、15時10
分に猪苗代ICを出ています。運転する高藤の顔が写っていたいましたが、同乗者の顔はありません。ちなみ8月15日)、高藤が転落した当日、猪苗代方面から来た国道115線の監視カメラは、高藤の顔はありましたが同乗者の顔はありませんでした」
「転落した後の、JR磐越西線の猪苗代駅、犯行日の8月15日)午前六時以降の時間は調べたのか?」
「勿論調べました。猪苗代駅始発郡山行き6時23分、乗客は女性は1名4名は男性、次の列車7時6分、乗客20名で男性15名、女性5名、次の列車8時9分では乗客人数確認出来していません。いずれにしても、念のため調べただけで、特定された人物がいなくては確認出来ません。しかし画像の保存は頼んであります」
署長が電話で席をはずした。
署長と健一の会話を黙って聞いていた和重が
「何だか何時もの口調はなかったな? 何故だ?」
隼人の声「そう言えば、当日の尚子はまだ眠いとか言って座席を倒して横になっていたからなぁ~115線の監視カメラに写っていない訳だ。とにかく俺たちは行きつけの旅館悠々館で待ち合わせして宿泊した。ぐずぐずしないで、旅館の方を早くあたってくれよ」
和重が「宿泊先をあたるしかないようだな?」
独り言でつぶやいた。
「解剖先生、この捜査何となく気分的にもやもや感があるような気がするんですが?」
「もやもや感って何だ?」
「何だと言われても、具体的には言えないが、すっきりしないもやもや感だ。そうは感じませんか、解剖先生」
「高藤隼人の幽霊でもついているかな? 死に方も死に方だからなぁ」
「何者かに突き落とされて即死。ごく一般的な犯罪ですよ」
「俺の言ってるのはその現象だよ」
「現象って?」
「胸の温度さ」
「ああ・・・あれですか? 医学的に不可解な現象・・・」
「今朝も死体保管BOXを引っ張り出し、胸部の温度を測定したが5.5度だった。今日で保管BOXに入っているのは三日だぜ。繰り返すが保管BOXの温度2度。どう考えても理屈では説明出来ない現象・・・そのせいでお前に幽霊が取り憑いている?」
「何で俺だけなんですか? 解剖先生には、取り憑いていないのですか?」
「俺の心は死者の幽霊は信じないが魂は信じる。お前は幽霊も魂も信じない。だからもやもや感がある」
隼人の声「解剖先生の言う通りだ。俺の魂が彼のもやもや感だ。彼の無意識で真摯な気持ちが俺の魂を感じてもやもや感になる。俺は当分二人の意識の中には入らない。もやもや感で捜査が遅延したら俺もこまる。三途の川を渡る期限も決まられている。早く尚子を見つけ「ごめんなさい」の訳を調べてくれよ」
07:聞き込み
猪苗代町の宿泊施設施設は65施設もある。リゾートマンションや別荘を含めると宿泊可能な施設の正確な数は分からない。それこそ捜査本部を設置、本部長命令で、一斉に虱(しらみ)潰しであたるしかない。宿泊施設・リゾートマンション・別荘・大きく分けて三つのグループがあるが、常識的に65施設ある宿泊施設から手を着けた。基本的には、聞き込みは二人が原則だが、零細捜査班である。和重と健一は、二手に分かれて聞き込みを開始した。
朝十時に聞き込み開始したが、意外と早く宿泊先が分かった。
猪苗代四季の里がある、別荘村に隣接する「悠々館」と言う個人客専門の和式旅館であった。
二人は、宿泊客の目につかない小さな事務室に通された。
主な聴取は健一で、和重は聞き役にまわった。
健一が高藤隼人の写真を出し、念のため再度確認した。
「この人に間違いありませんか?」
「ええ、間違いありません。高藤隼人様です。この方は、この悠々館の大切な常連のお客様ですから」
「同宿の連れはいませんでしたか?」
「いつも女性の方とご一緒です」
「いつも女性が一緒ですか?」
「ええそうですが?」
「宿帳、見せて頂けませんか?」
「どうぞ」
「高藤隼人、妻尚子ですか?」
「尚子さんは年齢おいくつぐらいの方ですか?」
「それが・・・」
「それが? ってどうしました?」
「年齢が離れている?」
「でも昨今は、歳の差婚って言うのもはやっていますから」
