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岩魚太郎の何でも歳時記

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小倉川殺人事件「奇妙な矛盾」

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第三部:最終章 08:過去  ... 第三部:最終章 08:過去  09:供述の矛盾
10:裁判  11:奇妙な矛盾
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08:過去3

和重と健一は、東京総武線の水道橋駅のホームにいた。
駅のアナウンスが、後楽園ドーム球場に向かう客に、帰りの乗車券売り場は混雑するため、乗車券を先に購入して球場を向かうよう知らせていた。
ホームの混雑に押し出されるように、和重と健一は東口に出た。
総武線に沿って流れる神田川を渡り、白山通りの水道橋交差点を渡って、右手の狭い一方通行の道を右に入ると、宝生能楽堂がある。その能楽堂に隣接して、讃岐金比羅宮の東京分社があった。
和重はその讃岐金比羅宮に手を合わせて行こうと言った。
無神論者的? 健一の意志は、多少面倒くさいと思ったが付き合った。そして、物は序(つい)でと言うこともある。せっかく両手を合わせるんなら、早期にこの事件を解決して渓流釣りに行きたいと言うお願いをしようと思った。本物の無神論者なら、体面を保つために一応両手を合わせるが、願い事をしないはずだと思った。
義理で葬儀の参列を余儀なくされた場合は、形式的にではあるが、焼香をし両手を合わせる。しかし待てよ、その死者が、もし親兄弟であれば、知人・・・不謹慎ではあるが、解剖先生であれば、両手を合わし、心底から悲しみ、冥福を祈る。
無神論の一般的解釈では、神の存在を否定する思想だ。
仏陀を肯定する思想は無神論者ではない・・・のか? 
健一はふと思った。人の死の悲しみは、神仏を超越した「心」にあるかも知れない。
超飛躍論であるが、死体保管BOXに入っている高藤隼人の胸部温度の異変も、今までは、そのことをあえて否定せず、本心は聞き流したていたが、常識を越えた超常現象かも知れないと、ほんとに思いは始めた。
健一は、金比羅宮に参拝ことで、無神論の定義を葛藤する羽目になった。
和重が、金比羅宮の参拝で、何を祈ったのか聞かなかった。
変な聞き方をすると、無神論議に触れることになったら、面倒になると思った。
佐々木尚子の住所は、金比羅宮の裏の高台で、東京ドーム球場が見渡せる場所にあった。
表札には「佐々木」と記されていた。
インターホンを押すのも、ちょっと躊躇するような豪邸である。
和重が健一に聞いた
「どうする?」
「どうするって、尚子と言う女性に会うしかないでしょう」
「馬鹿! 会う方法だよ。最初から警察の印籠を見せて会うのか? 会ってから見せるのかそのタイミングを聞いてんだ。お前刑事だろ。こう言う場合どうするんだ?」
「解剖先生、印籠を見せずに名前だけ言って門を開けてはくれません」
と言ってインターホンを押した。
女の声で「どちら様ですか?」
「福島県猪苗代西代警察の網島と言います。尚子お嬢様にお会いしたいんですが? いらっしゃいますか?」
「お前、お嬢様なぞと言う敬語知ってんだ」
「お前じゃありません網島です。元々俺は誰かさんと違ってお坊ちゃま育ちですから」
大きな門が自動で開いて和重と健一顔を見合わせ入る。
背後に門が閉まる音がして振り返る。

隼人の声「知らなかった。尚子はこんな豪邸のお嬢様だったのか? 俺には下町育ちで、両親は交通事故で死亡、自力で大学を出て東都電通でアルバイト、自由に休めるから渓流に・・・何故こんな嘘を!?」

立派な応接間に通された。立派と言うより豪華と言う方が適切だと二人は感じ、かしこまっていた。
お手伝いさんが、如何にも高そうなカップに入れた紅茶を、うやうやしく持って来た。
健一が、丁寧に印籠(警察手帳)を見せて
「福島県猪苗代西警察署の網島健一です」
「同じく熊沢です」
質問は健一に任し和重聞き役に徹した。
「尚子さんのお母様でいらっしゃいますか?」
「ええ母です。邦江と申しますが、尚子が何か?」
「尚子さんいらっしゃいますか?」
「尚子に警察の方がどのようなご用でしょうか?」
「ある事故の目撃者である可能性がありまして、そのお話を伺いしたくお邪魔しました」
「それでしたら今尚子は一人暮らしですから、ここにはいません」
「住所、教えて頂けませんか?」
「それはいいですが、今勤めに出ていますから、マンションにはいないと思いますが?」
「お勤め先を教えて頂けませんか?」
「東都銀行の太田支店です」
「大田区の太田支店ですか?」
「そうですが・・・名前は工藤尚子と言う名前で融資課に勤務してます」
「えっ! 工藤さんですか?」
和重と健一は驚いて思わず顔を見合わす。
「佐々木尚子では色々と差し障りがあって、本人が気を遣いますから」
「お堅い銀行でそんな事が出来るんですか?」
「主人が東都銀行の頭取ですから・・・私は反対したんですが・・・」
和重が初めて口をはさんだ。
「お母様、工藤と言う姓は、何故あえて工藤だったのでしょうかか? 何かご事情がおありようですが? 是非お話をお聞かせくださいませんか?」
「尚子も希望ですから私には分かりません。事情を聞くのは構いませんが、尚子の心に傷をつけないようにお聞きください」  

