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10/13/2019







金曜日から義両親が来ていた。
毎度のことながら、嵐のような週末。
昔ほど気を遣わなくはなったが、それでもやっぱり、ね。

義両親は先週半ばにFlu shotを受けたせいで調子が良くないとのことだった。実は金曜日の晩は義理ママを外食に連れ出す予定でいたのだが、そういうわけで急遽変更、仕事帰りに買いものをしてchicken and potato soupをこしらえた。我ながら美味く出来たと思ったのだが、二人とも無言で食す。きっと具合が悪いせいさ、と、自分を慰めた。
義理ママのために前の晩で焼いておいたchocolate cakeにも手をつけず。どんなに遅くなってもデザートを欠かさない彼女がとうとう味見もしなかった。これもまた、具合が良くないせいさ、と、自分を慰めた。

もう一つの事件(?)。義父がガレージのドアを閉めたまま喫煙していてガレージ中が煙で充満していたので大々的にドアをオープン、そのまま開け放しておいた。すると義父、ガレージのドアを開けたのはわたしか?と問い詰める。
ええ、そうよ。
なんでだ?
煙たかったから。
ドアを開けると寒いだろう。
うん。でも、タバコの煙が酷いから。ドア開けておいてね。
義父、そんな筈はない、と言い張っていたが、閉めないでねーと念を押した。
それが金曜日のこと。
で、土曜日。
午前中、わたしは補習校に行き、1時過ぎに帰って来た。何か用事があってbasementへ行くと・・・なんと義父が室内で喫煙していた!
まぁ室内と言っても、walk-outできるドアを開けたところに座って、そこでタバコを吸っていたのだけれど、喫煙は外と決まっているのだ、それはもう随分前から。だから彼はいつもそのドアのすぐ外、ポーチにあるハイチェアに座って喫煙するのがお決まりだった。
確かに昨日は寒かった。風も強かった。いきなり冬が来てしまったような気候だった。だけどもー!!
前日のガレージドア事件のことがあったので、わたしは何も言わずにそのまま戻り、義理ママから義父を注意してくれるよう頼んだ。彼女は笑って誤魔化そうとしたが(そう見えただけなのかもしれないけれど)、「お願いだからちゃんと言って欲しい」と頼んだ。
結果、義理ママは義父に伝えたのだが、夜になってから、義父は義母に怒られたことを酷く憤慨してわたしに言ってきた。どうやら義父はあの時わたしに背を向けていたので、わたしが見たことに気付かなかったらしい。「ちょっと室内に体が入っていただけなのに」と言うので、「いやいや。室内禁煙でお願いします。義母に感謝です」と明確に伝えたところ、義父はやや怯み、それ以上何も言わなかった。いやマジにお願いします。ていうか、こんな様子じゃこの先義父だけを残して出かけるのは不安しかない。これから寒くなる一方だから尚のこと。きっと彼は誰もいないのを良いことに、ガレージ内だけでなく、室内でも喫煙するのではないか???あー想像しただけで目眩、、、、!!


と、うだうだ愚痴を書いてしまった。
義両親は来週もまた金曜日から日曜日まで滞在予定。プラス義叔父は例のガールフレンドを連れてくるとのこと。また一波乱二波乱起きそうな予感。





台風19号の被害が明らかになりつつある。
ニュース速報が出ると心配になって、東京に住む姪っ子や姉たちに連絡を入れた。何事もなかったようで一安心だったが、あちこちの川が氾濫とか、犠牲者のことを耳にして、胸が痛い。台風はやっぱり怖ろしい。自然の脅威。












#日記

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Suite

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10/11/2019








昨日の朝は携帯を持たずに仕事へ出てしまって、携帯なんかなくても良いのだがDの投薬のためのアラームをセットしていたことを思い出し、しょうがなく家に取りに戻った。おかげで7時スタート出来ず、とは言っても7:15からが本来の時間なので、まぁいっか、と、clock inするまでの時間を同僚のaと他愛ないお喋りで過ごす。こういうのも良い。15分早く出勤する必要はないのかもしれない、とあらためて思ったり。それにしてもDに何度も起こされた影響は1日のはじまりにも響き、なんとも調子が狂った。


