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現代詩の小箱 北野丘ワールド

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其丈で済む

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ある日、別居中だった夫のアパートを朝帰りの女のように、
そっと出ると、ふいに女の耳には駆け寄らずにはいられなく
なる、ある種の高い音域に捉われて、私は小走りした。

タンポポが咲く駐車場と、子供の姿をみない高層マンションの
広場の角を、急ぎ越すと視界の中にバサバサした綿屑のよう
なものが飛び込んできた。見るなり「手で掬いとり口許に寄せ、
二本指でそっと撫でるのよ」、間髪入れない感情が、鳥肌を立
てていた。

巣から落ちた子雀は、無方向に鳴いては飛びすさり、止まって
は一層鳴いていた。梢のように赤みある、細くけなげな脚は片
方折れていた。チョンチョンと跳ねて、まだ飛び立てもできず、
バサバサと羽ばたき、地面に傾き、ひきずる羽を、うまくも畳
めず、ぶざまに、ただ、鳴くだけだった。
 
 (拾って、後、どうする)という考えがよぎると、子雀が一層
ひどく、這いずり回りだしたような気がした。子雀の方に、自分
の影を、ゆっくり近づけ、黒い塊を、横からおおいかぶせた後、
見もせずに通りすぎた。
 
それから二ヵ月ほどした、かんかん照りの休日、自分のアパー
トを出ると、路地の四つ角で、大きな青虫がのこのこと這うの
に出くわし、ぎょっとした。あまりにも鮮やかなマットの黄緑
色で、節ごとに黒く四角い模様が二つずつ並び、頭の先の五、
六本の髭が触覚なのか、左右に振り振り黙々と進んでいた。

このままでは、干からびるか、車に轢かれる。なんとかしなく
ちゃと心が焦った。いやそんなことよりも、アスファルトに突
然あらわれた、鮮やかさの、なまなましさの、この無防備さに、
慄いているだけなのかもしれなかった。枯れ葉を青虫の前に置
き、進行方向を庭の有る家へ向けようと、思いついた。

一度目は無視された。二度目、枯れ葉にかさりと、足がのると、
方向が変わった。いいぞと三度、四度とするうち、ぎくりとし
て立ち上がった。これは罠に誘うのと同じじゃないか。

私は、枯れ葉を捨て、遊びともつかないことを止めて、歩きだ
した。その時、車がカーブを切って、私の枯葉によって進行方
向を変えた、まさに其処へと進入してきた。

電柱の脇、かんかん照りの側溝の近く白っぽく汚れて糸をひい
たものの先に、わたひの影はとても短かった。

2011年晩秋
#現代詩図鑑

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