M隼人の声「何という偶然だ! いや、偶然ではないかも知れない? しかも東都銀行の融資課と言えば俺の元の職場だ。しかし工藤という名字は記憶にないが? それにしても尚子が頭取の娘とは? 自由に休める謎が解けたが? 工藤ね・・・」

佐々木家を辞した和重と健一は、必然的に白山通りを春日町交差点の方向に足を運んでいた。
和重が「お前、スマホで何見てんだ?」
「名前は、福島県猪苗代西警察署、網島健一刑事です。スマホで文教区役所の位置を検索しています」
「馬鹿! それならそうと早く言えよ。此処の壱岐交差点を左折して後楽園沿いに歩6分だ」
「だったら早く言ってくださいよ」
「お前は何処に行くとも言ってないじゃないか。俺は網島健一殿のあくまで助手だからな」
「解剖先生も尚子の戸籍を調べる必要を認識してたから、僕にのこのこついて来たんじゃあないですか?」
「あくまでも俺は健一刑事の助手だ。聞かれれば答えるが、捜査の指導権は君だ」
「何でいつもこんな会話になるんでしょうね?」
「相性が合わないからです」
「相性の定義は何だ」
「共に何かをする時、自分にとってやりやすいかどうかの相手方の性質ではないですか?」
「だからお前は単細胞なんだ。特に刑事の相棒ってのは、相性がよくない者同士の相棒がいいんだ。自分にとってやりやすいかどうかの相手方の性質は、同じ発想しか生まれない。異質な相棒は、異質な発想がある。違う観点からの指摘があると言うことだ。この俺が相棒になった偶然を感謝しろ! 行くぞ文教区の戸籍係へ」
和重と健一は、そんな相棒論議をしながら文京区役所に着いた。
二人は、佐々木尚子の戸籍を調べた。
尚子の戸籍、やはり養子だった。しかも文京区の養護施設で、佐々木夫妻の養女としての記載あった。
いくら親が頭取でも自分の娘が名字を代えて就職するなんてどう考えても変だ。しかも融資部? 引っかかる・・・
和重と健一は養護施設に向かった。

和重と健一は、文教区小百合養護施設の園長室にいた。
園内の子供たちの賑やかな声が聞こえてくる。
園長が語り始めた・
「市役所職員の方と民生委員の方が、ご一緒に、姉の尚子ちゃんと妹の章子ちゃんが2004年・・・たしか平成16年8月18日だと記憶しています。尚子ちゃんも章子ちゃんも小学校一年生の時です。双子の姉妹でした。そのあと縁あって、姉の尚子ちゃんは佐々木家に養子、妹の章子ちゃんは、お父さんの親戚の方に引き取られました」
和重が聞いた。
「姉妹が養護施設に来た理由は分かりませんか?」
一応記録はありますがと言って、書庫から書類を出し、和重と健一に広げた。二人は黙読した。
「平成16年5月、尚子と章子の両親は、電子基板製造の孫請けをしていたしていた。工藤電機と言う従業員五人の零細企業で、ある日、工藤電機のメインバンクである東都銀行融資部課長の高藤隼人氏から、東西電機の課長丸長光彦氏を紹介された。東西電機から毎月500万稼げる仕事を出すから、この東都銀行から一億の融資を受けないかという話を持ちかけられた。取り引きのある東都銀行の話でもあり、全財産を担保に融資を受けた。それから三ヶ月後、発注元の東西電機が倒産した。そのあおりで工藤電機も連鎖倒産。東都銀行融資部課長の高藤隼人氏は、融資資金の回収を幹部から迫られ、その債権をヤミ金に転売した。ヤミ金の厳しい取り立に絶えられず平成16年8月15日、工場で首をくくって両親は自殺」