職場ではどうもJの調子が良くない。気分の波が大きすぎる。今に始まった事ではないが、このところ特にそんな感じだ。aの話によると、旦那さんとの関係が悪化している、と。「いつもそういう話を聞かされて耐えがたい」と言う。そう言われてみれば、KもZもそんなことを言っていた。わたしはそういった話題をJから振られたことがない。話す相手を選んでいるということであれば、ある意味まだ余裕があるということなのかも。



いつも車内で聴いているクラシックチャンネルがあって、モニターには作曲家とタイトルが表示されるのだが、仕事帰りに流れていたのが Tchaikovsky - The Nutcracker Suite- だった。あの、有名な「くるみ割り人形」なのだけれど、ふと、suite は日本語ではなんて言ったっけか?と、それを考えながら帰路についた。

答えは「組曲」。
ついでにメモ。
協奏曲(コンツェルト concerto)
交響曲(シンフォニー symphony)

それから、マチネは、フランス語で昼という意味から昼公演のことを指す、らしい。あんなに夢中になって読んだ本なのにもう忘れてたよ。




昨夜もDに2回起こされた。何か落ち着かない。早く夫が帰ってくると良いのだけれど。








#日記 #犬日記

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D昼夜逆転

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10/10/2019






昨夜はどうも喉の調子が良くなく、早々に薬をのんでベッドに入った。風邪のひき始めなのかもしれない、本多孝好氏短編集「MISSING」を読み始めたがあっという間に眠気に襲われた。それが9時過ぎのことだ。


ベッドに入る少し前、犬たちを庭へ出した。Dは良く眠いっていたのだが、なぜか起き上がって来たので、ちょうど良いと連れ出す。推定15歳の老犬であるDはいつも起こすのを躊躇う。後脚の感覚がかなり失われているようで、起きたてのDは動きがさらに鈍いし。


服用した風邪薬に多少眠剤が入っているのだろう、Dの声で目覚めた時、身体が重くて仕方がなかった。
Dは喉の奥でクーンクーンと啼き声を出していた。このところ夜良く眠っていたのでこうやって夜中に起こされるのは久しぶり。時計を見ると、まだ11時過ぎだった。

D&Cをback yardへ出した後、階下ファミリールームのリクライナーに座って待つ。パジャマの上に何も羽織ってこなかったせいで肌寒い。風邪が悪くなってしまうじゃないか、と思いつつ、なかなか帰ってこない犬たちを呼び戻した。
Cはすぐに戻って来たが、Dはというと、back yardの真ん中に座ってじーっとしている。D!D!夜中なので、小声で呼ぶのだが、彼は耳が遠い。口笛も聞こえない。はぁ〜、、、大きなため息をつき、パジャマの裾をつまみ上げながら芝生の上を歩いてDを迎えに行く。
わたしに気づいたDはやっと戻って来た。

再びベッドへ。もう眠くて仕方がない。treatsはあげなかった。夜中です、もう寝ましょうよ、と犬たちに言う。


またまたDに起こされる。
え???なんで???
Dの啼き声をしばらく無視した。もしかすると眠れないだけでぐずっているのかも?と淡い期待を抱いて。
でもDはわたしが起き上がるまで耳元でずーっと啼く。
もうーーーーーー!!
起き出して、今度はPJの上に白いポンチョを羽織った。そして今度はfront yardに連れ出した。Dが階下から階段を上らなくて済むように。この時は1時前だったかと思う、良く覚えていない。
またまたtreatsをあげずにベッドへ戻った。

3回目。2時25分。今度は先に時計を見た。なんでだよーと嘆きつつ。
1時頃に連れ出した時にDがなかなか戻ってこなかったので(その時もまた芝生の上を歩いて迎えに行った)、今度はリーシュをつけて出した。もしかしたらUTI(尿路感染)を起こしているのか?とも思ったので、おしっこの様子を見たかった。が、Dの様子からすると、UTIの可能性はなさそう。ただのボケ?それともダディ不在で不安になったのか???
これで最後にしてくれよ、と祈りつつベッドへ。もちろんtreatsはあげず。あげたら水を飲むだろう。水を飲んだらまたおしっこに行きたくなるだろう。なんて、狡いことも考えて。


