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サウスベイ マネジメント セミナー( Southbay management seminar )は月一回のセミナーを中心に勉強し、時々に親睦をする、乃ち「よく学び、よく交友する」そのような会です。 トーランスのニューガーデナホテルが会場になります。

2006年度 8月 「元ぺんてるアメリカ支社長 による文房具界の現状」

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2006年度 8月 「元ぺんて... 2006年度 8月 「元ぺんて... 2006年度 8月 「元ぺんて... 2006年度 8月 「元ぺんて...
講師 - 長田 稔 (おさだ みのる)氏

『プロフィール』

• 1966年3月 立教大学 経済学部卒業
• 同年4月    ぺんてる株式会社入社
• 1968年3月 ぺんてる・オブ・アメリカ社へ出向
• 1973年10月 ニューヨーク支店長
• 1976年7月 ロス本社営業企画部長
• 1978年4月 ニューヨーク支店長
• 1979年4月 取締役社長室長
• 1980年7月 常務取締役営業本部長
• 1988年6月 専務取締役総支配人
• 1994年6月 ぺんてる東京本社 取締役米州統括本部長 兼任
• 2002年7月 ぺんてるオブアメリカ社 取締役社長 兼任
• 2004年6月 ぺんてる東京本社 取締役退任
• 2005年7月 ぺんてるオブアメリカ 取締役社長退任
• 2005年7月 ぺんてるオブアメリカ 相談役就任
• 2006年6月 ぺんてるオブアメリカ 退社

講義内容

元ぺんてるアメリカ支社長による文房具界の現状

<セミナー内容>
「ぺんてる」は現在全米シェア第3位
Holiday Inで使用しているペンは一本7¢(メーカーはBig)
最近はメーカーと消費者の距離が近づいている
<業界の変遷:1980年代から現在へ>
文具の80%は問屋経由→80%がメーカーから大手企業へ
文具店が1万5000店から2000店までに減少 →ディスカウントショップ、スーパーによって市場が変わる
<多様な文具の流通経路>

◎大手問屋店
United Stational社
Sip リチャード社

① 販売価格の統一化
② カタログの施行
◎小売店
① グループ化で大手に対抗
② システムのコンピューター・オンライン化
③ BPGI(Business Product, Global, International)
○大手納品
コーポレイトコックスプレス
ボーイズキャスケイド
○通販
バイキング
クイル
リライアベル

ステイプルズ納品期間(クイルを買収)
Office Depot納品期間(バイキング買収)

○量販店
ウォルマートの一人から統合スーパーを目指し離散・集合を繰り返している
○会員製量販
コスコ社とサムズ社に集約
→サムズ社はウォルマートの100%子会社
○文具スーパー
Office Depot   小売・納品・通販(バイキング)
ステイプルズ   小売・納品・通販(クイル)
オフィスマックス 小売(ボーイズキャスケイドに買収・合併)

同じOffice Depotでも地域によって値段が違う:
NY:高い
LA:安い

○E-commerce(オンラインビジネス)
E-commerceの業者の社長
流通のE-commerce販売の拡大
メーカーからのE-commerce販売
RefillはE-commerceでできる
<文具のコマーシャル機関>

1)契約納品
2)独立系ディーラー
トライメガ、インディペンデンスステショナー
50%-70% 製造メーカーより直接購入
W.Bメーソン、ロイヤルオフィスプロダクツ
3)スーパーストア
ステイプルス、Office Depot、Office MAX
→3社で3100店舗
4)ホールセール
S.Pリチャード、ユナイテッドステショナー
成長部門: E-commerce、ストックレスディーラー、独立系
<文具業界の今後>
価格低下→価格競争
卸売りの自社ブランドの設立
メーカー同士の合併
Made in Americaの消滅< → インド、中国、ティワナ
<まとめ>
現在の文具業界は50年前と大きく変わってきている。
PCの普及化などでペンの使用率は下がると考えられたが、そうでもなくむしろ普及率は増えている。
これからのペンテルは日本の性能のよさを武器に全米シェアを1位を目指していきたい。
#SBMS過去のセミナー

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2006年度 7月 「コンピューター・家電・インターネットをウォッチ!」

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2006年度 7月 「コンピュ... 2006年度 7月 「コンピュ...
講師 - 阿部 明一 (あべ あきかず)氏

『プロフィール』
• 台湾に生まれ、台湾中学を卒業
• 日本中学2年再編入、私立目黒高校卒業
• 阿佐ヶ谷美術専門学校 店舗設計インテリアデザイナー
• 神戸製鋼系列会社応用力学有限要素法ソフトウェアセールスエンジニア
• 1992年渡米
• 4年間Torranceコンピュータ製造会社Susteen Inc.勤務
• PCやラップトップ台湾OEMビジネスに携わる
• 2年間Gadena印刷・インターネットビジネスベンチャー企業勤務
• 5年間Torranceセールスエンジニア、システムエンジニアとして某日系企業に勤務、現在に至る

講義内容

コンピューター・家電・インターネットをウォッチ!

