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「蓮華畑に寝転んでいたらね、盗賊の彼が迎えに来てくれたの!!」
「まるで少女漫画のエッセンスが圧縮、いや、凝縮されたような夢だね」
昨夜見たという夢の内容を嬉々として語る彼女の横で、私は苦笑交じりにコーヒーを淹れる。
夢よ覚めろとばかりに殊の外ブラックにしてやろうか。
それともここは、己の幻想がいかに甘ったるいかを思い知らせるために、砂糖とミルクを吐きそうなほど、たんまり入れてあげるべきか。
私はまるでいたずらっ子のように、これからの計画に思いを馳せた。
ゴミのように積まれたファイルの山に埋もれながら、
カレーライスを頬張る。
目の前にあるのは新品のパソコンとキーボード。
味気の無いレトルトカレーを咀嚼しながら
キーボードを触れば、
メカニカル特有の心地よい打鍵音が虚しく響く。
「こんなことのために買ったんじゃないだけどな……」
趣味の小説を思いっきり書くために買ったのだ。
断じて終わらない仕事を家でするために買ったわけではない。
私は今日も盛大な溜息をついた――。
「サラマンダーって伝説上の生き物なんでしょ」
君がマウスをカチカチ言わせながら呟く。
「うん。でも、本当にいるとしたらおもしろくない?」
そう?と首を傾げる君に僕は笑う。
「例えばこのかすみ草だって、熱帯地方の
人々からしてみれば、伝説上の植物かもしれない。
そうやって考えてみれば、この地球上のどこかに
当たり前のように火の精霊がいたとしても、不思議じゃないだろ?」
あなたの言っていることはよくわからない。
そう呟いた君の、黒髪がさらりと揺れる。
眼鏡の奥の切れ長の瞳が、一心不乱に画面に向かい、
細くてしなやかな指が軽やかにキーボードを叩く。
(想像上の話には、興味がないってか……)
非常に現実的な彼女だけれど、僕にとっては、
手が届きそうで届かない妖精のようで。
彼女に触れたくてたまらない僕の手が、
あてもなく宙を掻いた――。
「ねえ、私が死んだら、泣いてくれる?」
君はかすみ草のように儚げに笑う。
ねえ、なんでそんなことを言うの?
なんでそんな遠い目で笑うの?
僕はここにいるのに。
君の瞳は闇に閉ざされたままで、僕を映してはいない。
「そうなる前に、必ず見つけ出すから……」
サラマンダーのように地中を這って、
ネズミのように駆けずり回って、
例え火の中、水の中であっても、
必ず君を見つけてみせる。
君からのSOSは、必ず僕が受け止めるから。
だからお願い。そんな顔をしないで――。
私が送ったメーデーに、
あなたは気づいてくれるだろうか。
わずかばかりの期待はまるで、
今にも割れそうな薄氷(うすらひ)のようで。
すがりつくこともできずに、
私は絶望の淵に沈んでいく。
AIを駆使した科学技術が発展する
世の中だというのに、
人間(ひと)が他人(ヒト)の心を
理解するのは難しくて、おぼつかない。
冷たい狸の置物が、
まるで私を小馬鹿にするかのように見下ろしている。
(ああ、死ぬのかな……)
そう思った矢先に、
頭上で何かが煌めいた。
それが何だったのか。
わかる間もなく、私は意識を手放した――。
雪道に所狭しと露店が並び、
そのあちこちで、色とりどりのネオンのようにきらびやかな飴が売られている。
真っ赤なコートに身を包み、買ったばかりの飴を頬張りながら、千鶴は笑う。
「これでもう、今年は風邪を引かないね」
この地域に昔から伝わる言い伝え。
旧正月の今日、祭りで買った飴を舐めると、その年一年、風邪を引かないのだという。
「正月早々、風邪引いたヤツがよく言うよ」
一眞の言葉を聞き流し、千鶴は賑やかな通りを軽やかに歩く。
買ったばかりのブーツが雪を踏み締め、サクサクと音を立てたーー。
希望を失い、反旗を翻した堕天使は、
幸せの象徴である
カエルのペンダントだけは手放せず、
まるで鎖のように自分の腕に巻きつける。
(ここは、とても暗くて寒いから……)
温もりも光も届かない。
だけど希望だけは失いたくないのだと、
祈りにも似た矛盾を胸に空を仰ぐ。
(このままでは終わらせない……)
このまま消えるわけにはいかないのだ。
蠍座の心臓に赤々と燃え盛るアンタレスのように、
闘志をたぎらせて誓う。
(必ず生き抜いてみせる……)
いつか必ず、表舞台に返り咲くその日までーー。
金木犀の匂いが漂う庭で、
炭酸水を口に含む。
不安定な秋の空は、
心の中を映しているかのようで。
オレンジ色の花が風に揺れる度に
千紘の心はざわめく。
「いつまで続くのかな」
この不条理で混沌とした日常は。
(早く、帰りたい……)
そんな想いを、
しゅわしゅわとした泡とともに一気に飲み干す。
空になったペットボトルのふたを閉めて、
やりきれない思いとともに、
投げやりにゴミ箱に突っ込んだ――。
月には兎が棲んでいる。果たしてその兎は幸せなのだろうか。
晴れ渡った夜空に浮かぶ月を眺めながら、そんな哲学めいた考えが浮かぶ。
初秋のベランダではコオロギの鳴く声が聞こえ、
気持ちの良い風が頬を撫ぜていく。
誰の人生にも必ず有効期限があって、それをどう使うかはその人次第なのだが、
誰にでも平等に与えられているかのようなそれは、実はかなり不平等だと、
灯(あかり)は思う。
天に召されてしまった兎は、人生の苦楽とは無縁で、心穏やかに餅をついているのだろうか。
それとも、まるで苦行に耐えるかのように、餅をつき続けているのだろうか。
「月に兎がいるなんて、迷信だよ」
ビールを片手に、友樹が笑う。
ムードをぶち壊すようなその声は、けれど確かに、
闇にさらわれそうな灯の心を引き留める力を持っていて。
そうだねと、灯は笑った――。
白露とは名ばかりの熱帯夜。梓は一人、バーのカウンターに座り、赤ワインをあおる。
「ちょっと飲みすぎたかな……」
元々お酒は強くない。何か口休めになるものをと、リクエストして出てきたのは、薄暗いカウンターでもよく映える、黄金のカクテル。
シンデレラです、と差し出されたそれを口に含み、
梓は風変りな妄想に耽る。
「このまま、溶けてしまえたらいいのに……」
この甘酸っぱい液体のように、溶けてしまえたらいい。
そしたらきっと忘れられる。
この暑苦しい夜も、ぎらぎらと照り付ける太陽も、全て思い出の箱に閉じ込めて、鍵をかけて、美しい包装紙に包めばいい。
そうして自分は鍵ごと溶けてしまえば、誰もその箱は開けられない。もう二度と、蘇ることはない、鮮烈な思い出。
梓は再びグラスを傾け、黄金の液体を舌で転がした――。
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