ポーツマス

米国東海岸ニューハンプシャにポーツマスという港街があります。
日本人には日露戦争終結のためのポーツマス条約の地として有名です。
作家吉村 昭氏の「ポーツマスの旗」には、この条約締結までの小村寿太郎全権大使の苦悩が克明に記されています、日本の近代史を知る上に良い本だと思います。
この本に小村全権はシアトルに上陸し、鉄路を東海岸まで行った記されています、シアトルを知るものにとって軽い驚きがありました。当時の交通事情、さらには移民や日米関係が克明に記録されているのです。

写真は明治村にあるこのポーツマス条約を交わした机の現物です。
下の写真はその記念写真。
※小柄な小村全権は足が床についていません。

私はこの机から日本の近代史、ひいては太平洋戦争までもが、この机で交わされた条約がある種のトリガーとなったと感じています。

明治村に行く時、私は必ずこの机を見ることにしています、苦労された先人への敬意を込めて。
#旅行

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KUMAさんへ

いいお話しですね。
今の政治家で、後世に名を残す人はいるのかしらと、感じました。
Posted at 2008-01-12 06:10

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こんばんは・・・・


ご指摘のごとくですね、この小村さん、私生活はダメでしたが(特に奥さんとは上手くいかなかった)、国を思う心とその決断には頭が下がります。
本人の自伝ではなく、多くの生き証人・綿密な記録・公文書などから誇張や虚偽の入り込む余地のない描写に心を打たれます。
Posted at 2008-01-12 15:23

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小村寿太郎は歴代のNO1の交渉上手な外務官僚でしょうね。


なにもぶんどってこなかったと、当時の国民にはすこぶる評判が
悪かったそうですが、後日評価は上がりましたね。

東シナ海油田問題を小村寿太郎に交渉してもらいたいもんです(笑)
Posted at 2008-01-12 07:40

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彼は米国留学で英語は堪能でしたが、その後、仏語もかなりのレベルに達していました。

ポーツマス講和の時、ロシアの全権ウイッテは英語が出来ず、会話は双方英語で行ったとありますが、小村全権は仏語の会話の過程で状況をすでに把握したにも関わらず、仏語が理解出切ることは条約締結まで一切秘密にしたようです。
現在の外交官でこのレベルの能力と胆力を期待するのは無理なんでしょうか・・・・
Posted at 2008-01-14 00:24

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