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8月に、1年振りに勝沼の大善寺にお参りしてきました。
ご住職の奥様と、お互いにそれぞれ「逃げ恥」のロケが来た時のことなどを話して、楽しい時間を過ごすことができました。
写真はその日、境内にある役行者を祀った「行者堂」に参拝した時、空に現われた「海老」です。
「海老」は「長寿」や「幸運」を表す非常に縁起の良いものだそうですね。
以前自分は稽古の時、こんなたとえ話(馬鹿話)をしました。
ある国に貧しいながらも大変優秀な発明家がいました。
彼は苦心の末に、電磁石の力で車体を浮き上がらせて滑らかに、しかも高速で走行可能な、夢の列車(リニアモーターカー)を発明しました。
リニアモーターカーが実現すれば、理論上は最高時速500kmを超えるのも夢ではなく、そうすれば遠い町までもあっという間に行くことができるようになるだろう、と大きな話題になりました。
そしていつの頃からか人々の間では、「リニアモーターカー」とは、とにかくスピードの速さが取り柄で、高速移動のための夢の超特急であるという認識が定着していきました。
そんな頃、ある別の事業家が、
「俺こそが本物のリニアモーターカーを発明した!」
「俺の発明したリニアモーターカーは時速800kmも出せるんだぞ!」
と吹聴し、ド派手で格好いい試作車を大々的にお披露目しました。
ところがその試作車は格好ばかりで、台車の後にロケットエンジンを載せて轟音と共に火炎を噴射しながら疾走する、「リニアモーターカー」というよりは「ロケットカー」と呼ぶべきものでした。
発明家は言いました。
「それはリニアモーターカーではない!」
事業家も言い返します。
「何を言う!俺の発明した方が本物のリニアモーターカーだ!」
「お前の方こそフェイクだ!」
両者の論争はいつまで経っても収まりません。
人々も、当初は二人の論争を静観していましたが、そのうち「発明家派」と「事業家派」に分断され始め、激しく言い争い、いがみ合うようになってしまいました。
とうとうある日、権威のある人間が両者の論争に終止符を打つための妙案を思い付きました。
「このような論争を収めるなど、いともたやすいことではないか。リニアモーターカーの命はスピードの速さなのだから、両者が競走してみればいい。」
「競走して勝った方を本物のリニアモーターカーと認定すればいい。これこそが公正な物事の決め方であり、きっと民意でもある。」
人々は諸手を挙げてこの意見に賛同しました。
「そうだ!そうだ!」
「白黒ハッキリと勝負を付けるようにすれば、嘘は通用しなくなる筈だ!」
「本物ならば結果を出して証明できる筈だ!」
かくして、人々の莫大な血税が投入され、全長数十kmはあろうレース場が突貫工事で完成しました。
レース当日。
人々が固唾を呑んで見守る中、遂にスタートのランプが点灯しました。
じわじわと加速する発明家の車両を後目に、事業家の車両は火を噴きながら轟音と共にあっという間に視界から消え去って行きました。
結果は事業家の圧勝でした。
その速さといったら、途中、音速をも超えていたそうです。
白黒ハッキリと決着が付いたお陰でやっと論争は収まり、人々は言い争うこともなくなりました。
しかしそれ以来、この国では「リニアモーターカー」とは火炎を噴射しながら轟音と共に疾走するもの、ということになりました。
めでたし、めでたし。
我ながら、実にくだらない馬鹿話だと感心してしまいますが、上記のような「馬鹿げたこと」は、現代社会のあらゆる場所、分野、業界で実際に起きていることに近いのではないか(?)と思います。
そしてこれはもちろん、合氣道の世界でも十分起こり得ることとして注意しなければならないと思うのです。
さいたま市で振武舘黒田道場を主宰し、代々伝わる家伝の武術を継承されておられる黒田鉄山先生は、長年、月刊「秘伝」誌上で読者からの質問に答えるコラムを担当されています。
そして黒田鉄山先生は、誌上でもことある毎に「型は実戦の雛型ではない」と繰り返し仰っています。
この「型は実戦の雛型ではない」という戒めは、現代の全ての武術・武道修行者が肝に銘じるべき、型(形)稽古の鉄則であり、合氣道の稽古においても忘れてはならないものだといえます。
私たちは、形稽古を通して何を学ぶのか?
練心館ではいつも言っていることですが、それは「質」です。
そしてそれをより具体的に言い換えるならば、「心身統一」と「氣の原理」であり、もっと細かく言えば、「体軸の感覚」「脱力」「丹田の感覚」「腹圧」「勁力」「身体の結び」「氣の感覚」「氣の結び」「相手の氣を導く」といったことです。
しかしながら、実際は、武術・武道を志す人間の多くが、たとえそれが合氣道や古流武術のような形稽古を主体とする流儀であっても、ついつい目先の「強さ」や「敵を倒す」といった、目に見える現象としての分かり易い成果を求めて稽古してしまうという傾向は、否めないのではないかと思います。
理由としては、世の中の多くの現代武道がスポーツ競技化しており、それらの稽古は、多くの人が「体育の授業」や「部活動」等で培ってきたスポーツの練習法と同じ感覚でやっても、特に違和感を感じない、ということにあるのではないかと思います。
スポーツ・格闘技として、試合で相手を圧倒し、ポイントを取ったりノックアウトしたりと、「勝利」という明確な結果を出す目的があるのなら、「強くなる」「敵を倒す」の一心で、「乱取り」や「スパーリング」に励むスタイルの練習で一向に構わないし、むしろその方が効果的な練習法だと言えるでしょう。
しかし、その方法論をそのまま形稽古に当てはめて、闘争心に燃えながら合氣道や古流武術の練習をやってしまうと、「形稽古とは本来何のためにやるものなのか」といった根本的な意味の抜け落ちた、全く以て意味不明な、訳の分からないものになってしまいます。
その結果、苦し紛れに、形そのものを競技化したり、ただ闇雲に形の迫力やスピードのアップを目指したり、結局は、「形稽古で覚えた技をスパーリングで使えるようにするのだ」等と言った、形稽古本来の意味から逸脱した、完全に的外れで頓珍漢なことになってしまう傾向は否めないと思うのです。
この言葉は黒田鉄山先生の完全なる受け売りですが、やはり、「型(形)は実戦の雛型ではない」のです。
そもそも合氣道では、相手に手首を掴ませた状態から入り身投げをしたり、呼吸投げをしたりする形が多数ありますが、常識的に、普通に考えれば、これらの形が実戦を想定した戦闘法である訳がないと、誰もが気付く筈ではないかと思うのですが・・・。
練心館では、「質」を求めて稽古することを重視しています。
それを長く続けていると、自ずと合氣道のそれぞれの形稽古の意味(※その形稽古を繰り返すことによってどういった「質」を学ぶのか)が見えてきます。
そして練心館では、「強くなる」「相手を倒す」ことを目的にして稽古をするな、と厳しく戒めています。
それをやってしまうと、天性のセンスのある人以外は皆、見た目の形は合氣道のような体をしていても、力み癖のある人は力んだまま、ぶつかる癖のある人はぶつかり合って、闘争心の強い人は激しく争って、或は、腕力で強引に人を捻じ伏せ押し倒したり、関節技で相手を痛め付けるといったような、お世辞にも「合氣道」と呼ぶには相応しくないモノになってしまう傾向があるからです。
「質」を求めて稽古するということは、言い換えるならば、「センス」そのものを構築し磨き上げていく作業であるとも言えます。
たとえ体格や体力に恵まれていなくても、運動が苦手でも、ゆっくりでも良いから、誰もが「質」としては達人・名人と同じ技を体現(※疑似体現)できるようにしていけるのも形稽古の優れた点です。
その技を使って実際に暴れる暴漢を倒したり制圧したりできなくとも、達人・名人と同じ「質」の心や身体の使い方ができるようになったとしたら、それは、人生全般のあらゆる場面に応用して、有効に活かせる、素晴らしい「生きる知恵」の学びとなる筈です。
たとえるならば、最高速度がたったの時速30kmしか出ないとしても、電磁石の力で車体を浮き上がらせて、滑るように走ることができたら、それは正真正銘、本物のリニアモーターカーだと言えるのです。
先ずは、「正真正銘の本物のリニアモーター」を己自身の中に構築することさえできたなら、後は本人が最高速30kmのままでも良いと言うのなら、それはそれで一向に構わないですし、いずれは時速500kmを目指したり600kmを目指したいと言うのであれば、それはその後の本人の努力次第です。
稽古の時に自分がよく言う「本物」であるかどうかというのは、この「質」の問題であって、強いか弱いか(※最高速が何kmかどうか)は正直、あまり重要視していません。
ですので、練心館では屈強な男性よりも小柄な女性の方が中身の実力はずっと上だと評価されることがしょっちゅうです。
また、練心館も含めた「藤平光一先生スタイル」の合氣道では、「心身統一体のテスト」と称して、「身体を押されてもグラつかないか」というテストをよく行います。
