くまごろうのサイエンス教室『高温ガス炉』
Feb
26
これまでの日本における原子力発電はほとんどが水を減速材および冷却材に使用した軽水炉型だったが、福島での事故は冷却材喪失によるメルトダウンという過酷事故であり、原子力規制委員会は既存原発の再稼動の認可条件として冷却材喪失が起こらないバックアップを厳しく求めている。原子力発電には軽水炉の他にも減速材に重水を使用する重水炉、黒鉛を使用する黒鉛炉、更には高速増殖炉などがあり、ここで述べる高温ガス炉はヘリウムを冷却材とした黒鉛炉のひとつである。高温ガス炉は前述のエネルギー基本計画でも安全性の高度化に貢献する将来の原子力技術の候補とし、日本原子力研究開発機構が設計・建設した熱出力3万キロワットの高温工学試験研究炉(HTTR)を使用して研究開発を推進してゆく方針である。
高温ガス炉が注目される最大の特徴はその安全性である。炉心温度は950℃程度と高温だが炉心構成材の黒鉛は2000℃以上の高温に耐えられ、黒鉛の熱容量が大きいため炉心温度の変化が緩慢であり、更に電源喪失や事故などにより冷却システムが機能しない場合でも原子炉格納容器からの自然放熱により冷却が可能なことである。核燃料は直径数ミリの炭化珪素セラミックス球の中に保持されているが、この被覆層は炉心の理論上の最高温度1600℃よりも高い2200℃に長時間さらされても核分裂生成物を保持することが出来、メルトダウンに至ることはない。2010年に行われた前述のHTTRを使用した実験では、出力30%の状態で冷却材であるヘリウムガスを停止すると10分程度で出力が1%に低下し自動停止に至った。軽水炉では運転中の炉心温度は約300℃だが、核燃料を収納する被覆管は金属のジルコニウム製のため、冷却材である水を喪失すると炉心は2000℃程度に達し、福島事故のように被覆管が溶融してメルトダウンするのとは対照的である。冷却材として使用するヘリウムは不活性物質のため他の物質と化学反応せず、また炉内で中性子にさらされても放射化しない。
高温ガス炉で使用されるセラミックスで被覆された核燃料粒子は一般的には二酸化ウランだが、核分裂中に生じるプルトニウムも燃料としてそのまま使用されるため核燃料の使用効率が高く、軽水炉のように使用済み核燃料を再処理してプルトニウムとウランの混合燃料MOXをつくり、プルサーマルとして使用する必要がない。その結果、発電量に対する放射性核生成物を軽水炉の30~40%程度まで低減することが可能である。高温ガス炉からの使用済み核燃料からセラミックス被覆を取除く技術は既に確立しており、再処理工場で核分裂生成物を分離することが出来る。先に『使用済み核燃料の処分』でも述べたが、核分裂生成物の中には非常に長い半減期を持つ物質があるが、これらは加速器駆動核変換システムなどによる消滅処理を行えば、人類による管理が可能な半減期の短い物質に変換することが出来る。
基本的な高温ガス炉では核分裂反応によって高温となった炉心でヘリウムガスを960℃に加熱し、この高温ガスでガスタービンを駆動することにより発電する。軽水炉では冷却材が水のため300℃程度までしか加熱出来ず、そのため発電効率が35%弱であるのに対し、高温ガス炉による発電では高温のため50%近くまで発電効率を上げることが出来る。また発電に使用した後のヘリウムは200℃程度と高いので、この廃熱を利用して海水の淡水化や地域暖房などを行えば、70%程度の高い熱利用率が達成出来る。前述した日本原子力研究開発機構の高温工学試験研究炉(HTTR)は研究炉の段階だが、研究陣はガスタービン発電機を備えた実証炉の2030年までの運転開始を視野に入れている。
高温ガス炉は発電だけが目的の原子炉ではない。燃料電池自動車の普及などによる来るべき水素社会に向けて高温ガス炉による熱化学水素製造法の研究が進んでいる。メタンなど炭化水素の改質による水素製造では二酸化炭素が発生し、また水を直接分解するには2000℃以上の高温が必要であるが、熱化学法では水とヨウ素の混合溶液に二酸化硫黄を反応させてヨウ化水素と硫酸を生成させ、高温ガス炉からのヘリウムによりヨウ化水素は400℃で分解してヨウ素と水素を、硫酸は900℃で分解して酸素と二酸化硫黄を生成させることが出来る。日本原子力研究開発機構では2030年の高温ガス炉による熱化学水素製造法の実用化を目指している。
高温ガス炉では高温ガスが得られることにより、発電や水素製造以外にもエチレン製造などの石油化学、石炭液化、製鉄などへの応用も可能であり、低炭素社会の達成には大きな切り札となる可能性を秘めている。
高温ガス炉実用化のために必要な技術開発に空気突入による原子炉の火災防止とセラミックス被覆核燃料の高度な品質管理がある。前者については2重、3重の安全設備により克服できるはずであり、また後者は日本が得意とする品質管理の問題であり、高温ガス炉の安全性を否定するような重大な欠陥とはならないであろう。
目を海外に転じるとアメリカ、ロシア、フランス、韓国、中国などが高温ガス炉の開発を行っており、特に日本とならんで既に試験炉を稼動している中国は2017年までに21万キロワットの実証炉の臨界を目指している。現在は冷却材温度が750℃と日本原子力研究開発機構の実績に劣るが、中国内陸部は冷却水を多量に必要とする軽水炉の立地に適していないため、今後多くの原子力発電所を計画している中国は高温ガス炉の開発に力を注ぐと思われる。日本も脱原発などとのんきなことを言わず、日本原子力研究開発機構による実証炉の建設を急ぐべきである。
Posted at 2015-02-26 18:17
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Posted at 2015-02-27 11:14
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Posted at 2015-03-02 22:47
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Posted at 2015-03-03 15:35
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