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四季織々〜景望綴

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の恋◆ 4

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の...
  美月〈みづき〉

鶴久病院の職員出入り口に、美月は、大きな鞄を手に佇んでいた。
「柾彦さま、来てしまいました。柾彦さまのいない日々は、私には耐えられません」
 教授の娘の檜室美月だった。柾彦を真っ直ぐに見つめる美月の瞳には、大粒の涙が溢れていた。
「美月さん、突然にどうしたのですか」
 柾彦が医師として鶴久病院に戻って来てから、八ヶ月が経とうとしていた。柾彦は、ただただ驚いていた。教授の家には、数回招待されて伺ったことがあり、もちろん美月ともその時に会話を交わしたことはあったが、交際をしていたわけではなかった。柾彦にとっては、教授の娘という認識しかなかった。
「お見合いのお話がすすんでおります。私は、柾彦さまに嫁ぎたく思います。檜室の家には、もう戻らぬ覚悟で参りました」
 美月は、熱い想いを柾彦にぶつけて、柾彦の広い胸に飛び込んだ。
「美月さん、ぼくには、おっしゃっている事がよく理解できないのですが、落ち着いて話をしてください。とにかく、ここでは話ができませんので、家へどうぞ」
柾彦は、美月の大きな鞄を受け取り、自宅に招き入れた。母の結子が所用を済ませて帰って来るまでに話を終わらせたかった。美月を居間の長椅子に座らせて、落ち着くように熱い紅茶を入れた。柾彦自身も熱い紅茶を飲んで落ち着きたい心境だった。柾彦は、紅茶を一口飲んで深呼吸をした。
「美月さん、ぼくは、あなたの名前と教授の娘さんであることくらいしか知りません。それなのにぼくと結婚するなど理解に苦しみます」
 柾彦は、美月を傷つけないようにするにはどうしたらいいのか、頭の中で考えていた。
「美月では駄目ですか。それとも、既にどなたかいらっしゃるのですか」
 美月の瞳からは、ぽろぽろと真珠のような涙が、次から次へと零れていた。柾彦は、不思議な気分でその様子を眺めていた。どなたかと問われて、想い描くのは祐里の顔・・・・・・柾彦は、突然の美月の想いに戸惑うばかりだった。
「美月さん、ぼくは本当にあなたのことを何も知らないのです。とにかく涙を拭いてください。目が腫れてしまいますよ」
 柾彦は、白衣のポケットからハンカチを取り出して美月に渡した。
玄関の呼び鈴が鳴り、柾彦があたふたと扉を開けると、祐里が立っていた。
「柾彦さま、こんにちは。紫乃さんの作ったお彼岸のおはぎを御裾分けにお持ちいたしました。おばさまは、いらっしゃいますか」
 祐里は、玄関に揃えられた女性の靴に目を落とした。
「姫、ありがとう。母上は、外出していて、もうすぐ戻ってくると思うのだけれど」
柾彦は、祐里に助けを求めたい気持ちと美月のことをどのように紹介すればいいのか分からない気持ちの中で戸惑っていた。
「柾彦さま、お客さまでございましたら、私は、ここで失礼いたしましょうか」
 祐里は、柾彦の決まりの悪そうな様子に配慮した。
「姫、どうか、帰らないで。とにかく、どうぞ、上がってください」
 柾彦は、慌てて祐里を招き入れて、美月の前に案内した。
「こちらは、教授のお嬢さんの檜室美月さんです。美月さん、桜河祐里さんです」
 祐里は、泣いている美月と困惑している柾彦を見つめた。
「この方が、柾彦さまの婚約者ですか」
 美月は、ハンカチで涙を拭きながら、挑むような瞳を祐里に向けた。
「そうですよ。だから、美月さんは、落ち着かれたら、家に戻ってください」
 柾彦は、美月の勘違いを肯定して、とっさに嘘をついていた。祐里は、その場の状況がよく呑み込めずに佇んでいた。一途な美月の想いがその視線から感じられた。柾彦は、今ようやくその想いに気付いた様子だった。祐里は、柾彦から美月に視線を移した。真っ直ぐに祐里を見つめる瞳からは、大切に育てられた雰囲気と勝ち気な性格が感じられた。
「ただいま帰りました。祐里さんがいらしているの。ちょうど、美味しいケーキを買ってきましたのよ」
 結子は、玄関に揃えられた女性の靴に目を留めて、祐里が来ているのだと思い込んだ。恋愛において堅物の柾彦に女性の影は皆無だった。結子は、居間の扉を開けると言葉を失った。知らない女性が柾彦の前で涙を流し、祐里が側に佇んでいた。
「おばさま、お留守にお邪魔しております」
 祐里は、結子に挨拶をして、再び柾彦に視線を向けた。
「母上、あの、この方は、檜室教授の娘さんで、美月さんです」
 柾彦は、結子の声に驚いて、赤面しながらあたふたと美月を紹介した。
「お母さまですか。初めまして、檜室美月と申します。どうぞ、よろしくお願いします」
 美月は、ハンカチを瞳に当てながら、立ち上がって結子にぺこりとお辞儀をした。
「祐里さん、いらっしゃいませ。美月さん、柾彦の母の結子でございます」
 結子は、落ち着きのない柾彦と泣いている美月を交互に見つめて、この場の状況の理解に苦しんでいた。
「お母さま、お見合いの日に家を出て、柾彦さまの元へ参りました。私には柾彦さましか頼る方がいないのに、祐里さんという婚約者がいらしたのですね」
 美月は、再び、大粒の涙を零した。驚く結子に柾彦は、大きく首を横に振った。理解に苦しみながらも結子は、柾彦の態度で状況が読めてきた。それから、ゆっくりと美月に目を留めた。柾彦を頼ってきた美月がいじらしく思えた。
「まぁ、びっくり。そんなに泣いては、可愛いお顔が台無しですわ。柾彦さんのことをこれほどに慕ってくださって、母として嬉しいばかりです。お父さまやお母さまが心配されてございましょうが、折角いらしたのですから、ゆっくりお話をいたしましょう」
「母上、それは」
 柾彦は、母の対応に驚いていた。
「柾彦さん、女性を泣かせるなんて殿方のなさる事ではございませんわ。すぐに美月さんを追い返しても何も解決いたしません。美月さんが落ち着くまで、いていただきましょう。そうと決まれば、美味しいケーキを皆でいただきましょうね」
 結子は、美月に優しく微笑んで、ケーキの箱を抱えて台所へ向かった。
「おばさま、お手伝いをいたします」
 祐里は、おはぎの重箱を抱えて、結子の後ろに続いた。
 柾彦は、美月と結子の波長に巻き込まれたように感じていた。六つ下の妹の志子(ゆきこ)は、美月と同い年で、この秋に嫁いだばかりだった。志子を嫁に出して平気な顔をしていた結子だったが、やはり淋しさを感じていたのだろうか。好き嫌いをはっきりさせる結子が、美月を追い返さなかったことを不思議に思っていた。結子は、あの祐里を抱きしめた日、なにも気付かないそぶりを見せながら、やはり、自分の祐里への恋慕に気付いたのだろうか。柾彦は、結子のこころの内を推量しながら、今まで教授の娘としか認識していなかった美月を女性として改めて見つめた。不自由なく育ち、自己主張をしっかりと表現出きる女性。そのような女性は、大学時代にいくらでもみてきた。しかし、柾彦の求めている女性ではないような気がしていた。
「祐里さん、紫乃さんのおはぎですね。ありがとうございます。それにしても、柾彦さんも隅におけませんね。柾彦さんには、押しかけ女房がお似合いなのかもしれませんわ」
 結子は、祐里から重箱を受け取り、笑顔を見せながら、居間の様子を覗った。

夕方になり、美月は『今日のところは家に帰って教授と話し合うように』と柾彦に説得され、祐里を迎えに来た車に同乗して、後ろ髪をひかれる想いで桜川の駅に向かった。
「祐里さんは、柾彦さまとは幼馴染みなのですか」
 美月は、柾彦がずっと祐里に恋して過ごしてきたことを感じていた。柾彦の視線は、いつも祐里に注がれていた。それに結子も、祐里に好感を抱いているのが感じられた。そして、祐里は、その場に然るべく存在していた。
「柾彦さまとは、十六の時にはじめてお会いしました。それからは、何時も優しく見守ってくださる大層頼もしいお方でございます」
 祐里は、一途な美月の強い想いを感じていた。
「私は、はじめてお会いした時から、柾彦さまが好きになりました。でも、柾彦さまは、私を教授の娘としか見てくださらなくて。片思いなのに押しかけてきてしまいました」
 祐里の前では、美月は、自身が色あせていくように感じていた。
「さようでございましたの。ご自分のお気持ちを大切になさって、お父上さまとよくお話し合いをされるとよろしいかと存じます。美月さまのしあわせをお祈り申し上げます」
 祐里は、優しい微笑を湛えて、美月の今後のしあわせを願った。
桜川の駅で、美月は、祐里に礼を言い、都への帰途についた。
 美月は、帰りの列車の中で、違和感を覚えていた祐里の左の薬指に光る指輪を思い出して、桜河という名字から、数年前に都で人気を博しながら、里の娘と結婚した桜河光祐の妻だということに気付いた。そして、美月を帰す為に柾彦が嘘を付いた事を真摯に受けとめた。
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の恋◆ 3

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の...
   恋慕

 毎週水曜日の午後、祐里は、鶴久病院の入院患者を見舞う奉仕活動をしていた。以前に祐里が知人の見舞いに訪れた病室で『祐里さまが病室にいると、気分がよくなり痛みが和らぐようだ』という入院患者の声を聞きつけた結子が、試しに祐里に依頼したところ、不思議なことにどの病室からも歓迎されたのだった。祐里も入院患者が楽しみにしているのを知り、喜んで見舞っていた。
「ご機嫌いかかでございますか」
 祐里は、病室を廻り、手を握ったり、痛いところを撫でたりして、ひとりひとりに優しく話しかけた。祐里の慈悲のこころは、入院患者を元気付け、しあわせな気分にしていた。その評判は、口から口に広がり、鶴久病院は、ますます、受診者が増えていた。
祐里は、見舞いを終えて、副院長室前の廊下で柾彦に出会った。
「姫、お疲れさま。珈琲をご馳走しますよ」
 白いワンピース姿の祐里は、病院の廊下に差し込む秋の和かな陽射しに輝いていた。柾彦は、昨夜から急病の患者にかかりきりで、心身ともに疲れていた。杏子から結婚話を突かれたことも影響してか、こころが祐里の優しさを求めていた。
「柾彦さま、お疲れさまでございます。お心遣いありがとうございます」
祐里は、柾彦の後から副院長室に入って、静かに扉を閉めた。突然、柾彦は、我を忘れて力強く祐里を抱きしめた。祐里は、消毒液の匂いに包まれた。柾彦は、祐里の温もりと甘い香りに包まれながら、しあわせを感じていた。
「柾彦さま、何かございましたの」
 祐里は、柾彦の今までにない行為に驚きながらも、母のような優しい声で柾彦を包んだ。柾彦からは、心身の疲労と激しい恋慕が感じられた。
「姫、しばらくの間、このままでいてもいいですか」
柾彦は、祐里の耳元で囁き、自分の行為を恥じながらも(姫を離したくない。今だけでもぼくの姫なのだから)と強く思っていた。窓の外では、桜の樹が心配して、秋風にさわさわと葉音をたててそよいでいた。
「はい」
 祐里は、柾彦の心労を感じ、柾彦の背中に手を回して (いつも、優しく守ってくださる柾彦さま。いかがされたのでございますか)とこころの中で呟いた。祐里は、柾彦が大好きだった。光祐への愛とは全く違う愛情を感じており、失いたくない存在だった。柾彦が自分を好いていることは感じていた。勿論、光祐の妻として、それに応えることは出来なかった。それでも、柾彦との楽しい時間を失いたくはなかった。祐里は、自分のその想いが柾彦を苦しめていることを改めて感じ(柾彦さまの優しさに甘えてばかりの私がいけないのでございます)と自身を責めていた。
 柾彦は(このまま時間よ止まっておくれ)と強く念じていた。
その時、扉が叩かれた。
「はい。どうぞ」
 柾彦は、驚いて反射的に祐里を離し、返事をした。
「祐里さん、こちらでしたのね。お茶にお誘いしようと思って捜しておりましたのよ。柾彦さんも一段落したらいらっしゃい」
 結子は、柾彦の動揺した顔に気付きながらも、明るく祐里に声をかけた。
「はい、おばさま。お誘い、ありがとうございます。柾彦さまとのお話が終わりましたら、すぐに伺います」
 祐里は、落ち着いた笑顔を結子に向けた。
「それでは、お茶の準備をして待っていますね」
 結子は、すぐに扉を閉めて廊下へと消えた。廊下に出ると、しばらくの間、壁に凭れて、柾彦の一途さを不憫に思い、柾彦の祐里に対する恋慕を憂慮していた。
 柾彦は、扉が閉まると同時に長椅子に崩れるように座り込んで、両手で顔を蓋った。
「柾彦さま。いつもお元気な柾彦さまがそのようなお顔をなさると、私も元気がなくなってしまいます。柾彦さまは大層お疲れでございますのね」
 祐里は、長椅子の隣に座って、柾彦をふんわりと優しく抱きしめた。柾彦の激しい恋慕と祐里の穏やかな慈悲のこころが交錯して、二人を切なく包んでいた。そのうちに祐里の慈悲のこころが、柾彦の疲れたこころをゆっくりと癒していった。
「姫、大変失礼な事をしました。本当に申し訳ない。どうか許してください」
「柾彦さま、私は何も気にしてございません。大丈夫でございますね。おばさまがお待ちでございますので、お茶に参りましょう」
しばらくして、柾彦は、我に帰ると祐里に深く頭を下げて非礼を詫びた。そして、祐里に促されて、自宅で結子と共にお茶の時間を過ごした。

