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草の小籠に
ふじ額いのつゆ草 ねんねこよ
沖まで きょうは浅瀬だな
ひかって ひかって
めにしみるな
たんぽぽの
綿毛のふとんで ねんねこよ
風にねて 風にねて
ほっと ひとつ飛べばな
自在の夢のつぎつぎ
ねんねこよ
鳥のねぐらの岩棚で
かえらぬ卵も
ねんこよ
お、おおおお
ねんねこよ
山から乳房おりてくる
いっぱい張っておりてくる
お、おおおお
ねんねこよ
汗かいた 耳のうらに聞こえたな
烈しい防御の紀元から
薄いセルの瞳
ひとつ ほどけ
くるぶしの夢から
身を這い出しわたしの五月の寝床で
おまえを柩とするという
乱暴な五月の指先で
わたしの舌が混紡にほどけ
つややかな貝の
渦巻きをなぞると
わたしの脚のあいだに
貝は眠り
世界の未明を
るるる
僅か回した
あれは明滅する烏
ゆらふら 推進する硝子質
みるみる尾につけて
渚にのまれる
二畳紀二億四千万年の灰の虹
暁闇に貝は
黴に濡れ
ひと茎の夢を背負って
光裂の渚を這った
海で大量の喪があったのだと
貝は白いカケと黒い脂をすこし吐いた
それは人間のものですかと
わたしは尋ねた
黙って貝は
草むらを吸った
ひとの 意識が
地軸を 狂わすとき
傾く 葬列の海 一夜
存在しながら
存在しないも 同然
の霊が 大量に うまれる
名は名 みずから 喪を
執らねば ならない
海域のやわらかさ
あの人かもしれない
あの人を導く おなじ指で
押し返す 汀をにぎる
薄いセルの瞳
ひとつ 回し
貝とうまれて
人に眠る
人にうまれて
貝となる
地上の ことばが
貝に うまれ……
あたたかい
潮みづながし
南洋の彫像の歯をみせて
貝は
倒れた
あの日 夕陽の阿比と
ふたり 真っかな氷(シガ)コにとけて
何処まンで
何処まンでも ながれていった
阿比は 鬼ユリかげろうもえて
阿千は オヒメになりてえな
岸と岸の 真ん真んなかで
ふたり 真っかな氷コになって
何処まンでも
ながれてゆけば
岸と岸の なんもかも
岩たち草たち なんもかも
けがれなき金剛(ダイアモンド)の
きっと阿千はオヒメになって
あの日 真っかな かげろうながれ
うまれて 何処まで ながれてゆくのが
償いなどで あるはずがない
夏の蕚(うてな)が 揺れるたび
風は 梢にとまり
カガヤキノイタダキデ
よぞらを裂く
マタタクカラユレナイ草
霧(き)れない野 カタコユリ
小舟の水尾は
むらさきで打たれる
岸は水に
コトリ ほどけて
瑠璃 さえずる
まわるカガヤキ 草群がる川
渚に消えた匂いを
林で愛しあう百葉箱の時限
テトテト
テトテト
巻の円陣を抜け出す章が
朝霧と溶岩に見るいちめんの秒
うちあげられた窪みに
海胆は むらさきの宵宮
ワタシハ誰カ マダ誰モ居ナイ
ワタ沁ミ出デ 月ニ光レバ
波がくれば 窪の底
揺らぐ音に 絡操(カラクリ)
鴨居は紅く
男が流れつく昔
*樞…開き戸などを開閉する仕掛け
夕べ荊原(ばらはら)は淋しいかと
狐にたずねる
もみじの簪まだあるか
恋しければという道は
コンと鳴けば
無明の甘さ
切って落とされる
村はずれは南無妙
南無狐狐
狐狐媽媽
南無媽媽 南無妙
媽媽狐狐 南無妙 南無媽媽
南無南無媽媽 南無妙
媽媽南無 南無妙
荊原を過ぎれば
石ノ上
看板の剥がれたペンキノ下
一本の奥歯が燃える
なかにあかく燠火がもえて
ふりむく狐の
しろい柔毛の尻は
ぽっと放たれる燐は
跳びあがるもののうえに
ひろがる夕焼けの途方で
遊弋をはじめる
法と月光を 踏み分けて
岩と星 兕(けもの)たちの市に
人買いはやってくる
クローバーの群落ごとに
