愛を知らぬ者の 愛という言葉は 空気に触れた瞬間 嘘という言葉に変わる 父の口から 愛という言葉を 一度だけ聞いたことがある 母親は俺を産んで すぐに逝ってしまった おっぱいを欲しがる 赤ん坊を残して どれだけ無念だったか 「どうかこの子が 幸せになりますように」 そう願ったことだろう それが俺の信じている愛だ 父の口から吐きだされた愛の言葉 私の中にあっただろう愛のカタチは いとも容易く崩れ堕ちた 二十歳の私はまだ愛を知らぬ者だった 戦争を体験している父親世代 愛なんて言葉は小っ恥ずかしいから 吐き出さないのだと思っていた それは違っていた 愛とは別格の言葉 愛は心のずっと深いところに 途轍もない優しさで燃えている 容易く吐き出し 冷やすものではないと 父から教わった