園長が一通の手紙を差し出しこう言った。
佐々木尚子ちゃんが、六年生を卒業する時、私のくれた手紙です。

加奈子園長先生様

お母さんお願いだからその川を渡らないで
お父さんお願いだからその川を渡らないで

川の底には魔物が住んでいます
その魔物にもいじめられます

どうして勇気の斧を振りかざし、戦わないのですか
どうして勇気を涙の洪水にして、戦わないのですか

戦わないのは優しさの涙ですか
戦わないのは優しさの愛ですか

手をつないで行かないのは
お母さんの涙ですか
手をつないで行かないのは
お父さんの勇気ですか

お母さん
教えてくださいその川を渡るわけを
お父さん
教えてくださいその川を渡るわけを

お母さんお願いだからその川を渡らないで
お父さんお願いだからその川を渡らないで

平成16年8月15日

「書いてあるのはこの詩だけでした。尚子ちゃんが養子に行ったのは、たしか小学校二年生の時です。何故四年もたって六年生の卒業する時期に、ただ唐突に前文もなく、この文書を書いて私宛によこしたのか? その理由が分かりません。最後の日付を見てください。平成16年8月15日は、ご両親が自殺した日付です。しかもお盆です」

隼人の声「俺としたかとが、何故工藤と言う名前を思い出せなかったのだ? 考えて見れば当時の銀行は利益至上主義で、融資の未回収でも出せば子会社に飛ばされて後はお払い箱だからな・・・尚子は俺の復讐のために近づき、俺を空中に飛ばした。俺はピエロだ。復讐に燃えた尚子を、真実一路で愛した。旅館でもテントの野営でも俺を拒んだ。しかし俺は尚子の心を待った。許されぬ心を俺はひたすら待ち続けた。しかし、俺を空中の飛ばした尚子を許す。許さなければならない。当然だ! 俺は尚子の両親を殺した。反省しても、悔やんでも、後悔しても、謝罪しても、賠償金を払っても、神が与えた過去の時間は復元出来ない。時間は、苦悩と憎悪と、復讐心に変化した。しかし今の俺の魂は三途の川を渡れない。尚子の無罪を見届けるまでは」