 祐里が鶴久病院を出ると、珍しく、学校帰りの優祐が佇んでいた。
「母上さま。そろそろ、お帰りの時間ではないかと待っていました」
 優祐は、学校が終わると、急に胸の内が葉の擦れるようなさわさわとした気分に陥り、祐里のことが気になって、通学路から外れた鶴久病院に足を向けた。
「優祐さん、ありがとうございます。ご一緒に帰りましょう」
 祐里は、微笑んで、優しい母の表情を優祐に向けた。優祐の気遣いが嬉しかった。優祐は、成長期に入り、いつの間にか祐里と同じくらいの背丈になっていた。祐里は、優祐と並んで、桜川の土手沿いの道を歩いた。
「母上さまは、柾彦先生と友だちだから、病院のお手伝いをされているのですか」 
 優祐は、微かに消毒液の匂いの残る祐里に思いきって問いかけた。大好きな祐里を柾彦や入院患者に横取りされたように感じながらも、そのように思うこころの狭い自分を恥じていた。
「優祐さんは、柾彦先生を好きでございますか」
「はい。お会いすると、楽しいお話をたくさんしてくださって、元気付けられますので大好きです」
 祐里は、微笑みながら優祐に問い返した。優祐は、青空のように清々しい柾彦を思い出していた。
「私も柾彦先生にいつも元気をいただいてございます。柾彦先生は、お友だちと申し上げるよりも、兄妹のような・・・・・・優祐さんにとっての祐雫さんのような感じでございますね」
 祐里は、優祐に答えながら、自身の胸にも言い聞かせていた。
「それに、病院のお手伝いをさせていただいているのではございませんのよ。ただ、入院されている方とお話をさせていただいてございますの」
 優祐は、自身の狭いこころを反省し(母上さまは、神さまのようなお方です)と祐里の慈悲深いこころに感じ入っていた。

 その夜、子どもたちが就寝してから、光祐は、祐里の横に座って優しく声をかけた。
「祐里、何かあったの」
「いいえ・・・・・・何もございません。光祐さま、祐里は、いつもと違うてございますか」
 祐里は、普段通りに振る舞っていたつもりが、光祐に気付かれたことに困惑していた。
「いや、いつもの祐里だよ。何もなければそれに越したことはないけれど、ひとりで辛い事を抱え込む性分の祐里のことだから、心配事でもあるのかと少し感じたものだから。ぼくの大切な祐里だもの、誰よりも祐里のことは分かっているよ。ぼくは、いつでも祐里を信じて見守っているから、祐里が信じる道を行きなさい」
 祐里は、静かに光祐の肩に頭を擡げて寄り添った。光祐の深い愛情が感じられた。
「祐里は、光祐さまのお側に居させていただくだけで、しあわせでございます」
 祐里は、こころがしあわせで満たされていくのを感じていた。
「ぼくのしあわせは、祐里がしあわせでいてくれることだよ」
 光祐は、それ以上は何も追及せずに、祐里の肩に手をまわして力強く抱きしめた。祐里は、光祐の愛に包まれて自信を取り戻していた。(光祐さま、祐里は自身を信じて、そして、柾彦さまを信じて、いままで通りのお付き合いをして参ります)とこころに誓った。
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の恋◆ 2

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の...
   杏子〈きょうこ〉

 銀杏通りの並樹が色付き始めていた。
 柾彦は、久しぶりに銀杏亭で昼食をとることにした。銀杏亭は、幼馴染みの林杏子が婿を取って、父と共に洋食レストランとして、名をあげていた。店内は、落ち着いた茶色で統一され、銀杏色の明るいテーブルクロスが挿し色として使われていた。柾彦が扉を開けると、杏子がすぐに気付いて、笑顔で近寄ってきた。
「柾彦先生。いらっしゃいませ。特別席にご案内します」
 昼食時の店内は、客で賑わっていた。杏子は、衝立の奥の特別席へと柾彦を案内した。中庭の大きな銀杏の樹に面した大窓側の特別席は、店内の賑わいから離れてゆったりとした空間を演出していた。
「特別席は、ぼくの貸し切りみたいだけれど、相変わらず、賑わっているね」
 柾彦は、椅子に腰かけて、杏子に笑顔を向けた。
「それは、勿論、看板娘がいいからに決まっています。お時間がおありなら、貸し切りのお客さまには、お昼のおまかせコースがお勧めです」
 杏子は、胸を張って柾彦に微笑むと、メニューを開いて『おまかせコース』を指し示した。
「それにするよ」
「かしこまりました。少々、お待ちくださいませ」
 杏子は、厨房へ消え、すぐに、おしぼりと水の入ったグラスを持ってきた。
「柾彦先生、そろそろ、お見合いでもされて、結婚なさいませんか」
 杏子は、急に真面目な顔になって、柾彦に問いかけた。
「杏子は、結婚してしあわせそうだね」
 柾彦は、杏子の不意をついた言動に戸惑っていた。
「ええ、しあわせですよ。結婚してから徐々に築いていくしあわせもあるのですもの。柾彦先生は、あまりに真面目に考え過ぎていらっしゃるのですわ。一途ですものね」
 杏子は、意味ありげに『一途』を強調した。
「ただ結婚に縁がないだけだよ」
 柾彦は、慌てて訂正した。
「あら、杏子は、子どもの時からずっと柾彦先生が好きだったのに、全然気付かずにどこかのお姫さまを一途に想っていたのは誰かしら」
 杏子は、挑戦的な瞳で、柾彦を見つめた。
「杏子は、ぼくのことが好きだったの」
 柾彦は、不思議な顔をして、杏子を見上げた。考えたこともなかった。
「ええ。今の今まで、お気づきではなかったでしょ。本当に柾彦先生は、女心が少しもわからないのですから。まぁ、そこが柾彦先生の魅力でもあるのだけど」
「まるで、ぼくが鈍感な男みたいじゃないか」
「あら、鈍感に決まってますわ」
 杏子は、幼馴染みの柾彦との会話を楽しんでいた。柾彦は、小学校の入学祝に父母と妹と銀杏亭で食事をした日から杏子とは顔見知りになり、こころ置きなく話せる間柄だった。それ以来、いつでも口が達者な杏子から言い包められていた。
「杏子には敵わないな」
 柾彦は、降参して手を挙げて見せた。
「私のことはさて置き、手の届かない姫を追いかけるよりも、現実をご覧になられてください。柾彦先生を好いてくださる方は、沢山いらっしゃるはずでございますよ。今度ご紹介しましょうね。では、銀杏亭おまかせの世界一美味しいコースをお持ちします」
 杏子は、にっこり笑って、厨房へ消えた。柾彦は、結婚について考えてみた。(これから先、結婚したい女性に巡り合えるのだろうか・・・・・・)考えれば考えるほど、現実味がなかった。こころに浮かぶ女性は、唯一祐里だけだった。手が届かないと分かっていても時々祐里と会って話ができるだけで、柾彦は、しあわせだった。
 その日の午後、杏子は、銀杏亭へ生花の生け込みに訪れた萌を「待っていました」とばかりに捉まえて相談を持ちかけた。
「萌さまのお弟子さんで、柾彦先生とお見合いをされる方は、いらっしゃらないかしら。お節介をやかなければ、柾彦先生のことだから、このまま独身を通しそうなのですもの。素敵な殿方なのにもったいのうございましょう」
 杏子のお節介は、子どもの頃から変わらなかった。
「柾彦先生とお似合いの方でございますか。柾彦先生がその気になられたのでしたら、善は急げでございますわ」
 萌は、独身の弟子たちの顔を思い浮かべていた。
「その気にはなられていないのですが、こちらから策を講じて、その気になっていただきたくて・・・・・・お好みは、祐里さまのように慎ましくて可憐な方でございますよ」
 杏子は、萌に念を押した。
「祐里さまは、母になられても昔のまま可憐で、光祐お兄さまは、相変わらずくびったけでございますし、柾彦先生にとっては、永久に理想の姫でございますものね。女好きの春翔でさえ、祐里さまの前に出ると見惚れて何も言えなくなってしまいますのよ」
萌は、声をたてて笑った。そして、一人の弟子の顔を思い出した。
「杏子さま、私に考えがございます。おまかせくださいませ」
萌は、胸を叩いて笑顔で引き受けた。
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の恋◆ 1

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の...
     柾 彦 の 恋


  追憶

 鶴久柾彦は、車窓から夕暮れの秋桜の川原を眺めていた。
 茜色に染まる秋桜は、愛しい初恋の姫・桜河祐里の笑顔と重なる。
 儚げでありながら、強い意思を持った気高き姫。
 守り人として側に居ながら、手の届かなかった姫。
 それでも、同じ時間を共有できるだけで嬉しかった。
 その姫も、今は、幼き頃から慕い続けていた光祐さまと結婚して桜河家の若奥さまとなり、双子の母となっていた。
 手が届かないと分かっていても、恋して止まないのは姫だけだった。
 初めて会ったのは、図書館。姫は、一番高い書架に背伸びして本を引き出していた。その横顔の聡明で美しかったこと。一目で恋をした。
 次に会ったのは、銀杏亭の昼食会。女学生の中で一際可憐で目を惹いた。それでいて慎ましく側に居るだけでしあわせな気分にしてくれた。
 そして、新緑の美術館。陽だまりの中で白いワンピースが似合って、よそ風に揺れる黒髪がきらきらと輝いていた。『柾彦さま』と澄んだ瞳で見上げられて、名前を呼ばれる度に姫の美しさに言葉を忘れて見惚れていた。
 真珠晩餐会では、榛文彌の非礼な言動に遭いながらも、毅然とした態度を保っていた姫。怖くて震えながらも、決して自分には、涙を見せなかった強き姫。
 夏の強い陽射しの中では、光祐さまの力強い愛に抱かれて安心していた姫。二人の側に居ることが喜びでもあり哀しみでもあった。
 秋桜の花咲く川原では、まるで天女が羽衣を纏うように佇んでいた美しき姫。茜色に染まる美しい横顔を見つめて、思わず愛してしまいそうになる気持ちを懸命に押さえた。
 姫から毎年贈られる桜の落ち葉は、木箱の中に大切に保存した。
 十八の春にめでたく光祐さまと婚約し、ますます、美しく輝いた姫。手の届かない女性だと解っていながら、柾彦のこころは恋する気持ちで溢れていた。
 それからも、高等学校を卒業するまでの一年間、柾彦は、ずっと守り人として側で姫を見守り続けた。
 大学時代は、離れた里から「素晴らしいお医者さまになられますようにお祈り申し上げます」と手紙で励ましてくれた姫。
 柾彦は、光祐さまの妻となった現在でも、姫以外の女性は考えられなかった。

