線を引く
Jan
26
親父の仕事部屋に入る
なんだか懐かしい匂いがする
手ぬぐいを頭に巻き
中指にはパチンコ玉のようなペンダコ
窓の断面図は機密な迷路
煙草とインスタントコーヒー
ショートスリーパーだった親父は
朝五時から夜の九時まで図面を睨む
五十五年間ずっと線を引き続け
その長さは天国まで届くほどだろう
親父は戦時中にひとり疎開先へ行き
食べ盛りは芋しか口にできず
小柄な身体で喧嘩ばかりの日々だったらしい
強くなければ生きられない
そんな時代を送った親父が怒ると
子どもだった私は怖くて仕方なかった
遊んで欲しいとは一度も言えなかった
そして私は十八歳で家を出た
それから十年が経ち
実家へ帰ると公園で孫と遊ぶ親父の姿があった
このひとが私の親父なのだろうかと
そう思える光景だった
仕事の合間に子どもと遊ぶひとではなかった
その当時の親父は家族のために
仕事一本の鬼となり必死だったのだろう
私も親になりその執着を理解しようとした
否定から肯定し始める親父の姿が公園にあった
そして親父が他界し五年が経った
二十三歳になる息子が私に言う
爺ちゃんから最後に貰った一万円札が
使えなくてまだ財布に入っているよ
私はタバコの煙で黄ばんだ
仕事部屋の壁を見つめながら
顔を綻ばせて親父へありがとうと言った