「高藤さんは60歳ですが、その方はおいくつぐらいの方ですか?」
「お聞きした事はございませんが25歳前後かと思いますが? 高藤様に何かあったんですか?」
「ええまあ・・・」
「もしかしたら!?」
「もしかしてとはどう言う意味ですか?」
「高藤様には、8月14日、15日を、ご予約頂いていました。当日はお盆で満室ですが、毎年三ヶ月前に8月14日と15日はご予約頂き、お二人で渓流釣りにお出かけになっていました。でも今年は14日はお二人で宿泊なさいましたが15日は、いらっしゃいませんでした。それで宿帳に書かれていた電話番号に電話してもお出になりません。もしかして・・・新聞で釣り人が小倉川で転落の記事を見ました。お二人はそんな小倉川の源流までは行かないと思っていましたから? お連れ様が女性ですし。心配で番頭さんにも聞いたのですが、女性を釣れて、こんな源流までは絶対行かない、人違いと言っていましたから・・・それに新聞にもお名前の記載がなく、ただ釣り人との記載でしたから・・・」
「転落死されたのは高藤隼人さんです」
「まぁ! 高藤様!」
和重が会話の中に割った入った」
「女将さん一つ質問があるんですが?」
「どのような事でしょうか?」
「女将さんの今のお話ですと、最初お聞きした時(歳の差婚って言うのもはやっていますから)とおっしゃっていましたが、今のお話では(お二人)とおっしゃっていました。何故ですか? 年の差婚との認識でしたら、普通はご夫妻とかご夫婦とか・・・」
「そうですわね・・・私としたことが、女将失格ですわ」
「ご夫婦と言う認識ではなかったから、無意識でお二人と呼んでしまった」
「刑事さんのおっしゃる通りです」
「恋人? それとも不倫?」
「不思議な関係です」
「不思議ってどう言う意味です?」
「普通当館では、男のお客様と女のお客様がお二人で同じお部屋に宿泊される場合は、お布団の間隔はほぼ30㎝、男性の方お二人とか女性の方お二人とか、そう言う場合は約1㍍が決まりです」
「それって理由は何です?」
和重が口をはさんだ。
「お前そのくらいの事、想像出来ないのか? それで刑事よくやってるなぁ」
「解剖(と言いかけて)熊沢先生は分かってんですか?」
「あぁ察しはつくよ。女将さん、このぼんくら刑事に説明してやってください」
健一が女将に見えないように和重の足を蹴飛ばした。
「お布団の間隔が30㎝センチと言う間隔は、お互いに手を伸ばせば届く間隔です」
「よく分かりました。僕は独身ですから参考にさせて頂きます。それで女将さんがおっしゃる、(不思議な関係です)と言う意味は何ですか?」
「それが、お布団敷いた時には30㎝の間隔でしたが翌日お布団がたたまれているは三㍍前後の場所? いつもそうです」
「えっ、布団を自分でたたむんですか?」
「尚子様はいつも、そうしてくださっていました」
「じゃあ二人は夫婦でもなく、不倫でもなく、親子でもなく、男と女の関係でもなく、不思議な関係ですか? 二人はいつ頃からこの悠々館に?」
「三年ぐらい前からです」
「八月十四日の二人は何時頃来館しました?」
「高藤隼人様はお車で午後四時頃、尚子様はタクシーで午後五時頃だったと思います。猪苗代駅からだと思います。その頃に郡山からの電車がありますから」
「そうですか・・・で、十五日は朝何時頃出かけましたか?」
「お二人は釣りですから、鍵はかけませんし、お好きな時間にお出かけですから、時間は分かりません」
和重がスケッチブックを取りだし
「お忙しいとこ恐縮ですが、尚子さんの似顔絵、描かせて頂けませんか?」
その和重が描いた似顔絵で、県警本部に送り顔面検査器で照合してところ、数人がヒット、その数人を悠々館の女将に確認したところ、高藤隼人と同宿した女性は「佐々木尚子」と確認された。
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次回3月11日(日)
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