もう誰もいないその家には 遺品になってしまったモノたちが おかえりも言えず静かに佇んで 主を失った家は時間の止まった箱 咳ばらいがひとつ聞こえそうで 聞こえない空しさが回っている 積み重ねられたノートに 今年もツバメが来ましたと書かれ ツバメの親子が並んでいる絵 歌いだしそうに描かれていた 若き日 絵を描くことに憧れ 山形から東京へ旅立った 現実はやはり厳しくて 絵の世界では生きてゆくことは出来ず 寮のあるパン工場に勤め四十年 結婚することもなく 派手に遊ぶこともなく だけど絵を描くことはやめなかった やめれなかったのだろう 大学ノートにはツバメの親子ばかり 誰に見せるわけでもないのに そこには叔父の控えめさはなく 賑やかな世界が広がって そしてノートの最後には じゅんㅤありがとう がんばれよ そう書かれていた 私がこのノートを見ることを 知っていたかのように 私も一生ㅤ詩を書いてゆこう 叔父のように貫く人生の意志を継いで なるべく純粋に無垢に進んでゆこう ありがとうㅤ叔父さん そう呟いて私はノートを閉じた