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章◆ 10

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章...
  陽光

お屋敷の桜の樹が今年も華やかに満開の時期を迎えた暖かな春の午後、祐里は、五歳になった双子の優祐と祐雫と桜の樹の下で過ごしていた。奥さまは自室の窓から、紫乃は台所の窓から、その様子を微笑ましく見守っていた。
「優祐ばかり、母上さまのお膝に座ってずるうございます」
 祐里の膝の上には、そこが居場所のように何時も優祐が陣取っていた。
「祐雫は、父上さまのお膝でしょう。毎日、お仕事に連れて行っていただいてはどう」
 光祐さまが家に居る時は、祐雫は、光祐さまの膝の上に座っていた。
「祐雫さん、こちらへいらっしゃい。おはなしをして差し上げましょうね」
 祐里は、にっこりと微笑んで祐雫に手を差し出した。膨れっ面の祐雫は、祐里の手に飛びつくと横にぴったりと寄り添って座った。祐雫は、祐里の香りに包まれてしあわせな笑顔を浮かべた。
「むかし、むかし、桜河のお屋敷に旦那さまが、住んでおりました。ある日のこと、旦那さまは、桜山に出かけて、桜山から折れた一本の桜の枝を拾ってきて庭に植えました。毎日、毎日、旦那さまは桜の樹に話しかけては水をやりました。すると、桜の樹はぐんぐん大きくなって、毎年春になると綺麗な花を咲かせるようになりました。そのうち、旦那さまは桜池のお祭りで美しい娘に出合いました。娘は旦那さまの奥さまになって、旦那さまと一緒に桜の樹を大切にして暮らしました。桜の樹は喜んで、いつまでもいつまでも、桜河のお屋敷を守ってくださいました。とっぺんはらりのひらひらふるる」
 祐里のはなしに優祐と祐雫は、目を輝かせながら聞き入っていた。
「母上さま、その桜の樹が、この樹でございますか」
 祐雫は、桜の樹を見上げて祐里に問いかけた。
「さようでございますよ。曾おばあさまが、よく父上さまと私にこのおはなしをしてくださいました。優祐さんも祐雫さんも桜の樹を大切にいたしましょうね」
 祐里は、濤子おばあさまが幼い光祐さまと自分をこの桜の樹の下で優しく抱きしめてくれたように優祐と祐雫を一緒に抱きしめた。
「ぼくは、母上さまの次に桜の樹が大好きです」
 優祐は、祐里の胸の中で桜の甘い香りに包まれて呟いた。
「祐雫だって」
 祐雫も負けじと大きな声を出して、祐里の胸に顔を摺り寄せた。
「ありがとうございます。優祐さん、祐雫さん。桜の樹が枝を揺らして喜んでございますよ。私は、可愛い優祐さんと祐雫さんが大好きでございます」
 祐里は、満開の桜と共にしあわせいっぱいだった。
 
 月日は廻り、光祐さまは、三十二歳の桜の季節を迎えていた。光祐さまが桜河電機に入社して十年が経ち、工場長を経て、現在では副社長としての貫禄を示していた。
 土曜日の春の夜、光祐さまは、家族を連れて都の音楽会に出かけた。音楽ホールのロビーで取引先の重役と顔を合わせた光祐さまは、優祐と祐雫をロビーに待たせて祐里を伴って席を立った。
「祐雫、手洗いに行ってくるけれど、ひとりで大丈夫ですか」
「ええ、優祐こそ、迷子にならないように」
 優祐は、祐雫を気遣いながら手洗いに席を立った。祐雫は、双子の優祐に大人びて注意して、ロビー中央の熱帯魚の大きな水槽を見つめていた。
「もしかして、桜河の・・・・・・」
 突然、白髪の紳士が声をかけてきた。
「はい、桜河祐雫と申します」
 名前を呼ばれて、祐雫は、椅子から立ち上がり礼儀正しく会釈を返した。
「母上さまは、祐里さんですか」
 紳士は、驚愕の表情で祐雫に問いかけた。
「はい。おじさまは、母をご存知でございますか」
 祐雫は、はじめて会う紳士を見つめて(どなたなのかしら)と頭の中で考えていた。
「ずっと以前に、父上さまと母上さまにお会いしたことがあります。祐雫さんといわれたね、母上さまにそっくりですね」
 榛文彌は、かつて恋した祐里の子と巡り合った。こころの枯れ木が一斉に芽吹いたように感じられ心臓が高鳴っていた。目の前に立っている祐雫は、はじめて祐里を見初めた年頃くらいだろうか。口元の愛らしさが祐里にそっくりだった。
「さようでございますか。どちらかと申しますと、祐雫は、父に似ていると言われます」
 祐雫は、紳士的な物言いの文彌にこころを許して気兼ねなく受け答えをした。
「そう、父上さまに」
 文彌は、祐雫の中に光祐さまの存在を感じた。真っ直ぐに瞳を見つめて物怖じなく話す姿は、生まれながらに桜河の血筋をひく光祐さまそのものだった。
「おじさまは、お一人でございますか」
「うむ、一人だよ」
 文彌は、小鳥が囀るように話す祐雫の愛らしい口元を見つめてしあわせな気分に浸っていた。文彌は、十数年近く自ら閉ざしていた感情の扉に鍵を差し込んで開錠した。
「父上さまが戻っていらしたわ。おじさま、ここでお待ちくださいませね。父上さまと母上さまを連れて参ります」
 祐雫は、光祐さまの姿を見つけ駆け寄って行った。文彌は、祐雫の後姿を追いながら、光祐さまと祐里に気付いてロビーの柱の陰に身を隠した。
「祐雫、待たせたね。話が長引いてしまってすまなかった。優祐はどうしたの」
 光祐さまは、愛らしく駆けて来た祐雫の頭を撫でた。
「お手洗いでございます」
「一人で淋しくなかったかね」
「あちらのおじさまがお相手をしてくださいましたので、大丈夫でございました」
 祐雫は、文彌と今まで話をしていた椅子を振り返った。
「どの方」
 光祐さまは、辺りを見回した。
「あら、いらっしゃらない。ホールに入られたのかしら。父上さまと母上さまのお知り合いと申されてございましたので、お目にかかって頂きとう存じましたのに」
 祐雫は、狐に抓まれた気分になっていた。
「どなただろうね。祐雫、知らない人にお菓子をあげるからって言われて、気軽に付いて行かないでくださいよ」
 光祐さまは、祐雫を優しく諭した。
「本当にどなたさまでございましょう」
 祐里は、心配顔で辺りを覗ったが、見知った顔は見当たらなかった。
「そのように怖いおじさまではございませんでしたし、祐雫は、お菓子に釣られる子どもではございません」
 祐雫は、声をたてて笑った。光祐さまと祐里は、一緒に微笑みながら一抹の不安を感じていた。文禰は、立派になった光祐さまとしあわせに包まれている美しい祐里を哀愁の思いで、柱の陰からそっと窺っていた。
「父上さま、母上さま、祐雫、お待たせしました。遅くなって申し訳ありません」
 優祐が慌てて走って戻ってきた。
「そろそろ、開演の時間だ」
 光祐さまは、家族の背中を押して音楽ホールに入った。その姿を背にして文彌は、音楽会の鑑賞券を傍らの屑篭に捨てるとロビーを後にした。闇夜に包まれながら文彌は(もし、あの時に祐里を我がものにしていたならば、私の横には祐里がいた筈だ)と思い、花冷えの寒さに外套の襟を合わせながら(しかし、祐里を私の妻にしていたならば、果たしてあのようにしあわせな微笑を湛える女性にできただろうか)と苦笑して考えていた。

 それから数日後の暖かな午後に執事の遠野が副社長室の扉を叩いた。
「失礼いたします。お約束をなされておりませんのでお断り申し上げたのですが、銀行の方が是非とも、坊ちゃま・・・・・・失礼いたしました、副社長にお目にかかりたいとのことでございますが、どういたしましょうか」
 遠野は、光祐さまを幼少の頃から「坊ちゃま」と呼び親しんで来たので、口を滑らせて赤面し、少々困った顔を光祐さまに向けた。
「銀行の方ならば、経理部か社長に伝えておくれ」
 光祐さまは、企画書から遠野に視線を移した。遠野は、総合職では社長の右腕の役割を担っており、光祐さまも学生時代に別邸で世話になって信頼をおいていた。
「社長は、商工会に外出中でございます。それに取引先の銀行の方ではございません。是非とも副社長にと申されております」
「営業で来られたのであれば、尚更経理部か社長でなければ・・・・・・何処の銀行なの」
 光祐さまは、腕時計に目をやり企画会議の時間が迫っているのを確認した。
「予定が詰まっていると何度もお断り申し上げたのですが、榛銀行本店営業部長の榛文彌様でございます」
 遠野は、十数年前の身辺調査を思い出して恐縮しながら光祐さまに名刺を差し出した。
「榛・・・・・・わかった、ここに通しておくれ」
 光祐さまは、複雑な気分でその名刺に目を走らせた。祐里の見合い相手として突然現れた時の不敵な勝ち誇った笑みを思い出していた。遠野は、光祐さまに恭しく一礼すると、間もなく、榛文彌を案内して戻って来た。
「突然に伺いまして、申し訳ありません。本店に十数年ぶりに戻って参りましたので、ご挨拶に伺いました」
 扉を入るなり文彌は、白髪の頭を深々と下げて丁寧にお辞儀した。光祐さまは、文彌の落ち着いた態度に接して違和感を覚えていた。祐里と見合いをした時の大蛇のような敵意を剥き出しにした激しさはどこからも感じられなかった。風の便りで聞いた遭難事件からの性格の変化は、本当だったらしい。
「ご丁寧にありがとうございます。どうぞ、おかけください」
 光祐さまは、机から立ち上がると、文彌に椅子を勧めた。文彌は、桜河家の輝かしい君を見つめていた。仕立てのよい濃紺の背広姿の光祐さまは、若さと逞しさと自信を覗わせていた。正道を真っ直ぐに歩んできた清さが漲っていた。十数年前の高等学校を卒業したばかりの庇護された青さはどこにも見当たらなかった。しかし、この桜河家の君は、幼少の頃から庇護されながらも運命を手中にする強さを内に秘めていた。
 遠野が紅茶を運んできて、一礼するとすぐに部屋から出ていった。
 しばらくの間、沈黙が副社長室を占めていた。文彌は、紅茶から立ち上る湯気が部屋の空気に溶け込んでいく様子を静かに見つめていた。そして、意を決して口を開いた。
「ご立派な後継ぎに成長されましたね。随分と迷いましたが、一度、お詫びに伺いたいと存じまして、本日参りました。私も若かったとはいえ、何時ぞやは大変失礼をいたしました。特に奥さまには誠に申し訳なく思っております」
 文彌は、椅子から立ち上がって深々と頭を垂れた。光祐さまは、文彌の突然の来訪と恭しい態度に驚いていた。
「榛様、どうぞ、頭をあげてください。突然のご来訪でどのようにお答えしたらよろしいのか、正直なところ考えあぐねています。ただ、過ぎたことは、過ぎたこととして水に流すこともできましょう。私も祐里も現在を大切に暮らしておりますので」
 光祐さまは、現在のしあわせに思いを巡らし、愛しい祐里を想いながら優しい微笑みを湛えた。文彌は、その微笑を受けてこころが洗われていくように感じていた。
「十数年前、酒宴の帰りに行ったつもりのない山で遭難しましてね。一晩、山中でさ迷ったのですが、それはもう言葉に表せないほどの怖ろしい思いをしました。樹木が襲いかかって来ましてね。一晩中、走って逃げ回りました。逃げても、逃げても追いかけられて、捜索隊に発見された時には、麓の桜林でこのように白髪になって気を失っておりました。たぶん、罰が下ったのでしょうね。お恥ずかしいことですが私のこころの闇が妄想となって現れたのかもしれません。突然伺って妙な話をいたしまして、申し訳ありません」
 光祐さまの優しい笑顔に包まれて、文彌は、思わず恐怖の体験を話していた。話し終えると青ざめた顔色で身震いしながら苦笑した。
「そのようなことがあったのですか。さぞ辛かったことでしょうね。しかし、榛様、これからは、きっと、よい方に向かいますでしょう」
 光祐さまは、既にこころの中で文彌を許していた。そして、優しい祐里のことだから、丁重に詫びている文彌を許すだろうと確信していた。
「本日は、意を決して伺ってよかったです。これから先、桜河さまが必要とあれば、榛銀行は、協力を惜しみません。貴重なお時間を私の為に割いていただいて誠にありがとうございました。失礼いたします」
 文彌は、椅子から立ち上がって、再び、深々とお辞儀をすると部屋を辞して行った。光祐さまは、玄関先まで文彌を送って出た。
「桜、本当にありがとう。何時何処にいても守護してくれているのだね。これからもよろしくお願いするよ」
 玄関前の桜の並樹が午後の陽光を受けて、満開の花をそよ風に靡かせてその隆盛を物語っていた。光祐さまは、青空に輝く満開の桜にこころから感謝の気持ちを伝えた。桜の並樹は、光祐さまの言葉に春の溢れる陽光の中できらきらと輝いて応じた。