この時も、ただ、押されて動かなかったら「勝ち」、押されて動いてしまったら「負け」といったような、「目に見える分かり易い現象としての結果」ばかりに囚われてしまうと、大切な「本質」を見失います。
「心身統一体のテスト」とは、心と身体がどういう「質」の状態であるかを、お互いに気付き、更に修正、向上していくための大切な学びです。
強く押されると「動くまい」としてついつい強張ってしまう人に対しては、「優しくそっと押された位ではびくともしない」という経験を重ねてもらうことで、「強張る必要はないのだ」ということを学んでもらうことが大切ですし、心の集中力が散漫でグラついてしまうような人(※子どもさんには多いです)には、多少の強張りには目を瞑ってあげて、「前に心(氣)を向け集中することで、少々押されてもびくともしなくなる強さが得られる」という経験を重ねてもらうことで、「心の強さや集中力(※氣を出すということ)」を学んでもらうことが大切です。
そもそも、合氣道を「強くなろう」「相手を倒そう」と思って稽古することは間違っています。
なぜなら、それは合氣道開祖である植芝盛平先生の教えに反するからです。
世界中の「合氣道」の名前を冠した武道の修行者は、もっとこのことを肝に銘じなくてはならないと思います。
植芝の合気道には敵がいないのだ。相手があり敵があって、それより強くなり、それを倒すのが武道であると思ったらそれは間違いである。真の武道には相手もない、敵もない。真の武道とは宇宙そのものと一つになることだ、宇宙の中心に帰一することだ。合気道では強くなろう、相手を倒してやろうと錬磨するのではなく、世界人類平和のため、少しでもお役に立とうと、自己を宇宙の中心に帰一すること、帰一しようとする心が必要なのである。合気道とは、各人に与えられた天命を完成させてあげる羅針盤であり、和合の道であり、愛の道なのである。
(『合気神髄―合気道開祖・植芝盛平語録』P115より)
《三千世界一度に開く梅の花》
2月に母・祖母のお墓参りに行った時、寺の境内に咲いていた蠟梅です。
この寺の先代御住職は、世界的な仏教学者で、天道流合気道の清水健二先生の高弟でもあり、『禅と合気道』の著者としても有名な故鎌田茂雄先生でした。
これも自分と合氣道を結ぶ不思議なご縁の一つです。
以前このブログで、合氣道の稽古は「愛し愛され方の練習」ではないか、といったことを書きました。
「愛し上手 愛され上手 『愛』に関する考察③」
http://jp.bloguru.com/renshinkan/236429/2015-04-07
人間は愛さずにはいられない存在です。
そしてこの「愛」とは、もちろん「男女の恋愛」といった狭義の意味に限定されるものではありません。
私たちが誰かに対して、優しく親切にしたりする時はもちろんですが、腹を立てたり、失望したり、嫉妬したりする時も、大概そこには「愛」があります。
時には「愛」があるからこそ、誰かに対して、敢えて厳しい態度で接したり、突き放したりすることもよくあるものです。
いずれにせよ人間が、愛さずにはいられない存在ならば、せめて出来るだけ上手に、スマートに愛せないものか、「合氣道の技」はそんな「愛し方」の練習だとも言えます。
そして、世の中の人間誰もが皆、上手に、スマートに愛せる人ばかりとは限りません。
中には、不器用にしか愛せないような人もいます。そんな不器用な「愛」に出会った時、いちいち傷付いたりしないようにできないものか、「合氣道の受け身」はそんな「愛され方」の練習だとも言えます。
毎年、新年度が始まり、新入生や新入社員など、多くの人が新たな環境の中でスタートするこの時期になると、いつもそのことについて考えます。
そんな中、今年も「愛」についてあれこれ考えていると、合氣道は「愛」の学びであると同時に、仏教的な「縁」の学びでもあるのではないか?・・・、という考えがふと心の中に閃きました。
「因縁」という仏教用語があります。
この言葉は「因」と「縁」から成り立っています。
そしてこの「因」と「縁」がどのようなものであるか説明するために、植物が成長する上での「種」と「それを育む環境」に譬えた話を読んだことがありました。
植物が芽を出し成長し、いずれは花を咲かせたり実を結んだりする上では、「種」が直接的な「因」となります。
しかし、「種」だけが単独で存在していても、そこには何の変化も進展も起こりません。
「種」が花を咲かせたり実を結んだりするためには、また別の間接的な要因が必要で、それらが「土、そこに含まれる水分や養分、日光、二酸化炭素、成長するために適度な気温」などであり、これらが「縁」ということになります。
そして、この「因」と「縁」は、合氣道の稽古にもぴったり当てはまるものだと今更ながら気付かされました。
言うなれば、合氣道の技は「縁を結ぶ」稽古であり、考え様によっては、仏教の教えである、「悪縁」も自らの心の持ち方次第で「善縁」に変えてしまう、という稽古ではないかと思えるのです。
合氣道の形稽古は、基本的に、二人で一対一組となり向き合うところから始まります。
そして、このままお互いに何もしなければ何も始まらず、この状態では、それぞれは単独で存在する「種」のようなもの、つまり「因」に譬えられます。
しかし、ひとたび「受け」の者が「胸突き」や「正面打ち」などの所謂「攻撃」を仕掛けた瞬間、そこに「縁」が生じます。
「投げ」の者は、この「縁」に自らを調和させ一体化させなければなりません。まさに、「縁結び」です。
したがって、合氣道の「受け」の者が仕掛ける「突き」や「打ち」または「取り」は、敵の「攻撃」というよりは、むしろ、自身に訪れた結ぶべき「縁」であると捉えた方が稽古の質も高まるでしょう。
もちろん、そのままその場所にまごまご突っ立っていたら短刀で突かれ、刀で斬られてしまうではないか、と考えれば、やはりそれは敵の「攻撃」と捉えることもできます。
そう考えるならば、「受け」の者の仕掛けてきた「突き」や「打ち」「取り」は、不意に我が身に降り掛かってきた「悪縁」という捉え方もできます。
しかし、「悪縁」も自らの心次第で「善縁」に変えられるという仏教の教え通り、合氣道ではそんな「縁」に対してもしっかりと調和し「縁結び」します。
そしてお互いを一体化させたまま協力して、一つの美しい形を創り上げるのです。
合氣道の稽古とは、一粒の「種」のように「因」にしか過ぎなかった者が、「受け」の仕掛けてくれた「縁」に対して誠実に「縁結び」することで、その瞬間、その場所にだけ生起する、一期一会の美しい花を咲かせる練習だとも言えるのではないでしょうか?。
ところで、人間社会のあらゆる場所でさまざまな「縁」が生じ、それらが複雑に入り組んで、響き合い、重なり合っている様子は、まるで海上を波が覆い尽すようにうねっている姿に似ています。
太陽の熱によって地球上の大気は大循環を起こし、そこに地球の自転が加わり貿易風や偏西風といった風が生まれます。
地球の重力と月や太陽、惑星の重力が引き合うことで、潮の干満、潮流が生まれます。
海上の波は、そういった風と天体の重力の影響が複雑に絡み合って生じるといいます。
同じ様に、人間社会にも、絶えずさまざまな要因が複雑に絡み合い、波が海上を覆い尽すように、「縁」もこの世界を覆い尽しているのでしょう。
そして日々の生活の中でも、私たちには、さまざまな「縁」が次々と訪れ、時には「悪縁」や「腐れ縁」が身に降り掛かって来ることもあります。
私たちは、「善縁」はしっかりと結んで逃がさず、「悪縁」も自らの心持ち次第で「善縁」に変えていけるよう努力しなければならないのでしょう。
こちらは文中で言うところの「正しい例」です。
一切、押し返したり争ったりせず、その代わり、氣を出して(或いは氣を漲らせて)、後は、「心が折れてしまうこと」さえなければ、小柄な女性でも男性の力に負けません。
こちらが文中で言うところの「悪い例」です。
争って力で押し返そうとすれば、男性の力に敵う訳がありません。このやり方で「負けない」ようにするためには、無駄に「相手より強く」なって、一々「相手を打ち負かす」必要が生じてしまいます。
既に2か月以上前の話になってしまいましたが・・・。
前回のブログにも書かせて頂きましたが、1月10日(火)に、新宿にある某日本語学校にて日本文化体験の催しがあり、外国人留学生たちに合氣道の体験講習をして参りました。
生徒数百数十名、1コマたったの30分弱、そして午前中に6コマ、午後にも6コマという若干慌ただしいスケジュールの中で、留学生たちに対し、合氣道の何を伝えることができるか?、色々悩みましたが、まず最初に「これだけは絶対に避けよう」と考えたのは、短時間でチャチャッとやれそうなこととしては一番安易な内容とも言える、単なる「護身術講座」になってしまうことでした。
素人相手に、「相手がこう攻撃してきたらこう反撃する」とか「相手にこう掴まれたらこう反撃する」といったような安易な内容のものをレクチャーして、それを「合氣道」と呼ぶことに、自分は非常に抵抗があります。
合氣道開祖・植芝盛平先生の教えを尊重するならば、「合氣道」とは、己の心身を通して宇宙との調和を学ぶ深奥なる道であり、宇宙の根源としての「愛」を学ぶ修行の道であります。