<セミナー内容>
1、家電>デジタルテレビ、ビデオ録画機器、DVDメディアを買う際どこをチェックすれ大丈夫?
2、コンピュータ>激安コンピュータは本当に安いか?良い液晶モニターはどれか?
3、インターネット>Skypeって何?そのビジネスの活用方法は?
1、家電>デジタルテレビ、ビデオ録画機器、DVDメディアを買う際どこをチェックすれ大丈夫?
『DVDについて』
フィリップス・ソニー陣営 MMCD
東芝・タイム・ワーナー・松下電器・日立・三菱電機・パイオニア・トムソン・日本ビクターの連合 SD
IBM仲介により、1980年代のVHS対ベータ戦争の再来を避けられた
その後「DVD-」家電向け、「DVD+」コンピュータ向け、DVD-RWとDVD-RAMと展開
 (片面4.7GB 約120分、両面8.5GB) 
特徴:DVD-RW 1000回書込み可
   DVD-RAM 100,000回書込み可
コンピューターに保存しておくデータなどはDVD-ROMに保存しておくのがよい
例)病院のカルテ、保険会社の顧客名簿
DVDはソニー・TDKが優れている
日本製は基本的に質がいい
量が多く、安いのは質が悪い
『DVDの次世代規格 - Blue-ray vs HD DVD』
Blue-ray ソニーや松下電器産業 波長の短い青色レーザ(正確には青紫色)を使用したBlue-ray Disc
HD DVD 東芝とNEC 東芝とNECが共同で開発している次世代DVD(光ディスク)の規格。さらにピックアップレンズで世界シェアトップの三洋電機も開発に参加した。
比較
Blue-ray支持:
パラマウント・ピクチャーズおよびワーナー・ブラザーズ、ウォルト・ディズニー・カンパニーやアップルコンピュータ。約片面2層(50GB)大容量
HD DVD支持:
マイクロソフトとインテルがパソコンとの親和性の高さが理由。現在のDVDとの互換性が最大限得られる。
ニュース
東芝など7社、米国に「HD―DVD」のPR団体設立
東芝、マイクロソフト、米ワーナーグループなど7社は、北米で次世代DVD規格「HD―DVD」を広めるための団体「北米HD―DVDプロモーショナルグループ」を設立すると発表した。今年のクリスマス商戦から2007年までに総額1億5000万ドル(約170億円)の広告や販売促進活動を実施する。
参加するのは3社のほか、ユニバーサルやパラマウントなど米映画大手の家庭用ビデオ部門と、ヒューレット・パッカード(HP)、インテル。テレビ、雑誌、インターネット、屋外広告などを通じ、HD―DVDの画像の美しさなどを宣伝する。
2、コンピュータ>激安コンピュータは本当に安いか?良い液晶モニターはどれか?
『液晶モニター、プラズマテレビ』
コントラスト率
15インチモニター 1:500
17インチモニター 1:700
大画面TV モニター 1:10000
• 黒色が決めて→自分の目で見て、一番見やすいもの(白と黒がはっきり対比されているものがいい)→見やすいものはだいたい高い
画面の見やすさは人によって違う
アメリカ人の目の色(青) →黄・オレンジが見やすい
日本人の目(黒) →緑・青が見やすい
• 表示速度 ms(千分の一秒)が低い程良い
• 日本人にとっては青・緑がはっきりしている富士フィルムの製品を好む
• 大画面テレビを買うなら「Fry's Electronics - San Diego」店がいい→良い物がたくさん置いてある。
3、インターネット>Skypeって何?そのビジネスの活用方法は?
『Skype』
• インターネット上で電話ができる
<必要な物>
• マイク付きイヤホン
• Skypeソフトのダウンロード(Free)
<特徴>
• 電話をしながらメッセンジャーができる
• ダイヤル番号は3ヶ月で$20→アメリカ国内なら無料→日本へかけるのも国際電話と同じくらいの料金
参考
DVDについて参照したリンク:
http://ja.wikipedia.org/wiki/DVD
http://ja.wikipedia.org/wiki/Blu-ray_Disc
http://ja.wikipedia.org/wiki/HD_DVD
HD DVDのニュースはここより参照しました:
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060712AT1D1205Q12072006.html
Fry's Electronic店情報:
• Fry's Electronicサイト
• Fry's サンディエゴ店 - 大型TV展示が多い店
• Fry's City of Industry店 - コンピュータ新製品の展示が多い店
紹介した余興ビデオクリップ、「僕にG5ゲット協力してください」サイト:
http://www.helpmegetag5.com/
#SBMS過去のセミナー

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2006年7月1日 第一回SBMS親睦ハイク

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2006年7月1日 第一回SB... 2006年7月1日 第一回SB... 2006年7月1日 第一回SB... 2006年7月1日 第一回SB... 2006年7月1日 第一回SB...
第1回 SBMS 親睦ハイク
日 時:7月1日2006年
場 所:1)Santa Ynez Canyon Falls @Santa Monica Mtn. (2.4miles R/T 250feet gain)
    2)Topanga Canyon Over Look @Santa Monica Mtn. (5miles R/T 1200feet gain)
集 合:8:30 am @ 虹屋パーキング (182ND)
参加者:藤原、佐藤、森夫妻、能智、阿部、松岡(7名)
7/1/06 (土) 快晴。はりきった7人でマリブ方面にあるSanta Ynez Canyon Fallsトレイルへ向かう。車の中での会話もはずみ、あっという間に目的地に着いた。一応は各人でストレッチ。何となく皆気合いが入る。
最初のコースは川沿いに続くトレイルで、樹木が茂り野に咲く花も美しく、歩き易かった。小川のせせらぎや、鳥のさえずりを聞きながら歩く朝のトレイルは何て気持ちが良いのだろう。春先だともっと沢山のお花が咲いているのだけれど、それでも百合が元気に咲いていた。