5時15分。アラームで起床。
D、ぐっすり。
ついでにCもぐっすり。
CもDのせいで夜中に何度もトイレに行ったからねー。


いつもなら昨日(日中)の出来事を記録するべきところだが、犬日記になってしまった。
そうそう、昨日はJが休みで、久しぶりにリラックスな一日。
同僚たちも皆同じようなことを言っていて、マネージャーというのはどうしても煙たがられるものなんだろうな、としみじみ思う。











#日記 #犬日記

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group hug

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10/09/2019








発端は先週の木曜日。

Out school Hoから戻ってきたDに対しKがJに報告。Jは時を待たずしてDに確認、既に起こってしまったことをあーだこーだと3人で確認し合う。否、確認と言うと聞こえが良い。どちらかと言うとそれぞれがそれぞれに叫び合っている、という感じ。

を横目に、わたしはひたすらに自分の仕事を続けた。中に入っていくような雰囲気ではなかったし、利になるとも思えず。

3人の言い争い(?)はひとしきり続いたが、とりあえずJの言葉で終結。Dは鼻息荒く、dish roomへと戻って行った。
しばらくしてdish roomに何かを持って行ったおり、わたしからDに話しかけた。今回のトラブルを受け、軽く「次回はこうしようか」といった内容。
も、Dは烈火の如く怒りまくっていて、両手をさっと上にあげ、わたしからパッと退き、早口で言った。
「もう冗談じゃない!こっちはもう話すことなどない!勘弁してくれ!」
と、まぁ日本語にしたらこんな感じ。
ほよよよよーーーーー
時々、アメ人同僚が直接的に怒りをぶつけ合うのを見てきたけれど、自分がそうされると途端にドキドキしてしまう。ヤバイよこれ。かなり怒ってんじゃん。

そう思いながら自分のステーションに戻ると、Kが「ほら、見てよこれ!他のschoolはこうしてちゃんとkeepしてるのよ!」
わたし、思わず言ってしまった。
"Just drop it, K! She's very upset!!"

マジにもうやめようよ。と思った。今更どうこう言ったって始まらないでしょうに。

それをオフィスにいたJが耳にして、Dにフォローを入れる。が、Dは怒り心頭。

これが先週の木曜日。
つまり、4日間のFall Break直前の話だ。
で、昨日がBreak後、初の出勤。
さてさて、Dの怒りはおさまったか?

と思ったら。D出勤直後にJにわたしとKと、オフィスに呼ばれた。
Have a seat, everyone!


あの、、、マジ忙しい時間なんすけど、、、勘弁してよ。

と、心の中で思う。が、こう言う時のJは聞く耳を持たない。優先順位は職場の「和」なのだ。ええ、アメ人だけどね。日本語にするとね、つまり「和」。


そこでJがまず色々と話し、そのあとにDが(驚くべきことに彼女はまだ鼻息荒かった!)、そしてちょっとやわらかくなったKが話す。
わたし、部外者なんですけど、、、という感じ。喋ることないよ。と、思う。

そして最後に group hug


実を言うとこれがどうも苦手だ。
なんだか茶番でしょ。

しょうがないからしたけど。










#日記

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形状

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10/08/2019






夏に日本から持ち帰ってきたスプーンが見つからない。

珈琲豆用の陶器で出来た計量スプーンで薄い黄緑色をしている。
どうやってパッキングしたかとか(陶製なので割れないように大事に包んだ)、スーツケースのどこに入れたかとか、それを取り出したところまでは覚えているのに、その後が記憶にない。
記憶にあるのは、念のために持ってきたもう1個の珈琲豆用計量スプーン(プラスチック製)を使うことにして、その陶製スプーンは使わないで済んだ、ということだけだ。
その時に何処かにしまったのだと思われるが、そこのところがまったく思い出せない。
スーツケースから取り出したところまでは確かなのに、そしてそれを選ばなかった(使わないと決めた)ことも確かなのに、その後どうしたのやら、、、、。


昨日は事あるごとににそれが気になって探し始めた。
自分がしまいそうな場所をいくつか。キッチンの引き出し、ダイニングの飾り棚、あちこちあちこち。なのにまったく見つかりません。
もしかしたら持ってきたと思い込んでただけで実は違ったのか???