09:供述の矛盾

和重と健一は、尚子と共に猪苗代西警察署の取調室にいた。
尚子の前に健一が座り、和重は壁際の椅子に座っていた。
「佐々木尚子さん、今あなたは福島県猪苗代西警察署にいます。逮捕容疑の令状を読みあげた時、あなたも確認しています。改めてあなたの逮捕容疑です。平成29年8月15日(火)福島県小倉川源流で高藤隼人さんを崖から突き落として殺害した容疑で取り調べます。その前に言っておく事があります」
「あなたには黙秘権がある・・・でしょう?」
「分かって頂いて手間が省けます」
「TVドラマでよく見ていますから。質問が一つあります。私の取り調べは、可視化されていますか?」
「可視化されています」
「そうですか? 間違いありませんね」
「間違いありません」
「それでは佐々木尚子さん、あなたは、平成19年8月15日(水)に、福島県小倉川源流で、高藤隼人さんを崖から突き落とし死亡させた。間違いありませんか?」
「間違いありません」
「ほんとに間違いありませんか?」
「間違いありません」
「どうやって突き落としたんですか?」
「私が隼人さんの手にぎり、その手を私の胸に当てた瞬間突き飛ばしました」
「あなたが手を握った理由は何ですか?」
「早朝の深山幽谷の光景に感動したからです。私にとっては初めての体験ですから、隼人さんの手を取り、こんなに胸がドキドキしているという事を分かって欲しかったのです」
「あなたが突き落とした理由は何ですか?」
「分かりません」
「あなたに殺意があったから、突き落としたんでしょう?」
「分かりません」
「あなたのご両親と章子さんの復讐心から突き落とした」
「分かりません」
「もう一度聞きます。高藤隼人さんを、あなた佐々木尚子さんが、大倉川の崖から突き落としたんですね」
「間違いなく突き落としました。でも刑事さんがおっしゃる大倉川の崖かどうかは分かりません」
「突き落とした場所はこの地図の何処の場所ですか? 指で指してください。地図を見て思い出したください」
「地図音痴ですから分かりません」
「あなたが感動した深山幽谷の場所の現場検証をします。案内して貰いますか?」
「早朝だったし、方向音痴ですから分かりません。ただ隼人さんに、連れて行ってもらっただけですから」
「あなたは自動車運転免許を持っていますよね。地図音痴、方向音痴、それでよく運転して目的地まで行けますね」
「ナビがありますから。目的地を言葉で言えば道順を教えて貰えますから」
「じゃあ突き落とした場所を言ってください」
「場所が分かりませんから言えません」
「じゃあこうしまよう。突き落とした場所の、現場検証しなければなりません。私たちがその場所へ案内しますから、突き落とした様子を再現して見せてください。あなた、小倉川って知っていますか?」
「知りません」
「ほんとに知りませんか? ほんとは知っているが、知らないそぶりをしている? ご存じなんでしょう?」
「ほんとに知りません。でも・・・」
「でも? 何ですか?」
「刑事さん、私が高藤隼人さんを突き落として殺しました。これは事実です。殺人罪です。自ら罪を認めています。自白の経緯も、刑事さんの強要でもありません。それで良いではありませんか」
「尚子さん、殺人罪で起訴して裁判をするには、証拠が必要なのです。状況証拠だけでは駄目なんです。自白は証拠にならないのです」
「でも私が高藤隼人さんの胸を突き飛ばして転落させたのは、紛れもない事実です。神に誓って宣言します。私のこの手が証拠になりませんか?」
「君! 真面目に答えろ!」
激しく机を叩く!
尚子はあまりの剣幕驚いて手が震え、瞳がうつろになる。
和重が健一の肩を叩き変われと言って、健一と入れ替わる。
和重はしばらく無言で尚子に向かい合い、尚子は首をうなだれてうつむいている。
そのうつむいている瞳から涙が落ちる。
和重がポケットから、ティッシュペーパー取りだし尚子の前に置く。尚子は置かれたティッシュで涙を拭く。
「落ち着きましたか?」
無言で首を縦に振る。
「あなたのお名前と年齢を言ってください」
うなだれたまま「佐々木尚子26歳です」
「ご両親のお名前を言ってください」
「父は佐々木俊夫、母は邦江です」
「あなたのご両親は佐々木さんですね。養子縁組みをされる前のお名前を言ってください」
「分かりません・・・」
「お答え頂きませんか?」
「分かりません・・・」
「それでは、文教区小百合養護施設言う名前をご存知ですか?」
「知っています」
「あなたの妹さんのお名前をおっしゃってください」
「工藤章子です。今は會津にいます」
「妹さんお名前はご存知なのに、何故ご自分の名前を分からないのですか?」
「分かりません・・・」
「分かりました。高藤隼人さんの名前は何処でお知りになりましたか?」
「親戚の人から、両親を自殺に追いやったのは東都銀行太田支店融資課の高藤隼人と言う人だと教えられました。そして、この銀行の佐々木さんの養子になるのも運命だと感じました」
「それでどうされたんですか?」
「東都銀行太田支店の融資課で調べました」
「意識的に調べたのですか?」
「そうです。でも東都銀行太田支店融資課の高藤隼人さんは、5年前に退職してました」
「それでどうしました?」
「融資課後輩の亀田さんと言う方に、住所を聞き、渓流釣りが趣味で、Home Pageも公開していると聞き、佐々木尚子の名でアクセスして、お友達になり、殺す機会をうかがっていました」
「それでどうしました?」
「刃物とか、毒殺とか、殺す方法を考えていました。釣りでテントに泊まる機会もありましたが、恐ろしくて殺せませんでした。
そして8月15日)早朝、悠々館を出発して獣道を一時間近く歩き、休憩した場所で崖から突き落としました」
「突き落とした川の名前は覚えていますか?」
「知りません」
「突き落とした後、どうやって帰りましたか?」
「覚えていません」
「東京の自宅へどうのように帰りましたか?」
「電車だと思います」
「突き落とした場所は行けば分かりますか?」
現場検証で立ち会わせるため、小倉川の獣道を歩き、佐々木尚子に転落場所を指定させたが「分かりません」の繰り返しで、健一が「ここが突き落とした場所だ」と言っても、そうですかと言うばかりで確証は得られなかった。
しかし突き飛ばして崖から転落させた方法ははっきり証言した。
容疑者である佐々木尚子の胸部を触る訳にはいかないので、尚子の証言を元に、和重が尚子役、健一が高藤隼人役で、会話まで覚えていた
「隼人さんにお会いしてなければ、こんな素敵な光景の中に私は立てなかった。隼人さんありがとう。朝明けの空、小鳥のさえずり、この激しい渓流の音、朝もやの中にたたずむ尚子・・・感激だわ。自然の中に埋没している実感・・・隼人さん 尚子の手を握って・・・ほらこんなに胸がどきどきしてるでしょう?」
尚子が隼人の手をにぎり、自分の胸の膨らみに、そっと隼人の手を当てた瞬間、尚子が「おじさまごめんなさい!」と言って高藤隼人の胸部に自分の手を当てて突き落とした。佐々木尚子は詳しく供述した」
付け加えての供述は、平成16年8月15日は、両親が首つり自殺をした命日でもあると言った。
崖から突き落とした具体的な証言には信憑性があった。