途中、草が茂り過ぎで、トレイルが分かり難いところもあったが、基本的にはきちんと整備されたトレイルなので、迷うことはまず無い。などと思っている内にトレイルがだんだん岩場になってきた。そろそろ今回1番の難所、ロープ場が待っている。みんな大丈夫かな~?

能智さんがまず登った、佐藤さんもクリアー、森ご夫妻もOK、藤原さん、写真用スマイルで振り返る余裕、私も写真撮ってもらう、阿部さんロープを振って遊びながら登ってきた。全員何無く通過。(ホッ!)
さて滝はもう目前。ごつごつした岩の間を抜け、よじ登ったり、川をジャンプしたりして、Santa Ynez Falls に到着。夏なので降水量も少なく、滝のシーズンは終わってしまってはいるものの、それでも完全に水が枯れている訳でもなく、何となく雰囲気は味わえたと思う。
そして滝の回りをよく見ると、更に上からロープが垂れていている。しかしこれを登るに、はある程度の腕力が必要だ。約20~25mくらの高さだが、90度の岩壁を登るので、ちょっとした技術も必要・・・なんて考えていたら、突然阿部さんが靴を脱いで、そのロープに捕まり登り始めた。しかもあっという間。何と彼は「スパイダーマン」だったのだ! 知らなかった・・・。滝上方の様子を見て、彼は一言「川が続いています!
無事降りて来た阿部さんと一緒に記念撮影をし、トレイルを戻る。しかし今回のメンバーの確かな平均年齢は分からないが、戻り道、ずっと「おやじギャグ」が飛び交い、終始笑いが絶えなかった。(ここで勝手におやじギャグ代表選手を選ぶと、はやはり佐藤さんが断然トップ。最優秀おやじギャグ賞をあげたいと思う。)

佐藤さんと言えば、暴露話をひとつ。佐藤さんがティッシュで汗を拭きながら「この日焼け止めクリーム、色が付いているんだよな~。」一同「えっ?どれ見せて。」誰がどう見ても、ファンデーションがティッシュにべったり付いている。「それ、日焼け止めクリームじゃなくて、ファンデーションですよ!」「えっ?女房がくれたんだけど、日焼け止めクリームじゃないの?」・・・全員で大爆笑した。
バカ話ばかりしながらトレイルヘッドに戻ってきたら、予定の時間を大幅にオーバー。本来なら次のコースの丘の上で、早目の昼食と考えていたのだが、予定を変更して昼食を先に取ることにした。中に弁当を持参出来なかったメンバーがいたので、VONSで弁当を調達し、次の目的地へ向かった。適当な木陰を探し、弁当タイム。
と、そこへ通り掛かりの人が「もう5分ほど歩いた先に、弁当を食べるのにちょうど良い場所があるよ。何もこんなゴミ箱の隣じゃなくても良いのに。」と言われ、すかさず「ありがとう。でも僕らはわざわざここを選んだんだ。食後のゴミもすぐに捨てられるし。」と藤原さんが答えた。日本語で書くとなかなかニュアンスが伝わらないが、いかにもアメリカっぽいジョーク的な会話をしたので、一行も吹き出すのをこらえ、にこにこ対応。
よしっ、腹ごしらえも出来たし、気分を変えて第2段。今度は尾根を丘の上まで登る、最初のコースとは全く異なったトレイルだ。初級コースとはいえ、この暑い中を歩くのだから、結構大変だ。歩くスピードに個人差があるので、今度は2手に別れて進むことにした。先発隊は、藤原、佐藤、能智、阿部の4人。そして後発隊は、全くの初心者である森夫妻に松岡が加わり、3人で先発隊の後を追うことにした。
ここで誤解の無いように説明しますが、「早いから良い」「遅いから悪い」ということでは全くありません。悪い=困るのは、途中で勝手に帰ってしまったりすることです。集団行動の基本ですね。
レポートを続けましょう。
吹き出る汗を拭きながら、後発隊も頑張りました。たまに現れてくる小さな木陰を見つけては一休み。ひとコーナー歩き終えて一休み。でも、だんだん歩くことに慣れてきた森夫人から「休むと疲れるから、あまり休みたくない。」と一言。実はこの感覚、とても大切なのです。歩く時は、呼吸を整えてリズムかるに歩くと疲れ難いのです。でも頻繁に休むとリズムが崩れ、1回の休憩で10分以上休むと体内に乳酸が溜まり、かえって疲れるのです。早くもこの感覚を習得してしまった夫人、後半は一気に丘の頂上まで進みました。取り残された森さんの一言「お~い、待ってくれ!・・・女は薄情だよな~」(苦笑!)トランシーバーで先発隊に連絡を取ってみた。「こちらはもうすぐ頂上です。今、藤原さんが走って行きました!」と情報が入る。森さん「何、走っていったって?元気だな~」と、増々落ち込みぎみ。頑張れ森さん!我々もそう大して離れている訳ではない。頂上までもう少し!
多少の時間差はあったが、晴れて全員丘の上に立つ事が出来、ヤッホー! 暑かったけれど快晴だったので、眺めは最高。マリブの町並みやサンタモニカの海岸線などは勿論のこと、LAダウンタウンも、パロスバデスの丘も、カタリナ島も眺めることが出来た。そして空はやっぱり果てしなく広く、海は限りなく蒼く、しばし時を忘れてその眺めを満喫した。嬉しかったことは、皆の顔が清々しくなっていたこと。
記念撮影をして帰り支度。今回装備が万全だった能智さんにポール(杖)を借りて、森さんに使ってもらった。膝が少し痛いと云っていたので、これで多少はカバー出来ると思う。戻り道は下りなので楽だったが、とにかく暑い。森さんの頭の中は“アイスキャンディー”のことでいっぱいだったそうだ。車にたどり着き、まずはVONSへ直行。アイスクリーム、アイスキャンディー、ビタミンドリンク、みんな思い思いの冷たいものを買って、学生の様にパーキングで輪になって食べた。あ~最高!

