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Tai: Diary

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J Dilla (2)

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Crustation - Purple (A Tribe Called Quest Edit) (1996)Jay Dee - Trashy (2004)The Brand New Heavies - Sometimes (Remix) (2000)

ジャンル:Hiphop, Neo Soul
http://en.wikipedia.org/wiki/J_Dilla
http://ja.wikipedia.org/wiki/J・ディラ
http://www.discogs.com/artist/Jay+Dee

ソース:http://bmr.jp/bands/detail/00000194.html
ヒップホップ・ミュージックに大きな影響を与えたデトロイト出身のビートメイカー。

1974年生まれ、本名はJames Yancee。1994年に知り合ったQティップ(Q-Tip)にデモテープを渡したところから、ファーサイド(The Pharcyde)のセカンドアルバム"Labcabincalifornia"('95)収録の大ヒットシングル"Runnin'"を手がける事になり、その名を一気に知らしめ、一大センセーションを巻き起こした。その後はデ・ラ・ソウル(De La Soul)の"Stakes is High"('96)のプロデュースや、バスタ・ライムス(Busta Rhymes)の"Whoo-Hah!!"('96)のRemix等を手がけ、彼の名前とサウンドは急速にシーンに浸透していく。

サンプルチョイスのセンスは勿論抜群なのだが、リズムのプログラミング / アレンジにおいてもそれまでのヒップホップサウンドとは一線を画し、「粒」や「間」などにより重点を置いた全く新しいサウンドを作り出し、一聴すればジェイ・ディーとわかるようなその特徴のあるスネアやキック、へんてこなサイン波ベースのプログラミングが一世を風靡した。特にウマー(The Ummah)結成以降にさらに使用頻度が上がっていく、あのリリースが短く中域?中高域のピークをうまく引き出したスネア(リム?)サウンドは、まさに彼のサウンドタグと言えよう。

2003年ごろロスアンジェルスに居を移すが、この時期に「狼瘡(ろうそう)」という免疫疾患と診断され、制作活動を続けつつも闘病生活を送ることになる。

2006年、久々にソロ名義での作品となるインストゥルメンタル集"Donuts"をリリースするが、そのわずか4日後に狼瘡に伴う合併症で逝去。ヒップホップシーンに衝撃を与えた。以降、「Dilla Changed My Life」といったコピーが流布され、その早すぎる死を惜しむ声は根強い。

2007年にはコモンがJ・ディラ追悼の意を込めたアルバム"Finding Forever"を発表、バスタ・ライムスもDJミック・ブギー(DJ Mick Boogie)との共作でストリートアルバム"Dilligence"をリリース。亡くなった現在もヒップホップ・シーンにその息吹を感じさせる、稀有なアーティストだ。
#music

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