これまで国際的な質量の単位であるキログラムは密度が最大となる4℃の水1リットルを1kgと定義し、1889年よりパリの国際度量衡局にあるプラチナとイリジウムの合金で作られた国際キログラム原器を標準としていた。従来はこのキログラム原器の精度で十分だったが、科学技術の進歩によりキログラム原器の汚染などによる1億分の5程度の重量変化が問題となり、1999年に開催された国際度量衡総会において、分銅のような人工物に頼らず1億分の1の精度で質量を再現出来るようなキログラムを新たに定義するために、参加各国の計量標準研究機関が研究に取組むこととなった。
キログラムを定義するひとつの方法として、アインシュタインの特殊相対性理論と光量子仮説から光子のエネルギーと質量を関係づけるプランク定数に基づくものがある。プランク定数とは量子力学における光子の持つエネルギーと振動数の関係をあらわす比例定数であり、光子の持つエネルギーEは、プランク定数hにより光子の振動数νとは下記の式で表せる。
E = hν
またアインシュタインの特殊相対性理論により、物質の静止エネルギーEは物質の質量mと真空中の光速度cにより
E = mc2
であり、二つの式から
hν= mc2
という関係式が導かれ、『1キログラムは振動数が光速の二乗をプランク定数で割った値の光子のエネルギーに等価な質量である。』と定義出来る。
プランク定数はキッブルバランス法と呼ばれる、資料の重さを電流と電圧により非常に精密に測定する電気力学的重量測定装置により求められる。この装置は電流の流れるコイルの間に働く力を測定する代りに、コイルの間に置かれた資料の重量をコイルに流れた電流を精密に測定することにより求めるものである。アメリカの国立標準技術研究所(NIST)をはじめ、フランス、カナダでは、2017年までにキッブルバランス法により1億分の3.5という極めて高い精度でプランク定数を測定している。
もうひとつのキログラムを定義する方法としてアボガドロ定数によるものがある。アボガドロ定数はこれまで12グラムの原子量12の炭素原子に含まれる原子数と定義されてきたが、量子力学ではプランク定数とアボガドロ定数の間には
hNA = cArMUα2/2R∞
なる関係があり、この式の右辺は100億分の1という精度で求められている物理定数であるため、プランク定数とアボガドロ定数のどちらかが1億分の1の精度で求められれば、他方も同一レベルの精度で特定することが出来る。
アボガドロ定数NAはモル質量M、単結晶の密度ρ、原子1個の体積υにより下記の式で表せる。
NA = M/(ρ・υ)
それゆえ単結晶原子のモル質量、密度、格子定数(原子間距離)をX線結晶密度法により精密に測定すればアボガドロ定数が求められる。しかしモル質量を決めるためにはその物質の同位体存在比率を正確に知る必要がある。炭素原子を例にとると、中性子が6個である原子量12の炭素原子の他に、中性子が7個の原子量13、8個の原子量14の2つの同位体が自然界に存在し、従来の方法ではモル質量は1千万分の1の精度が限界であった。
原子の中でもシリコンは結晶の完全性が高く、単位結晶の中に8個のシリコン原子が含まれるので、同位体をほとんど含まない単結晶が得られれば、その単結晶の体積から原子数がわかり、またその質量を計ればアボガドロ定数が精度高く規定される。2004年にアボガドロ国際プロジェクトが発足し、ロシアの核燃料施設で質量数28のシリコンだけを分離して99.99%まで精製し、ドイツでシリコン単結晶がつくられた。この高純度シリコン単結晶を球体に加工してアボガドロ定数の精密測定が行われた。
日本の産業技術総合研究所は超高精度なレーザー干渉計を用いて、直径約94ミリメートルのシリコン単結晶球体の直径を2000の方位から原子間距離に相当する0.6ナノメートルの精度で測定した。この際、シリコンは温度により膨張するため、真空容器内で温度を0.001℃の精度で制御した。またシリコン球体の質量は真空天秤を用いて日本国キログラム原器と比較して測定した。シリコン球体表面には厚さ数ナノメートルの酸化膜などからなる表面層が形成されるが、X線光電子分光法などの技術により表面層の厚さを0.1ナノメートルの精度で測定し、アボガドロ定数の精度向上に努めた。その結果、2017年までにアボガドロ定数を1億分の2.4という世界最高レベルの精度で測定することが出来た。
2017年に世界の国家計量標準機関が測定した8つのデータが国際科学会議によって設立された科学技術データ委員会に提出されたが、これらが1億分の1のレベルで一致し、その結果2018年に新たなキログラムならびにアボガドロ定数は下記のように決定された。
『キログラムはプランク定数を6.62607015X10のマイナス34乗ジュール・秒と定めることによって定義される。』
『アボガドロ定数は6.02214076x10の23乗と定義する。』
これらの新定義は2019年5月20日より使用されるようになったが、日本で計測されたデータがキログラムの定義改定に貢献したことは日本の技術水準の高さを示しており、誇らしいことである。
それにしても科学技術の進歩とはいえ、これからの中高生は昔のような『1キログラムは4℃における水1リットルの重さ』というような簡単な答えではマルがもらえなくなる。同様に『1メートルは地球の北極から赤道までの子午線の長さの1千万分の1の長さ』ではなく、『1メートルは真空中を光が1秒間に進む距離の299,792,458分の1』であり、『1秒は地球が自転する時間の24分の1を1時間とし、その3600分の1の時間』ではなく、『セシウム原子の共鳴周波数が9,192,631,770ヘルツなので、1秒はセシウム原子の共鳴周期の9,192,631,770倍』である。
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Posted at 2019-06-23 17:45
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