滸呂裳(コロモ)よ、何もかも
忘れてもいいと 人が思うのは
こんなにも澄んだ 秋の夕暮れに
ふいに、とめどなく零る 落ち葉のただなかにいて
つと止み、歩みだす時だろうか
秋が澄明で
人は郷愁の絵図へと配られて
水彩に暮れてゆく両岸の瞳のなかで
滸呂裳よ、忘却が列を細め
牛の目をして、俺の腕を昇ってくるのが見えるだろう
影が光をあやし
赤子を背負うように
黙々と光の叫びに打たれているのが
俺は、深い錐の先に泊り
やがて両岸にどこまでも灯が浮かぶ
そうかもしれない
俺は、小さな暗い穴で
はかなげな温みに包まれた小さな穴蔵で
俺は、始まっていた
菱形の蕎麦殼の道を踏んで
赤い小人たちが通りつづける
ざっざっという旅ゆく足音を いつまでも聞いていた
昔、目と目のあいだに
小人よりなお小さく ずっとそのままだった
小さな白い土蔵が ながいあいだ風に吹かれていた
伝道師の姿でいつも巡り来たのは
言葉がはじまったと触れまわる
三拍と四拍の白い杖が叩く響きだったが
土蔵の壁はめまぐるしい速度で
一瞬を全貌にひらいては
杖はこなごなに砕け つなげようもなかった
ああ、やませだな
滸呂裳、風の筋が梢で
燃えはぜる音をさせて憩い
精気を吸っては尾をなびかせ
頬をなでていく比(ころ)
人は、こうして一緒に 風が哭くのを聞いてもよかったか
いや、俺は
ここに落ちているクヌギが
鳥の巣のような外皮が
俺を包んでいた土蔵の火炎となって
葉理にながれては埋まり
字扶桑(あざふそう)で
俺の、土蔵に倒れていた
白鷺のほそい首が
浜ヒルガヲの芽吹く
うす翠いろの艶によみがえり
字扶桑(ここ)で、俺は
目と目のあいだに像のよみがえりを思念して
何もかもが、深い断崖を落下しながら飛翔する
俺は存在の唖だ
网孤(もうこ)が鳴いたのか
ああ聞いた、いま、一緒に聞いた
滸呂裳よ、
モモンガの砦で いま兒が産まれたな
岩山から風が吹きおろす比(ころ)
海になだれる岩のうすい罅で
とおい遠い風のうなりが鳴りだす比
俺は岩より先に指が冷えてゆく
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