こういう場合、忘れた頃に見つかる。なんてことが良くあるので、記録しておこうと思った次第。


ちなみに、なぜそのスプーンを探しているかというと、はたとsugar potに使えるかな、と閃いたので。
今入れてある小さなスプーンは、なまじスプーンの形をしているせいか、義父(多分犯人は彼だ)はそのスプーンでお砂糖をすくった後に珈琲に入れて「かき回して」からまたそのお砂糖入れに戻しているのではないか、という疑惑が深まってきたから。
何度もそれらしき痕跡はあったのだが、気のせいだろうと思いながらそのスプーンを洗って乾かして戻していた。
が、こうもその痕跡が続くとね、なんだかね。
で、その、わたしが探している陶製珈琲豆用スプーンは持ち手が短く、いわゆるスプーンの形状をしていないものだからそれを使ってお砂糖をすくうことは出来ても珈琲をかき混ぜることは出来ない。ってワケ。
なんて素晴らしいアイディア!!

と思って探し始めたのに見つからない。ということで、非常に残念。かつ、諦めきれない。多分、この先も探し続ける。なぜってあの形、この国では見たことない!









#日記

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美しい

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10/07/2019







「若い頃っていうのは、ある抑圧をかけないといけない。ちゃんと規律的なことをやってからの自由っていうのが一番美しい。規律みたいなものをしっかり持っていてもらいたい。」

ー規律的なことをやってからの自由っていうのが一番美しい。


あなたの言葉こそ、美しい。です。

・・・・・参りました!!










#日記

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蛇蝎のごとく

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10/07/2019







「蛇蝎のごとく」向田邦子原作 を読み終える。

蛇蝎(だかつ)と読む。ということを表題の小さなふり仮名を見て知った。良く見えないもんだからわざわざ老眼鏡をかけて見たのだけれど。
調べると、この文字は「じゃかつ」とも読むらしい。どちらも正しい読み方だと。
蛇蝎とは読んで字の如く蛇と蠍のことで、人間が恐れを抱き忌み嫌うもののたとえ。
「蛇蝎のごとく」は、激しく嫌悪する様子をいう言葉、とある。

と、ここまで来てやっと「蛇蝎のごとく」という題名に納得。
なるほどそういうことか、と、腑に落ちた。
しかしものすごくインパクトのある題名だ。
でも、それが人間なのだなぁ、、、と考えさせられた。

それにしても、向田邦子氏が飛行機事故で亡くなったということをすっかり忘れていた。
あの頃は大ニュースだった。当時10代半ばのわたしでさえ彼女の名前を知っていたくらいで、大きく報じられたことをおぼろげに覚えている。
でも、今でもよく「向田邦子ドラマ」とかよく見聞きするので、まだ精力的に執筆されているように思っていた。というか錯覚か。



この文庫本はPC部屋の本棚にあったものなのだが、果たしてこれを誰から頂いたのか?どうしても思い出せない。
長らく読書をしておらず、この国に住み始めた頃(もうずいぶん前のことだ)は日本語の本(活字)に飢えていたものだが、最近老眼が進むにつれて本を読むということが極端に減った。
が、夏に友人から薦められた一冊(「マチネの終わりに」)を読んでから、自分の中の読書熱にちょっとだけ火が付いた感。それで久しぶりに本棚を物色していて見つけたのがこの本だった。ちなみに、今は「MISSING」という本多孝好氏の短編集を読んでいる。

向田邦子氏も本多孝好氏も(失礼ながら)、自分ではすすんで手に取るような作家ではなく(本多孝好氏に至ってはその名前すら知らなかった)、故にこの本もきっと同人物から譲ってもらったのだと思うのだが、一体誰だったのか、、、、こんなことも忘れてしまっているとはなんて不義理な人間なんだ、自分。

