江戸時代 天保二年(1831)に長谷川雪旦一行は五人で江戸から松島で折り返し米沢から越後へ入ります。置賜地方の「赤湯温泉」から越後下関まで「十三峠」があり米沢の上杉藩が整備をしますが、峻険な山々を迂回する難儀な峠道でした。 この峠は流通の重要な街道であり、旅人も多く行き交いました。 古川古松軒、伊達藩の五郎八姫、良寛、雲井龍夫、長谷川雪旦。特に有名なのは明治11年に東京~日光から津川、新潟からこの峠を通った英国婦人「イザベラ・バード」が詳細な記録を書き残しています。 今回は二泊三日の通しを計画しましたが、宇津峠一つでギブアップ。隣のJR駅から帰還。宇津峠の様子を紹介します。