Search Bloguru posts

プリウスさんこんにちは

thread
プリウスさんこんにちは プリウスさんこんにちは プリウスさんこんにちは



14年間乗り尽くしたトヨタカムリ。

最近ではその私の愛車を16歳の長女とシェアしていてスケジュールを合わせるのに困難を感じることがある。

何と言っても彼女は学校にも車で通い、友人宅に行くにも友人を自宅に連れ込むも、ショッピングも夕食も何をするにも車が必要である。

そのため「ダディ、いつ帰ってくるの? 何時に家を出るの」と毎日聞いてくる。

親しくしている彼女の友人たちには新車を親から買ってもらったものも多くいる。

どうもこの国では16歳の高校生にも車が必要であると説得されてしまったようだ。

そこでそのカムリを本日彼女に譲り渡しことにしたのです。

私は現在近所にあるトヨタ販売店に行ってプリウスを購入。

5年間のローン支払いで金利ゼロと言うディールをしていたら買おうと決めていたところ、まだその販促をしていたので決意。

ハイブリットだし、半自動運転などの装置もいろいろあって扱いに慣れるのにしばらくかかりそう。

ガソリン代は40%から50%ほどは浮かせることができるみたい。

52MPG(1ガロンで52マイル走る)というのは驚異的な数字。
Portlandまでドライブしても4ガロンも食わない。

頭金さえ置いてこなかったので1ドルの支払いはしていません。
最初のローン支払いは45日後との事。

ローンの審査もスムーズだったしさすが米国の車市場はイージー。

今後のローン支払いもイージーとなればいいなぁ^ - ^
#家庭

People Who Wowed This Post

最初の売り上げの場

thread
見えにくくて悪いのですがシティ... 見えにくくて悪いのですがシティセンターの吹き抜けにあるオブジェです

本日はシアトル・ダウンタウンに行ってきました。

日本国総領事館の置かれているビルディングのはす向かいにシティーセンターと言う大きなビルが立っています。

その中にいる友人に会いに行ったのです。
アポなしに行ったにもかかわらず大歓迎され、話も弾みました。

思えば今から17年前、ビジネスで最初の売り上げを上げた場所がこのビルディングでした。

私にも最初の時というのがあったんです。

そのときはとにかく緊張して冷や汗ダラダラ、
英語を話すのも、作業も大変だったように思い出します。

それでも最初の第一歩が築けたと言うだけで胸もいっぱいとなり、
ほくほくの喜びに浸りながら夜の帳の降りた街を後にしました。

当時は車もなく、バスに乗ってシアトル市内のアパートに帰ったのでした。

帰宅すると家内が作ってくれていた夕食を囲みながら最初の売り上げが立った喜びを2人で1祝ったものでした。

#ビジネス

People Who Wowed This Post

「あなたの立っている地は、聖なる地である」

thread
「あなたの立っている地は、聖な... 「あなたの立っている地は、聖な...





創世記3章1-6

3:1 モーセは、ミデヤンの祭司で彼のしゅうと、イテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の西側に追って行き、神の山ホレブにやって来た。
3:2 すると主の使いが彼に、現われた。柴の中の火の炎の中であった。よく見ると、火で燃えていたのに柴は焼け尽きなかった。
3:3 モーセは言った。「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう。」
3:4 主は彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の中から彼を呼び、「モーセ、モーセ。」と仰せられた。彼は「はい。ここにおります。」と答えた。
3:5 神は仰せられた。「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は、聖なる地である。」
3:6 また仰せられた。「わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠した。