しかし気になる。。。














#日記

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DLアイコン

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10/06/19







先週の金曜日から4連休中。
Fall Breakというわけではなく、ただのNo School(どちらかというとThanksgiving前後の4連休のほうがFall Breakとされる。なぜならDistrict OfficeもCloseとなるので)。
まぁネーミングなどどうでも良く、毎年10月始めにあるこの4連休はとてもありがたい。ちょうどぐっと気温が下がってきたこともあり、朝に温かいベッドでぬくぬくとしている時間が心地良い。
我が家はつい先日(木曜日だったかな?)思い立ってairをoffにしたのだが、義母のところはheaterをonにしたらしい(!)その日の朝の気温が40Fだったとか。我が家もそろそろかもね。



補習校の授業で『鳥獣戯画』を扱っている。
予定としては2回の授業で終わらせる単元なのだが、もったいなくて仕方がない。それでもしょうがないのでやるしかなく、ない時間をなるべく有効に使うだけだ。

鳥獣戯画のことを調べていたら、「鳥獣戯画制作キット」というものに目が止まった。鳥獣戯画の絵に自分でオリジナルな吹き出し(というかコメント)をつけることが出来るというもの。
ちょうど宿題として出したものと同じ内容だったこともあり、そのキットを提供しているwebを訪問してみた。
手順を見るとどうやらシステムをDLしなくてはならないらしい。しばらく迷ったが、試しにやってみようという気になり、DLアイコンをクリック。
音声ガイドではready to go!みたいなことが流れたが何も起こらない。
再度クリック。
同じように音声ガイド。
あれれ?

手順ではGoogleにextensionをつけなければならないとかなんとかだったのだ。
で、そのextensionは立ち上がっているっぽい。
とりあえずそこをクリック。
すると、何やらsearch engineらしい。

あ、、、、ヤバ、、、、、

慌ててextensionをremoveした。
ふたつも入れてた。
駄目じゃん。
この前もそれで大変なことになったんじゃん。
確かあの時も補習校の授業関連で調べていた結果だったし!!


今回、すぐに気付いたのでダメージはなし。多分。

あのextensionは実は不要だったのかもしれない。巧妙にそこをクリックさせるために設置されたものなのかも。
真偽の程は分からないが、わざわざまたそのwebを訪問して調べる気はないので、鳥獣戯画の絵で遊ぶキットというモノはとっとと諦めた。


DLアイコンをクリックする時にはもっともっと、もっと!用心しなくては、です。

危なかったー。













#日記

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たり、たれ

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10/05/2019






「たれ」とは、断定の助動詞「たり」の已然形・命令形
 *「たり」・・・だ。・・・である。


人間たれ。
のんたれ。



「自分の感じたことを零れないように、逃さないように」


女優・のんが映画を作ったらしい。
同時にその映画制作を追ったドキュメントが公開されたというので早速視聴。
なかなか良い。
おすすめです。

『のんたれ( I AM NON 』 視聴プレイリスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLQntWbrycbJfJMzCikuL9KkqnQixdzuc4









#日記

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心の声

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10/04/2019






これまでにも何度も食べたことのあるものについて、「こんな魚食べるの初めて。これはなんて魚なの」と聞いてくる超高齢の母親に対して、「これは○○だよ」と普通に答えれば良いところを、なんだか悲しくなって、(何度も食べてもらったじゃないか、これは○○だよ)という心の声を表に、しかも苛立ちまぎれに声にしてしまう、という某ブログの作者の記述に、生前の母のことが思い出された。


母の認知障害は徐々に進んでいたのだが、帰郷した折からどんどん進行していったように思う。

あの頃、まだ島に帰る前の母は、何度も同じことを話したり聞いたり時に怒ったりもあったが、外界との接触はそれなりに出来ていた。外食など、出かけることを頑なに拒むようにはなったが、デイには毎日通えていたし、お気に入りの介護士さんもいたりして、笑顔も多かった。