ましてや、留学生たちは多種多様な国々から、様々な年齢の方々が来られています。
中には、日本とは比較にならない程治安の悪い国から来られている方も居られるでしょうし、兵役を経験されて軍隊で戦闘訓練を受けられた方も居られるかも知れません。
そんな方々に対し、日本人の自分が「護身術」を教えてやるなどと言うのは、笑止千万でしょう。
初心者を対象として、短い時間で、しかも合氣道としての本質やその思想・哲学をも損なわない形で行える、何かよい講習内容はないものか?・・・、そこでふと思いついたのが「藤平先生スタイル」の合氣道では、「氣」の力を示し理解するための、もはや定番のパフォーマンスとなっている「折れない腕」をやることでした。
「折れない腕」とは、一方が相手の手首と上腕二頭筋の辺りを掴んで、両手で力一杯相手の腕を折り曲げようとします。
まずは「悪い例」として、相手にも「折られまい」と力一杯抵抗して、押し返してもらうようにします。
しかし、相手は片腕なのに対して折る方は両手ですから、余程の力持ちでもない限り、腕は簡単に折り曲げられてしまいます。
今度は「正しい例」として、一方は同じように力一杯相手の腕を折り曲げようとしますが、相手には一切抵抗したり、押し返したりしないようにしてもらいます。
その代わりに、腕の先(指先)から「氣」のエネルギーが、遥か宇宙の彼方まで、鋭いレーザー光線のように迸り出ている、といったような強いイメージをしてもらいます。
そして、どんなに強く押されて腕が辛くても、その強いイメージだけは絶対に切らさないようにしてもらいます。
そうすると、相当な力で折り曲げようとしても、不思議と腕はびくともしなくなる、というものです。
日頃、練心館の大人クラスに見学・体験の方が来られると、こちらとしても、何とか少しでも面白い体験をしてもらおうと色々なパフォーマンスを見せたりしていますが、女性や比較的華奢な体格の方にこの「折れない腕」をやってもらうと、自身の中にこんなパワーが眠っていたのか、と非常に感激して頂けます。
それ以外にも、武術の好きそうな方には、丹田の力で木剣をふわっと落とすだけで相手の剣を弾き飛ばしたり、拳や肘を密着させたところから勁力(※武術的な力)で相手を弾き飛ばしたり、最近では、システマのストライクを真似た、見た目はゆるゆるでも異様に重たいパンチなども体験してもらったりしています。
興味のある方は是非、見学・体験にいらして下さい。お待ちして居ります。
(※いつも安全を考慮して、木剣は折れたりしないように、勁力も、内臓などにダメージが残留しないように、ミット越しに身体を貫通して抜けるよう、それも、相当手加減してやっていますのでご安心下さい。)
話を元に戻します。
この、昔から定番のパフォーマンスで、合氣道以外の武術・武道や一部のヨガ、気功などでも頻繁に行われてきた「折れない腕」ですが、正直、自分は、パフォーマンスとしてはやや華やかさに欠け、地味なものだなぁ・・・、などと思っていた節がありました。
しかし、よくよく考えると、合氣道が合氣道たる所以としてのその本質や、またその思想・哲学をもきちんと兼ね備えた、なかなか奥深く、味わい深いものである、ということを、今更ながら気付かされました。
「折れない腕」のよい点は、ほぼ全ての人がすぐにできるようになる、という点ではないかと思います。
そのためにも、相手に腕を折り曲げられなかったら「勝ち」で折り曲げられてしまったら「負け」とか、逆に、相手の腕を折り曲げてやったら「勝ち」で折り曲げられなかったら「負け」、といったような勝ち負けゲームの感覚でやってしまったら大事な本質を見失います。
まずは目に見える現象としての「腕が折れ曲がらない」ということよりも、「質」の違いを感じ分け、味わえるようにすることが肝心です。
よって教える側は、最初は「悪い例」として、相手にわざと力んでもらって、争って押し返すようにしてもらうのがよいでしょう。
まれに力自慢の人で、片腕でも力負けしないような人もいたりしますが、この耐え方で頑張ったところで、かなり体力を消耗してしまい、結局は疲れてしまいます。
片腕の筋力に対して両腕を使った力で押される訳ですから、大概は、あっけなく折り曲げられてしまうのが殆どです。
次に、手の先から「氣」が出ている強いイメージをしながら、一切、争って押し返したりしないようにしてもらいます。
この時、折り曲げる側の人は、最初はそっと、徐々に力を強くしていくようなやり方が望ましいです。
相手が華奢な女性だったりしたら、「どんなに腕が辛くても絶対に心では負けないで!」「信念は絶対に曲げないで!」などと励ましながらやるのも良いでしょう。
そうすると、女性の細腕に対して男性が本気の力を掛けても、本当にびくともしなくなります。
この「折れない腕」を通して、私たちは合氣道の大切な教えである「争わざるの理」を、身を以て学ぶことができます。
「押された」ことに対して「押し返そう」とすれば、そこに争いが生じます。
一旦、「争い」の構図にはまってしまうと、自分が「負けない」ためには相手を「打ち負かし」て相手に「勝つ」必要が生じてしまいます。
そして今度は、常にそれを可能とするためには、「相手よりも強く在らなければならない」という必要性が生じます。
一度この考え方に陥ってしまった者は、「いずれはもっと強い『敵』が出現するかもしれない」という不安に常に苛まれ続け、際限なく、相手を制圧するための「強さ」としての「力」を追い求めなくてはならなくなってしまいます。
延いてはこれが、世界では、疑心暗鬼と恐怖に裏打ちされた軍拡競争へと繋がっているのだと言えます。
一方で、どんなに強い力で押されても、一切争わず、押し返したりもせず、その代わり、しっかりと「氣」の力をイメージし、心の信念では絶対に負けないでいると、相当な力で押されてもびくともしなくなり、争うよりも却って強い状態でいられるのです。
この現象から私たちは大切な真理を学ぶことができます。
それは、「他人を打ち負かして勝ち誇ってやろう」などという邪なことを考えるから、無駄に「強く」ならなきゃいけない必要が生じる訳で、「争わない」「勝とうとしない」「いちいちやり返さない」、その代わり、「絶対に心の信念では負けない」という状態の方が、争うよりも却って強くいられるということです。
これは人生全般に活かすことのできる教えであると同時に、今後、真に世界平和を実現するためにも鍵になるものではないかと思います。
最後にちょっと技術的な解説を致します。
先程、「折れない腕」は誰でもすぐにできるようになると申しましたが、実は、中身の質としては「初心者向けの折れない腕」と「上級者向けの折れない腕」の二種類が存在します。
練心館では、初心者向けのものを「魄(はく)の折れない腕」、上級者向けのものを「魂(こん)の折れない腕」というふうに分類しています。
初心者の人の多くは、純粋に「氣が出ている」ことと、それとは似て非なるものである「氣を漲らせる」ことの感覚の違いがまだ明確に分からない人が多く、その場合自分は、まずは「氣を漲らせる」ことから始めればよい、という考えでやっています。
ここでいう「氣を漲らせた」腕というのは、筋肉にも硬直した張りがある状態ですが、決して単純に筋肉に力を込めて力んだ状態とは違います。
この状態を表す具体例として参考になるのが、空手の「極め」の状態だといえます。
この感覚は、武術において破壊力のある打撃をするためには必須の身体感覚だと言えます。
この「氣を漲らせた」腕さえきちんとできてしまえば、抵抗して押し返したりせずとも、相当な力で折り曲げられてもびくともしなくなります。
よって、目に見える現象としての「折れない腕」は、この段階で既に完成したとも言えるでしょう。
しかし、中身の質を問うならば、これはまだ初心者向けの「魄(はく)の折れない腕」です。
その次の段階として、「極め」を徐々に弛めていって「氣を漲らせる」のではなく「氣が出ている」状態を創っていき、その感覚を覚えます。
そうすると、腕の筋肉は弛んだ状態でふにゃふにゃなのに、相当な力で折り曲げられてもびくともしなくなります。
これが上級者向けの「魂(こん)の折れない腕」です。
まさに、合氣道開祖・植芝盛平先生が、後年、繰り返し何度も仰った「魄(はく)は捨て去れ」ということですね。
合氣道練心館の平成28(2016)年最大のニュースと言えば、9月21日(水)に、女優の新垣結衣さんとミュージシャンで俳優の星野源さんが来られたことです。
と言っても、残念ながら合氣道を習いに来てくれた訳ではなく、飽くまでもTBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のロケで、メイクや衣装替え、休憩等をするための、控室として道場を使って頂いただけです。
ちなみにその日は、隣の町内会館を控室にして、宇梶剛士さん、富田靖子さん、石田ゆり子さんといったベテランの錚々たるメンバーも揃い踏みでした。
練心館の30数年の歴史の中で、これ程までに有名な方々が集結したのはもちろん初めてのことです。
