文字が降るとき 体から心が抜けだしては 液晶の光で踊りだす 解放された僕が いっぱい溢れ 君にはまだ見せられない ヘンテコな踊りに クスッと笑っている あまりにもの 僕らしさの恥ずかしさを 気にしながら 僕にある世間体に 縛られているというか 守られているというか 僕の中にいる君は 僕を丁寧なひとに変える その歓びに文字たちは 踊る 踊る 踊る
回り過ぎた後の虚しさに 夕陽が落ちて 繰り返しの日々を重ねても 僕はまだ昨日のまま 昨日のそのまた昨日のまま 明日を知らない 乾いた空気が 僕の嫌いな過去を蒸発させ 心が軽くなったのなら 楽しい旅が出来るのだろうか きっと見られなくなった景色が 恋しくなるのかもしれない ああ、それすらもない世界に 涙も忘れてしまうんだな 前に後退 後ろに前進するそんな僕に 重たくなる心を逃す 覆い染めてゆく温もり 生きている実感だけを与えて 汚れを清い筆で色づけ 僕をここに存在させている
私の時間は繋がり 土の上の尻に 冷たい地球が染み込み ひとり此処にいる 濁りのない青空 綺麗だと思い込もうと 何処かに書いてある 正解を探している 重なる日々の厚み 己で招いた過ちの濁り 消せない痛みが 罪悪とバランスとり 苦しみに救われ まだ生かされている 反響させる懺悔 私の器から漏れない 善がりの醜態を 此処で知らされる
詩が書けなくなった時 詩が書けなくなった詩を書き やはり詩を書いているのだから 僕は詩に救われている 気持ちがなくなれば 何も表現することは出来ないが 生きている限り気持ちはここにあり 自分を見つめ続けることが出来ている 残念ながら 僕が詩を書くきっかけとなった 十二歳の詩人は気持ちをこの世で詩として残し 大空へ飛び去っていた ひとり ただくずれさるのを まつだけ 詩集の表紙には 紙ひこうきの絵とこの言葉が書かれていた その衝撃を未だに忘れることはない どうしようもない気持ちを書いて良いんだ そして優しく鋭く知的で格好良い詩だと感じていた 十二歳で詩を書くことを終える詩人がいて 十二歳で詩を書き始めた僕がいた 詩では命を救われなかった詩人の詩から 張り詰めた空気にある新しい景色を見せてもらった 僕にとって暗闇の中にある輝きに満ちた世界 きっと僕と同じように救われた者たちがいただろう 意味のない命などないということだ 僕はこれから先も詩を書き続けるだろう そしていつの日か曇り空の上 もしその詩人と出会うことが出来たのなら 微笑んでありがとうを伝えたい
駅前をふらつけば 夢みることを否定される どうせそんなもんだよ 俺なんてと ため息を逃がし 望んだ抜け殻が 吸い込んだ焦げた匂い 落ちた花びらが語り出す 咲くことも知らない 俺の踏まれて黒ずんだ夢 強くなければならない 俺らしくない俺を感じて 吹かれたひと葉の 行き先を追えば高い空 立ちくらみと涙 生きていく 難しさともどかしさ 項垂れた先の 踵を引きずり進めれば それでも を楽しむかのように 落ちてきた枯葉が カラカラと笑っている
偽物の僕なんていないのだから 僕は本物の僕なんだけれど 本物の僕ってどんな僕なんだろう 僕に僕がずっと重なって 自由に自由が重なって あんまり自由じゃなくなって 僕に僕の不自由が顔を出しながら 生きていることを味わう 怒らないといけない時に笑って 泣かないといけない時に笑って けっきょく 笑わないといけない時に笑えず そんな僕がいて 僕が僕に気を遣っている僕がいて そうしたい僕がいて 本当の僕がどんどん解らなくなるけど それでも僕が僕を許せている 僕はまだ僕を愛している
またね 二度と聞かぬまたねに 小石の耳栓はポトンと落ち 君のさよならは爽やかだった 僕の中にある時計は今 軒の下の雨宿りで止まって 君のいない僕の時計は 寂しさより静かで冷たくて 瞳に波うつ涙に滲んでは 君の姿を探し 君への愛を考えた時 君と違う時間を自ら流れること この救いを騙されたように 信じて生きて行くしか 僕の中にある時計は 想い出が邪魔するだろうけど 君から教えてもらった ほんとうの僕の姿に苦笑いして ハアーと息を吐き出して また回り出す秒針が聴こえる 僕が君への愛を知った音となって
倒れ込んだ夜に このまま 起きることがなくても良いか なんて思っちゃいけない気持ちより すべて真っ黒になって良いという気持ちが くるくると回り始める 気がなくなってしまうことの恐怖より 脳は甘いクリームを味わいながら 幸せだったかどうかも曖昧になって 目が覚めた先の面倒から 遠く遠く どこまでも遠く寂しさのない 孤独の果てに行きたくなっている わからないから怖いというが もうわからなくても怖くなくて やり切っただろう幻想を枕に もう良いんじゃないか もうこの辺で良いんじゃないかと 充実がこんなところで にょきにょきと芽を出すのだから 口は緩んでよだれが垂れているのだろう 喜びもなく苦痛もないこの状態から このまま行ってしまおう
固まった身体は痛みの中 もう限界だ、と手を雲へ伸ばし どうかこれ以上、苦しまずに連れて行ってくれ 張り付いた喉、膨らむ患部、激痛、縛られた意志 運命は残酷に自分を躊躇なく壊して行く 未練ばかりの人生でも早く早く、と 声に出来ない叫びが伝わったのか 医師の処方により萎えた藁を握りしめながら 流し込まれた麻薬に…… 姑息の間(ま)にひとつ願っている 朦朧とした記憶にある家族に会いたい、と ✳︎ お父さん 涙を流しているよ みんなのことが解っているみたい 覚えのある声、温もり 薄っすらと開けた目から 光と優しい感情 お父さん お父さん 口の動きで聴こえているだろうか 大丈夫だよ、が お父さん お父さん 口の動きで聴こえているだろうか ありがとう、が お父さん お父さん 口の動きで聴こえているだろうか 幸せだったよ、が お父さん お父さん 口の動きで聴こえているだろうか 嬉し涙だよ、が
あれっ ナナに水と餌を 最近やってないなあ やばいやばい 今まで一日たりとも 忘れたことがないのに それにしても どこにいるだ ナナ ナナ ナナ 名前を呼んでみても…… おいおいそこかっ クローゼットの中とは どうしてこんなところに それにしても 痩せこけてしまったな ごめんよ 俺は何をしていたんだ ごめんよナナ ほら食べてくれ 徐に伏せしたまま首を立て 水を飛ばし 餌をムシャムシャと 食べ始めた 良かった ほんとうに良かった お前の元気が何よりだ いつものように 寄り添ってこないけれど それでもいいよ さあ ナナの好きな散歩に行こう ほら行くぞ ナナ ナナ ナナ…… カーテンの隙間から 眩しい光とともに朝が来た ナナ 逢えて嬉しかったよ