殺人罪で逮捕された容疑者の拘留期限は通常10日間であるが、物的証拠を探すため拘留期限を10日間延長したが、証拠は見つからず、自ら進んでの自白を根拠に起訴し、初公判を迎えた。


10:裁判

裁判長「高藤隼人さん殺人事件第一回公判を開きます。それでは検事側の起訴理由を述べてください」
検事「平成19年8月15日(水)! 午前6時10分、福島県猪苗代町秋元湖に注ぐ小倉川の源流で、高藤隼人(60歳)に連れられて渓流釣りに同行した被告人佐々木尚子(26歳)が、連れの高藤隼人を崖から突き落として死亡させた。死因は脳挫傷で即死。犯行の動機ですが、平成16年8月15日、被告人、佐々木尚子当時8歳ですが、両親は工藤電機と言う会社を経営していました。東都銀行の高藤隼人さんが紹介した、東西電機からの受注を計画して5.000万円の融資を受けた。その3ヶ月後、東西電機が倒産、融資の担保であった担保物権を没収され、それが原因で両親が自殺。その復讐心から、崖から突き落とし死亡させたものである。罰条第二十六章殺人の罪、刑法第百九十九条により、懲役20年を求刑します」
裁判長「被告人、それに間違いありませんか?」
尚子「間違いありません」
裁判長「それでは被告人に訪ねます。崖から突き落とした動機はなんですか?」
尚子「復讐です」
弁護人「裁判長。この事件を担当した刑事の証人を申請します」
裁判長「検事、よろしいですか」
検事「どうぞ」
網島健一刑事が証人台に立った。一通り本人確認の人定質問がなされ。証人宣誓が行われた。
弁護人「取り調べの過程の中で、被告人は、高藤隼人が転落死した小倉川のと言う川を認識していましたか?」
網島「認識していません」
弁護人「何故だと思いますか?」
網島「嘘だと思います」
弁護人「被告人は、高藤隼人さんを転落死させたことを、自ら積極的に自白しています。そのことは間違いありませんか?」
網島「間違いありません」
弁護人「矛盾していませんか? 犯行を積極的に自白した被告人が、犯行現場の小倉川の名前を覚えてない・・・矛盾していませんか?」
検事「異議あり! 弁護人は証人の予断を強要しています」
裁判長「異議を認めます。弁護人質問を替えてください」
弁護人「現場検証で崖から突き落とした場所の特定では、被告人は藪が多くて分からないと供述しています。立ち会った警察官が被告人が分かりませんと言っているにもかかわらず、被告人が突き落とした場所はここですよと、誘導しています。間違いないですか?」
網島「犯行現場は、林道の車止めから獣道を歩いて30分ほどかかります。その間転落死するような、藪がなく川底が見えるような場所は一カ所もありません。初めて藪がなく、川底の見える場所は犯行現場だけです。その場所と転落した場所は一致します。確かに、被告人は転落死させた場所は分からないと供述していますが、この場所以外物理的に突き落とすことは不可能です。ですから、この場所ではありませんか? と指摘しました。それが誘導か捜査か否かは、この法廷で判断願います」
弁護人「証人、この場所ではありませんか? と言ったことは間違いありませんか?」
網島「間違いありません」
弁護人「質問を替えます。高藤隼人の死亡時刻は何月何日の何時ですか?」
網島平成29年8月15日(火)午前6時10分です」
弁護人「もう一度確認します。その時刻に間違いありませんね」
網島「間違いありません。転落時、腕時計が6時10分で止まっていました」」
弁護人「犯行現場は、林道の車止めから獣道を歩いて30分ほどかかりますと証言していますが、逆に、犯行現場から下って林道の車止め迄の時間は何分かかりますか?」
網島「男性の足で25分前後だと思います」
弁護人「女性の足ではどうでしょうか?」
網島「下りですからそう大差はないと思いますが?」
弁護人「じゃあ25分プラスマイナス5分程度と断定してかまいませんね」
網島「はい」
弁護人「それでは、林道の車止めから磐越西線の猪苗代駅まで、最短距離で車だと何分かかりますか?」
網島「計ったことはありませんが普通に走れば20分ほどだと思いますが?」
弁護人「分かりました。犯行現場と想定される場所から林道の車止めまで25分、車止めから駅までおよそ20分、犯行現場から磐越西線の猪苗代駅までは45分、急いでいても30分の時間が必要です。裁判長証拠書類一号と二号を提出します」
法廷のモニターに、佐々木尚子画像が表示される
弁護人「この写真の人物は、この法廷内にいますか? しっかり見て名前を言ってください」
網島「被告人の佐々木尚子です」
弁護人「被告人に間違いありませんか? 再度しっかり見てください」
網島「間違いありません」
弁護人「一号写真は、被告人が平成29年8月15日(火)午前6時23分発、JR磐越西線猪苗代駅改札口の、監視カメラの画像です。二号写真は終着駅郡山駅に七時十分に到着した改札口の監視カメラの画像です。高藤隼人死亡時刻は平成29年8月15日(火)午前6時10分です。犯行現場から始発の郡山行きに乗車するには十三分の時間しかありません。この十三分間でどうやって始発列車に乗車したんでしょうか? 証人は説明出来ますか!?」