ロケ当日のお昼休憩の時間、道場では、当時まだ発売前だった星野源さんの新曲『恋』の「イントロ/アウトロ部分だけ」といったような、「曲の一定の部分」だけが何度も何度も繰り返し流されていました。
これは今になって判ることですが、道場の鏡の前で、お二人で「恋ダンス」の練習をしていたのでしょう。
ドラマのエンディングで毎回流れた通称「恋ダンス」は、今や大ブームになっていますが、新垣結衣さんと星野源さん御本人たちが「恋ダンス」を踊った「武道の道場」というのは、世界で唯一、うちだけではないかとちょっと自慢です・・・。
そんなご縁があったので、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』は、毎週欠かさず視ていました。
正直に申しまして、民放の連続ドラマを毎週欠かさず視ることは、自分でも何年振りか判りません・・・。
そしてドラマを初回から視ていく中で、今回はどうも、もっと深い意味での特別な「ご縁」があったのではないか(?)、と驚かされると同時に、そう確信せざるを得なくなりました。
それはちょっと不思議系、スピリチュアル系のお話になってしまいます・・・。
私の母は、3年前(平成25年8月)に亡くなったのですが、今回、星野源さんは、天国の母からのサプライズとして(?)、ある意味、目に見えない不思議な力に導かれて(?)練心館に来られたのではないか、と思われてならないのです。
母は、30年前に最初の「くも膜下出血」で倒れ、開頭手術を受けました。
しかし、その時は奇跡的に回復し、お陰様でその後20年以上、特に後遺症もなく元気に過ごしていました。
平成24(2012)年4月。
母は再び「くも膜下出血」で倒れ、その後、2度にわたる開頭手術の末、何とか一命は取り留めたものの、植物状態である「遷延性意識障害」となってしまいました。
実は、私には「氣」のエネルギーを使ったヒーリングができる、という特技があります。
詳しく言うと、野口整体の「愉気」と心身統一合氣道の「氣圧療法」を自分なりに融合させたものでした。
更に、母が倒れて後、これもまた運命的に神沢瑞至先生の「気療」に触れる機会に恵まれ、お陰様で自分でも技術が随分向上したと思っています。
昏睡状態になってしまった母にヒーリングを行うと、奇跡的にその時だけは両目をパッチリと開けて、しっかりと物を見てくれるという現象が起きました。
そのうち、毎週病院に行っては、ヒーリングをしながら母が好きだったドラマのDVDを見せてあげる、ということをやっていました。
最初に見せてあげたドラマのDVDがNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で、星野源さんが松下奈緒さん演じる主人公の弟役を好演していました。
そんな頃、星野源さんが31歳の若さで、母と同じ「くも膜下出血」で緊急搬送されたというニュースを聞き、大変ショックを受けたのです。
そして翌年、平成25(2013)年の6月。
母が亡くなる2カ月程前に、星野源さんがまた入院、そして再手術をするというニュースを聞き、その時は、自分の中で星野源さんと母の姿が完全に重なってしまい、本当に気の毒で胸が痛みました。
その頃、寺社仏閣へ参拝し、母の病気平癒を祈る時は、何となく一緒に、星野源さんの回復もよく祈ったものです。
(※実はその頃の自分は、星野源さんはてっきり重症で、後遺障害に苦しみ、もうミュージシャンや俳優として復帰するのは相当難しいのではないか?、と勝手に思っていました。)
そんなこともあって、昨年の大晦日、NHK紅白歌合戦に星野源さんが初出場し、元気な姿を見せてくれた時は、目頭が熱くなったのを覚えています。
それは、星野源さんがここまで元気に回復した、ということに感無量の思いだっただけではなく、ヒット曲「SUN」の歌詞が、自分には、病から回復しようと頑張る人々への応援歌であると同時に、回復せず亡くなった人々への鎮魂歌にも聞こえ、闘病中の母のことも色々と懐かしく思い出されたからだろうと思います。
話をドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のことに戻します。
初回放送を視て、先ずは「面白い偶然もあるんだなぁ・・・」と驚きました。
星野源さん演じる「津崎平匡」の住むマンションの住所が、私の実家の住所と、ほとんど一緒だったのです。
その後しばらくは、「津崎平匡」のマンションが画面に映るたびに、小道具として電柱に括り付けられた「住所表示の青いプレート」にいつも目が釘付けになっていました。
もちろん、ドラマに登場するのは、横浜市の実在する市、区、町をランダムに組み合わせて作ったであろう架空の住所です。
しかし、横浜市民で地元の人ならすぐに解かると思います。
ここで具体的に書くのは控えますが、ドラマに出てくる住所は、番地が若干違うだけで、何と、私の実家と誤差20m以内の場所でした。
第2話を視て、「これはもしかしたら、ただの偶然ではなく、目に見えない世界のご縁や導きがあるのでは?・・・」と気になり始めました。
この「津崎平匡」の住むマンションの最寄り駅という設定のロケ地が、3年前に、約1年もの間、母が人生最期の時を過ごさせて頂いた「療養型医療施設」の最寄り駅である、相鉄いずみ野線の「南万騎が原駅」でした・・・。
そして第3話を視て、「一連の不思議なシンクロはただの偶然ではなく、天国の母からのサプライズか、あるいは、それこそ薬師如来様から頂いたご縁に違いない」と確信するに至りました。
話の内容は、皆で山梨県の勝沼にドライブに出掛けるというものでした。
そして甲州市勝沼町にある古刹、大善寺(葡萄薬師)が、ドラマ上大切なシーンで登場した時は、さすがに仰天しました。
実は、平成24(2012)年に母が「くも膜下出血」で倒れて後、ずっと病気平癒の願掛けをしていたのが、この大善寺(葡萄薬師)だったのです。
翌年8月、母が亡くなった直後にもお参りさせて頂きましたし、それ以降もちょくちょく大善寺(葡萄薬師)には参拝しており、今年も8月に行って参りました。
大善寺(葡萄薬師)の御本尊である薬師三尊像(薬師如来坐像、日光・月光菩薩立像)は秘仏で、5年に1度10月初めの2週間だけ御開帳されます。
平成25(2013)年10月、母の納骨を済ませてから1週間後、勝沼まで行き御本尊の薬師三尊像を直接、拝ませて頂くことができました。
その時は、「母が無事に三途の川を渡れますように」ということと、「せめて星野源さんが元気に回復できますように」とお願いしたのです・・・。
所で、このドラマのエンディングは、毎回、出演者の方々が揃って踊る、通称「恋ダンス」で、最後は必ず新垣結衣さんの「合掌」した姿で締め括られていました。
そんな不思議な「ご縁」を感じていた自分にとっては、その姿が「衆生を救うために浄土から降臨された菩薩様」に見えて仕方ありませんでした。
まさに「月光菩薩」ならぬ「ガッキー菩薩」とでも言うべき有難い御姿で、思わずこちらもそれに応えて、度々「合掌」してしまったものです。
そう考えると、星野源さんは「SUN」に懸けて「日光菩薩」ということになるのかも知れません・・・。
「恋ダンス」を振付されたMIKIKOさんは、この「合掌」を、恐らくはヨガのポーズや民族舞踊からインスパイアされて採り入れられたのだろう?と思われますが、「恋ダンス」がここまで人々に受け入れられたのも、「合掌」を多用した振付が、もしかしたら仏教的な祈りや救済を人々に連想させたからなのかも(?)知れません(我ながら『ぶっちゃけ寺』に出てくるお坊さんみたいですね・・・)。
そんな訳で、今年はドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のお陰で、忘れられない年となりました。
しかし来年こそは、本業の「合氣道」で「今年最大の良いニュース」が語れるような、そんな年にしたいものです。
今年も残り僅かとなって参りました。
それでは皆様、よいお年を。
合氣道に限らず、武術・武道や芸事の道を修行する上で、まず目指さなくてはならない境地とは何か。
それはちょっと妙な譬えになりますが・・・、「自身の中に埋もれていた、今までは自分でも気付いていなかった、いずれ自分が克服し、乗り越えなくてはならない『壁』の存在に気付く」ということではないかと思いました。
これは言い換えるならば、「過去の経験を通して、知らず知らずのうちに自らの心身に染み付いてしまった『癖』に気付く」とも言えるのでしょうが、稽古・修行が進み、実力が上がるに連れて、単なる「癖」が、立ちはだかる大きな「壁」になってくるようです。
ロシア武術「システマ」では上達の秘訣として、「汝自身を知れ」という教えを大切にしているそうですが、同じようなことではないか?・・・と思います。
そしてこの「自身の中に埋もれていた克服すべき『壁』」の代表的なものが、「力み癖」「姿勢の歪み」「殻に閉じ籠ろうとする心」の3つだと言えます。
練心館の大人クラスに入門して稽古を続ける中で、自らの心身にこういった「癖」が染み付いてしまっていたことを痛感させられた人も多いのではないかと思います。
