伊豆探訪二日目、最初に訪れたのは大室山麓の「さくらの里」
ここの駐車場沿いの桜は満開~葉桜に・・・見事だった。
カワヅザクラ(河津桜) バラ科(Rosaceae)
学名:Prunus ×kanzakura Makino ‘Kawazu-zakura’
ヤマザクラ と同じように花と葉が同時に開くのだが、
固体によって葉が後になるものもある。
広大な公園にポツンポツンと育つ各種の桜、
1本1本を見ると立派だが、全体的には一寸寂しい。
10年20年後を見据えての植樹と思える。
又、色々な種類の桜の木、開花時期が異なるので尚更である。
近寄って眺めた最初の桜;
イトウザクラ(伊東桜) バラ科(Rosaceae)
学名:Prunus ×yedoensis cv.‘Ito-zakura’
愛らしい白い花。萼片は鋸歯があり不規則な伊東桜。
地域特有の桜の品種である。気品に満ちて・・と思うは独り言か!
伊東市城が崎に自生するオオシマザクラ系の実生から昭和53年に選抜された種。
オオシマザクラより早咲きの品種で伊東市周辺に多く見られる。
カンザキオオシマ(寒咲き大島) バラ科(Rosaceae)
学名:Cerasus speciosa 'Kanzaki-ohshima'
芳香もあり白色大輪のオオシマザクラ。
萼筒は鐘形、萼片は鋸歯がある。開花と同時に展葉する。
オオシマザクラの栽培品種。
オオシマザクラと特徴は同じだが、開花期が早い。
開花していたのは、大きく分けて三種類だった。
さくらの里奥に見える山が、大室山。
2月に大室山の山焼きがあった事を知ったまではよいが、勉強不足だった。
毎年2月第二日曜日に行われる山焼きは、壮大・迫力満点だとか!!
而して大室山全体は昨日散歩した池地区の所有で管理運営は三セクの池観光開発(株)。
2度も「さくらの里」を訪ねておりながら、熔岩洞穴(大蛇穴)の存在を知らなかった
(この里内をくまなく散策していなかった)。
今回の旅の帰り道、伊豆韮山の反射炉と願成就院を30数年ぶりに拜す。
反射炉周辺は、整備され・・・願成就院も綺麗になっていた。
願成就院(がんじょうじゅいん)、伊豆の国市にある高野山真言宗の古刹寺院。
山号は天守君山。境内は国の史跡。
何よりも此の寺には、大仏師運慶の真作が奉られ安置されている。
運慶の諸仏は文治2年(1186年)から造り始められた由。
『吾妻鏡』によれば、願成就院の仏堂、塔などの伽藍造営記事が度々登場している。
この寺院、全盛期には巨大な池に小島を橋でつなぐ(鎌倉の源平池のごとく)、又、堂宇や塔がそびえ立つ藤原時代様式の壮大な伽藍を誇った大寺院であった。
現存する木造阿弥陀如来坐像(大御堂本尊)、眷属の不動明王ニ童子像、毘沙門天像が、
像内納入品から運慶の真作と判明、2013年(平成25年)6月19日、
不動明王二童子立像、毘沙門天立像を含め5躯一括で国宝に指定された。
(帰宅後、資料を見て事前勉強不足を反省する).
話は、さくらの里に戻って、
聳える単独峰・大室山の北西側裾野の熔岩洞穴が吾妻鏡に載っている。
「大洞」、建仁三年6月に頼家一行が狩猟に出掛けた場所と伝わる所。
.【吾妻鏡 建仁三年(1203) 6月1日】
頼家の病気から三ヶ月ほど遡って...
将軍頼家は伊豆の狩倉(仮設の宿舎)に入った。
伊東崎と呼ぶ山中には大きな洞穴があり、その深さも不明である。
将軍はこれを探るため和田胤長を派遣した。
胤長は10時前後に松明を持って穴に入り16時頃に戻って来て
「この穴は奥がとても深く日の光も届かない。
大蛇が棲んでいて私を呑もうとしたので斬り殺した。」と報告した、とある。
(伊豆に大蛇がいた!!胤長のホラ吹きか吾妻鏡著者の捏造かは不明!?!
杜撰な謀反計画に加担した胤長を考えると思慮が浅い性格??か。
幕府の史書吾妻鏡にも杜撰な記述はみられるのでなんとも言えない。)
伊豆高原から続く大室山は伊東を代表する観光スポット。
周辺には別荘地が広がり、城ヶ崎海岸~八幡野にかけて保養所も数多い。
河津桜やご当地桜の品種等々で春の桜見物で盛り上がってきた。
大室山は、歩いて登れない。その点で小室山に魅力を感じる(未登)。
伊豆半島には、風土、自然環境の特異性が各所に見られ、
桜にしても交配種が多々ある。これ等を一同に見ることはできない。
長期滞在を画策したい、と想った旅だった。
歴史的に鎌倉と伊豆の関係、伊豆に惹かれていく感覚に何か因縁を感じる。
3月23日誌「伊豆高原・桜の里~韮山」
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