無事虹屋のパーキングへ戻り、ひとまず解散、お疲れ様!
と、思いきや、これから虹屋でお茶しませんかと声が上がり、親睦コース第3段へ突入。仕事の話、Wall Martの話、中国の話、国家の話、盛り上がる盛り上がる。延々2時間半。缶コーヒー1杯で、よくぞ粘った。それでもさすがに7時を回るとお腹も空き、帰る一大決心をして全員解散。晴れて10時間半の第1回SBMS親睦ハイク行事は、幕を閉じました。   皆様、大変お疲れ様でした。

レポート:松岡
今回の親睦ハイクに参加した皆さんから一言を頂きました。

阿部さん:「人生山あり谷あり、もっと楽しく歩こう、よそじ、いそじにむそじ。」失礼。
佐藤さん:7月1日、土曜日の思い出
「最初の滝の散歩道、木々の間を歩いて行けば、山と樹木の、癒しの旅。後半の、炎天路8キロ行けば、地獄の苦しみ修行僧。」天国と地獄を味わった想い出の一日。かき氷無く、皆で語った教養の会話。
森さん:苦痛というより楽しいハイキングでしたよ。(半分負け惜しみ)特に前半は最高でした。いい年をしたやんちゃ坊主がいたりして、まさに遠足気分でした。それにワイフも清々しい顔をしていたな~。次回も覚悟して参加します!
「サロンパス、あちこち貼っても足りなくて、リキッドタイプも買いに行き」
能智さん:このたびはすばらしい企画ありがとうございました。
僕は生来の根性ナシで、およそ我慢とか忍耐とかとは反対側に居る人間です。為に今回のハイキングに無事についていけるか心配だったのですが、出発前の松岡さんの微に細にわたる「注意事項」に従い重装備した御陰で、なんとか無事にハイキングを遂行することが出来ました。本当にありがとうございました。
 それにしても自然はいいですねえ。良い空気吸って、良い汗をかかせて頂きました。
 それと、ハイキングが終わってからのスーパー・ニジヤ店内フードコーナーでの小勉強会もよかったです。自然に触れた後での俗世の生臭いお話しもまた格別でございました、まさにSBMSの企画にふさわしい体も頭も鍛えた有意義な一日でございました。
次回も楽しみにしております。
藤原さん:ご苦労さんでした。ちょっと暑かったですが、楽しかったです。普段とは環境が異なるせいか、ハイキングの道々で、皆さんの気持ちが広がり和気藹々の雰囲気で、時間の経過を忘れてしまう程、会話も弾みました。
 最初のコースはちょっと短かったですが、手始めには調度良い距離で、到着地の滝と岩も良かったです。子供のようにはしゃいだ気分になれました。
 第二のコースは出発前に昼食を取ったりして、出発が少し遅れ、歩き出した時は、一日中で最も暑い時間帯になってしまいました。皆さん暑さには相当まいってしまわ れたようですが、着いた地点からはサンタモニカやマリブの海岸と青い海が一望でき、ま た、内陸部の方に目をやると遠くはダウンタウンの高層ビルまでがはっきりと見え、すば らしい場所でした。皆さんの暑さも疲れも暫し吹っ飛んだ筈です。
 松岡さん、また、よい所があればご案内下さい。
#SBMSご報告

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2006年度 6月 「タウン誌の実態」

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2006年度 6月 「タウン誌... 2006年度 6月 「タウン誌...
講師 - 石井義浩(よしひろ)氏

『プロフィール』
・ 17歳の時に家族に連れられてアメリカに移住
・ 現地の大学を卒業後、2年間日本でアルバイト
・ その後アメリカに帰国、日系大手旅行代理店に勤務 →その際に無料誌の発行を思いつき、独立

