蝋石
Jul
29
ビーチサンダルを取り出そうとすると
カラン、と懐かしい音がした
ひらがなをやっと書けるようになった頃
家の前は砂利のある道から
アスファルトに変わり
僕は蝋石を使って話すようになった
隣のおばさんにアイスをもらうと
「じゃあ、あとで」と言って
おばさんが家に戻ってからお礼を書いた
おばちゃんだいすき
ありがとう
向かいのおじいさんにお魚を見せてもらうと
「じゃあ、あとで」と言って
僕は庭から出てお礼を書いた
おじいちゃんだいすき
ありがとう
またあそびにくるね
お父さんはいつも仕事が忙しく
僕が眠った後に帰ってくる
「じゃあ、あとで」と独り言
おとうさんだいすき
おかえりなさい
お母さんは保育園にいる僕を
優しい笑顔で迎えにきてくれた
手を繋ぎ家まで帰る時のお話が楽しかった
「じゃあ、あとで」はなく、こっそり書いた
おかあさんだいだいだいすき
だからぼくがんばる
想い出は一瞬に蘇った
そして門を出て懐かしのアスファルトに
僕は再び話しかけてみる
ありがとう、いまでもだいすきだよ
と