網島は返答に窮した。
法廷がざわめいた。

弁護人「質問を終わります。次に被告人に質問したいのですが?」
裁判長「異議ありませんか?」
検事「ご随に・・・」
裁判長「被告人証言台の前に」

佐々木尚子が証言台に立つ。

弁護人「被告人に改めて聞きます。あなたは、大倉川の源流で、高藤隼人さんを崖から突き落としましたか?」
尚子「突き落としました」
弁護人「ほんとうは、突き落としてないんでしょう」
尚子「突き落としました」
弁護人「高藤隼人の死亡時刻は6時10分ですよ。突き落とした時間が6時10分であなたが磐越西線の猪苗代駅始発列車に乗車した時間が6時23分です。この13分間でどうやって駅まで行ったんですか?」
尚子「分かりません」
弁護人「ほんとうに分かりませんか?」
尚子「ほんとうに分かりません」
弁護人「裁判長、被告人の精神鑑定を希望します」

突然尚子が、苦しみながら腹部を押さえて床に倒れる。
騒然とする法廷
弁護人や監視がそして和重が駆け寄る。
和重は脈を診て「救急車!」と叫ぶ。


11:奇妙な矛盾

病室の廊下に和重と健一と女性監視がいる。
医者と看護師が病室から出て来ると、解剖医の先生はどなたですかと問いかけた。
三人は立ち上がり
「解剖医の熊沢和重と言います。こちらか網島刑事です」
「救急車で搬送されて佐々木尚子さんですが、妊娠していました」
「やはりそうでしたか」
「二ヶ月でしかも妊娠中毒ですので治療が必要です。しかし不思議な事を話していました」
「何です? その不思議な事って?」
「先生、私一度も男の方との経験がありません。妊娠二ヶ月ってほんとうですか?」
「どう言う事ですか?」
「本人の言葉ですから」
「想像妊娠の疑いは?」
「私の診察では200%その疑いはありません。エコーで診断していますから。画像ご覧になりますか?」
「いや、結構です。想像妊娠では、妊娠中毒の症状は起こりませんですね」
医者「その通りです。一度も性行為の経験がない女性の妊娠・・・あり得ません・・・」
健一が言葉をはさんだ。
「取り調べ中の彼女・・・そう言えば何だか変でした。崖から突き落とした事は、自ら積極的に自供していながら、可視カメラの質問から始まって、分かりませんの繰り返し、弁護人提出の、磐越西線猪苗代駅の監視カメラの画像を、本人である事も認めていません。突き落とし現場の時間と猪苗代の矛盾した時間を、弁護人から聞かれた時も「分かりません」の証言。殺人容疑ですよ。ほんとうに猪苗代駅から6時23分の列車に乗車していれば、何故我々に話をしてくれなかったのか? そう思いませんか?」
「彼女がほんとうに突き落としから、説明がつかなかった」
「不思議な事が多すぎますね。高速道猪苗代IC監視カメラ、犯行当日の国道115号線の監視カメラ、猪苗代駅の監視カメラには、6時23時分発の乗客は、女が一人と男が四人で、女は別人で尚子の画像なかった。それが弁護人の調査では、猪苗代駅の監視カメラには尚子の画像があった。俺の調査では尚子の画像は100%なかった? まさか、弁護人が証拠を偽装?」
「それもないな」
「俺の監視カメラの調査ミス? ですか」
「それもないな」
「それもない、それもない、その根拠を説明願いませんか?」
「この事件、科学的に証明出来ない項目が四つある。一つ目は、高藤隼人の胸の温度。二つ目は被疑者の証言の矛盾、崖から突き落とし事を認めながら、前後の事は分かりませんの繰り返し。三つ目は、崖から突き落とした時刻と猪苗代駅との時刻の矛盾。四つ目はヴァージンでありながらも妊娠した事実。この四つの項目がすべて事実だとしたら? いや事実だ! ・・・そして物理的には説明出来ない何かが動いた?」
「そんな? ・・・何かってなんです?!」
「空間と時間の四次元のエネルギー」
「何ですそれ?」
「平たく言えば高藤隼人の魂のエネルギー・・・まず猪苗代駅の画像を再確認する必要があるな。急ごう」
急遽郡山警察へ、平成29年8月15日(火)猪苗代駅始発午前6時23分発、郡山駅着七時十分着の降車客の中に、佐々木尚子の画像の確認を依頼した。
一方、和重と健一は、猪苗代駅で佐々木尚子のホームに入る姿を、改札口の監視カメラで確認した。
弁護人が提出した証拠の画像と同じであった。
しかし、健一は納得がいかなかった。
見間違いではない。
署長室での初期捜査の報告を思い出した。
