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現代詩の小箱 北野丘ワールド

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滸呂裳(ころも)

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天に爪先だてても滸呂裳(コロモ)
なんでも頭に
アクセントがくる土地で
ハゴロモとおまえを呼べば
草の地蔵もフイと浮いてしまうから

声を蛍にして
闇に放った滸呂裳
あんなにも夜の波が青く光って
埋もれた歯の燠火が、また燃える

 (网孤(もうこ)たち、よろこんでいるん、のです)
 (モウコ?)

よろこぶ亡者のために
よろこびをして
モモンガの砦には
幼い孤児たちの睫毛が夜のあいだじゅう濡れて

 (字扶桑(この村)は子を拾って、養うん、のです
  盗ったり、買ったりじゃねえん、のです
  神かけて、そだ、ので、んで、)
 (そだ、ので、んで?)

滸呂裳は笑った
岬の一輪のユリが割れ
滸呂裳の腰のような水差しから
滸呂裳の喉の音をたてて
俺は、硯というものに、盛り上がる水を
乱暴な気分で掻き回す

 (朝露にぬれて、へその緒ついたまま、泣いでます
  岬の林の祠のなかに、ちょこんと、います
  浜の小舟で、すやすや、揺れでます)
 (あんたは、どれだ?)
 (わっちは、どれでも、ないんのせ
  生まれるまえから、モモンガの砦にいだのです)              

煙草のけむりを吐くと
俺は、娘の物語を聞き流していた
村の外へ出たことがないと
喉を、一度も、と詰まらせた滸呂裳

 (どうしてお前には姓がないんだ)
 (樹から樹へと飛ぶん、のです
  モモンガが、飛ぶんとき、モモンガで在るん、のです
  その樹から樹へと飛ぶんのが、わっちだのです)
  
墨というものが俺にもできた
墨はいい匂いがするものなんだな
果てた女の髪
樹と樹のあいだの闇で
モモンガの飛ぶ匂いがするようだ
#字扶桑

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字扶桑(あざふそう)

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逆光の岬に
千の夏
百の浜ヒルガオ咲くごとに
岩崩れおちる
字扶桑(*1)

日没を浸して
岩礁折り重ねる底のテラス
字扶桑は
波がきたら
〈玉シヒ〉
波にのまれる

なにかが遠くにあると
幻のように幻を
鑿と槌で妣たちは信じ
〈シライワ様ニ コウコウト〉
千の夏を彫りつけ
百年ひと夏
〈浜ヒルガオノ世〉
岩にのまれる

男たちは
漁にでたまま帰らない
いつもここでは帰らない
目を開いたまま眠って
魚みたいに
女の気が違っても
しんとした零の凪だから
月あかりは
岬に照ら照らと
ひとりの男をうちあげる
それが

ただ灯りへと歩いて
誰それの
女の土間でたおれたなら
その男の家になり
いつも
同じ名を与え

 やわらかい、夢の底、         
 ふるいふるい、岩霊ノシラル(*2)、     

見えない
女の片手が
あたたかい濡れた顔をつたって
耳に吹き込む
字扶桑



*1 「字扶桑」は 不老不死の仙人が住むというユートピア伝説にでてくる国。中国では日本と考えられたことがある。ここでは字がつくような寒村で隠れ里という架空の村を設定している。
*2 「シラル」はアイヌ語で平らな岩のこと
#字扶桑

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