わたしは毎夏、母の介護(の真似事)のために2か月ほど帰国した。母に会いたいのはもちろんだったが、わたしが一時的に母と一緒にいることで、姉たち(あの時は姉3がメインだった)のレスパイトになれば、という思いだった。

ある時、母が祖父のことを訊いてきた。
祖父はもちろんもう亡くなっていて、その時の母の口ぶりからすると、母はタイムスリップしたかのようだった。確か、病床の祖父のオムツをちゃんと確認してくれ、といったことだったと思う。
わたしは母に「わかった、確認しておくからね」というようなことを答えた。
すると姉3がすかさず、「なんで母ちゃん、じゅうはもうおらんがね」と言った。「じゅうはモリシタがね」
母は一瞬きょとんとした顔をしたがあまり意に介さなかったように思う。

後になって姉3はわたしに、母に嘘をつくべきじゃないような気がする、母にちゃんと話せばわかるのではないか、忘れているだけだから、もう死んでいないんだよということを思い出させればいいんじゃないか、というようなことを言った。「なんでもかんでも、そうだね、と言うのは、ちょっと違うような気がする」

あの時、姉3にそう言われて、あぁ確かにそうなのかもしれない・・・と思った。元看護師であるわたしは、母のそういった言動に、あまり深く考えることもなく、母に合わせて答えていた。マニュアル的だったと言っても良い。
思い返せばあの頃、母と一時的に同居していた姉1もそうだった。姉1もまた看護師だからか、母と接する彼女は、穏やかで優しく、母の言うことに異を唱えることはあまりなかったように思う。もちろんそれは、全て母の思い通りにするということではなかったが。

姉3の言葉から、自分は母を「認知症のある母」としてしか接していなかったのかもしれない、と反省した。母は母なのだから、母として接するべきだ、と思い直せたきっかけでもあった。姉3の言動すべてが正しいとは思わない。でも、間違いだとも思わなかった。


そんな姉も、母が帰郷しいよいよ認知障害が進んでくると、母との対応が変わってきた。母は母なのだが、それだけじゃなく、認知障害を持った母として、母の心の安寧を最善として対応する。
そんな姉3の変化が感慨深く、自分自身を省みることにも繋がった。


母がアルツハイマー型認知症と診断され感情の起伏が激しくなり、デイにも行きたがらず、かと言って家にいても「家に帰りたい」と訴えるようになった頃、わたしたち姉妹の母に対する接しかたは、いわば足並みの揃ったものだったと思う。

が、長兄は違った。
兄は娘らに母の介護を任せている罪悪感もあったのか(いやもちろん素直に母に会いたかったのもあったのだと思うが)、時々母の様子を見に他県から帰省し何日か滞在した。そして、母の言動に対しいちいち「また同じこと言ってる」とか「わからんわけないだろう」とか、そんなことをのたまっていた。その度わたしは(母のいないところで)、「兄貴、母ちゃんは認知症なんだからそういうことを言わんで」と言ったものだった。


あの時、兄はきっと悲しかったのだろうなと思う。母が、どんどん母でなくなっていくのが辛かったのだろう。
ある晩、友人らと飲みに出かけた兄は酔っ払って帰って来て、眠っている母のベッドの傍に跪き、「おっかんよー、おっかん、○○どー、わかるなー、わかるだろー、おっかんー」と言って、泣いた。「兄貴、母ちゃんせっかく寝たから起こさんで」と言いかけたが、そんな兄の姿に何も言えなくなった。

「ユックらって!ぬっちゅんニンギンかい!なんや長兄ど!」

そう叫んだのは母だった。
驚いた。心底、驚いた。
酔っ払って帰って来てムガル兄を諌めたのは、紛れもない母だったのだ。


翌日、そのことは兄も母も、どちらももう忘れてしまっていた。
でも、このことでわかったことがある。
認知症といってもその魂は確かにそこにあり、認知障害に常に侵されいるわけではないのだ。
あの時母は、母の魂の、心の声を出した。


(でもユックライは、、、、ユックライ兄の魂はそこから抜け出ている。
母と泣きながらでも話したいのであれば、酒の入っていないときにするべきだ。

まぁ気持ちはわからないでもないけれどね。)













#介護日記

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