「勿論調べました。猪苗代駅始発郡山行き6時23分、乗客は女性は1名4名は男性、次の列車7時6分、乗客20名で男性15名、女性5名、次の列車8時9分では乗客人数は確認していません。いずれにしても、念のため調べただけで、特定された人物がいなくては確認出来ません。しかし画像の保存は頼んであります」
乗客は女性は一名四名は男性と報告した。1名の女性の顔は、佐々木尚子の顔では無かった。「特定された人物がいなくては確認出来ません」と報告したのもミスだった。画像を印刷して保存すべきだった。
しかし、今回確認したのは、紛れもなく佐々木尚子であった。
そんな時和重が「あっ!」と言った。
「何です? 熊沢先生?」
「お前、今熊沢先生と言ったな」
「そんなことはどうでもいいです。我々の捜査能力を否定されている状況ですよ」
「俺はお前の臨時雇いの助手だよ」
「素直な気持ちで何とかなりませんかね・・・お願いしますよ熊沢先生」
「居酒屋で俺が言ってたことを覚えてるか?」
「何を言ってましたっけ?」
「その現象が異常だと分かってくれると思ったからだ。仏さんの転落に直接関係あるとは思わないが・・・もしかして、そのもしかがあるかも知れない」
「何ですかそのもしかって?」
「お前なぁ! 馬鹿じゃないか? 分からないから、もしかって何だよ。分かってたら今言うよ」
「思い出したか?」
「思い出しました。そのもしかして・・・が分かったんですか?」
「どう考えても、高藤隼人の死亡時刻は6時10分は事実だ。今見た改札口の画像も見ての通り事実だ。共犯者がいるな」
「共犯者? 佐々木尚子のそっくりさん・・・あっ! 文教区小百合養護施設の園長の話・・・双子の妹章子!?」
健一は直ちに文教区小百合養護施設の園長に電話して、工藤章子が引き取られた親戚の名前と住所を聞いた。
名前は父親の工藤公明、その姉工藤弥生、その弥生の嫁ぎ先で迫田義家、住所は福島県會津湯川村と教えられた。
湯川村は、猪苗代から磐越道に乗れば40㎞の距離である。
和重と健一は直ちに湯川村に向かい迫田家を訪問した。
迫田家で二人を迎えてくれたのは悲しい現実だった。
迫田夫婦は二年前に交通事故で亡くなり、迫田義家の母君子(70歳)が一人で暮らしていた。
尚子の妹章子も、三年前癌で亡くなっていた。和重と健一は座敷に案内され、仏壇の写真を見た。そこには、迫田夫婦と章子の写真が置かれていた。写真の章子は尚子とそっくりで、猪苗代駅の画像の尚子と、この写真の章子と比較しても、区別が付かなかった。老婆の君子の話だと、親もよく見間違えるほど区別がつかないらしく、結んだリボンの色で判別しているとの話であった。
完全な一卵性双生児であったと思われる。完全と言う単語を使うのも変だが、それほど瓜二つだと言う表現だ。
君子の話によると、章子が亡くなる半年前から、尚子はこの湯川村に移住して、付き添って献身的に看病していたと話した。章子の病は不幸ではあるが、7歳から引き離された姉妹が、一番楽しい時期だったのではないかと君子は話した。
章子が逝った時の尚子の悲しみは、章子ちゃん許して、章子ちゃん許して、と言って号泣していた・・・魂の叫びのように聞こえたと君子は話した。
和重と健一は迫田家を辞した後、帰路の車内で、工藤家が生きた時間の悲しさを感じていた。
「章子ちゃん許して」と言う意味は何だろう・・・と、健一は和重に問いかけた。
「さぁ・・・何だろう、俺にも分からん。署に帰って今回の件冷静にもう一度振り返って見ないか」
「そうですね。検察にも協力して貰う必要が・・・迷惑をかけていますから」
「署長にも、検察にも、協力して貰う必要はない」
「どうしてですか?」
「常識を越えた現象だからなぁ~検証は俺のうちでやろう」
「えっ! 解剖先生の自宅でですか?」
「そうだ」
和重の提案で自宅に向かった。健一が和重の自宅を訪問するのは初めてある。
表札には「小島」と書かれてあった
健一は、表札の「小島」に疑問をいだき質問しようとしたが、和重が「ただいま」と言って玄関を入っ
ていった。
「お帰りなさい」と出迎えたのが、何と、生活安全課の小島夏子だった。驚く健一にお構いなく応接に案内されて。
健一は、和重と夏子の顔を交合に見ながら
「どう言うことですか!?」
「そう言うことだ。結婚している。とにかく署には極秘機密だ。君を信頼している。夏ちゃん整理した項目を見せてくれ」

