くまごろうのサイエンス教室『人工光合成』
Nov
26
光合成は光エネルギーを化学エネルギーに変換する光化学反応(明反応)と、化学エネルギーにより水素と二酸化炭素から糖を合成する一連の反応であるカルビン回路(暗反応)からなる。明反応は太陽光を当てることにより水を分解して水素を分離する反応であり、植物などの細胞に含まれる葉緑体が触媒として機能する。葉緑体による水の分解メカニズムについては長年研究されてきたが、2011年に大阪市立大学の神谷信夫教授、岡山大学の沈健仁教授らにより葉緑体に含まれるたんぱく質複合体(光化学系II(PSII))の分子構造の解析が行われ、この複合体が4つのMn、1つのCa、5つのO、4つのH2Oからなることが明らかになった。大阪市立大学では2013年に人工光合成研究センターを設立し、人工光合成の実現に取組み始めた。
植物などの光合成とは異なる触媒による人工光合成の原点は、1972年に発表された東京大学の本多健一教授と藤嶋昭大学院生の実験にある。二人は二酸化チタンと白金電極を接続して水に挿入し紫外線を照射すると、両極間に電流が流れるとともに、二酸化チタン電極から酸素が、白金電極から水素が発生することを発見した。電気を消費して水を電気分解することは常識だが、この発見は、可視光線ではないが光のエネルギーが電気エネルギーに変換され、かつ水分解を行うことであり、光合成の明反応に相当する。この光触媒による水分解は本多・藤嶋効果と呼ばれる。
2010年のノーベル化学賞受賞者である根岸英一教授は日本政府に対し人口光合成の研究開発を強く提言し、その結果、先端的低炭素化技術開発(科学技術振興機構)、人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換(文部科学省・日本学術振興会)、人工光合成化学プロセス技術研究組合(経済産業省)などのプロジェクトが開始された。特に人工光合成化学プロセス技術研究組合プロジェクトでは、2012年より10年間に150億円を投じて水を分解する光触媒の開発(吸収波長の長波長化-可視光線で機能する触媒、量子効率の向上)、水素分離膜の開発(穴の直径が酸素分子と水素原子の大きさの間である3.0―3.4オングストロームの分子ふるいの開発、ゼオライトやシリカ膜の改良)、水素と炭酸ガスから有機物を合成する触媒の開発(炭素数が2-4のオレフィンの収率向上)などを行う予定である。
人工光合成の実現には広範囲な知識や技術が必要であり、実用化すれば波及効果が大きいため、海外でも研究開発が行われている。アメリカでは2011年に連邦政府がカリフォルニアに人工光合成ジョイントセンターを開設し 5年間で100億円以上を投資する予定であり、またEU、中国、韓国なども人工光合成の研究を推進している。
太陽光のエネルギー変換効率は植物によるが平均的に0.2%程度である。2006年から人工光合成の研究を行っているトヨタグループの豊田中央研究所は2011年、金属錯体と半導体を組合せた二酸化炭素還元光触媒により蟻酸の生成を実証したが、エネルギー変換効率は0.14% であった。同研究所では2016年までにメタノールなど付加価値の高い有機物をエネルギー変換効率1%で生成すべく研究を行っている。
パナソニックも太陽光を照射する光電極に同社のLED照明の技術を利用した窒化ガリウムなどの窒化物半導体を、また有機物を生成する電極に金属触媒を使用して2012年にエネルギー変換効率0.2%で蟻酸の生成に成功しているが、同社は2020年に年間10トンの二酸化炭素から6000リットルのエタノールを生産する計画を立てている。
東京大学の堂免一成教授は金属イオンを含む酸窒化物を光触媒として使用し、可視光による水分解で成果をあげているが、2050年には日照時間が7.6時間である5キロメートル四方の土地にエネルギー変換効率10%のソーラー水素プラントを建設することにより、1日当たり5100トンの水と二酸化炭素を使用して年間50万トンのメタノールを経済的に成り立つように生産する構想を発表している。現在のエネルギー変換効率は0.3%程度のため、約30倍の活性を持った光触媒を開発しなければならず、完成のためには多くの人材と資金を投入する必要がある。
人類はこれまで植物が長い年月をかけて生産し蓄積してきたエネルギー資源を燃焼し、二酸化炭素を発生させてきたが、人工光合成が実現すれば水と二酸化炭素と太陽光から有機物を合成することにより、このサイクルを逆転させることが出来る。経済的に成り立つエネルギー変換効率の高い光合成触媒の開発にはまだ大分時間がかかるが、21世紀後半のエネルギー源として人口光合成技術の実現が期待されている。