〜燃える炎の中に顕現された神〜

モーセが羊飼いとして過ごして早40年です。

彼は自らの熱意と正義心が同胞にに受け入れられずにここに逃げてきました。

いわば挫折と燃え尽き症候群の中に置かれていた日々を延々と過ごしていたのです。
ところが枯れ枝が燃えているのに燃え尽きない不思議な炎を見ました。

これは神が顕現するシャカイナ・グローリーです。

己の力、己の考え、己の願望を貫こうとすると自らを疲労させ他者を傷つける場合が多いのです。

神がモーセに語りかけた時は彼自身の自負心やら利己心ががすべて崩れ去っている時でした。

順調であると感じる時ほど私たちは危ないのかもしれません。

今日も神の前にサンダルを脱ぎ、聖なる地に立たされている自覚を持たせていただきたいと願います。


#メッセージ

People Who Wowed This Post

シアトル・オーナー会

thread
シアトル・オーナー会 シアトル・オーナー会 今回の弁当はマーサー・アイラン... 今回の弁当はマーサー・アイランドにあるYUZEN和食レストランから



日本人ビジネス・オーナー会に行ってきました。

今回のゲスト・スピーカーは鷹松弘章(たかまつひろあき)さんです。
http://hiroakitakamatsu.com/鷹松弘章-について

数日前、大前研一さんが80名の日本企業を代表する経営者たちを連れて米国視察に来られたそうですが、

その際にもホストとして講演をされたなど、お忙しい中私たちのために時間を作ってくださいました。

講演は「持続可能・Sustainableな組織を作るにはどうしたらいいか。」

講演途中から私どもからの質問が頻繁かつ多岐に渡ったため、
とても広い分野に話の方向が進んでしまいます。

しかし長年の経験から蓄積されたご自身で感じる問題意識とテーマには深く共感し共有できるものがありました。

例えば、、、

現在の日本の大学生の内向き志向。

留学をしたからない。日本にいるだけで十分であると考える学生が多い。

節約志向と貯蓄志向に固まった日本ではデフレが続きこの20年間賃金の上昇がない。

それ故お金が世間に回って行かない。

お金流通量が日本では膨らんだりしぼんだりするが欧米先進国では数十年間一定の割合を保っている。

それ故世界に対するプレゼンスが一定であるのに対して、日本のその勢いは減少するばかり。

その世界を知らない日本の教育現場とビジネス慣行。

「集団行動のための個人行動」(米国)と「個人行動のための集団行動」(日本)の違い。

相互扶助のコミュニティーが崩壊しつつある日本。

独立と自由。自由には責任が伴うこと。

失敗と経験値を多く体験することの重要性。

社会の根底をなす宗教観の相違が日米間の違いを開いた一端がある。

働きすぎの日本と家族のために時間を作る米国社会、その労働観の違い。

.............................................