講義内容

タウン誌の実態


『BridgeUSAができたきっかけ』
きっかけは石井氏が旅行代理店に勤務している当時、旅行プランの広告を出そうと広告媒体を探したのだが、意外と少なく中々見つからなかった。当時は有料広告媒体として羅府新報、無料広告媒体としてTBファン、おさわがせUSA(現Lighthouse)程度という少ないものだった。そこで、石井氏が広告媒体を探すのと平行に色々な企業の人に「広告媒体の需要性」について独断でリサーチしたところ「もっとたくさん広告媒体があってほしい」という声を多数聞き、「それならば自分が作ってしまおう」ということで会社を辞め、BridgeUSAという会社名で独立するに至った。
~Publish編~
『わら半紙からカラー紙へ』
 創刊当時は現在よりも質の悪いわら半紙白黒用紙で5千部しか発行していなかった。
*初めは一人で営業・発行・配送・コンテンツ作成をした
* FAXマシーン・ワープロ・印刷機の3つの機械だけで作成した。
* 当時のコンテンツ内容はクラシファイドのみ
内容の工夫
* コメントを入れる(例:人材派遣の社長に「面接に必要な3つのポイント!」や、車の修理士の人に「常にチェックしておきたい車の3箇所」というようなコメントを内容に組み込んだ→読み手の反応が変わる(コメントを書いた人の知り合い等が話題に出してくれるようなった。)
* 大企業に営業に行く→断られる。理由は無料誌の上、「白黒」のわら半紙に宣伝を載せるのは企業のマイナスイメージになると考えられていたから。→そこから考えたのが、「ちらし」。ちらしは店側に全て作らせたので、Bridgeの中に入れるだけで費用は一切かからない。ちらしは大きな効果をもたらし、たくさんの中小企業等の中での無料誌の評価が高くなる(後にちらしが現在のBridgeのコンテンツになる)
* 車の個人販売やディーラー販売に写真を入れる→前よりも電話がたくさんかかってくるようになる→車のディーラーからの広告依頼の増加
* 人材派遣に関しての工夫(それまでは「仕事が欲しいなら○○(会社名)まで!」というのだけだった)→詳細をだすようにした(会社名、仕事内容、年収、場所、ビザサポートあるかないか等)→以前よりもたくさんの人が人材派遣会社に連絡するようになった→人材派遣会社からの広告依頼の増加

これらの過程により、たくさんの広告依頼が増え、またコンテンツにも磨きがかかり、現在は上質なカラー紙で作られた無料誌とは思えない雑誌を毎回5万部印刷し、南カリフォルニアを中心にたくさんの人に読まれる広告媒体となった。
石井社長のモットー:
他社がやってない宣伝方法を研究し実行する!
<無料誌の特典>
・誤字脱字があっても大丈夫→文句を言われることがない
・レストランなどに置いておくとみんな持っていってくれる→取りやすい
・たくさん発行できる
・どこでも置かせてくれる
・広告内容に合わせてページ数を増やすことが可能
~ラジオ編~
『きっかけ』
Bridgeと似ている。当時のラジオ局は朝日ホームラジオしかなく、ある日そのラジオ局が終わってしまった。それまで朝の渋滞時に聞いている人がたくさんいて、「朝にラジオあったらいいよな~」というたくさんの声を聞いてラジオをやろう!と決めた→シチュエーションはBridgeの時と似ている
International Stationというところに企画書を持っていったら7:00AM~9;00AM枠を取れた。
・1994年7月5日開局
・ラジオアナウンサーオーディションには24人もの応募があった
現在はそれまでの107.1からFM局の106.3で11年間継続中
『相乗効果』
Bridgeとの組み合わせにより効果は絶大な物に。
例)ラジオ開局をBridgeで宣伝。Bridgeの情報をラジオで宣伝。
~イベント編~
『夏祭り』
1995年に何か大きなイベントをやりたい!ということで第1回夏祭りをサウスベイで開催→周囲にやめた方がいいと言われる。なぜならラジオや雑誌で散々宣伝してきたのにも関わらず、もしも人が全くこなかったらスポンサーや企業に広告媒体としての機能がない、ということになってしまうから→結果は初日で1万1千人来場→大成功!!

それ以来、毎年夏祭りを開催している(現在も継続中)
~最後に~
現在Bridgeの主な仕事は出版・ラジオ・イベントの3つ。収入に関しては出版が8割、ラジオが1.5割、イベントが0.5割。
これから石井社長が行っていきたいのは、様々なコミュニティ関連のイベントに力を入れていきたいという。
#SBMS過去のセミナー

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2006年4月23日 第22回親睦ゴルフ大会

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2006年4月23日 第22回... 2006年4月23日 第22回...
SBMS第22回親睦ゴルフ大会が4月23日(日)、Los Verdes Golf Course で行なわれました。
参加者45名がダブルぺリアで競技し、JETROロサンジェルスの土屋所長が優勝しました。
(親睦委員長 森 寿久)
#SBMSご報告

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2006年度 4月 「最近の日本経済の回復状況」

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2006年度 4月 「最近の日...
講師 - 林 良造 (はやし りょうぞう)氏