〈 桜物語 桜の章 完 〉




  ***みなさまが気がかりな柾彦さまのその後につきましては、
  「柾彦の恋」で再びお目にかかりとう存じます***
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章◆ 9

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章...
「桜の章」が明日で完結しますので、遅ればせながら主な登場人物の紹介をします。
   
    ◇◇◇登場人物紹介◇◇◇

◇榊原 祐里(さかきばら ゆうり)孤児・桜河家に世話になる
◆桜河 光祐(さくらかわ こうすけ)桜河家の長男

◆桜河 啓祐(さくらかわ けいすけ)桜河家の当主
◇桜河 薫子(さくらかわ かおるこ)桜河家の奥さま

◆桜河 優祐(さくらかわ ゆうすけ)光祐と祐里の長男
◇桜河 祐雫(さくらかわ ゆうな)光祐と祐里の長女

◇桜河 濤子(さくらかわ なみこ)桜河家の大奥さま

◇笹生 紫乃(ささき しの)桜河家の婆や
◆森尾  守(もりお まもる)奥さま専属運転手
◇森尾 あやめ(もりお あやめ)女中頭

◆鶴久 柾彦(つるく まさひこ)鶴久病院長男
◇鶴久 結子(つるく ゆうこ)柾彦の母

◇東野  萌(ひがしの もえ)光祐の従妹

◆榛  文彌(はしばみ ふみや)祐里の見合相手

◆遠野夫妻(とおの)桜河家執事夫妻
  
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章◆ 8

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章...
   遺言

 暖かな陽光を受けて、桜の蕾が膨らみかけた祐里十八歳の誕生日の午後だった。  
亡くなった桜河濤子さまの遺言書が、顧問弁護士によって旦那さまに届けられた。

【ユウリノ ケッコンアイテ キマル シキュウ カエラレタシ チチ】

旦那さまからの電報を受け取った光祐さまは、心臓が止まる思いがした。春の休暇で帰った時には縁談話はなかった筈なのに青天の霹靂の気分だった。取る物も取りあえず駅に行き、列車に飛び乗った。列車の中では祐里の結婚相手を暗中模索していた。帰る時刻を知らせていないにも拘らず、桜川の駅では森尾が車で待機していた。森尾も突然の光祐さまの帰省に固い表情をしていた。光祐さまは、父上さまの決意の固さを感じ、この最大の困難に思いを巡らし、これから起こる事に立ち向かい、今回も必ず祐里を守り抜こうと決心した。もしもの時は、自分の祐里への想いを正直に父上さまと母上さまに話して許しを請おうと思っていた。光祐さまは、車がお屋敷に到着するなり、奉公人たちが出迎える間もない速さで、ただいまも言わずに旦那さまの書斎へ駆け込んだ。
「光祐、お帰り。早かったね」
 旦那さまは、自分の考えが正しい事を確認して光祐さまを笑顔で迎えた。
「父上さま、祐里の結婚相手が決まったって、どういう事なのですか」
光祐さまは、肩で息をして早口で旦那さまを問い詰めながら、旦那さまが微笑んでいる姿に不思議な戸惑いを感じた。
「光祐、祐里のこととなると熱くなるようだが、まぁ落ち着きなさい」
 すぐに奥さまと祐里が何事かと書斎に入り、奉公人たちは遠巻きに様子を窺っていた。
「旦那さま、わたくしは何も聞いてございませんわ」
 奥さまは驚いて旦那さまに詰め寄った。祐里は、突然の結婚話に凍りついたように書斎の入り口に佇んでいた。
「さて、光祐も帰った事だし、薫子も祐里も今から大切な話をするから座りなさい」
光祐さまや奥さまの剣幕とは正反対に、旦那さまは、優しい笑みを浮かべて、ゆっくりとおばあさまの遺言書を机の引き出しから取り出して長椅子に腰かけた。奥さまは、旦那さまの隣に座り、光祐さまは、凍りついた祐里を優しく導いて向かい側に座った。
「先日の祐里の誕生日に元山弁護士より、おばあさまの遺言書を受け取った。光祐が都に戻ったばかりだったので、この連休まで待つことにしたのだがなんと待ち遠しかったことか。今から読み上げるが、これはおばあさまのお気持ちであり、光祐や祐里にその気持ちがなければ遂行しなくてもいいと初めに断っておく。ただ、私が打った電報でこのように早く帰って来たところを見ると光祐の気持ちは、おばあさまのお気持ち通りのようだね。さて、祐里は、後から私たちに遠慮せずに自分の気持ちを正直に言いなさい」
奥さまも光祐さまも祐里も訳が分からないまま神妙に頷いた。旦那さまは、それではと濤子さまの遺言書をゆっくりと開いて読み上げた。

         遺言書

  桜河濤子は、榊原祐里について、ここに遺言する。

一、榊原祐里が、満拾八歳になるまで存命し、他家へ嫁いでいない場合、
  両者の合意のもとで、桜河光祐との結婚を許可する。

    □□拾参年四月弐拾参日
                   □□□□□桜川一番地
                          桜河濤子 ㊞

もう一通の旦那さま宛の手紙には、理由が記されていた。

  啓祐殿
 母の本心を残します。いつの日か、啓祐の眼に触れることを望みます。
 祐里を連れて、桜川を散歩している途中で、旅の修行僧に出会いました。
 祐里を一目見るなり跪いて、このお方は、神さまの御子でございます。大切に育ててくださいませと、
祐里に手を合わせました。
光祐が気に入って不憫で引き取ったばかりの娘で、にわかには信じられませんでした。
しかし、祐里は、本当に神さまのような一緒にいると、幸せな気分にしてくれる娘でした。
将来、祐里を光祐の嫁にしたいと思いました。それ故、養女にしたいと申し出た啓祐に反対して、
光祐とは戸籍を別にする事にしました。将来、祐里を光祐の嫁にしたいと思いました。
それ故、養女にしたいと申し出た啓祐に反対して、光祐とは戸籍を別にする事にしました。
もし、桜河の家に縁があるとしたら、神さまの御子の祐里は、苦難を乗り越え、必ずや光祐の嫁に
なってくれると信じています。
 祐里が拾八歳になり、光祐と祐里がお互いに合意するのであれば、結婚を許可します。
もし、祐里がそれより前に他家に嫁いでいた場合や光祐が結婚をしていた場合は、この遺言はなかった
ものとし、弁護士に破棄を依頼しました。
即座に遺言書を開示しなかったのは、祐里の強運を試したかったのです。
当主である啓祐の意向を聞きもせずに、勝手な遺言書を残す母をお許しください。
 母は、いつまでも桜河の家が栄え、皆がしあわせに暮らせる事を望んでいます
 祐里の身分が何になりましょう。祐里の前では、そのような些細な事は、誰も問題にすることは出来ないと
思います。
どうか光祐と祐里が、桜河の未来を荷なって、しあわせでありますように祈るばかりです。
                                                濤子                    

旦那さまは、遺言書を読みながら、元山弁護士の突然の来訪を思い出していた。
「ようやく、啓祐さまに濤子さまの遺言書をお渡しする重責を果たす事ができまして安堵いたしました。これをお残しになられる時は、大層、祐里さまの行く末を案じられて、即座に開示すべきかどうか最後までお迷いでございました。濤子さまのご遺言通り、祐里さまは、強運の持ち主でございました」
 遺言書を読み終えて感慨に浸っている旦那さまに、元山弁護士は、大きく頷いて笑顔を見せた。
「元山弁護士、母は、このような遺言をしていたのですね。母の真意が分かり、こころが晴れました。ありがとうございました」
 旦那さまは、元山弁護士の両手を力強く握って満面の笑みを浮かべた。
 旦那さまは、濤子さまが断固として祐里を養女にする事を反対しながらも、孫の光祐さまと同じように可愛がっていた態度がずっと腑に落ちないでいたのだが、ようやくその真意を納得することができた。
 そして、自分も妻も何故祐里を手放す気になれなかったのか、すんなりと理解できた。祐里は、桜河家に縁を持ち合わせた娘だったのだ。 旦那さまは、光祐さまが帰るまで、奥さまにも祐里にもこの遺言書の件を伝えるのを我慢した。そして、光祐さまを驚かそうと、五月の連休前に電報を打ったのだった。