などなど。

鷹松さんは高校時代まではスキープレーヤーとして本格的にトレーニングを重ね国体選手として活躍されていたとのこと。

大切な時期に靭帯を切断してしまったことから選手生命を絶たれ、急遽留学に挑戦されたそうです。

そのおかげで今日の講演と出会いが実現したのですから、私どもにとっては「禍が転じて福」となった事例と言えます。

カナダに留学した当初は英語の成績で3点しか取れない劣等生だったようです。

ところが卒業時には卒業生代表としてスピーチをするほどの優等生にまで登りつめた努力を惜しまない一面も持ち合わせていらっしゃいます。

鷹松さんの会社が開設されたソフトは、Excelやあらゆるデータベースを一瞬にしてグラフや図形に変換するものです。

WAZEという目的地までの検索アポを私は常時利用しているのですが、
そこには15分毎に交通状況に合わせた到着時間を予想表示する機能があります。

それが一目でわかるような棒グラフで表示されのを見た時には目を丸くして驚いてしまいました。

その機能もやはり御社によるものだったようです。


#ビジネス

People Who Wowed This Post

イエスとペテロの出会い

thread
イエスとペテロの出会い イエスとペテロの出会い イエスとペテロの出会い



5:1 群衆がイエスに押し迫るようにして神のことばを聞いたとき、イエスはゲネサレ湖の岸べに立っておられたが、
5:2 岸べに小舟が二そうあるのをご覧になった。漁師たちは、その舟から降りて網を洗っていた。
5:3 イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟にのり、陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。そしてイエスはすわって、舟から群衆を教えられた。
5:4 話が終わると、シモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。」と言われた。
5:5 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」
5:6 そして、そのとおりにすると、たくさんの魚がはいり、網は破れそうになった。
5:7 そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうになった。
5:8 これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから。」と言った。
5:9 それは、大漁のため、彼もいっしょにいたみなの者も、ひどく驚いたからである。
5:10 シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブやヨハネも同じであった。イエスはシモンにこう言われた。「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」
5:11 彼らは、舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った。


⑴ペテロの驚嘆
ペテロの舟に乗られそこに腰を下されたイエスは、岸辺に集まっている群衆に向け神の国の話をされました。恵みに満ちた話でありながら、権威に打たれたその姿に群衆たちが魅了されています。

⑵ペテロの関心
プロの漁師である彼は一昼夜働いた後、何も獲れていない疲労と挫折の中に置かれています。彼の最大の関心事は漁でありビジネスであり生業を成り立たせることです。イエスは再度漁に出掛け網を打つように命じて、その彼の願望を叶えてあげました。

⑶ペテロの召命
最大の願望を叶えてもらったはずのペテロが、その網と舟とを捨ててイエスに従うようになるのです。彼の最大の関心事は、今や収入からイエスに変わりました。「私の元から離れてください。私は罪深い人間ですから」とは彼がイエスをメシアであると認識した言葉です。その彼にイエスは応えられます。「あなたは人間をとる漁師になるのです」
ガリラヤの漁師から世界大の使徒へと変貌を遂げる瞬間でした。