そう考えると、また手前味噌な言い方になりますが、練心館での稽古が、「汝自身を知る」ための大切な気付きの場になっているのだと思います。
「力み癖」は、特に大人の男性に多いようです。
競争社会の中で、生真面目に「強くなければならない」「勝たねばならない」と肩肘張って生きて行かざるを得なかったせいでしょうか・・・。
そもそも、我々男性は女性に較べたら、本来、総じて繊細で傷付きやすく、弱虫であると言えます。そして弱虫であればある程、その反動で、「舐められたくない」「喧嘩が強いと思われたい」等とくだらないことを考え、無駄に粋がりたくなるものです。
その結果、更に悪循環に陥り、肩に力が入り、身体を強張らせ、無駄な力みを助長させてしまうこともあるようです。
また世間一般では、「武道」というものは、「激しくぶつかり合って争い、強い者が相手を捻じ伏せて倒し勝つものだ」という完全に誤った認識が浸透してしまっているのも、この傾向を助長しているのではないかと思います。
こういった人は、「武道」とは本来、「心を穏やかにして、リラックスと脱力を学ぶものなのである」と発想の転換をして、ひたすら力を抜いて動く練習を心掛けなくてはいけません。
「姿勢の歪み」は、ある意味、文明にどっぷり浸かった現代人の典型的な姿というべきで、若い頃からあまり運動をしていなかったり、体を鍛えていなかった人に多いと言えます。
具体的には、骨盤が後方に傾き、猫背になり、両肩が前に出て、首が前方に突き出ているような姿勢になっている場合がほとんどです。
子どもの頃から受験競争に晒され、勉強疲れを癒すための気分転換には、今度はゲーム機で遊び、大人になったらデスクワークで一日中パソコンと向かい合う、といった生活をしている人は、武道の上達以前に、自身の健康のためにも要注意です。
普段から、骨盤を起こし背筋を真っ直ぐに伸ばすことを心掛けなくてはいけないのはもちろんですが、正しい姿勢を保つための必要最低限の筋力を付けることと、深い呼吸を心掛けること、そして後は、股関節と肩甲骨の「動きの中での柔軟性」が上達の鍵となります。
稀に、初めから良い具合に力が抜けていて、武術・武道に必要な、微妙で繊細な身体操作を難なくこなしてしまう人もいます。
生まれつき感性・感覚の鋭い、ある意味、天才的なタイプの人だと言えるのでしょうが、こういったタイプの人に限って、今度は「心を自分の殻に閉じ籠らせがち」な傾向があると言えます。
このタイプの人は、稽古中も常に、自身の身体の状態をつぶさに観察しています。そして少しでも身体操作に乱れが生じると、誰よりも真っ先にその異変に気付くことができます。
それは決して悪い事ではなく、むしろ上達するためには本当に恵まれた、類稀なる才能を持っているといえますが、どうしても意識や感覚が自身の内部、内部へと籠りがちになる傾向は否めません。
「身体操作」というものを何よりも重視されている武術家の中には、研ぎ澄まされた感覚を以て、閉じられた自己の内的世界をいかに充実させるか、ということをテーマに日々ひたすら研鑽されている方も、結構いらっしゃるように見受けられます。
しかし、合氣道は、根本的な部分でそういったものとはちょっと違っています。
合氣道において一番大切なことは「氣を出す」ということであり、殻を破り、心を開き、明るく積極的な氣を出すことが何よりも肝要なのです。
このタイプの人は、もともと才能には恵まれているので、後は心の持ち方の問題です。
常に明るく積極的な愛の心を持って、心を開き、エネルギーを外に向け、氣を出すことさえ心掛ければ良いでしょう。
これらの「自身の中に埋もれていた克服しなければならない『壁』」を打破して、乗り越えることができた時、人間は真に「変わる」ことができるのだと思います。
つまりそれは、それまでの自分とは「価値観」や「世界観」そのものが大きく変化してしまう、ということであり、仏教で言うところの「回心(えしん/※俗世に塗れた心を改めて仏道に帰依すること)」や、キリスト教での「回心(かいしん/不信や迷信を悔い改めて真の信仰に生きること)」にも通じる、「生きながらにして生まれ変わる」ということだと言えます。
ところで、合氣道師範としても有名な哲学者・思想家の内田樹先生は、教育論を語る中でことある毎に、「学び」とは、自身の「価値観」そのものが揺らぎ、変容し、拡張することであると仰られています。
そういった意味では、真に物事を「学ぶ」ということも、すなわち「生きながらにして生まれ変わる」ことであると言えるのではないかと思います。
「学びとは、学ぶ前には知られていなかった度量衡によって、学びの意味や意義が事後的に考量される、そのようなダイナミックなプロセスのことです。学び始めたときと、学んでいる途中と、学び終わったときでは学びの主体そのものが別の人間である、というのが学びのプロセスに身を投じた主体の運命なのです。」
(『下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち』内田樹 著 より)
やはり、武術・武道や、芸事などの修行の道は、「生きながらにして生まれ変わる」ための道だと言えるのではないでしょうか。
それは譬えるならば、パソコンやスマートフォンに、役に立ちそうなソフトウェアや、面白そうなアプリケーションをダウンロードする作業などでは決してなく、基本OS(Operating System)そのものを書き換える作業であると言えます。
「MS-DOS」で日々何不自由なく物事を感じ、考え、行動している者にとっては、様々な「ゲームソフト」や「ワープロソフト」、「表計算ソフト」等が何の役に立つか、その有用性は理解できると思います。
しかし、基本OSを「Windows」に書き換えることの意味や有用性にまでは、今一つピンと来ないことでしょう。
それでも、ひとたび基本OSが「Windows」に書き換わってしまったならば、それまでとは根本的に「価値観」や「世界観」が変容してしまっていることを知るはずです。
内田樹先生は、以前、ブログでこうも述べられていました。
「不思議なもので、確率的に言うと、はっきりしたモチベーションを持って入門した人と、『何となく』入門した人では、『何となく』の方が長続きするのである。」
(ブログ『内田樹の研究室』 「なんとなく」の効用 2010.4.4 より)
※参照 http://blog.tatsuru.com/2010/04/04_1155.php
これは、合氣道を「明確な有用性」を伴った面白そうなアプリだと捉え、それをダウンロードするつもりで入門してみたものの、実際は基本OSそのものを未知のものに書き換える作業なので面食らってしまった、ということと、何となく興味を惹かれて入門しコツコツ続けていく中で、自身の「価値観」や「世界観」が徐々に変わって行くことに新鮮な感動を覚え、どんどん夢中になって行く、ということの違いだろうと思われます。
私たち合氣道修行者は、常に進化し、進歩し続けるためにも「生きながらにして生まれ変わる」ことを止めてはいけないのだと思います。
それは、以前このブログにも書いた「※ありのままの自分には努力して『なる』もの」であることにも通じるのではないかと思います。
※参照 http://jp.bloguru.com/renshinkan/240642/2015-05-27
約二か月振りの投稿になってしまいました。
内容は、前回の続編です。
合氣道は「争い」の道ではなく、「愛」と「調和」、つまり「平和」への修行の道である、とは今更説明するまでもないかも知れません。
ところで、心身統一合氣道創始者であられる藤平光一先生の教えに「争わざるの理」というものがありました。
「相対的観念から脱却し絶対的境地に至り、絶対的天地の理を実行すれば、争うことなく、誰もが真の成功の道を歩むことができる」、というものでした。
これは、藤平先生の数々の教えの中でも代表的なものの一つだと言えますが、現実社会の中で、我々のような凡人が、この「争わざるの理」を以て具体的にどう生きるか、となると、一筋縄ではいかない問題です。
熾烈な競争社会は今後もまだ続くような気配です。
子どもたちは常に点数を付けられ数値化され、偏差値を上げることの競争に、そして大人たちは、より大きな金銭的成果を上げることの競争に、相も変わらず汲々としているように見受けられます。
かつて、国民的人気グループSMAPが歌う「世界で一つだけの花」という曲が大ヒットしました。もう、十年以上前のことだと思うと、妙に感慨深いものがあります・・・。
ナンバーワンではなくとも、誰もが皆、生まれながらにしてオンリーワンであるということに自信と誇りを持つべきで、それ故、あらゆる存在は皆、生得的に尊いのだ、といった歌詞の内容で、「相対的観念から脱却し、絶対的境地に至る」という合氣道の教えにぴったり合致するものでした。
しかしこの歌の中でも、人間はなかなか「花」のように割り切って生きることができず、すぐに「較べたがり」「競いたがる」ものだと嘆かれています。
どうして人間は「花」のように、「較べず」「競わず」、「絶対的境地」で生きることが難しいのか?