1948年 3月13日生 兵庫県出身 私立灘高校卒 京都大学法学部卒 ハーバードロースクール修士(L.L.M)

1970年 4月 通商産業省入省
1975年 5月 米国留学(Harvard Law School)
1976年 6月 LLM
1977年 1月 Arnold & Porter勤務
1984年 8月 ジェトロ・ニューヨーク産業調査員
1988年 6月 機械情報産業局情報処理振興課長
1990年 6月 資源エネルギー庁国際資源課長
1991年 7月 ハーバード大学Kennedy Schoolフェロー・客員講師
1992年 6月 機械情報産業局電子政策課長
1993年 6月 機械情報産業局総務課長(併)エネルギー環境対策室長
1994年 テンプル大ロースクール日本プログラム客員教授
1994年 京都大学法学部 客員講師
1995年 2月 大臣官房総務課長
1996年 8月 資源エネルギー庁石油部長
1998年 6月 機械情報産業局次長
2000年 6月 生活産業局長
2001年 1月 経済産業大臣官房長
2002年 7月 経済産業政策局長
2003年 7月 独立行政法人経済産業研究所コンサルティングフェロー
2003年 8月 財団法人産業研究所顧問、
日本生命保険相互会社特別顧問
2004年 1月 UCサンディエゴ大学フェロー
2004年 3月 ハーバード大学ケネディスクールフェロー
2004年 4月 京都大学法学研究科大学院客員教授、
早稲田大学大学院公共経営研究科客員教授、
明治大学法科大学院兼任講師
2004年 6月 帝人株式会社独立社外監査役、
2004年 9月 株式会社NTTデータ経営研究所顧問
2005年 4月 東京大学公共政策大学院教授、
明治大学法科大学院客員教授

講義内容

最近の日本経済の回復状況

現在日本の経済状況は回復しつつある。その回復状況の裏側には様々な政策や要因がある。

【ツキの続く小泉政権】
○2005年総選挙の勝利とレームタッグの始まり
○小泉改革の光と影 規制緩和政策と格差社会
○4点セット   *ライブドア *姉歯 *官制統合 *輸入牛肉
○皇室典範
○民主党のオウンゴール→永田メール(ライブドア事件)
・この事件の本質:株価操作(エンロン・ワールドコム)
・経済的影響:株式市場、インフラ
・政治的影響:小泉政権、抵抗勢力、民主党
【回復軌道への復帰】
GDP成長している(平成13年~17年の間)

また不良債権処理にめどがつく
○金融再生プログラム
○民事再生法
○産業再生法
○産業再生機構
しかし追いつかない不良債権は人口減少につながる
<企業部門>
○輸出の増大
○貿易交渉→大競争時代(地球規模の市場)、速い変化
○IT→激しい変化
<金融市場>
○預金に集中   ○株式、ファンドなどのリスクマネー不足
○金利機能    ○多様な金融サービス
○郵貯改革    ○製作金融の改革
【コーポレートガバナンスの改革】
○変化の激しい市場
○情報の非対性、経済リスク
○新会社法
・種類株
・柔軟性と経営責任
・株主主導型ガバナンス
<日本のM&Aの現状>
友好的から敵対買収的に変わってきた
(友好的な例) ・日産、三菱、マツダに欧米資本の協力
・NKKと川崎鉄鋼の経営統合

(敵対的な例) ・ライブドアによるニッポン放送株の買い占め
・楽天によるTBS株式の買い占め、経営統合提案
【中国のGDPがどこまで伸びるか】
○高騰するエネルギー価格
○日本経済に対する直接的な打撃は少ない。ヨーロッパ、アメリカも同様
○進まない開発投資
○長期的な需要拡大とアジア通貨危機の経験
○開発リスクと長期的価格見直し
○国際市場と中国の政策
○イラン問題
【日本経済への影響】
1、財政赤字の処理
1)Primary Balance
・歳出削減
2)近世の抑制
・低金利はインフレのリスク
・高金利は財政赤字拡大
2、少子高齢化のインパクト
・労働力不足
・貯蓄率の低下
・総需要の問題
・FTA
・移民
・社会保障制度の崩壊
<Globalization下のInnovation>
・統合型から分散型へ
・産学官の役割の再定義
・技術ロードマップ
・モジュール型への対応
・選択と集中
・研究機関のモラール
・事業化環境
【政策決定プロセスの改革】
・理念の変革:小さな政府、透明な政府
・族議員、所轄官庁、業界へのコンセンサス構造の改革
・派閥から執行部へ:選挙制度、資金、人事
・内閣官房、内閣府の調整機能の強化
・情報公開法と行政手続き
・総理大臣への権限への集中
・大臣の役割の変化
【政権は続くのか?】
・総理の人気とPolitical Capital
・後継総裁問題
  →安部、麻生、谷垣、福田
・与謝野、竹中、中川
・総理大臣の大統領化現象
・経済構造改革と財政構造改革
#SBMS過去のセミナー

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2006年度 3月「日本経済の持続的成長は期待できるか?」

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2006年度 3月「日本経済の... 2006年度 3月「日本経済の...
講師 - 目良浩一氏(めら こういち)氏