■佐々木尚子の画像と供述の矛盾
死亡時刻・・・・・・・午前6時10分:殺人自白
猪苗代駅始発時刻・・・午前6時23分:分かりません(不可能)
郡山駅着・・・・・・・午前7時10分:分かりません(不可能)
山形空港JAL 178便・・午後19時00分:佐々木尚子を確認
健一が聞いた。
「この山形空港って?」
「夏ちゃんに、犯行後の佐々木尚子の足取りを調べって貰った」
「夏ちゃん!?」
「そう。生活安全課は暇でしょう。郡山駅・福島駅と空港・仙台駅と空港・山形空港・その山形空港でJAL 178便の東京行きに搭乗しては。その監視カメラの画像がこれよ」
夏子が写真をテーブルの上に置いた。

■説明がつかない超常現象
高藤隼人の胸部温度6度
佐々木尚子の妊娠
猪苗代駅始発時刻・・・午前6時23分
郡山駅着・・・・・・・午前7時10分

■裁判の論点
殺人行為の自白と猪苗代駅始発時刻午前6時23分の矛盾。
検察は、犯行時刻午前6時10分~猪苗代駅始発時刻午前6時23分、この「13分」の矛盾を論破出来ないまま裁判が終了した。
判決は「無罪」
根拠は「自白は証拠にならない。13分間の物理的な根拠の説明がない」その2点だった。
検察は上告を諦めた。
その時点で、佐々木尚子の「無罪」が確定した。
高藤隼人殺人事件は、一事不再理の法律の元で二度と起訴されることは無かった。
一事不再理とは、刑事事件の裁判に於いて、確定判決後は、その事件を、再度起訴されることはないとする刑事訴訟法上の原則があった。根拠は憲法39条、刑事訴訟法337条、338条、340条である。

無罪判決後、和重と健一と夏子は死体保管室にいた。
立て続けに奇妙なことが起こった。
和重が、死体保管BOXから、高藤隼人の死体を引き出し、胸部の温度を測定した。
6度から2度変わっていた。
そこに佐々木尚子が緊急入院した医師から電話があった。
佐々木尚子の妊娠を確認したエコー画像の胎児が、消えていたと話した。
さらに猪苗代駅の駅員から、保管していた8月15日の画像を、消去してもいいかと言う電話が入った。
健一が、念のため佐々木尚子の画像を送ってくれと頼んだ。
健一のスマホにその画像が送られてきた。
佐々木尚子とは似ても似つかない別人であった。
和重が言った。
「胸部の温度・消えた胎児の画像・猪苗代駅の佐々木尚子の画像が別人・・・そしてこの奇妙なことが、死体保管室の中で、連続して現実になった。まるで誰かに指示のされているように・・・」
その時、突然、幻想的な音色が木(こ)魂(だま)して聞こえた。
夏子が「何? この木魂? 和重さん、健一さん、聞こえているよね・・・」

尚子の悲しい声が響いた。

お母さんお願いだからその川を渡らないで
お父さんお願いだからその川を渡らないで

川の底には魔物が住んでいます
その魔物にもいじめられます

どうして勇気の斧を振りかざし、戦わないのですか
どうして勇気を涙の洪水にして、戦わないのですか

戦わないのは優しさの涙ですか
戦わないのは優しさの愛ですか

手をつないで行かないのは
お母さんの涙ですか
手をつないで行かないのは
お父さんの勇気ですか

お母さん
教えてくださいその川を渡るわけを
お父さん
教えてくださいその川を渡るわけを

お母さんお願いだからその川を渡らないで
お父さんお願いだからその川を渡らないで

尚子の声が消え、渓流のせせらぎの音に変わって消えた。

夏子がつぶやいた。
「これって・・・いったい何なの?」
和重がつぶやいた。
「魂の詩・・・」

終わり

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