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詩は元気です ☆ 齋藤純二

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  • わたしはナナである。ちゃんと名があるわ!

わたしはナナである。ちゃんと名があるわ!

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わたしの名前はナナ。

「七番目に生まれたから、ナナにしよう」

ご主人のジュンボが安易に付けた名前。お母さんは初めての出産で九匹の子犬を産み、その七番目に生まれたのがわたし。もし、八番目に生まれたらどんな名前に……。渋谷に座っている犬と同じかしら? それとも……、えーと、エイト? ハチべぇ? 考えるだけで、ぞっとするわ。やっぱり、七番目に生まれて良かったみたい。

わたしたち兄弟は、お母さんのおっぱいを飲んですくすく大きくなったわ。元気にお部屋で遊び回るようになると、いろんな人たちが訪れてわたしたちと遊んでくれたの。上手に抱っこしてくれるお姉さん、気持ちよく撫でてくれるおじさん、それに一緒に走りまわる子どもたち。とても楽しく過ごしていたわ。

だけど一匹ずつ兄弟がそのひとたちに連れて行かれ、最後はわたしだけになったちゃた。そんな落ち込んでいる時にすごーく、にぎやかっていうか、うるさいというか、そんな家族がわたしの前に現れたの。ゴジラみたいな子どもがふたり、「かわいいー」とチュッチュッしてくるママさん、そしてとぼけた顔のパパさん。
 
その家族にピピッときたの。その瞬間、「ねえ、ねえ、このわんちゃん連れて帰ろうよ!」と、とぼけた顔のパパさんは言った。そして、この日からわたしはこの家族の一員。そのとぼけた顔のパパさんは、ご主人となったわけ。 

ご主人はママさんからも子どもたちからも「ジュンボ」って呼ばれていたの。わたしより犬みたいな名前でしょ。だけどジュンボがいなかったら、わたしは散歩に行けなかったかもしれない。わたしは体重が三十八キロの大型犬で力が強いから、嫌いなカラスや猫を見つけると勢い良く引っぱってしまい、散歩はママさんや子どもたちでは手に負えないみたい。 
 
わたしをコントロール出来るのは、やはりジュンボしかいない。自転車でわたしをうまくリードして、二キロぐらいは気持ちよく走らせてくれる。雨の日だって、散歩から帰るとタオルケットでわたしの全身を丁寧に拭いてくれる。気持ちよくて、そんな時にわたしはとっても幸せを感じるわ。
 
だけどわたしがジュンボの帰りを待っていて「ただいま、ナナ! ぷっはー」と、酒臭い息を吹きかけられた時は散歩をあきらめろ、ってことらしい。もう、ジュンボたら!

そんなジュンボとの忘れられない想い出があるの。わたしはグルメで鼻が良いから、お家にある美味しいものを我慢出来なくて……

「あれっ、ここにあったカステラは?」
 ママさんがそう言った瞬間、わたしは叱られると思ってジュンボの足もとに隠れたの。
「僕たちは知らないよ!」と、子どもたち。
「えっ、カステラなんてあったの」と、ジュンボ。

すると、「嘘でしょ、あれは青山さんからいただいた老舗のカステラで、三千円もするのよ。信じられない。ナナ! それも箱から開けて、許さないわよ。ジュンボの所に助けを求めてもダメよ!」と、ママさんは真っ赤な顔をして怒ったわ。

「まあ、ナナの届くところに置いとくからだよ。なあ、ナナ」と、ジュンボ。
「ジュンボまでナナの見方になって、もう」

ふっー、ありがとうジュンボ。ごめんなさい、ママさん。

そんな感じで、ジュンボはわたしのことはあまり叱らない。だけど、一度だけものすごい剣幕で怒ったことがあったの。それはある朝の話。ジュンボといつものように散歩から帰ってきたの。ジュンボはわたしの飲むお水を換えて、餌のドライフードを入れてくれたわ。それからジュンボは珍しく自分のお弁当をキッチンで詰めていたの。お弁当からはウインナーの匂いがして、わたしはドライフードよりもそのウインナーが、気になって仕方がなかった。

ジュンボが洗面所へ顔を洗いに行くと、思わずわたしはその匂いに誘われてキッチンに近づき、流し台に足をのせてお弁当を覗き……

もう、どうしてもわたし我慢が出来なくて、そのお弁当のおかずもご飯もぺろりと食べてしまったの。そこにジュンボが……

「おい! そりゃ、ないだろう! ナナ! 小遣いが少ないから時間もないのに弁当を詰めてんだよ! 出て行け! すぐに出て行け! 家から出て行け!」
 
それはすごい剣幕でジュンボは怒って、わたしの首を引っぱり玄関から放り出したの。あんなに怖いジュンボは初めて。しっぽは引っ込むし、わたしはもうこのお家を出て行かなくちゃと思ったわ。

そして、たまたま家の門が開いていたから、悲しい気持ちで出て行ったの。だけどわたしの居場所は家族のいるお家しかないと思っていたから、遠くへ行けなかった。けっきょく、通りを挟んだ斜め向こうのスパーマーケットの入り口でちょこんと座っていたの。
 
しばらくするとジュンボとママさんが家から飛び出してきて「ナナ! ナナ!」って、叫び出したの。いつもだったら「ナナ」って呼ばれたら、しっぽを振って近づいて行くんだけど、その朝はお弁当を食べてしまった反省と、ジュンボが怖かったショックでそこを動けず、ふたりの様子を見ていたの。

ジュンボは自転車に乗って散歩コースを捜しに行ってしまうし、ママさんもキョロキョロしていたけど、スパーマーケットの前にいるわたしには気がつかない。

そして、ジュンボが自転車で戻ってきて心配そうに「いた?」と、訊くと「いない?」と、ママさんが首を振っていたわ。
「でも、遅刻しちゃうよ」
 ジュンボは情けない顔をしていたわ。
「そんなこと言っている場合じゃないでしょ」
 ママさんは少し呆れた顔。
「そうだよな。ナナが居なくなったら、俺……」
「とりあえず、探しましょ」
 その時、ママの視線がわたしの方へ向いたの。
「あっ、ナナ! そこに居たの!」
 ママは叫んでわたしを指差したわ。
「えっ、どこだよ!」
 ジュンボは興奮して叫んだの。
「ほらそこ! 自動ドアの横よ!」
「ほんとうだ! おーい、ナナ! そこで待ってろよ」

ジュンボはすごい勢いでわたしの方へ走ってきたの。わたしはまた怒られると思ったけど、「ごめんよ、ナナ。俺が悪かったよ。出て行けなんて言って。ナナ、ナナ・・・」と、ジュンボは抱きついて、涙を流してわたしを許してくれたの。

その時、この家族の一員になってほんとうに良かったと心から思ったわ。もう食べ物の誘惑には負けないって決心したの。
 
……数日後。

「あれっ、昨日のどら焼き知らない?」と、ママさん。
「僕たちは知らないよ!」と、子どもたち。
「あっ、ごめん。今回は俺だ」と。

でも、とばけたジュンボはわたしの大好きなご主人よ。 
#小説

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