#メッセージ

People Who Wowed This Post

夫たちの井戸端会議

thread
夫たちの井戸端会議 夫たちの井戸端会議



国際結婚した夫たちの会合へ行ってきました。

会場はベルビューダウンタウンの銀座レストラン。

今回は幹事役の私を含めて6名の参加。

国際結婚ならではの課題や問題を互いにシェアしながら助け合い励まそうと言う趣旨のものです。

今回から幹事役が15分前後の提題発表を簡単に行い、
その後会食しながら質疑応答を交わすと言うシナリオになりました。

私の話は、「人の創造と男女間の役割」というもの。

創世記1章、2章にある聖句を紹介しながらお話しさせていただきました。

人は神のかたちに男と女とに造られた。

それゆえ男女間にはその価値や尊厳性においてなんら違いはないこと。

女が男の脇腹の骨と肉から造られたこと。

「私の骨からの骨、肉からの肉」とは、婚姻関係が契約であることの表現であること。

そして男のためのふさわしい「助け手」としての女の役割があること。

「助け手」とは原語で「エゼル」であり、そこに上下や優劣の違いはなく機能や役割上の表現であること。

神ご自身が「助け手」と表現されている聖書箇所が他にある。

ジェンダーの違いを認めなかったりウーマンリブ思想が時代の先端であるかのような西洋先進国の風潮と聖書本来の教えにはギャップがあることなど。

これらのことを題材にしながらそれぞれの持っている宗教観や夫婦間や親子間のあり方などについて意見交換することができた幸いな宵となりました。


#メッセージ

People Who Wowed This Post

ココナッツにやみつき

thread
ココナッツにやみつき


カリフォルニアのメンロパークダウンタウン。

ランチのために見渡すとシンガーポール料理が目について迷わずにそこへ引き込まれて行く。

東南アジアのエスニック料理が見事にブレンドされ、その上に独自性も少々加えた料理にこれまではがっかりしたことはない。

ドリンクにココナツを頼むとその実がそのまま出てきた。

添加物の入っていないのが何より嬉しい。

飲み終えるとその実を切り分けてくれて、

豊穣な香りのままの内壁にこびりついているココナツをスプーンで掘削していただく。

それだけでランチになるほどのボリュームでした。
#レストラン

People Who Wowed This Post

September 11

thread


今年も巡ってきたSeptember 11。

あの悲劇から16年目を迎えた。

人の憎悪がどこまで愚かなことを仕出かしてしまうかを見せつけられた日。

あの悲劇は多くの人から夢や希望を奪い、愛しい人との関係に終止符を打った。

米国の正義の報復攻撃は世界をいよいよ混乱とテロの連鎖に追いやった。

----------------------------------------------

昨年のこの日、我が家にはキッパーというメスのゴールデンデットリバー犬がやって来た。

それ以来、我が家の裏庭は彼女に破壊され続けている。

裏庭は彼女によってボコボコの穴があちこちに出来上がり、
芝は禿げ上がりもはや息子とのサッカー場としては使用不能になった。

さらに家の外壁は木製のサイディングで覆われているが、
彼女の歯によって引き剥がされてしまった。

と言うことで、September 11は我が家にとって破壊者を家族に招き入れた日でもあるのです。

People Who Wowed This Post

「3種類の人」

thread
「3種類の人」

世の中には三種類の人がいる。

まず、【人の心に毒を盛る人】
彼らは人びとを落胆させ、創造性を破壊し、あなたにはムリだと言う。

次に、【自己中心的な人】
彼らは自分のことばかり考えて、他の人に力を貸そうとしない。

最後に、【人の心に明かりをともす人】
彼らは、人びとの生活を豊かにするために、励ましの言葉をかける。

私たちは、そういう人になる必要があるし、

そういう人とつきあう必要がある。

  ウォルト・ディズニー
#キリスト教会 #メッセージ

People Who Wowed This Post

「宗教改革はルター、カルヴァンでは終わらない!」

thread
「宗教改革はルター、カルヴァン... 「宗教改革はルター、カルヴァン... 「宗教改革はルター、カルヴァン...

先週で8週間学び続けたEラーニングが終わったのですが、その総括・まとめをしてみました。

************************'**************************

キリスト教2,000年間の歴史は、キリストがご自身の体である教会を花嫁としてふさわしく装い続け、育てあげている経緯と言えないでしょうか。

黙示録が最後の啓示の書として書き上げられたのは期限1世紀末ですが、その直後から繰り返された教会会議によって27巻の正典が新約聖書として編纂されていき、

同時にアリウスやネストリウス派が異端として退けられ、正統な信仰が作り上げられ、保持されてきました。

しかし3世紀に入るとアレキサンドリア神学と呼ばれるギリシャ哲学を背景にした思想がオリゲネスを中心に流行します。

4世紀後半にこれを東方教会から西方教会に紹介したのがヒエロニムスでありアウグスチヌスでした。

以後カトリック教会はキリスト教からその母体であったはずのユダヤ的要素を全て取り除き、異邦人中心の教会形成と神学の中で「失われた」中世の暗黒時代約千年期へ進みます。

ルターが中世のカトリック教会から本来の「聖書に帰ろう」とのスローガンのもと、初代使徒時代に隆盛であった本来の教えを回復したとして私たちは宗教改革とします。

それは信仰義認と言うものが主軸でありましたが、カトリックが逸脱し、脱落してしまったキリスト教の他の側面においては手付かずのまま残されていたと言わざるを得ないと思います。

それはパウロがローマ書9-11章で特に論じているユダヤ人の救いと回復、イエスへの民族的信仰覚醒があってから後に、神の異邦人を含めた全世界を救う計画が完成するというものです。

テキストではルターが中世と近代の境目にある人物として取り上げていたようですが、彼の運動としてはそうであったとしても、彼個人は中世暗黒時代に属する人物であると私は捉えています。

ルターは教会の中でこんなことを言ったとする記録が残っています。
「ユダヤ人のシナゴーグは破壊せよ。その書物を全て焼き付くしてしまえ。ユダヤ人を見つけたら殺してしまえ!」

