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岩魚太郎の何でも歳時記

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ブルマの竪琴

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再び市川 崑 監督 再び市川 崑 監督 その市川がメガホンを握り世界に... その市川がメガホンを握り世界に羽ばたいた作品が『ビルマの竪琴』である。総集編をAmazon何十年ぶりに鑑賞しました。 主題は、ビルマ戦線で戦死した兵士・・・生者から戦死者への鎮魂の心、水島上等兵の竪琴の詩(しらべ)が、生者も死者にも、時には悲しく、時には優しく聞こえる。 白黒フイルムである。ファーストシーンに字幕が表示される。「ビルマの土は赤い、岩もまた赤い」
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1956年(昭和31年) 『ビルマの竪琴』
 エディンバラ国際映画祭グランプリ
 ヴェネツィア国際映画祭サン・ジョルジョ賞
 アカデミー賞外国語映画賞ノミネート
 リスボン国際映画祭審査員特別賞

映画122作品
叙位・叙勲
1982年(昭和57年) - 紫綬褒章
1988年(昭和63年) - 勲四等/旭日小綬章
1994年(平成6年) - 文部省文化功労者選出
2008年(平成20年) - 正四位/旭日重光章
TV CM 26作品
ドキュメンタリー 10作品
舞台 2舞台
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1960年代
 日本における映画観客動員数の推移。
日本映画史上で最高製作本数となる547本を製作し、ピークを迎えた。そのほとんどは大手6社によるプログラムピクチャーで、この年以降、映画産業に翳りが見え隠れするようになった。観客動員数はこれより先、1958年の11億人強を最高に、急激に下降し、1963年には半分以下の5億人強となった。

この背景には1953年より登場したテレビの急速な普及がある。テレビは1959年の皇太子結婚をきっかけに一般に広く浸透し、1964年の東京オリンピックでその勢いは加速。またこの時期フジテレビに在籍していた五社英雄が松竹へ出向し『三匹の侍』で映画監督としてデビュー。テレビ畑出身、映画界での下積み経験のない人材が大手映画作品に進出していく契機となる。
1961年には新東宝が製作停止、日活は1969年に撮影所を売却、1971年に製作停止となった。

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