その根源的な理由として、自分なりに思い至ったのが、急に仏教的な話に飛躍した感はありますが、「花」に代表される植物と違って、人間を含む動物は、より多くの「業(ごう)」を背負わされ、運命付けられている存在だからではないか・・・?、ということでした。
つまり、植物は基本的に他の命を犠牲にしなくても生きられる存在であるのに対して、人間を含む動物は、争って他の命を奪い犠牲にしなければ、自らの命そのものを保つことができない、罪深く「業」の深い存在である、ということです。
そこで大脳の発達した人間だけが、「それならば争いに勝ち、より多く奪い、犠牲にし、所有することができたならば、自らの生存性もより高まるであろう」、と考えるようになったのではないか・・・?、と思われます。
大体、人間の、勝ち負けや順位に拘る「相対的観念」の始まりは、そんな所にあるのではないか・・・?、と考えます。
宮沢賢治は、この「他の命を奪い、犠牲にしなければ生きられない」という「業」を真正面から捉え、しばしば作品の重要なモチーフとして描いています。
「ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで飢えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。」
(『よだかの星』より)
「ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。」
(『銀河鉄道の夜』より)
藤平光一先生は仰います。
「絶対的天地に争いはなく、相対的世界にのみ争いは生ず。」
我々が日々生きているこの世界が、争いの絶えない「相対的世界」だとするならば、争いのない「絶対的天地」とは一体どこに存在するのか?。
多くの人が疑問に思うところです。
真実は、この宇宙には本来「絶対的天地」のみが存在し、「相対的世界」とは、人間の観念が勝手に作り出したもの、ということだと思います。
そして言い換えるならば、その人が争いのない「絶対的天地」に生きるか、争いの絶えない「相対的世界」を生きるかは、その人の心の持ち方次第ではないか?、ということです。
「相対的観念」に囚われている人は、アフリカのサバンナの草原でライオンがシマウマを襲って食べたり、チーターがガゼルを襲って食べたりする様子を見て、自然界の摂理は「弱肉強食」であり、強い者だけが生き残る権利を有するのだ、と言います。
しかし、これでは全く「木を見て森を見ず」で、本当の天地宇宙の摂理・真理を、見落としているといえます。
昔、理科の教科書に食物連鎖の三角形のピラミッド構造がよく載っていましたが、自然界は、圧倒的多数の植物を生かし、それを捕食するやや少数の草食動物を生かし、そしてそれら草食動物を捕食する更に少数の肉食動物を生かしています。
そして肉食動物が常に、生きるために最小限の、一定数の草食動物を捕食してくれるおかげで、草食動物が増え過ぎて、草原の草を全て食べ尽してしまうことを防止してくれています。
サバンナの美しい緑の草原を維持するためには、肉食動物の活動も欠かせない訳です。
よってライオンがシマウマを襲って食べている姿は「弱肉強食」を表しているのではなく、むしろ(ちょっと残酷に見えますが)大自然の美しい「調和」の姿を表しているのだと捉える・・・。
これが「絶対的境地」でものを見る、ということではないかと思います。
そもそも、食物連鎖の頂点に君臨しているからといって、ライオンを「百獣の王」などと称するのも、「相対的観念」に囚われた人間の勝手な思い込みではないでしょうか?。
天地宇宙から見れば、「植物よりも草食動物の方が偉くて、更にそれよりも肉食動物の方がより偉い」などといった考え方は、見当違いも甚だしい戯言だといえます。
それぞれの生き物に、それぞれ代え難い、大切な役割が天から与えられており、それぞれがその役目を全うすることで、天地宇宙と大自然の「調和」はより美しく達成されるのです。
合氣道開祖、植芝盛平先生は、「処(ところ)を得さしむ」という言葉を使ってこれを表現されていました。
「森羅万象すべてに、虫けらまでにもその処を得さしめ、そして各々の道を守り、生成化育の大道を明らかにするのが合気道の道であります。」
(『武産合氣』P38~39)
「草木、虫、魚、獣類の各々にその処を得さしめて、楽土を建設してゆくのです。」
(『武産合氣』P73)
「山川草木、禽獣魚虫類にまで、その処を得さしめ、共に楽しむのが合気道であります。」
(『武産合氣』P80)
「争わざるの理」を以て、人間はいかに生きるのか?
恐らく、外面的にはそれ程変わるところはないのではないかと思います。
受験生は合格目指して毎日必死で勉強し、就活生は内定目指して日々全力で活動し、ビジネスパーソンは少しでも業績を上げるために、毎日身を粉にして働く。
それ意外にないでしょう。
しかし、内面的、精神的には、随分変わるのではないかと思います。
目標に向って全力で努力することは何よりも尊いことですが、天地宇宙の摂理・真理である「絶対的境地」から見れば、その結果には本来、「勝ち」も「負け」も存在しません。
「勝つ」とは「負ける」に対するただの「概念」であり、これらは単に、常に両者が一対となっていなくては成り立たないただの「概念」です。
本来、天地宇宙には「勝ち」も「負け」も存在しないのですが、何者かを「勝ち」に指定すれば自動的に他の何者かが「負け」のレッテルを貼られてしまうのは必定です。
その逆も然りで、何者かを「負け」とすれば自動的に他の何者かが「勝ち」のレッテルを貼られるだけのことです。
また、この「勝ち」「負け」というのも甚だ頼りないもので、短期的に見れば「負け」に見えていたものが、長期的に見たら大きなプラスの財産となったり、逆に、短期的には「勝ち」に見えていたものが、長期的には取り返しのつかないマイナス要因となってしまったりと、人生ではよくあることです。
「争わざるの理」を以て生きるとは、詰まる所、各人の心の持ち方の問題であり、せめてより具体的に言うならば、
*「己が信じる『天から己に与えられた使命』を全力で全うし、世界、延いては天地宇宙の平和と生成発展に少しでも寄与する。」
*「他人といちいち較べない。」
という以外にないのではないかと思います。
これが真に達成できた時、「相対的観念」を超越した魂の絶対的勝利を得ることができる。
つまり、合氣道開祖、植芝盛平先生が仰った「正勝吾勝勝速日(まさかつあがつかちはやび)の道」とはこのことだと思われます。
また、スピリチュアリストの江原啓之さんは以前、「素材と料理」という言葉を使って、このことをもっと解かり易く説明されていました。
「鶏肉」「豚肉」「米」「トウモロコシ」「トマト」「ジャガイモ」「リンゴ」「バナナ」。これらは皆「素材」です。
人間も皆、生まれながらにして様々な「素材(個性)」を持って生まれてきており、これは変えることのできない「宿命」なのだそうです。
しかし、「運命」は自らの努力で切り拓き、変えていくことができる。
それが、自らの「素材」をどう美味しく「料理」するか?ということなのだそうです。
確かに、安価で素朴な素材でも、料理の仕方によってはそれを極上の逸品に変えることも可能です。
それに、世界中には様々な「食材」と「料理」がありますが、それらの「素材」と「料理」には、人間の勝手な都合で付いてしまった、単なる価格の「高い」「安い」があるだけで、本来、そこには「勝ち」も「負け」も存在しません。
同じ様に、サバンナの草原でも、ライオンはライオンの「宿命」を背負って生きる以外なく、シマウマはシマウマの「宿命」を背負って生きる以外ありません。
ライオンを「幸福な勝ち組」、シマウマを「不幸な負け組」だと勝手に決め付けて、それこそ「弱者を救ってやるのだ」という「善意(偽善?)」から、シマウマに、自分より小さな動物を襲って殺させ、その生肉を食べるように強制したとしても、シマウマは喜ぶ筈もありません。
繰り返しますが、ライオンを「百獣の王」などと呼ぶのは、そもそもが「相対的観念」に囚われた人間の勝手な思い込みです。
それぞれの動植物が、それぞれの天から与えられた大切な役割を全うしているだけで、そこには「勝ち」「負け」などなく、大自然、延いては天地宇宙の美しい「調和」があるだけなのです。
ところで、話はまた少々飛躍しますが、自分は、旧約聖書「創世記」第3章の、人間の「堕罪」と「楽園喪失」の物語を、人間が「相対的観念」に囚われ「絶対的境地」を見失う、つまりは、「絶対的天地」を離れ「相対的世界」へと埋没する切っ掛けの物語ではないか?と、勝手に読んでいます。
「エデン」とはヘブル語で「喜び」の意味だそうで、もともと人間の祖先であるアダムとエバは神に祝福された楽園「エデンの園」で喜びに満ちた生活をしていました。
ところが、蛇に誘惑され、神の禁令を破り、善悪の知識の木の果実を食べてしまいました。
「それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなる」(5節)と旧約聖書にはありますが、飽くまでもこれは、「神を真似たように善悪を知る」ということであり、「神と全く同じように善悪を知る」ということでは決してないと思います。
もしも天地宇宙の絶対的真実・真理としての「善悪」があるとすれば、それは到底人間には判断できず、神のみぞ知るものでしょう。
しかし、禁断の果実を食べてしまった人間は、人間の勝手な都合で「善悪」「勝ち負け」と何事も「分断」せずにはいられなくなり、それに拘らずにはものを見れなくなってしまった、ということではないかと思います。
つまりそれは、「相対的観念」の囚われ人となってしまった、ということを意味するのだと思います。
その結果、二人は「エデンの園」を追放され、
*産みの苦しみ(生まれて来る希望は同時に原罪を背負う苦しみでもあり、そして必ず痛みを伴う。)
*女は夫を慕い夫に隷属する苦しみ(延いては、力の強い者が勝ち、弱い者を支配するという、「力の論理」を意味するのか?)
