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ギター余話

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ローマ記=Ⅱ

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「イタリア王ヴィットーリオ・エ... 「イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の記念堂」
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂、或いは短くヴィットーリオ(Vittorio)と呼ばれる場合もある。
他に無名戦士の墓としての役割も兼ねており、祭壇が設置されている。建物は首都ローマの中心地に位置しており、
ヴェネツィア広場とカピトリーノの丘の間に建設。

「トレビの泉」 元々は古代ロー... 「トレビの泉」
元々は古代ローマ時代に皇帝アウグストゥスが作らせたもので、ヴィルゴ水道(ヴェルジネ水道、乙女の水道の意)の終端施設としての人工の泉が場所を替えた後、今の位置になった。
コイン1枚だと再びローマに来ることができ、
2枚では大切な人と永遠に一緒にいることができ、
3枚になると恋人や夫・妻と別れることができると言われる。
けっこう意味が深い・・・。

ベネチア広場方面に歩いていくと、
真っ白な大理石のこれまた巨大な建物に遭遇。
ほんとに白くてしばし茫然・・・。

ローマといえばここですね。
トレビの泉。
観光客が多く。
なかなかきれいに撮影できなかった。
物がでかいのでカメラに収まり切れず、
頭の部分が切れたのは残念。

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#イタリア #旅行

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ローマ記

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「コロッセウム」 ローマの遺跡... 「コロッセウム」
ローマの遺跡の中でももっとも有名かもしれない。
5万人を収容したそうだ。
とにかくでかいのでびっくりだった。
よく見る角度よりもう少し右斜めから見てるのかな。


「コンスタンチヌス帝の凱旋門」... 「コンスタンチヌス帝の凱旋門」
コンスタンティヌス帝が皇位を争うマクセンティウス帝を破った、
「ミルヴィオ橋の戦い」の勝利を記念し建てられた。
パリの凱旋門のモデルになったようですね。

「水道橋跡」 ローマにひかれた... 「水道橋跡」
ローマにひかれた水道橋の一部が残ってるんですね。
下を歩く人と比べるといかにでかいかが分かります。
このでかい水道橋を何十キロにもわたって作り上げた、
ローマ人の技術力には、ただただ驚嘆しますね。

イタリアから帰ってきました。
ローマの遺跡にびっくりしながら帰国。
その中から少し紹介していきます。

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#イタリア #旅行

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会津旅日記付録・・・。

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砲撃によってだいぶボロボロにな... 砲撃によってだいぶボロボロになったようですね。


もう少し正面を向くと上の古写真... もう少し正面を向くと上の古写真と一致しますね。
綺麗なお城だったんですね・・・。


会津戦争の時に砲撃を受けた鶴ヶ城の古写真。

派手に壊されてますね。
薩長軍の砲撃のすさましさを今に伝えてます。

再建した現在の鶴ヶ城。
この角度のもう少し正面を向いた感じが古写真だと思います。

鶴ヶ城は戦争の後取り壊されて、
石垣だけが残っていたんですね。
その荒れた状態の時に土井晩翠が訪れて、
「荒城の月」の詩の着想を得たようです。
仙台の青葉城も訪れて完成させたということですね。

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#旅行

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「大内宿、会津鶴ヶ城、白虎隊」旅日記・・・(最終回)

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反対に巡ると楽ちんコースだった... 反対に巡ると楽ちんコースだったんですね。
階段上ったわけではないのでどっちにしても楽ちんでした・・・。


会津旅日記も飯盛山を降りたところで最終回となりました。

飯盛山を下ったところにこの飯盛山全図があります。
巡ってきたコースを改めて眺めるのもいいですね。

今日から9月。
心機一転、214年の残りの4か月を走りたいですね。

先週は天気は悪かったですが涼しい毎日でした。
今週はどんな一週間になりますか・・・。
このまま秋とはならないと思いますが・・・。

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#旅行

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「大内宿、会津鶴ヶ城、白虎隊」旅日記・・・(23)

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なんだか傾いてるような奇怪な形... なんだか傾いてるような奇怪な形ですよね・・・。