それは彼の特異な意見ではなく、カトリック教会一般のユダヤ人に対しての偏見でした。

その社会的偏見には神学的根拠が横たわっています。

ユダヤ人はキリスト殺しの犯人であるとし、「その血は私と私たちの上に降りかかっても良い」(マタイ27:25)と言った呪われた民族であるとしました。

旧約時代には神の選ばれた民・所有とされた聖なる国民としての立場であったが、新約時代になってそれがキリスト教会に取って代わったと教えられてきたのです。

つまり旧約のイスラエルが新約時代以後はキリスト教会に置き換わったとする「置換神学」が支配しました。

先述のアレキサンドリア学派の新神学が広まっていくのと同時にカトリック世界に広がったのが、ユダヤ的要素を骨抜きとした置換神学です。

ルターもこの置換神学から本来の聖書の教理を回復できませんでした。

現在でもカトリック教会や東方教会はこのイスラエルの聖書的な立場を理解していませんし、認めようとしていません。

今日の多くの日本を含めたプロテスタント教会もまたその置換神学の長い伝統の影響の下に置かれていると言えるでしょう。

ヒトラーによるホロコーストがヨーロッパ中を席巻した時、カトリックはもちろん多くのルター派国教会は見て見ないふりをしました。

そこにはこのような彼らの聖書理解から来る長い伝統がバックボーンとしてあります。

ルターはヴォルムスの帝国議会で「我ここに立つ」と命をかけて自らの信じる教理のために戦う決意をしたことを学びました。

彼のたったその立ち位置は信仰義認と言う境地であったとしても、神の義の全世界的成就のためのイスラエルの役割と言う側面には盲目だったのです。

すなわち宗教改革は救済論においては本来あるべきところへの回復運動であったに違いはありませんが、終末論においてはまだ改革を始めてすらいなかったと私は理解しています。

第8回目の学びで戦中に統合された日本キリスト教団が軍国主義政府に「屈服」したのではなく「主体的信従」であったことを知って衝撃を受けました。

しかしその誤った世間的常識に陥らず捕縛され投獄されていった多くの牧師たちはホーリネス系であったのはなぜか?

その理由は彼らが再臨信仰に生きていた群れであったことと関連しないでしょうか。

つまりキリストが再臨し、エルサレムにおいて「ダビデの座」に着座され1,000年間の王国支配を全世界に広め統治すると言う明確な終末論が確立されているのなら、

どんなに小さな日本国内で強烈な天皇現人神の軍国主義に染まっていたとしても、そんなものは一時の茶番でしかないことをわきまえ知ることができたのです。

警察当局も再臨信仰ゆえに見過ごし出来ないキリスト教会として目をつけたとされています。

「改革派教会は改革し続ける教会」であるとの彼らの告白を学びました。

人の一生の中で人はどこまでも完成へと向けて成長し続けるように、キリスト教会もまたその長い歴史の中で完成へと向かい、改革し続けているのではないでしょうか。

その改革が進みいよいよ完成した時、整えられた花嫁としてキリストが迎えに来て下さると私は信じています。

その改革に自らも参与するために聖書を偏見なく学び、それに生きるものとさせていただきたいと願いを新たにできた学びとなりました。

教会の伝統よりも聖書に最終的な権威を認める者として。

テキストの帯に記されていた「宗教改革はルター、カルヴァンでは終わらない!」の言葉は、その意味で的を得ていると思いました。

#キリスト教会

People Who Wowed This Post

  • If you are a bloguru member, please login.
    Login
  • If you are not a bloguru member, you may request a free account here:
    Request Account
    Page 1/175
  1. <<
  2. 1
  3. 2
  4. 3
  5. 4
  6. 5
  7. 6
  8. 7
  9. 8
  10. 9
  11. 10
  12. 11
  13. >
  14. >>