「どうだね、光祐。現在の気持ちを言ってみなさい」
遺言書を読み終えて、旦那さまは、満面の笑みを湛えて光祐さまに問いかけた。
「父上さま、驚かさないでください。電報の祐里の結婚相手って、ぼくだったのですね。ぼくは、結婚相手は祐里しかいないと子どもの頃から決心していました。父上さまは、いつも祐里は妹だとおっしゃっていましたが、大学を卒業して一人前になったら祐里と結婚したいと父上さまに申し上げるつもりでおりました。ぼくの妻は、祐里の他には考えられません。ぼくは、祐里と結婚して桜河の家を大切に守っていきます」
光祐さまは、祐里の手を取り、しっかりと旦那さまに返答した。一番驚いて、溢れんばかりのしあわせを感じているのは祐里だった。
「やはり、光祐は、祐里のことを想っていたのだね。灯台下暗しだったというわけだ。さて、今度は祐里の気持ちを正直に聞かせておくれ。私たちや光祐に遠慮しなくてもいいのだよ。他家に嫁ぎたければそれは祐里の自由だし、その時には、娘として立派な支度をするつもりだからね」
 旦那さまと奥さまは、期待を込めて身を乗り出して祐里を見つめた。祐里は、旦那さまと奥さまの勢いに背中を押されるようにして、俯きながらも秘めていた想いを語った。
「私には、もったいのうございます。おばあさまのご遺言にとても感謝いたします。私は、分不相応と思いながらも、ずっと光祐さまをお慕い申し上げて参りました。これからも、旦那さまと奥さまと桜河のお屋敷で暮らせると思うと嬉しいばかりでございます。本当に祐里でよろしゅうございますの」
 祐里は、真っすぐに光祐さまを見つめて、旦那さまと奥さまに視線を移した。
「もちろんだとも。私たちは、祐里しかいないと思っているのだよ」
 旦那さまは、満面の笑顔で頷いた。
「光祐さん、祐里さん、おめでとうございます。ここ数日の旦那さまのご機嫌なお顔の訳がようやく分かりましたわ。わたくしにも内緒にされてございましたのね」
奥さまも晴れやかな笑顔で、愛しい光祐さまと祐里のしあわせな姿に目を細めた。
「皆が喜ぶ顔を同時に見たかったからね。そうと決まれば、すぐにでも婚約披露をしなくてはなるまい。善は急げだから、婚約披露宴は明後日の大安に決まりだ。結婚は、光祐が大学を卒業して我が社に入ってからになるだろうが、薫子、準備をお願いするよ」
「はい、旦那さま。花婿、花嫁の両方のお支度でございますから楽しみでございます。桜河家に相応しい立派なお支度をいたしましょうね」
 奥さまは、瞳をきらきらと輝かせた。
「それから、祐里、今日からは私たちのことを遠慮せずに、父親、母親と思っておくれ。祐里は、桜河家の人間になったのだからね。さぁ、早速呼んでおくれ」
旦那さまと奥さまは、熱いまなざしで祐里を見つめた。
「父上さま。母上さま。祐里は、しあわせものでございます」
祐里は、二人の熱いまなざしに満面の笑顔で応えた。旦那さまと奥さまは、祐里を抱きしめた。祐里は、お屋敷にこれからも居られると思うと胸がいっぱいになり、旦那さまと奥さまに抱かれて、しあわせの涙を溢れさせた。光祐さまは、その様子を安堵して見つめていた。
しばらくして光祐さまと祐里が書斎を退室すると、旦那さまは、遺言書を机の引出しに仕舞って、奥さまに大きく頷いてみせた。
「私の心配は取り越し苦労だったようだ。光祐は、自分で最良の妻を見つけていたのだね。それにしても、祐里は、不思議な娘だ。母上が神の御子と信じていたように祐里の前では生まれや身分など問題にならなくなってしまう。薫子、桜河の家が笑いの種になったとしても私たちは満足だね」
 旦那さまは、奥さまの手を取った。
「誰も笑いはいたしませんわ。祐里さんは、どなたがご覧になられても立派な光祐さんのお相手でございますもの。旦那さまとわたくしが、どこに出しても恥ずかしくないように大切に育てて参りましたし、祐里さんの気品は持って生まれたものでございます。どちらの御嬢様にも比類のない限りでございますわ。榊原さんは、きっと神さまに縁の家の出でございましょう。祐里さんのお見合いから、光祐さんの気持ちは薄々感じておりました。わたくしとて、光祐さんの嫁には祐里さんをと思ってございましたもの」
 奥さまも満面の笑みで、旦那さまの手に両手を添えた。
「私も見合いをさせた後から急に祐里を嫁に出すのが惜しくなった。今思えば、祐里以外に光祐に似合いの娘はいない。祐里を手放さずに済んで本当にめでたし、めでたしだ」
「わたくしもほっといたしました。祐里さんは、ほんに側に居るだけでしあわせな気分にしてくれる娘でございますもの」
旦那さまと奥さまは、肩を寄せ合い、光祐さまと祐里の結婚に思いを馳せていた。

 光祐さまは、安堵した途端に午後から何も食べていないことを思い出して食堂に行き、紫乃の作った夕食を至福の気分で食べ終えた。祐里は、しあわせな微笑を湛えて、その光祐さまの安堵した様子を横で見つめていた。心配して台所で待機していた森尾夫婦と紫乃は、二人の吉報を聞いて嬉し涙で見守っていた。
「爺は、光祐坊ちゃまと祐里さまのおしあわせな御姿が何より嬉しゅう御座います」
 森尾夫婦は、手拭いで何度も目頭を拭った。
「明日は、ご婚約のお祝いに坊ちゃまの大好きな桜葉餅をお作りしましょうね。ご近所にもお届けしましょう。皆も坊ちゃまと祐里さまのご婚約を喜んでくださいますわ。婆やは、嬉しいばかりでございます」
 紫乃は、窓から見える桜の樹を見上げて言った。
「ご馳走さま。爺、あやめ、婆や、ありがとう。いろいろと心配をかけたけれど、皆が大好きな祐里をしあわせにするよ。これからも、ぼくに力を貸しておくれ」
 光祐さまは、森尾夫婦と紫乃に頭を下げた。
「光祐坊ちゃま、もったいないお言葉で御座います。私たちは、何時でも光祐坊ちゃまと祐里さまの味方で御座います」
 光祐さまと祐里は、改めて森尾夫婦と紫乃の深い愛情に胸がいっぱいになった。
「祐里、庭に出てみようよ」
「はい。光祐さま」
 五月の爽やかな風が若葉の香りを庭いっぱいに漂わせる明るい月夜だった。
「今年は、お庭の桜の樹に少しお花が残ってございますの。若葉色の葉と淡い桜色が綺麗でございます」
 祐里は、月の光に照らされた大好きな桜の樹を見上げた。
「桜の樹もおばあさまもぼくと祐里を祝福してくれているのだね。桜の樹、ありがとう。お陰で祐里をしあわせにできるよ」
 光祐さまは、桜の樹を見上げて手を合わせた。月の青い光が桜の花に反射して、そよ風と共にはらはらと舞い散る花弁の中に佇む祐里をますます美しく見せていた。
「光祐さまがお側に居ない時は、おばあさまの桜の樹がいつも私を励ましてくれました。桜さん、本当にありがとうございます。そして、光祐さまが力強く私をお守りくださいました。私は、光祐さまを信じて今日まで参りました。祐里は、夢のようにしあわせでございます」
「祐里、これからもずっとぼくの側にいておくれ」
「はい、光祐さま。祐里は、いつまでも光祐さまのお側に居とうございます」
桜の花弁が祐里の長い髪にとまり、光祐さまは、そっと祐里を抱き寄せてくちづけた。祐里は、光祐さまの力強い愛に包まれて溢れんばかりのしあわせを感じていた。
 天の月と優雅な桜の樹だけが、二人のくちづけを静かに祝福して見守っていた。光祐さまは、祐里との結婚が公になるまで、兄以上の行動に出ないように心に誓っていた。それほどまでに祐里のことを清らかに大切に想っていた。離れていても祐里のことを想うだけで、こころが安らいだ。それは、祐里も同じだった。

こうして、桜河家では、光祐さまが大学を卒業して会社の役員研修を無事終了した、光祐さま二十三歳、祐里二十一歳の桜の盛りに、盛大な結婚式・結婚披露宴が三日三晩続いて催された。お屋敷の樹齢三百年になる桜の樹が光祐さまと祐里の結婚を祝して、百年に一度咲くという紅白の見事な花を開花させた。その桜の樹の下の花婿・花嫁の絵にも描けない美しさは、春風に乗って都にまで伝わっていった。
 光祐さまは、祐里を愛しみ力強く守っていた。祐里は、光祐さまに寄り添って、桜の樹をお守りの如く毎日欠かさず大切にして過ごした。旦那さまと奥さまは、仲睦まじい光祐さまと祐里の姿に目を細めて見守っていた。
 
 翌年の春、これも桜の盛りに桜の樹とお屋敷の人々の祝福を受けて、無事に双子の優祐と祐雫が生まれた。輝かしい桜河家の未来を荷なった御子の誕生であった。
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章◆ 7

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章...
   紅葉

 桜山が見事な紅葉の彩りを見せる頃、お屋敷の桜の樹が茜色に染まり、絢爛たる華やぎを辺り一面に披露していた。
 祐里は、毎日、桜の樹の下に赴いては、はらはらと舞い散る落ち葉に語りかけた。
「桜さん、綺麗な色でございますね。錦の反物を織っているようでございます。この反物は、祐里に似合いますでしょうか。光祐さまにご覧いただきとうございますね」
 黄色から茜色に染まった葉は、祐里の問いに応えて、陽射しを受けて舞い散り、祐里に錦の振り袖を纏わせていた。桜の樹は、愛しい祐里を自身の落ち葉で優しく包むことにしあわせを感じていた。祐里の足元には、艶やかな落ち葉が錦の絨毯のように広がっていた。
 祐里は、風に舞い散る落ち葉を庭箒で桜の樹の根元に掃き寄せた。この落ち葉は、お屋敷の土に返り、再び、桜の樹の養分となる。
「桜さん、落ち葉を光祐さまにお送りいたしましょうね」
 祐里は、一番綺麗な茜色の落ち葉を拾って手のひらで包み、光祐さまへの想いを込めて手紙に同封した。
 祐里の熱い想いは、茜色の葉に託されて光祐さまの住む都へ旅に出る。

 旦那さまが仕事が忙しい時に、月の半分近く滞在する都の桜河家別邸に光祐さまは、執事の遠野夫妻と暮らしていた。
 桜河家別邸は、旦那さまが奥さまと結婚して新居になる予定だったが、奥さまには都の空気が合わないと分かり、それ以来、別邸として使われていた。
 遠野は、桜河電機では、社長の右腕とも謳われ、旦那さまから絶大なる信頼を置かれていた。また、妻・寧々は、十三歳から都で生活するようになった光祐さまの母代わりでもあった。
「光祐坊ちゃま、お帰りなさいませ。祐里さまからお手紙が届いてございます。すぐにおやつをお持ちいたしましょうね」
 寧々は、玄関で奉公人たちと共に笑顔で光祐さまを迎え、書簡入れから封書を取り出すと手渡した。寧々は、光祐さまの養育を任されて以来、数回祐里とも会う機会があり、光祐さまが祐里を大切に想っていることをそれとなく感じていた。
「ただいま。寧々、ありがとう。おやつは、食べたくなったらぼくから声をかけるよ」
 待ちかねていた祐里からの手紙を受け取った光祐さまは、寧々や奉公人に普段通りに挨拶しつつも、逸るこころを抑えて自室へ足早に向かい、扉を閉めると同時に手紙を開封した。


 光祐さま

 お屋敷の桜の樹が艶やかな錦に染まりました。
 あまりに綺麗な茜色にございましたので、
光祐さまにご覧いただきとう存じましてお送りいたします。
 光祐さまは、いかがお過ごしでございましょうか。
祐里は、旦那さまと奥さまにご慈愛いただきまして、恙無く過ごしております。

 先日の雨上がりに桜山に虹の橋が掛かりました。
 桜山の錦秋があまりに綺麗でございましたので、
神さまが虹の橋を架けられて見物にいらしたかのような美しい眺めでございました。
 祐里は、時間も忘れて見惚れておりました。
 光祐さまとご一緒に眺めとうございました。

 少しずつ、寒くなって参りますので、お身体をご自愛くださいますようお祈り申し上げます。
 冬の休暇でお帰りになられる日を指折り数えてお待ち申し上げております。
                    かしこ
     十一月二十三日
  光祐さま       
                    祐里


