生産性運動と国労 生産性運動中止へ 第一話
Jun
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生産性運動に関しては、国労自身が組織の危機を感じて本格的な反論を開始したのが、昭和46年1月に入ってからでした。
前述の、「ウソだよ生産性運動」(初期はクタバレ生産性運動だったそうです)のような、ビラを配布したり、あの手この手で、生産性運動を批判していました。
特に、昭和46年1月以降、国労は「総力戦」の方針を固め、従業員意識(「国鉄一家」意識)の払拭、階級意識に立った労働組合運動の継続発展、簡単に言えば、職制は、資本家階級の使用人であり、労働者階級の敵であると言う意識付けであり、鉄労はこうした手段を、マルクス・レーニン主義そのものであると厳しく批判しています。
なお、この時期に国労が取った手法は、以下のような方法でした。
「確認メモ」の取り交わし
当局側の不当労働行為と思われる行為を見つけたら、その都度メモをする、いわゆる告発運動を展開する。
こうして、実際には行き過ぎた行為(助役による。加入を促す行為や、組合のよる差別的待遇等】もあったと国労では書いていますが、その辺はもう少し調べてみる必要がありますが、後に不当労働行為を促すような発言をしていたとして、これが原因で生産性運動自体が中止に追い込まれることになりました。
ここで注目しておくべき事は、生産性運動に関しては、国労・動労は階級闘争の中で反合理化闘争絡みで、生産性運動には反対せざるを得ないというか、理念とは相容れないわけです。
鉄労は、むしろ生産性を上げることで、職場環境の改善を目指しているので生産性運動を反対するものではありませんでした。
共同歩調を歩むこととした、国労と動労
さらに、国労と動労では多少とも理念が異なっていましたが、生産性運動で増加している鉄労への加入を止めるという点では、双方に利害が一致していることから、その部分だけで、昭和46年1月以降は共同歩調を歩んでく行くこととなりました。
国労・動労各々の言い分を、各組合運動史などから引用してみたいと思います。
動労:当局は職場における組合壊滅を目的に、ワッペン、バッジ、集会、デモ、掲示板など全ての職務活動に徹底した介入と規制を行うかたわら、動労組合員なるがゆえをもって、昇給・昇格・昇職・宿舎入居・勤務などに不当な差別を強行し、それを背景に職制を総動員して、動労脱退→鉄労加入の工作を公然と行い、鉄労の育成とその育成強化に躍起になっていた・・・・
動労三〇年史 下巻
と書かれており、当局の人間が不当労働行為を行っていると書かれていました。
国労も似たような感じであり、旭川地本が当局に対して下記のような申し入れを行ったという記述が見られます。
旭川地本は、当局との間で不当労働行為の中止・労使関係正常化をはじめるにあたって、つぎの事項についての意思統一を行った。
- 一連の不当労働行為に抗議するため「団交」を停止し、当局がその不当性を認め、それに対する措置と今後やらないという確認、実証が示されるまで団交は再開しない。「団交再開」の場合は、組合の基本要求の選考解決を前提条件とする。
- それらの問題が競りされるまで、三六協定の締結はしない。
- 労使関係の正常化を図るための折衝【交渉】は。委員長と局長会見の結果で決める。
以上の事項について、現場の了解を得、「不当労働行為、不当処分、差別取り扱い」などの問題につき当局との会見が行われた。その結果、当局との間で次のような「確認」がなされた。(71.6.3)
- 不当労働行為と疑いを持たれるようなことは、今後やらないよう十分指導・徹底する。
- 局の課員に対し、組合所属の相違によって差別的な扱いはしない。
- 鉄労への加入招へいなどは組織介入であり、やれるものでもないし、やらない。
- 処分については十分慎重に取り扱う。
【国鉄労働組合四〇年史 第二章 マル生攻撃に対して P182から引用】
といった内容であり、国労も動労も、当局が不当労働行為を働いているという点では一致していますので、どのようなものであったのか。
資料を探すか、証言を得るしかないですが、逆に急がないと全てが闇となってしまいそうです。
このように、国労も、動労も不当労働行為があるという証拠を積み上げていくことで、国鉄当局を追い詰めていくことで生産性運動を追い詰めていこうとしますが、未だ決定打と言えるところには到達しているとは言えませんでした。
その後、マスコミを味方に付けるため、当時としては破格の宣伝費を投入して、反マル生運動キャンペーンを張っていくこととなり、この頃から風の向きが変わり始めていくのでした。
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