1933年生まれ
1957年 東京大学工学部卒業。
1965年 ハーバード大学で博士号修得後、同年ハーバード大学経済学部講師。
1967年 ハーバード大学経済学助教授。
1969年 世界銀行のエコノミストとなり、その後同銀行アドバイザーとして活躍。
1975年 筑波大学教授。
1986年 東京国際大学 商学部教授
1995年 南カリフォルニア大学教授、現在に至る。

講義内容

最近の日本経済は非常に好調である。具体的な理由としては、最高利益の記録・新規採用の増加・株価の上昇・起業への積極的投資が挙げられる。

【今回の成長の要因】
○公共投資がずっとマイナス→小泉政権の表れ
○経営利益がプラス:1998年から2004年の6年間にかけて利益率の増加が倍増している→企業努力の成果がでている
○失業率が少しずつ下がってきている
○輸出と輸入の純利益の増加
・中国の輸入需要拡大の為か?→確かに日本の金毒工業や機械工業を発展したが、日本は中国から多大な輸入をしている事から中国需要が成功要因とは考えられない。
・サービス純輸入の減少
例)海外旅行者が多い→海外でお金を使う→結果日本でお金が使われない→赤字
○特許使用料収入の黒字化
1990年→1900億円の赤字が2003年は1500億円の黒字
(その背景にあるもの)
知的財産の生産→申請数・登録数が増大
【結果】
世界における半分以上の特許が日本の特許
例)2005年 米国特許取得ベスト10(日本の企業のみ)
2位 Canon、4位 Matsushita、 8位 Hitachi、 9位Toshiba、10位Fujitsu
TOP10のうち半分が日本の企業
【小泉政権改革】
2001年4月
○不良債権の加速的処理→銀行の活性化
○民営化
○国債発行の制限
ほぼすべて実施された!!
【小泉政権の経済への影響】
○公共事業の廃止→企業の政府依存から自主的解決等を求めるような方針に転換。
○民政化の推進→企業間戦争を促進し、企業は効率性を求める。
【今後の日本経済の方向】
○小泉政権持続→上昇傾向の持続が予想できる
○小泉純一郎ほどのカリスマはいない
○小泉が政権を行ってきた5年間で起動は敷かれている
○抵抗勢力と戦う力がある人がいれば経済の上昇は続く
{経済成長要因・1}
○企業の効率化→改善の余地あり
○資産収入の増大→運用技術の改善
○サービス収支の改善
・特許使用料(伸びる可能性あり)
・その他の業務収入(増えている)
・海外からの旅行者の増大
{経済成長要因・2}
○地価の安定と上昇
・地価の下落が不良債権を作る→消費の減退
・地価は下げとまり、中心市街地上昇
・企業は借入でき、銀行は買い出しでき、家系は消費を増大する余地がでてくる
【これからの日本経済の課題】
○経営効果の改善
・ビジネススクールの普及
・大学の商学部は意味がない
○知的財産の生産
・R&Dへのインセンティブの適正化
・知的生産権の確立
・大学と企業の協力関係の推進
【今後の日本経済】
○持続的成長可能
「失われた15年」に多くのことを学んだ
例)
・企業90年以前の方法ではこの現在での競争に勝てない
・人事は大学名じゃなく、能力重視にするべき
○阻害要因
・人口の減少
・政治的リーダーの不在(ポスト小泉)
【まとめ】
○政治的挫折が無ければ、中期的に2.5%~3%成長可能
○小泉は多大な貢献をした
○企業は今までの緊張を持続して経済技術の向上と知的財産の生産を中心として成長を図るべきである。
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2006年度 2月 「BLOG(ブログ)のビジネス活用法」

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2006年度 2月 「BLOG... 2006年度 2月 「BLOG...
講師 - 武藤 秀毅(むとう ひでき)氏

1986年 九州大学 電気工学科卒
1986年 トヨタ自動車(株)入社。エンジン開発、車両評価、CAMRYの開発に携わる
1997年 TOYOTA TECHNICAL CENTER, LA OFFICE に赴任
1999年 トヨタ自動車(株)退社
1999年 Vintage Computer, LLC 設立 CEO
http://www.vintagecomp.com/

毎日コミュニケーションズ社の月刊誌 Mac Fan でハードウェアの解説記事INSIDEOUTを連載中

講義内容

BLOGとはWEBサイト(ホームページ)の一種で、インターネット上の日記と説明されることが多いが、単に日記サイトと理解するとその本質を見誤ってしまう。BLOGとは、「短編の情報を日々発信するのに、非常に有効で簡単なネット上の情報発信ツール」である。

個人の日記、芸能人・スポーツ選手の広報、ニュース配信、起業・経営者からのメッセージ、販売情報の配信など、BLOGは多岐に活用されている。

2004年が普及元年のまだ新しい仕組みであるが、日本での運営者が2005/3月で350万人、2006/3月(推定)で610万人と爆発的に増加している。直接市場141億円、関連市場1377億円と、大きな経済効果を持っている。

【BLOGの特徴】
・更新が楽(内容に集中できる)
・費用がほぼゼロ
・RSSにより更新情報が配信される
・トラックバックによりリンクがつけやすい → 検索にかかりやすい
・ポータルサイトが宣伝をしてくれる