あるいは早くも 兕の背に揺れて
まだ誰も触れていない児は
もぐらの仔どもらの上にいびきかく
木を組んで櫓をたてて
人買いは一晩中、酒をのんだり、手で頭を掻いたりしている
あたたかい海霧(ガス)の匂いをかいだり
貨物列車のコンテナが、通ってゆく音を聴いたりしている
ここへくると、男は心がやすらぐ
あの児らも、大きくなれば人買いになると思うと
人買いは、こうして、
人買いを増やしていこうと思い眠った
やわらかい足だ
あの兕たちが
集まってくる
お母さんだ
お母さんが森から集まってくる
貨物列車が着く町で、サイレンが鳴り
町の犬どもが次々に喉を天に向けると
一人の男が、むくりと起きあがり
森から、七寸五分
開いた舞扇のように走ってくる
イヌイという町で
「やあ海霧がでてきたな」
「おお そろそろ帰るとするか」
夕日が沈めば 船頭と網元が挨拶をした
兕(けもの)森で迷っても
「やあ海霧よ
帰るとするよ」
乾いた落ち葉が ぬれるところで耳にする
「きつねのぶどうはあったかい」
「さるのこしかけで寝てたのかい」
風に零して 男たちは笑って去った
「もう森へかえしましょう」
「戻ってはこないものだし」
女たちは 崖の湧き水で胸の汗をふく
ポロホウが鳴いて
目覚めた誰かがポロクゥと鳴いた
あとはりーりりり
艸たちが奏でて
「朝 谷の凹みをでてきたら
わしは お前とあった」
石の 浜ヒルガヲに
カビた振る舞い餅をうやうやと 婆は捧げる
夕日 千の一夕に
ウミウシは青紫の血を流して
いつまでも二本の角で踊っていた
「こころに響く
ことばが顕われるのは わたしそのものだ」
舟虫たちは ここから次の影までと
あるいは 長いカイメツを経て
帰還した主を ふたたび供えるためにか
いっせいに海霧の館へと 走っていく
お前様につくってもらいたい
お前様の好きなようにつくってもらいたい
いつでもいいものがあれば そのいつを
いつと決めるのがここではむつかしいのじゃ
いつでもいい
だれのものでもない
どこにうまれおちようとも
天に爪先だてても滸呂裳(ころも)
(モモンガが 飛ぶん とき
モモンガで 在るん のです
神かけて、そだ、ので、んです)
樹と樹のあいだを
飛べばうまれる滸呂裳(ころも)
樹と樹のあいだは消えた
兄よ
貴様(あんた)がのこった
ええ ててなし児は何をめざす
だれのものでもないもの
いつでもいいもの そのいつを
ええ いつをいつと そのいつを
親指と人指し指のくらがりで
ごろすけほうと ふくろうが鳴けば
浜のはずれの家から
精悍な男の影が岬へと歩いていく
三年目の秋 滸呂裳(コロモ)は死んだ
おれは 何をするのだか考えちゃいなかった
流れ着いて 奇跡というのか
たいした奇跡だった
あいつは目が悪かった
それで 何でもおれの思いが動けば
ぼんやりとしたものでも察して
思いどおりに動いた
小さな間取り 物の場所は寸分の狂いなく決まって
おれは その位置をずらさないことだけを 守らされた
それで あいつを どう乱そうと
あいつは喜んだのだ
おれは この秋 何をするんだか
考えちゃいなかった
朝 村の老婆たちが
こんなにいたのかと思うほど湧いてきて
白絹のコモに女を収め 蟻のように運んでいった
何がどうとも 互いにいわなかった
ただ 和紙一丁と筆を おれに残していった
これに扶桑の歴史を書き
女をよみがえらせろといった
おれは女を愛しかけていた気がする
だが 生まれてこのかた
死人の肌みたような真っ白い和紙に
これほど憎しみが湧いたことはなかった
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