*飢えの苦しみ(足るを知ることの難しさ。仏教における六道の思想に譬えれば、「餓鬼道」に近いものか?)
*労働の苦しみ(もともとエデンの園では、それはむしろ喜びであった筈ではないのか?)
*死の苦しみ(悲惨な死によってしかこれらの苦しみから逃れられない。)
といった神の罰を与えられました。
しかし、これらの罰が人間にとって「苦しみ」となってしまうのは、いうなれば皆「相対的観念」に囚われてしまった結果ではないか(?)とも考えます。
もしかしたら、本当は神は人間に罰など与えてはおらず、神の禁令を破り、勝手に「相対的観念」の囚われ人となった人間が、自分勝手に様々な「苦しみ」を生み出しているだけなのかも知れません。
そう考えると、神は人間を「エデンの園」から追放などしておらず、この天地宇宙は今も昔も変わらず「楽園」であるのに、「相対的観念」に囚われてしまった人間が、勝手に、苦しみと争いに満ちた「相対的世界」を作り上げてしまっているだけなのだ、といえるのかも知れません(飽くまでも自分の勝手な解釈ですが・・・)。
もしも人間が、真に「相対的観念」から脱却し、完全に「絶対的境地」で生きることができたとしたら・・・、この世は争いのない「絶対的天地」となり、そこはまさに「エデンの園」のような、苦しみすらない「楽園」になるのではないだろうか?・・・。
色々と空想は止みません。
今から30年以上前の話です。
当時、実心館道場の子どもクラスで村山實先生から、合氣道にはどうして試合が無いのか、二つの理由を教わりました。
その時は、小学生でも解かる易しい言葉でお話されていましたが、内容はざっと以下のようなものでした。
一つは、命を懸けた真剣勝負にはルールも審判も制限時間もないということでした。
スポーツ化してしまい、限定されたルールの中でいかに相手に勝つか、という練習ばかりすることが、逆に、想定外の事態に直面した時に臨機応変な対応を妨げてしまうこともあり得るのだ、と。
本来、想定外の事態に対して冷静に臨機応変に対処することができるか、ということが武術としての「護身」の神髄であり、それ故、合氣道には実戦のシミュレーションとしてのゲーム(試合)は存在しない、ということでした。
もう一つは、試合に勝つことばかりを追い求めるようになると、武道修行の根本の部分が見失われがちになる、ということでした。
人間は勝ち負けに執着するようになると、勝った者はついつい天狗になり、己を過信し、敗者を侮り、見下すようになりがちであり、一方で、負けた者は卑屈になったり、勝者を素直に祝福してやるどころか、却って妬むようになったりしがちである、と。
己を過信し、他人を侮り見下したり、他人の成功を妬んだり、本来、武道とはそういった人間の浅ましい心、醜い心を戒めるためのものである。
武道の修行を通して、己を過信し人を侮ったり妬んだりすることを学習してしまうようでは本末転倒である。
それ故、合氣道に試合はないのだ、と。
前者が極めて「武術」的な理由だとするならば、後者はまさに「武道」としての理由だと言えるでしょう。
長じて後に、本来、伝統的な武術・武道はひたすら形稽古を通して技と心を磨いていくものであり、試合の導入、及びその普及は、明治維新の西洋を手本とした近代国家化と、戦後のGHQによる武道禁止令解除のための働きかけの結果、やむなくその内容を変質(スポーツ化)せざるを得なかった事情から来ているのだと知りました。
そして更に、そもそも伝統的な日本剣術の形稽古における「打ち太刀(受け)」と「仕太刀(取り)」では、師範や上位者がより積極的に「打ち太刀」を務めることで、後進の者を育てていくものなのだと知りました。
つまり、実力者(強者)が未熟な者(弱者)に繰り返し何度も負けてあげることで、人間を育てていくというシステムです。
古流剣術の世界では、これを「打ち太刀の心」といい、この「打ち太刀の心」こそが日本武道の神髄であると仰る先生も居られます。
以前このブログで紹介した、鹿島神傳直心影流のマイケル・ハドソン先生の名言、「日本武道の神髄は思いやりの心である」にも深く通じるものがあると思います。
さて、ここまでの話は実は前置きで、これから改めて、本題である、「今の時代に合氣道を修行することの意味」について書きたいと思います。
最近、少し嬉しかったことがありました。
「大人クラス」の稽古後に数人でのんびりと談笑している中で、幼稚園の頃から十年コツコツと通い続けていて、今年から高校生になった男の子が、普段感じていることや思っていることを何気なく話してくれたのですが、いつの間にやら、こちらが考えている以上に人間としても立派に成長していたんだなぁ・・・と気付かされ、大変喜ばしく、何やら少し誇らしいような思いがしました。
その場に居合わせた別の生徒さん(四十代後半のサラリーマンの男性)も、「いつもマイペースな感じの〇〇君だけど、あんなにしっかりとした考えを持っていたんですね」と、頻りに感心されているようでした。
結局は手前味噌な話になって恐縮ですが、彼は、練心館の「子どもクラス」で最も大切にしている「教育方針」を、きちんと自身の人間形成に活かしてくれていたのだと思っています。
その「教育方針」とは、ズバリ「真の自信を持つ」「真の自信を持たせる」というものです。
しかし今の時代、本当の意味での「自信」を子どもたちに持ってもらうことが、いかに困難なことか、日々痛感しています。
これは飽くまでも私が個人的に思っていることですが、「子どもに自信を付けさせる」の名の下に、様々な塾や習い事、教育機関があれこれと手の込んだ教育プログラムを提唱していますが、その多くが、本当の「自信」ではなく、何かしらの安易な「優越感」を味わせることで子どものモチベーションを維持させる、といった方法論をとっているように見受けられるのです。
そして今や、子どもたちを取り巻く環境も、あらゆるものが高度にシステム化されて、子どもたち自身もいつの間にやらその中に組み込まれ、序列化され、数値化され、常に「競争原理」に煽られながら、心に余裕のないまま「目標達成」を強いられている、といった傾向が強まっているように感じられます。
更に多くの大人たちが、子どもに「他人に勝つ」経験をさせ、「他人より良い点を取る」経験をさせることで、子どもに自己肯定感を味わせ「自信」を付けさせてやるのだ、と仰いますが、他人を打ち負かし勝利することで得られるある種の「快感」は、本当の「自信」ではなく、ただの「優越感」と言うべきです。
私自身、過去の学校教育現場での経験も踏まえて学ばせてもらった人間の真実の一つとして、「他人と較べての『優越感』を『自信』だと履き違えて育ってしまった子は却って弱い」ということがありました。
他人と較べての「優越感」を「自信」だと勘違いしている人間は、必ず壁にぶつかります。理由は簡単です。
広い世界には自分よりも優秀な人間など、あらゆる分野で、掃いて捨てる程存在するからです。
そんな優れた人間を目の当たりにする度に、さもしい「優越感」は卑屈な「劣等感」に瞬時に早変わりする訳です。
近頃、由々しき社会問題となっているヘイトスピーチなども、むしろ日本の文化や伝統の美しさや奥深さを知らずに、日本人としての揺るぎない「自信」が持てず、一方で、日々やり場のない「劣等感」に苛まれているような人たちが、「日本はアジアの先進国の筆頭である!」という安直な「優越感」を心の拠り所とすることで、その結果、「劣等感」と「優越感」という対極の間を絶え間なく行き来する無限のメビウスの輪の中に陥り、苦しんでいる姿なのかも知れません。
私は、「競争原理」というものは本質的に人間教育にはそぐわないものであると認識しています。
もちろん、短期的に見て、人間集団が、限定された時間内に最大の効果を発揮して最高の成果を出すためには、全員を熾烈に競わせて、勝った者にだけ称賛と褒美を与え、負けた者には恥辱と罰を与えるといった方法も非常に有効である、ということには異存はありません。
しかし、「競争原理」によって鼓舞されるモチベーションとは、詰まる所、人間の「我」と「欲」に準拠しているという点が問題であり、人間教育という分野には本質的に馴染まないものであると思うのです。
練心館の子どもクラスでは、上達した者に対しては、「更に自分が上達することも大事だけれど、他の子を上達させてあげることに全力を注ぎなさい」と教えられます。
まれに、「もっと自分が上達するための練習がしたいのに、運悪く、物覚えの悪い子に教えなきゃいけない羽目になってしまった・・・」と不本意さを丸出しにする子もいますが、そういった時はいつも「自分が上達することよりも、他人を上達させてあげられる人間の方が遥かに立派で偉いことなんだよ!」とお説教が始まります。
これは自分としては、「人の上に立つ者(リーダー)の正しい振舞い方」を教育する、という信念のもとに行っています。
教育現場における競争原理の最大の弊害は、努力も勝利も効果も成果も、最終的には本人の自己利益に帰結する、という点でしょう。
そのようにして自己利益のために熾烈な競争を勝ち抜いた人間が、結果としてエリートとなり、国を動かす官僚となり、政治家となり、財界人となった時、果たして国民は幸福になれるのかどうか・・・?、そんなことは火を見るより明らかであるといえます。
「自信」とは、読んで字の如く「自分を信じる」と書きます。
自分で自分を信じられるようになるためには、先ずは他人と競争して、他人を打ち負かし、他人に対して自己を勝ち誇る、といったプロセスを経過しなければいけないのでしょうか?