 手紙から仄かに祐里の香りが立ち、気分が和らいだ。手紙に同封された茜色の落ち葉は、祐里の笑顔を写してこころを温かくした。光祐さまは、くるくると落ち葉を指で回してから部屋の窓辺の目に付く所に飾った。不思議なことに茜色の落ち葉を見ていると、お屋敷の自室のバルコニーで祐里と一緒に居る気分になれるのだった。茜色の落ち葉は、秋の陽射しを受けて祐里が微笑んでいるかのように感じられた。
「祐里、もうすぐ帰るよ」
「光祐さま、楽しみにお待ち申し上げます」
 光祐さまは、声に出して落ち葉に話しかけた。すると祐里の声が返ってきたように感じられた。

 祐里は、おばあさまの仏壇にも桜の落ち葉を供えた。
「おばあさま、大切な桜の樹が落ち葉の季節になりました。錦のように綺麗でございましょう。お供えいたしますので、どうぞご覧になられてくださいませ」
 祐里は、おばあさまの遺影に話しかけて手を合わせた。
(祐里、ありがとう。これからも桜の樹を大切にしておくれ)
 閉じた瞳の中でおばあさまの優しい笑顔が蘇っていた。

 祐里は、柾彦や女学校の同級生にも栞として桜の落ち葉を贈った。ひとひらの落ち葉は、贈られた人々を不思議としあわせな気分にさせていた。
 柾彦は、お気に入りの本に落ち葉を挟み、常時手元に置いて大切にした。

 光祐さまは、旦那さまのお供で度々晩餐会に参会した。また大学の友人達の邸宅に招かれて、数々の良家の令嬢とまみえて人気を博していたにもかかわらず、祐里以外の女性にこころを動かされる事はなかった。

 その後、旦那さまのもとには、数々の良家より祐里の見合い話が届けられたが、祐里の結婚は自由にさせる考えで断っていた。そして、今では祐里を我が娘のように思い(どれほどの良家であろうと簡単に嫁に出すものか)と考えていた。

 榛文彌は、転属先で酒宴の帰りに冬枯れの山で遭難し、人にも語れないほどの恐ろしい体験をして、桜林で倒れているところを捜索隊に発見されたらしいと巷に風の便りが流れた。
 その後は、長い年月、文彌の消息を耳にすることはなかった。
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章◆ 6

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章...
   秋桜

 夏の陽射しが和らいで涼やかなそよ風が吹き抜ける頃になると、桜川の清流が秋空を映して青く澄み渡り、川原は一面薄紅色の秋桜で覆われる。
 祐里は、桜の季節の次にこの秋桜の頃が好きだった。ただ、光祐さまが都に行かれてからは少々淋しい秋桜の頃ではあった。光祐さまが小学生の頃は、毎年秋になると、桜川の川原で秋桜の冠を作って祐里の頭に載せてくださった。
 土曜日の午後に祐里は、澄み切った青空の下、お屋敷に飾る秋桜を桜川の川原に摘みに出た。可憐な秋桜がそよ風に靡くように揺れていた。和かな陽射しの中、祐里の周りには小鳥たちが飛び交って可愛い声で囀り、川のせせらぎでは小魚が集まって呟きかけるかのようにのどかに泳いでいた。
「姫。何をしているの」
 祐里が見上げた川沿いの土手の道には、柾彦が笑顔で立っていた。
「こんにちは、柾彦さま。とても綺麗でございますので、お屋敷に飾る秋桜を摘んでおりますの。柾彦さまは、お出かけでございますの」
 祐里は、摘んだ秋桜を柾彦に掲げて見せた。柾彦は、薄紅色の秋桜に囲まれた祐里を御伽噺に出てくる姫のように感じて見惚れていた。まるで祐里を取り囲んでいる秋桜が天女の羽衣のようであった。
「あまりに天気がよかったから、姫に会えるような気がして散歩に出てきたのだけれど、やっぱり会えたね」
 柾彦は、川原の坂を一気に駆け下りた。
「私も、あまりにお天気がよろしゅうございましたので、川原に来ましたの。秋桜がちょうど見頃でございます」
 祐里は、一人で見る秋桜よりも柾彦と一緒に見る秋桜を一層美しく感じていた。必ず、柾彦は、祐里が困った時や淋しい時に姿を見せてくれた。
「姫には、秋桜も似合うね。風に靡く秋桜の可憐な花のようでありながら、実はこの根のようにしっかりとした強さを兼ね備えている」
 柾彦は、可憐な花を抓んでから腰を屈めると秋桜の太い根元を指差した。
「まぁ、柾彦さま。私は、そのように強うはございません」
 祐里は、頬を赤らめた。柾彦は、儚げでありながら毅然とした祐里の真の強さを感じていた。自分は、祐里の守り人でありながら、それでいて祐里から守られ力を得ているように思われた。
「はい。姫は、か弱き姫でございます。姫には、小さな花束を贈りましょう」
 柾彦は、秋桜の花の細い茎を手折り、丸い小さな束にして祐里の前に差し出した。
「柾彦さま、可愛い花束でございますね。ありがとうございます」
 祐里は、満面の笑みで小さな花束を受け取った。力強く愛してくださる光祐さまを一途に慕いながらも、祐里は、優しく側で守ってくれる柾彦と一緒に過ごす時間を楽しく感じていた。
「お屋敷の花は、ぼくが持つよ。姫には、ぼくの作った花束がお似合いだから」
 柾彦は、祐里の摘んだ秋桜と鋏を受け取り、一抱えになるくらいの秋桜を摘み取った。祐里は、小さな花束を抱えて柾彦の仕事ぶりを微笑んで見つめていた。
「柾彦さま、お屋敷にお寄りくださいませ。奥さまはお留守でございますが紫乃さんの美味しいおやつをご一緒にいかがでございますか」
 祐里は、一所懸命に秋桜を摘む柾彦にお礼がしたくて、お屋敷に誘った。
「紫乃さんのおやつは、最高だものね。それでは、姫、お手をどうぞ」
 柾彦は、躊躇う祐里の手を取ってしあわせな気分で歩き出した。
川原を上って桜橋を渡ったところで、祐里は、柾彦から手を離した。
「柾彦さま、どうぞ、お先にお歩きくださいませ」
 祐里は、男子より一歩下がって歩くようにと躾を受けていた。
「姫、遠慮せずに並んで歩こうよ。姫は、桜河家の姫なのだから」
 柾彦は、立ち止まって祐里を振り返って促した。家並みの続く道で、柾彦は、元気よく「こんにちは。秋桜をどうぞ」と衆に挨拶をして秋桜を配った。祐里は、頬を赤らめて柾彦の横で衆に挨拶をした。
衆は、柾彦の堂々とした明るい振る舞いに好感を持ち、祐里とお似合いだと語り合った。
「ただいま帰りました」
 祐里が玄関の扉を開けると菊代が迎えた。
「祐里さま、お帰りなさいませ。柾彦さま、いらっしゃいませ。応接間にご案内いたします」
「菊代さん、こんにちは。どうぞぼくにお構いなく」
 柾彦は、台所に進んで、紫乃に元気よく挨拶をした。祐里は、菊代に微笑んで、柾彦の後ろから台所に向かった。
「紫乃さん、こんにちは。ご褒美のおやつをいただきに、姫を川原から送って来ました。これは、おみやげの秋桜です」
 柾彦は、台所の紫乃に秋桜を手渡すと椅子に腰掛けた。
「柾彦さま、いらっしゃいませ。綺麗な秋桜でございますね。ありがとうございます。柾彦さまは、お客さまでございますので応接間へどうぞお越しくださいませ。すぐにおやつをお持ちいたします」
 紫乃は、秋桜を受け取ると、慌てて柾彦に返事をした。
「ぼくは、ここでいただきます。奥さまは留守のようですし、ここで紫乃さんと一緒のほうが気楽ですので」 
 柾彦は、屈託のない笑顔を紫乃に向けた。
「紫乃さんもご一緒にいただきましょう」
 祐里は、困った顔の紫乃に微笑みかけた。紫乃は、諦めて秋桜を桶に入れると、蒸かしたての栗甘露入りの蒸しパンと抹茶の膳を柾彦の前に置いた。
「柾彦さまは、坊ちゃまの弟さまのようでございますね。何時も、祐里さまに優しくしてくださいまして、紫乃からもお礼を申し上げます。ありがとうございます。お代わりもございますので沢山お召し上がりくださいませ」
 紫乃は、柾彦に深々とお辞儀をした。
「お礼なんて恥ずかしいです。秋桜を運ぶのを口実にして、紫乃さんのおやつをいただきたくてついて来ただけですよ。では、いただきます」
 柾彦は、立ち上がって恐縮した顔を見せ、目前の膳に手を合わせた。紫乃は、にっこり微笑んで祐里と自分の膳を並べると、柾彦と祐里の楽しい会話に耳を傾けた。
 夕方になり、祐里は、桜橋まで柾彦を送って出た。ちょうど、夕日が傾きかけて、桜川に沿った秋桜の帯を茜色に染め始めていた。
「柾彦さま、夕日に染まる秋桜が綺麗でございますね」
 祐里は、茜色に染まる柾彦の顔を見上げた。
「本当に楽しい午後だったね。締めくくりにこのように綺麗な夕日を姫と一緒に見られたし、最高の日でしたよ」
 柾彦は、秋桜を背景に茜色に染まる祐里の美しさに見惚れていた。祐里を愛したい衝動に駆られながらも、守り人として祐里と共に過ごせる喜びを噛み締めていた。一途に光祐さまを慕っている祐里に横恋慕して、このしあわせな時間を崩してしまいたくはなかった。そして、何よりも祐里を悲しませることだけは謹みたかった。
「私もこのように綺麗な景色を柾彦さまとご一緒に拝見できまして、嬉しゅうございます。柾彦さま、本日は楽しいひとときをありがとうございました」
 しばらくの間、柾彦と祐里は、言葉を忘れて茜色に染まる秋桜を寄り添うように並んで見つめていた。茜色の和らかな時間が祐里のこころを柾彦に傾かせていた。
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章◆ 5

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆桜の章...
   守り人

光祐さまが都に戻り、祐里は、女学校への入学準備で慌しい日々を過ごしていた。文彌からは、執拗なまでに恋文が届けられた。心配する旦那さまと奥さまの厚意で、祐里は、森尾の車で女学校に通学することになった。
 入学して一月経った女学校の帰りに、祐里は、図書館へ立ち寄った。窓の外では遅咲きの桜の花弁が陽射しの中で舞っていた。探していた本に背伸びしてやっと手が届いた祐里の背後から、星稜高等学校の制服姿の男子がすっと本を取って渡してくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 祐里は、長身の男子を見上げてお辞儀した。
「難しい本を読むんだね」
 優しい視線が注がれた。
「先生が薦めてくださった本でございますの」
 祐里は、光祐さまの他に優しく話しかけてくる男子に出会ったことがなく、心臓がドキドキする不思議な気分を感じながらお辞儀をして、貸出受付に向かった。

