Sep
27,
2020
駄目人間による、些細な発見
と、腹の足しにラーメン屋へピットイン。
まぁ、そのラーメンがどうとかこうとか、じゃないんすけど。
店内に貼ってあったポスターが目につき、2度見してしまった。
「やりましたな」
え?何を??
んーん…
何を?
・・・・あ。
Sep
26,
2020
完全なる駄目人間
それとも、ただの時差ボケなのか。
ただただ、ダルい。
いやいや、健康ですよ?
身体は健康なんだけど、精神がついてきてない。
導火線が湿気って火が着かないような、そんな状態。
まずは荷物を片付けるとするか…
Sep
24,
2020
翼よ、あれがパリの管制灯火だ
短いような、長いような、あっという間の日々よ。
感動を有難う、ひとつのゴールを有難う。
大変な世の中だけど、素晴らしい機会に恵まれたことに感謝。
そしてフランス人はいつも、どんな時も、自分の気分で生きてやがる。
パスポートコントロールの係官が、恋人とテレビ電話で語り合いながら仕事してるなんて、あり得るか?(笑)
そういえば、フランス人が意地らしくマスクを着用するのは、政府への抗議意思も含まれている、とも後から聞いた。
ああ、なるほど。
それは、そのやり口は、確かにフランス人らしいな。
Sep
24,
2020
Merci, Au revoir! @ Rennes フランス
最初は、こりゃあ直ぐに飽きるパターンか?
と、少し心配していたけど…
住めば都(笑)
ガレットやクレープの美味さ、シードルの美味さ、ワインの美味さ、、
やはり本場の味は良いモノだ。
せっかくの機会だから、と足を伸ばして正解だった。
ただし感染症の影響は図り知れず、本当なら楽しそうに生演奏で盛り上がっていたアイリッシュパブ等へは立ち寄らず、必要最小限の立ち回りだけで済ませるしかなかったのは、残念だけど、仕方ない。
時間だけはあったから、本来ならモン・サン・ミッシェルにも行けたけど、アクセスも出来ない(正確には行けるが、面倒くさい)。
世界は遠くなってしまった。
ル・マン24時間レースへの参加という機会が無ければ、そもそも渡航すら考えなかっただろう。
はやく正常な世界に戻る事を願うばかりだ。
Sep
23,
2020
レンヌ3日目@Rennesフランス
1日目は、とにかく営業中の店に飛び込んだけど、2日目3日目ともなれば情報も精査するので、お気に入りのクレープリーで食べ比べ。
特産のリンゴを使ったシードルも大変美味!
以前、パリでガレット専門店にて飲み食べしたことがあるけど、あれはアカンやつっすよ。
全然別物!
そば粉や小麦粉の風味、塩の使い方、シードルの香り、深み、全てが別物!
やはり本場に来なければ分からんものだな。
Sep
22,
2020
レンヌ2日目@Rennesフランス
帰国の事だけ考えるなら、パリで時間調整という手もあったのだけど、人口の多さから、まず感染症に対する確率論的なリスクが考えられる事、そして滞在のコスト、既にパリは10回は探訪していて、実は都会がつまらない事、等の理由からレンヌ市を選んだ。
レンヌからだと、パリを素通りでシャルル・ド・ゴール空港へTGVで直接乗り付けられるのも、魅力のひとつ。
地方都市にはやはり色々な発見もあって、やっぱりパリじゃなくて良かったな、と実感するこの二日間。
残念ながら海の幸に関しては、沿岸部から多少離れる土地柄、ムール貝や牡蠣などをたらふく食べたい所だったけど、それは却下。
ただ、ブルターニュ地方の菓子類や、ガレット、シードル、これらはここでしか味わえない美味。
町並みもまるで中世で、アルザス地方とは違う木造と石造りのハイブリッドな雰囲気は素晴らしく、是非ともじっくり滞在して散策することをオススメしたい。
先の世界大戦で、中世代の建物は多く焼失した、との事だけど、それでも、大戦の規模を鑑みれば、良くもここまで残ったモノだ、と逆に驚く。
Sep
21,
2020
完走祝い@Rennes フランス
中世フランスのニホイが未だ残る旧市街、ちょっと息抜きには良い所です。
感染症への対策・対応は、死線をくぐり抜けたフランスだけあって、どこも徹底しているし、皆がマスク着用に対して協力的(罰金もあるからねぇ)な事には驚いた。
マスク着用には異常にアレルギー反応をおこす欧米だけど、個人の自由を主張するフランス人よりもアメリカ人の方が拒否反応大きいくらいだから。
Sep
20,
2020
回想@LeMans
とてもアットホームな会で、共に長きにわたり戦った者達が互いを労り、慈しみ、笑いあえる素晴らしい時間だった。
実は、今回の宿のオーナーはリジェというレーシングマシン・コンストラクターの持ち物で、その名もシャトー・ユノディエール。
ル・マン24レース開催中はコースの内側に位置し、場所的には第1シケインを過ぎた辺りになる。
観戦者として普通に泊まれるような施設ではないので、このレースに関係者として登録して下さったご厚意には感謝してもしきれない。
それにしても欧米にはこのような、伯爵貴族や大金持ちが自分のレーシングチームや自分のレーシングマシンコンストラクターを運営・経営している例が数多ある。
リジェにしても、古くからモーターレーシングシーンに参画し、日本でもファンにはよく知られた存在だ。
とても幸せで、愉快で痛快な会の後、少し酔いを覚ましたら小腹が空き、持参したインスタント食品を静かに寝静まったキッチンで、1人食べながら、今日の出来事を回想している。
いやいや、しかし。
こんな立派なシャトーで、ラーメンを食べた者はそうそう居まい?
まぁ、いい。
今回のチームはユーラシア大陸・オーストラリア大陸出身者からなる、多民族混成チームだった。メカニックの多くはフィリピン人だが、彼らは真面目で、良く働き、明るく、英語が堪能だから、本当にレース業界には無くてはならない人達だ。
縁があり旧知の仲間も多く、彼らと接すると、明るい性格でオープンな人柄の者が多く、いつも前向きな姿勢に気付かされ頭が下がる思いがする。
また、その他ヨーロッパ・アジア各国からの選抜メンバー達も皆、互いに敬意を払い尊重しながらも、自己主張とが調和するような、素晴らしい、いわば、小さな民主制多民族国家の様相だった。
レースという、ひとつの目的を達成するための集団とはいえ、良くもこれ程の人材が集められたモノだ、と、チームオーナーの人柄と手腕に想いを馳せてしまう。
取り留め付かなくなってしまった。
つまり、今回のル・マン24時間レースを肌で感じ、良縁の有り難みに感謝しつつも、やはりレースは誰と共に戦うのか。
この根元的な課題を考えずには居られない。
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