私は、そういった人間を「精神上の他人の奴隷」というのだと思います。
自分で自分を信じるために、何故に「他人様の認証」が必要なのでしょうか?
世間ではよく「根拠のない自信」が云々~などという言い方がされることがありますが、この「根拠のない自信」という言葉は、個人的になかなか味わい深いものがあると思っています。
本来、「自信」とは、須く「根拠のないもの」であって、それでも根拠を求めてしつこく食い下がり、「何故自分を信じることが出来るのか?」と訊かれれば、それは強いて言えば、「神仏や天がきっと自分を見守っていて下さるから」といった、極めて宗教的な情操に根差したものであると思うのです。
合氣道に、勝負、優劣を競う試合はありません。
かつて藤平光一先生は、合氣道修行の目的の一つとして、「相対的観念から脱却し、絶対的境地に至る」ことであると仰っていました。
この言葉は、言い換えるならば、「『優越感』と『劣等感』の迷執から脱却し、『自信』の境地に至る」ことであると言えると思います。
現代において、古武道の様式を守り、試合を行わない合氣道を修行することの意味とは何か。
もちろん一言で簡単に片付けられる問題ではありませんが、その一つとして、「優越感」でも「劣等感」でもない、本当の「自信」を身に付けること、というのが言えるのではないかと思います。
そんな訳で最後にまた繰り返します。
自分で自分を信じるために、他人と較べる必要はありません。
稽古を重ねて自己の内に構築すべき「本質的感覚」、いわゆる「心身統一」や「丹田」や「氣」の感覚といったものは、自身の計画通りに、稽古をすればした分だけ養われていく、といったような甘いものでは決してありません。
間違ったやり方(我々の世界では、「力む」「争う」「ぶつかる」というのが三大悪業だと言えます)で百回稽古をすれば、百回分間違った悪い癖がつくだけだというのが現実です。
私たちは細心の注意を払い、緻密に身体を操作しながら(しかしこれに偏り過ぎると肝心な「氣を出す」ということが疎かになります)、同時に、伸び伸びと心を開放して元氣よく稽古しなければなりません。
その中で徐々に、この「本質的感覚」は養われていきます。
この「本質的感覚」こそが所謂「実力」と呼ぶべきもので、今までの自分の経験と照らし合わせてみても、「実力」とは、決して自らの行為で造り上げていけるようなものではなく、人事を尽くした者に対して天が与えてくれるもの、といった方がより正確なものに感じます。
まさに「人事を尽くして天命を待つ」ということでしょうか。
「人事を尽くして天命を待つ」という言葉は、南宋初期の儒学者、胡寅(こいん)の『読史管見(とくしかんけん)』から来たそうですが、元々は「天命を待つ」ではなく「天命に聴(まか)す」だったそうです。
意味としてはさほど変わらないので、より一般的に使われる「天命を待つ」で統一しますが、この「人事を尽くして天命を待つ」という言葉、個人的にも好きな言葉の一つで、仕事をする上でも学問を究める上でも、もちろん諸芸を身に付ける上でも、人生全般に通じる真理ではないかと思います。
それと関連していつも思い出すのが、今から30年近く前、やはり代々木ゼミナールの帆糸満先生が講義で繰り返し仰っていたことです。
英語の主語には六種類がある。
1、行為者(Agentive) 2、受動者(Recipient) 3、道具(Instrumental)
4、時間(Temporal) 5、場所(Locative) 6、出来事(Eventive)
動詞「know」には大きく二つの意味がある。
①意志の有無に関わらず物事が理解記憶されること。
②行為を示すもので、judge,distinguish,と同じ働きをする。
「know」が①のような知覚の動詞として使われる時、主語は行為者(Agentive)ではなく受動者(Recipient)である。
よってその受動態では、行為者(Agentive)を表す「by」ではなく、受動者(Recipient)を示す前置詞「to」が使われる。
(例)Everybody knows it. / It is known ( to ) everybody.
そして帆糸満先生は仰いました。
「人間にとって『know(知る)』とは、行為ではない。むしろ、神が与えることである。」
合氣道の形を繰り返し「行って」稽古することは「行為」かも知れません。
しかし、合氣道を(その本質を)「知る」ことは決して「行為」ではありません。
それはやはり天から与えられることであり、言い換えるならば、後天的なものとは言え、それはまさに「天賦」のものと言えるのではないでしょうか。
そして合氣道のみならず、諸芸全般はもちろん、仕事や勉強の場面でも、「『知る』とは天から与えられることである」ということは、人生万般に通じる真理ではないかと思います。
以前、思想家・哲学者で合氣道家の内田樹先生が、「天賦の才能」ということについてブログで素晴らしい文章を書かれていました。
自分は深く胸を打たれたものなので、以下、一部を引用させて頂きます。
天賦の才能というものがある。
(中略)
「天賦」という言葉が示すように、それは天から与えられたものである。
外部からの贈り物である。
私たちは才能を「自分の中深くにあったものが発現した」というふうな言い方でとらえるけれど、それは正確ではない。
才能は「贈り物」である。
外来のもので、たまたま今は私の手元に預けられているだけである。
それは一時的に私に負託され、それを「うまく」使うことが私に委ねられている。
どう使うのが「うまく使う」ことであるかを私は自分で考えなければならない。
私はそのように考えている。
才能を「うまく使う」というのは、それから最大の利益を引き出すということではない。
私がこれまで見聞きしてきた限りのことを申し上げると、才能は自己利益のために用いると失われる。
「世のため人のため」に使っているうちに、才能はだんだんその人に血肉化してゆき、やがて、その人の本性の一部になる。
そこまで内面化した才能はもう揺るがない。
でも、逆に天賦の才能をもっぱら自己利益のために使うと、才能はゆっくり目減りしてくる。
才能を威信や名声や貨幣と交換していると、それはだんだんその人自身から「疎遠」なものとなってゆく。
他人のために使うと、才能は内在化し、血肉化し、自分のために使うと、才能は外在化し、モノ化し、やがて剥離して、風に飛ばされて、消えてゆく。
(ブログ『内田樹の研究室』、「才能の枯渇について」 2010.12.26 より)
※参照 http://blog.tatsuru.com/2010/12/26_1356.php
最近改めて思うことがあります。
それは、私たち凡人が持っているようなほんのささやかな能力・才能であっても、それらも全て、天が与えてくれた「天賦」のものだと考えるべきではないか?・・・、ということです。
そして「天才」とは、本当は、凡人と比較して何かしらずば抜けた才能を持った者を指す言葉ではなく、自身のささやかな才能でさえも、それは天が無償で与えて下さったかけがえのないものであると信じ、そのささやかな才能をも、自己利益のためではなく、いかにして世のため人のために活かすか、常に模索しながら人生を生きる者を指す言葉ではないか、と思うのです。
そう考えると、考え方次第で、誰もが「天才」として目覚めることができ、誰もが「天才」として生きることも出来るのではないかと思うのです。
「天才」も心ひとつの置きどころ。
少なくとも自分はそう考えて、「天才」として生きて行けたら素晴らしいな・・・と思っています。
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