 白百合女学院の並びには、星稜高等学校が在り、春の花咲く学園通りは、行き交う男子学生と女子学生で賑やかだった。
「萌、毎日、声をかけられて困ってしまう」
萌は、取り巻きの級友に毎朝声をかけられた人数を自慢するのが楽しみだった。女学校の制服も萌の生地は舶来物で仕立てがよく、一目瞭然で良家のお嬢さまと誰もが認めた。
「萌さまは、可愛くていらっしゃるから」
祐里も級友たちも声を揃えて相槌を打った。
「祐里さまは、桜河のお嬢さまだから、みなさん、遠慮されて声をおかけになれないのでございますわ。それに虫が付かないようにお抱え運転手付きでございますし。今度の土曜日の昼食会に祐里さまもご一緒しましょう。杏子さまのお家の銀杏亭をお借りして、星稜の方々と盛大にいたしますの。萌からも薫子叔母さまにお願いいたしますから」
 萌は、学校が終わるといつもすぐに帰ってしまう祐里を昼食会に誘いたくて、林杏子に目配せした。萌は、幼馴染の久世春翔と共に昼食会を企画していた。
「そういたしましょう。萌さまと祐里さまがお揃いになれば、杏子の家の銀杏亭も三ツ星レストランに格上げですもの」
 杏子は、萌の気持ちを察して祐里を誘った。勿論杏子も昼食会の企画に加わっていた。
「それでは、ご一緒させていただきます」
女学校の級友たちは、祐里が『榊原祐里』と名乗っても、違和感なく桜河のお嬢さまとして接してくれていた。

土曜日の放課後の銀杏亭は、制服姿の男子学生と女子学生で賑わっていた。
「また、会えたね。鶴久柾彦です。どうぞ、よろしく」
先日の図書館で出会った方だった。優しい微笑を湛えて祐里を見つめていた。
「先日は、ありがとうございました。榊原祐里と申します」
 図書館では、ドキドキしてきちんとしたお礼の言葉も言えなかったが、今日は級友たちと一緒で心強く、祐里は、落ち着いて挨拶ができた。
「柾彦さま、祐里さまとお知り合いでいらしたの」
杏子が話に割りこんできた。
「先日、図書館で会ったばかりだよね」
柾彦が、祐里に相槌を求めた。
「ええ、鶴久さまに高い書架から本をお取りいただいて」
「まぁ、祐里さま、ご縁ですわね。柾彦さまは、鶴久病院の御曹司でなかなか昼食会にお誘いしても来てくださらないのよ。柾彦さまはお目が高い。祐里さまは、昼食会に初登場の桜河家のお嬢さまですの」
杏子は、二人を仲人のように紹介すると次の席へ移って行った。
「杏子は、小さな時からお調子者だから気にしなくていいよ。噂の姫に早速会えて光栄だな」
 柾彦は、女子学生との昼食会には興味がなく誘われても断っていたが、今回は幼馴染の杏子から「桜河のお屋敷の祐里さまをお誘いしたのよ」と聞いて、参加する事にしたのだった。柾彦は、自己主張ばかりの鼻持ちならないお嬢さま方が苦手だった。初めて見かけた図書館といい、今日といい、祐里は、控えめで可憐であった。
「何か悪い噂になってございますの」
 祐里は、心配顔で柾彦を見つめた。柾彦は、そんな祐里が可愛く思えた。
「我が校では、車窓の美女で有名だよ。送迎の守りが固くて誰も姫に声をかける事が出来ないって」
 柾彦は、大袈裟な身振りを交えて話した。
「まぁ。私は、そのような御伽噺のお姫さまではございません」
 祐里は、慌てて否定すると恥ずかしげに俯いた。
「その証拠に、ほら、何人も姫に視線が釘づけですよ」
祐里は、柾彦に促される形で周囲を見回し、それぞれの視線に穏やかな会釈を返した。
「姫は、不思議なひとだね。初めて話すのに以前からの知り合いのように安心する。一緒にいるだけでしあわせな気分になるよ。ぼく的には、姫を解剖して分析してみたい」
 柾彦は、大袈裟に顕微鏡を覗く格好をしてみせた。
「お医者さま的なお考えでございますのね。心の中まで見透かされているようで恥ずかしゅうございます」
 祐里は、恥ずかしげに制服の上から胸を押さえて隠した。そのしぐさに柾彦は、ますます好感を持った。祐里の席には、次々に洋菓子と飲み物が自己紹介と共に届けられた。祐里は、にっこり笑って御礼の言葉を返した。柾彦は、祐里の横にいて、他の男子学生との会話をより楽しくさせてくれていた。祐里は、少しずつ柾彦に打ち解けていった。
 銀杏亭の柱時計が午後三時を打った。
「鶴久さま、迎えの車が参ります。本日は、お相手をしていただいてとても楽しく過ごさせていただきました。ありがとうございました」
 祐里は、柾彦に丁寧にお辞儀をして立ち上がった。
「また、会えるよね」
 柾彦は、立ち上がり、出入り口の扉まで祐里を送った。
「ご縁がございましたら、またお目にかかりとう存じます」
 祐里は、柾彦を見つめてにっこり微笑んだ。柾彦は、祐里の笑顔に見惚れていた。
 森尾の車が銀杏亭の前に停まり、祐里は、杏子と萌に別れの挨拶をして外に出た。
「祐里さま、柾彦さまを独占でしたわね」
 杏子が祐里の耳元で囃し立て、萌は、幼馴染みの久世春翔と一緒に祐里に手を振った。

柾彦との縁はすぐに訪れた。旦那さまのお供で行った美術館で、取引先の方と偶然に会った旦那さまが談話室で仕事の話をしている間、祐里は、気を利かせて中庭の散策をしていた。
 大きな庭石の前で柾彦が笑顔を向けていた。
「姫、また会えたね。こんな所で会えるなんて、やはり縁があるんだね」
 柾彦は、『縁』を強調した。
「まぁ、鶴久さま。こんにちは。奇遇でございますね」
 祐里は、偶然の再会に驚きながら、笑顔でお辞儀した。
「柾彦でいいですよ。制服の姫も美しいけれど、今日のワンピースもとてもよく似合って眩しいくらいです」
 祐里の白いレースのワンピースが、五月の新緑を背景に陽射しを浴びて輝いていた。首元には、光祐さまから贈られた桜の花の首飾りが揺れていた。
「お褒めいただきましてありがとうございます。柾彦さまは、おひとりでございますか」
 祐里が話すたびに長い黒髪が風に揺れ、陽射しにきらきらと輝いて、柾彦の視線を釘付けにしていた。
「母のお供で、少々退屈していた時に、姫をみかけて中庭に出てきたところだけれど、姫は、誰と来ているの」
 柾彦は、周りを覗った。
「柾彦さま、私は、姫ではございません。旦那さまのお供でございます。只今お取引先の方とお話をなさっていらっしゃいますの」
「桜河家ともなると、父上のことを旦那さまって呼ぶのだね」
 祐里は、返事に窮して質問には答えずに話題を変えた。
「お母さまは、おひとりで大丈夫でございますの」
「お話好きの伯母と一緒だから大丈夫だよ。桜河の旦那さまに挨拶しておこうかな。鶴久病院とのお近づきもお願いしたいし」
 祐里は、旦那さまに柾彦をどのように紹介すべきなのか思いあぐねて困惑した。
「柾彦さま、突然困ります」
「姫は、困った顔も可愛いね。冗談だから機嫌を直して」
 柾彦は、しばらく祐里の困惑した表情を眺めて(なんて美しい瞳なのだろう)とこころをときめかせながら快活に笑った。
「柾彦さまは、意地悪でございますのね」
 祐里も柾彦の笑顔につられて一緒に笑っていた。祐里は、柾彦の明朗快闊な性格がとても新鮮に思え、一緒にいることを楽しく感じていた。いままで、桜河の名が他の男子と祐里の間に壁を作っていたこともあり、男子とは親しく話をしたことがなかった。それに祐里がひたすらに光祐さまだけを見つめて過ごしてきたことも事実だった。
「そろそろ、旦那さまの元に戻ります。柾彦さま、お声をおかけくださいましてありがとうございました。ごめんくださいませ」
 祐里は、柾彦の聡明な瞳を見上げてお辞儀した。
「また会える日を楽しみにしておくよ」
 柾彦は、館内に消えていく祐里の姿を眩しそうに見つめて、儚げな桜の花弁の様でもあり、可憐な白い百合の様でもある祐里をますます可愛く思った。
しばらくして、柾彦は、立派な風格のある旦那さまと祐里が一緒に絵画を見ている姿を遠くから見つめた。旦那さまは、祐里をゆったりとした微笑で包み込み、目の中に入れても痛くないといった様子を見せていた。それに応えて、祐里もしあわせ溢れる笑みを返していた。柾彦は、噂に聞くと本当の娘ではないらしい祐里が旦那さまに大切にされているのが分かり、何故だか嬉しかった。
「綺麗な方でございますわね。桜河のお嬢さまでしょう」
気が付くと柾彦の後ろに意味ありげな笑みを浮かべて母の結子が立っていた。
「母上、いつの間に」
 どきっとして、柾彦は、振り返った。
「柾彦さんが見惚れていたから、しばらくそっとしておいたの。恋愛に堅物の柾彦さんでも恋する年頃なのね。あれほどのお嬢さまなら恋をしないほうが無理でしょうけれど。伯母さまに知れたら大騒ぎになってよ。お気をつけあそばせ」
「そのようなことではありません。図書館で棚から本を取って差し上げただけですよ」
柾彦は、慌てて結子に返答した。
「さようでございますか。鶴久病院も家柄としては申し分ありませんけれど、桜河のお嬢さまをお迎えするには恐れ多くて自信がございませんわ。でも、桜河さまとお近づきになれたら、病院の格も上がり大きくできますわね。我が家には何時連れていらっしゃるの」
 結子は、柾彦をからかうように話した。
「だから、そのようなことではありません。先日の昼食会で少しお話しただけです」
 柾彦は、否定するつもりが口を滑らせて祐里との縁を語って赤面した。
「まぁ、いつもは昼食会なんて時間の無駄だとおっしゃって出たことがなかったのに・・・・・・初恋は人を変えるものなのね。あのように綺麗な方に看病していただけたら病気なんて、すぐに治りそう。鶴久病院は、名病院と評判になりますわ」
「母上、ぼくは、今でも堅物ですよ。さぁ、そのような絵空事よりも、伯母さまがあちらでお呼びですよ」
 柾彦は、もう一度、祐里の姿を見つめ、結子の口を塞いで急き立てるように伯母の側に歩いていった。結子は、柾彦の微笑ましい恋心を喜んでいた。