すなわち、「簡単で見てもらえる可能性が高い」

従来のWEBサイトで必要だった、デザインの知識、サイト構築の技術、WEBサイトの宣伝などシステム側で対応されるため、運営者は内容のみに集中できる。
【発展するBLOG】
音声BLOG = Podcast
ビデオBLOG = Video Podcast
個人・小企業ベースで、自前のラジオ・テレビ番組の運営が可能。しかも、従来メディアより手軽に視聴してもらいやすい。
【BLOGのまとめ】
楽しみながら読んでもらえ、広告色が低く抵抗感がない、既存媒体の守備範囲外のマーケティングも可能と、BLOG はビジネス・広報においても有力なツールである。

多くの読者を獲得するために最も重要なこと (ほぼ)毎日更新が絶対条件
【その他のネットビジネスでの有効なツール】
アフィリエイト、メールマガジン、BBSなど
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2005年度 12月 「地球環境保護への取り込み」

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講師 - 岸本正之氏

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2005年度 11月 「日米税制改革における米国居住者のファイナンシャル・プランニグの影響 」

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2005年度 11月 「日米税... 2005年度 11月 「日米税...
講師 - 山崎信一 氏

日本の銀行及び米国の銀行並びに証券会社を在籍し、日米の金融業務に係わる。
現在はライトハウスグループのライトハウス・ファイナンシャル・プランニング社にて日米に係わる相続税プランイングから法人節税商品のアドバイスまで行う。

講義内容

日米税制の動向と米国居住者のファイナンシャルプランニングですが、まず、日本の税制の動向を見るには日本の財政の現状を把握しなければいけないわけですが、まず、公債残高は538兆円、国民一人当たりの借金は422万円で、一般会計に締める公債金収入は41.8%となっており、借金漬けの状態がよくわかります。国際的にも日本の債務残高はイタリアを抜いてダントツ1位であり、国民所得に対する租税負担及び社会保障費負担の割合も先進国の中でおおきくなりつつあります。

そのような現状で、日本の税制改革がどのように行われているかですが、法人税につきましては、日本企業の国際競争力の観点からこれ以上の引き上げは困難と考えられており、取れるところから取るという意味では、個人の所得税、贈与税、相続税、また、消費税の引き上げが考えられるでしょう。もう少し具体的には、定率減税の廃止、消費税の15%までの増加、相続税の基礎控除枠の縮小、損益通算の出来る範囲の縮小、それに関連して不動産所得、一時所得をなくすことも視野に入れているのではないでしょうか。又、プラスになる動きとしましては会社法の改正による日本版LLPの活用、今後行われるだろう信託法の改正によりトラストの利用をしやすくなるかもしれないということと考えられます。

一方、米国では2004年にWorking Families Tax Relief Act of 2004 Marriage Penaltyの一部解消等個人所得税軽減にプラスになる要素を盛り込む一方、American Job Creation Act of 2004では1万ドル以上の米国外銀行口座の報告の義務づけや米国外からの退職金受取りに対する課税強化も行っております。また、2004年には社会保障協定の締結により二重加入の回避を行うことが出来るようになり、法人の社会保障費負担が軽減されることになりました。

日米のおける課税の違いにつきましては、例えば、株式売買にキャピタルゲイン課税につきましては、現在日本では申告分離課税で10%、米国では所得税率に従い5%及び10%となっております。また、贈与税及び相続税につきましては、日米で税金を支払う人間が逆転しておりまして、日本では贈与される側、相続税をもらう側が税金を支払い、米国では贈与を行う側、死亡した相続財産(Estate)が相続税を支払うこととなります。相続税につきましては、相続取得金額が3億円を超えますとその税率は最高税率50%となり、米国では2005年では相続財産が$1.5MMを超えると47%になります。

贈与税につきましては、日本では1000万円を越えると税率50%を超え、かなり厳しい税率となっています。これにより世代から世代への財産継承が早い時期にうまく行えない弊害が出てきたことから、この世代間の財産トランスファーを早めに行い経済の活性化に結びつけるために、相続時精算課税制度が出来上がりました。これは、2500万円の特別控除とそれを超える金額でについては一律20%の課税をするというものです。一方米国ではそれ近いものがすでに存在し、生涯にわたり贈与できる金額が定められており、それは基礎控除額が$345,800、財産価額相当額が$1.0MMとなっております。

上述した日米での納税義務者が違うことさらに非居住者であることを利用し、税金を支払うことなく米国で贈与を行うことが多発した為、日本サイドで平成12年に大きな変更がありました。これは課税時期5年以内に本人または被相続人もしくは贈与者のいずれかが日本国内に住所を有したことがある場合には、国外財産にも課税されることとなりました。これにより、親が米国でお金を持ち込み、米国の居住する子供に税金を支払うことなく贈与することが難しくなりました。

まとめとしまして、今後、非居住者、居住者、米国市民の選択、日米税率の差異を利用した投資プラン、今後の退職金の受給の方法、日米における贈与税及び相続税対策、老後の医療費等に注意してプランニングを行うことが重要と考えられます。
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