梅雨の晴れ間の真珠晩餐会に、祐里は、奥さまに連れられて参会した。祐里の白絹のワンピースの首元に桜色の真珠の首飾りが可憐に輝いていた。この首飾りは、代々桜河家の女主人に伝わる家宝の品で、今宵の晩餐会のために奥さまが特別に祐里に貸し与えたものだった。桜色の真珠の首飾りは、祐里の白い肌に反射して華やいだ美しさをもたらせていた。祐里は、奥さまの横で参会の奥様方に挨拶をしてまわり、風に当たりたくなってテラスへ出た。下弦の薄暗い月夜で梅雨特有の生暖かい湿気を帯びた空気が辺りを取り巻いていた。大広間では、ちょうど管弦楽の演奏が始まった。
「やっと再会できたね。この日が来るのを首を長くして待っていたよ」
榛文彌が葡萄酒の杯を片手に大蛇のような視線で見据え、祐里の前に立ちはだかった。
「少し見ない間に一段と綺麗になったね。恋文の返事をもらっていないけれど、今度会う時は、全てを僕のものにする約束を覚えているよね」
 祐里は、平静を装って文彌の脇をすり抜けるつもりが、文彌から腕を掴まれて、首を横に振りながらテラスの後方に後退った。文彌は、不敵な笑みを浮かべ葡萄酒の杯を円卓の上に置くと、後退る祐里の細い両肩を強引に掴んで回り込み、人の目の届かないテラスの大きな柱の後ろに押しつけた。そして、祐里のワンピースの襟元に手を滑らせて胸を鷲掴みにし、柔らかな首筋を伝ってくちづけを迫った。
「君は、遂に僕のものだ」
 人々の集う晩餐会で、文彌と二人きりになるとは思いもよらず安心しきっていた祐里は、大蛇に睨まれた獲物のように身動きが取れずに(光祐さま・・・)とこころの中で助けを求めて震えていた。
「姫」
 寸前のところに柾彦が割って入ってきた。
「柾彦さま」
 驚いて腕の力を抜いた文彌の隙をついて、祐里は、柾彦に駆け寄りその背中に隠れた。
「誰、このひと」
 柾彦は、文彌の顔を睨み付けた。
「お前こそ、誰なんだ」
 文彌は、掴みかからん勢いで、円卓の上の葡萄酒の杯を掴むと柾彦に投げつけた。柾彦は、祐里を庇いながら上手に葡萄酒の杯をかわした。紅色の滴と共に後方で硝子の砕け散る音が管弦楽の演奏に共鳴した。
「ぼくは、姫の守り人です。このような公の場で、礼儀知らずの野獣から姫を守るのがぼくの務め。姫、もう大丈夫です」
 怯むことなく柾彦は、文彌の前に立ちはだかった。背中に寄り添う祐里の柔らかな肌を感じ、勇気が漲っていた。
「へぇー、光祐坊ちゃんだけじゃなく、他にも男がいたとはね。おとなしい顔をして男を手玉に取るのが上手だな。そいつにも、もう抱かれたのか。そうやって、桜河の旦那さんにも取り入ったのだろう」
 文彌は、待ち焦がれていた祐里との愛撫の時間を初対面の柾彦に阻まれ、祐里に罵声を浴びせた。
「榛様、柾彦さまに失礼でございます。お話は、旦那さまがお断り申し上げた筈でございます。このような事をなされては、御家の恥ではございませんの」
 祐里は、柾彦の背後で安心して気を取りなおすと、毅然とした態度で言い返した。
「身分違いの君に恥などと言われたくないね。黙って僕の女になればいいものを」
 文彌は、血相を変えて、柾彦に掴みかからん勢いだった。
「姫を侮辱する失礼な野獣など相手にしないで、さぁ、姫、大広間に戻りましょう」
柾彦は、文彌を無視して祐里を促した。このままだと文彌に殴りかかってしまいそうだった。(確か鶴久病院は、榛銀行から融資を受けていた筈だった。更に学生の身で大人の文彌と騒ぎを起こしては、鶴久病院の名を汚すことになる)と、瞬時に頭の中で思い巡らせている自分に気付き、柾彦は、悲しかった。
 テラスにひとり残された文彌は、地団駄を踏み(必ず僕の女にしてやる)と祐里の胸の柔らかい感触の残った手を握り締めて、首筋の甘い香りを思い出しながら、祐里への恋情ゆえの憎悪を募らせていた。
「ありがとうございます。柾彦さまがいらしてくださって助かりました。申し訳ございません。お洋服に葡萄酒がかかってしまいました」
 祐里は、レースの白いハンカチを取り出して、柾彦の肩口に飛び散った葡萄酒の滴を拭き取った。祐里の白いハンカチは、深紅の葡萄酒が沁み込んで紅く染まり、それはまるで祐里のこころの傷口から零れた鮮血のようで痛々しかった。柾彦は、祐里が小さく震えているのを気遣って、ハンカチを持つ祐里の手を取ると少しおどけて言った。
「ありがとう、姫。先程、姫に気づいて声をかけようと思ったら、なんだか野獣が姫を追いかけていて、守り人のぼくは疾風の如くかけつけた訳です。野獣を退治できなかったのは残念でしたが、姫のお命はお守りできました」
 柾彦は、祐里に怖い思いをさせる前に間に合いたかったと悔やんでいた。
「柾彦さまったら、また、御伽噺になってしまいますわ」
 祐里は、柾彦の優しさに包まれてすっかり機嫌を直して笑顔になっていた。柾彦は、先程文彌が口にした『光祐坊ちゃん』という名が胸の中で引っかかっていた。
「祐里さん、探しましたのよ。あら、どなたですの」
 奥さまが祐里を見つけて側に歩み寄り、柾彦に目を留めた。
「はじめまして、桜河の奥さま。鶴久病院の鶴久柾彦と申します」
 柾彦は、突然の奥さまの登場で驚きながらも、はきはきと快活に自己紹介をした。
「星稜高等学校にお通いの方で、先日、図書館と美術館でお会いしましたの」
 祐里は、柾彦から慌てて手を放し、頬を染めながら出会いの経緯を申し添えた。
「桜河薫子でございます。鶴久病院は、ご立派な病院でございますわね」
 奥さまは、恥ずかしげな祐里に目を細め、はきはきとした柾彦に好感を持った。
「ありがとうございます。桜河の奥さまにそのように病院を誉めていただけましたら、父母も喜ぶと思います」
 柾彦は、奥さまの美しい気品の前にも臆することなく返答した。
「はじめまして、鶴久結子でございます。息子が桜河さまのお嬢さまと親しくさせていただいているようで、一度ご挨拶申し上げようと思っていたところでございました。早速、お近づきになれて光栄でございます」
 いつの間にか、柾彦の後ろに母・結子が立っていた。シルクタフタの多彩なドレスを身に纏った結子は、真珠の長い首飾りをつけモダンな雰囲気を醸し出していた。それとは打って変わり、奥さまは、真珠色地に紫陽花文様の着物姿で帯留めに真珠をあしらい、しっとりとした美しさを見せていた。
「こちらこそ、はじめまして。桜河薫子でございます。祐里さんが親しくしていただいているようでございますわね。よろしければ、お近づきの印に次の日曜日にお茶にいらっしゃいませんか」
「まぁ、ありがとうございます。嬉しいですわ。お言葉に甘えて伺わせていただきます」
「お待ち申し上げております」
 奥さまと結子は気が合って、柾彦と祐里の横で世間話を始めていた。
「母上の長話に付き合っていたら夜が明けてしまうからね。姫、あちらで何か飲み物をいただきましょう」
 柾彦は、結子に聞こえないように祐里の耳元で囁いた。祐里は、頷いて柾彦に従った。
「祐里さんとあちらで飲み物をいただいてきます」
 柾彦は、結子と奥さまに断ると祐里の手を取り誘導した。
 柾彦は、林檎の果汁を二つ取り、傍らの椅子に祐里と一緒に腰かけた。
「びっくりしたなぁ。姫の母上さまに会って緊張したところに、母上まで登場してくるのだもの」
「私も驚きました。柾彦さまのお母さまは、とても優しそうなお方でございますね」
 祐里は、柾彦の快活さは母親譲りだと感じていた。
「姫の母上さまだって優しそうだし、姫に似てすごく綺麗な方だね」
 柾彦は、奥さまと祐里の雰囲気が血は繋がっていなくてもよく似ていると思った。
「奥さまは、私の理想の方でございますもの。柾彦さま、私は、桜河のお屋敷でお世話になっておりますが実の娘ではございませんの。本当はこのような晩餐会に参会できる身分ではございませんし、柾彦さまと親しくお話しさせていただける立場ではございません。先程は、あの方の非礼な言葉に気分を害されましたでしょう。私のような者のために申し訳ございませんでした」
 祐里は、柾彦に誤解されたままでは申し訳なく思い、真実を話して深々と頭を下げて謝った。柾彦には隠し立てをしたくなかった。
「それで、旦那さまや奥さまと呼んでいるのだね。ぼくには、お二人が姫のことを実の娘のように可愛くて仕方がないと思っていらっしゃるって感じられるよ。姫が頭を下げる必要なんてないよ。姫は、素敵な女性なのだから誰にも引けを取らないし、気兼ねすることもないさ。姫の誇りを汚すような失礼な野獣の言うことなんて気にしないほうがいい。姫は、誰がみても桜河家の気高き姫なのだからね」
 柾彦は、上着から漂う葡萄酒の香りと隣に座る祐里の甘い香りに酔いしれながら(慎ましやかでありながら、誰よりも気品を感じさせる美しさを持ち合わせた祐里が気にする身分や立場とは、いったい何なのだろう)と祐里の美しい顔を見つめながら考えていた。
「柾彦さまは、本当にお優しい方でございますのね。光祐さまもいつもそのようにおっしゃってくださいます」
「兄上さまのこと」
「はい。今は都の大学に行っておられますが、とても強くてお優しい御方でございますの」
 祐里は、頬を桜色に染めて遠くの光祐さまを想った。柾彦は、祐里の瞳が隣にいる自分を透り越して光祐さまに注がれているのを感じた。それでも、野蛮な文彌のような男から祐里を守りたいとこころから思った。祐里といると柾彦のこころは満たされ安らぎを感じることができた。柾彦にとって祐里への想いは、初恋のようでもあり、姫を警護する『守り人』の使命感に溢れていた。
「姫の兄上さまにも会ってみたいな」
 柾彦は、祐里のこころを夢中にしている光祐さまを自分の目で確かめたいと思った。
「もうすぐ夏の休暇でお帰りになりますわ。柾彦さまと気がお合いになると思います」
「兄上さまにお会いできる日が楽しみだよ」
 柾彦は、祐里と共に遠くの光祐さまに思いを巡らせた。
 帰りの際、柾彦は、祐里と結子が挨拶をしている隙に奥さまに文彌との経緯を告げた。
「また、祐里さんに近付いてくると思いますので気を付けてください」
「まぁ、そのような事がございましたの。ご忠告、ありがとうございます」
 奥さまは、無垢に微笑む祐里を心配して見つめ、女性として今まさに蕾が開花を始めた祐里の色香に気付いた。そして、尚更、好青年の柾彦に好感を持った。
 帰りの車中でも、祐里は、何事もなかったかのように、いつもの笑顔で奥さまに話しかけた。奥さまは、そんな祐里がいじらしくて思わず抱きしめていた。祐里は、奥さまの優しい胸の香りに包まれて安堵していた。
 寝る前に湯に浸かった祐里は、文彌から触れられた首筋から胸にかけての肌を石鹸で念入りに洗った。ふと、気が付くと湯気よけの天窓の隙間から、深緑の桜の葉がひとひら舞い降りて、祐里の首筋にはらりと留まった。すると不思議なことに赤みが消え、祐里は清められたようにこころが安らぐのを感じた。(桜さん、ありがとうございます)祐里は、両手で桜の葉を包み込んで手を合わせた。庭の桜の樹は、緑色の葉をさやさやと風に靡かせて祐里の感謝の声に耳を傾けていた。
 その夜、奥さまは、文彌のことを旦那さまに報告した。旦那さまは(祐里は、十六になってから一段と匂いやかになった。悪い虫が付かないように気を付けねばならぬ)と考えていた。翌日、旦那さまは、弁護士を通じて榛家へ抗議した。榛家では、面目を保つ為に文彌を地方の支店へと転属させることにした。
 
 次の日曜日、鶴久結子と柾彦は、桜河のお屋敷のお茶会に招かれ、おみやげに桜の挿し木を持ち帰った。その桜の挿し木は、鶴久病院の庭で見事な枝を広げることになる。それとともに鶴久病院は、大きな病院となり、ますます医療を発展させていった。

夏の休暇に入り、お屋敷に帰省した光祐さまは、祐里から柾彦を紹介された。祐里に優しいまなざしを向ける柾彦に対して光祐さまは、弟のような既知の親近感を抱いた。柾彦は、光祐さまの隣にいる祐里が一段と美しくそれでいて寛いでいるのを実感し、光祐さまの絶大なる存在を思い知った。光祐さまに会うまでは、祐里の相手として自分にも可能性があるのではと考えていたのだが、柾彦の恋心は瞬時に打ち砕かれた。
 光祐さまは、夏の休暇中、事ある毎に柾彦を誘って祐里と三人で楽しんだ。それからというもの柾彦は、光祐さまを兄のように慕い、末永く二人の交流は続くこととなった。
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