入口は一つですが、 左から登っ... 入口は一つですが、
左から登って右から下って出てきます。
どうなってるんだろうって気がしました・・・。


入口の上には竜が彫ってあるんで... 入口の上には竜が彫ってあるんですね。
パッと見た時は蛇かと思いましたよ・・・。
建物の形からするとそれもありかなと思いました。


反対側から見るとちょっと形が違... 反対側から見るとちょっと形が違う感じですね。
なんだか傾いてるような気がするんですよ・・・。
一種の錯覚なんですが・・・。


飯盛山を登りとは別の下り道を下って、
最初におっ!と驚くのがこの「サザエ堂」
なんだかパッと見、
奇怪な形をしてるので、あ然・・・。

見たこともないような形をしてるので、
一瞬、思考がとまるような驚き・・・。
お堂なのですが、
このような形のお堂というのは見たことがない。
ビックリですよね。

特徴は、階段ではない通路。
登りと下りが一緒にならない通路。
登っててっぺんまでいって下りの道に入ると、
登りとは別の道。

最終的な出口は一緒になるんですが、
なんだかあれっ・・・て感じでした。

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#旅行

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「大内宿、会津鶴ヶ城、白虎隊」旅日記・・・(22)

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14歳なんて小学生ですよね。 ... 14歳なんて小学生ですよね。
こういう子供まで駆り出されたんですね・・・。


かなりの数の墓石が並んでました... かなりの数の墓石が並んでました・・・。
みなかなり古くなってますね。


白虎隊士以外にも犠牲になった、
14~17歳の少年たちがいたんですね。
白虎隊士の墓所の隣に並んでましたよ。

こんな子供たちまでも巻き込んだ戦争というのはなんなんですかね。
特攻隊にも16~7歳の少年兵がいたのですが、
大人の身勝手さというのは底知れぬ恐怖がありますね。

会津戦争というのは、
薩摩と長州が会津藩を戦争に引きずり込んだ戦いだったんですね。
最近まで両県が仲が悪かったのは当然なのかも・・・。

白虎隊を美化したような話もありますが、
とんでもないことですね・・・。

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#旅行

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「大内宿、会津鶴ヶ城、白虎隊」旅日記・・・(22)

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立派な墓所ですよね。 墓所が立... 立派な墓所ですよね。
墓所が立派でも死んでしまったら何にもならない。
本人たちがこれを見るわけでもないですから・・・。


墓石もかなり古くなってますね。... 墓石もかなり古くなってますね。
なんだか16~7歳で自刃してしまった哀れさを感じますね。


当時の会津藩主、松平容保公の詠... 当時の会津藩主、松平容保公の詠んだ、
自刃した白虎隊士のための歌碑。
和歌を詠む前に自刃させるようなことをするなよと言いたい気がしましたね。


自刃した白虎隊士の墓所の正面。
綺麗に整備されてますが、
若干古さもありますね・・・。
時間の流れを感じさせます・・・。

19人分の墓石が並んでます。
かなり古くなっていて、
文字も若干読み取りにくくなってます。

城主だった松平容保の白虎隊士を詠んだ和歌の歌碑がありました。

>幾人の涙は石にそそぐともその名は世々に朽じと思う<

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#旅行

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「大内宿、会津鶴ヶ城、白虎隊」旅日記・・・(21)

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この円柱は古代ベスビオス火山が... この円柱は古代ベスビオス火山が爆発して埋もれた、
ポンペイより発掘された円柱だということです。


上の像は鷲のようですね・・・。... 上の像は鷲のようですね・・・。


この場にあまりそぐわないようなローマ式の円柱があった。
なんだろうと近づいて紹介文を読むと、
昭和三年に白虎隊の精神に感動したローマ市民の名において、
送られたということだ。

円柱の後ろに「武士道精神に捧ぐ」という文字が入っていたが、
戦後進駐軍の手によって削られたそうだ。

かなり高さがある円柱だった・・・。

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#旅行

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「大内宿、会津鶴ヶ城、白虎隊」旅日記・・・(20)

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この石像の見ている方向にお城が... この石像の見ている方向にお城があると書いてありました。
書いてなかったらなかなか探せなかったかもしれない・・・。


分かりますか・・・。 真ん中の... 分かりますか・・・。
真ん中のアンテナの立っている後ろに天守閣があるんですね。
森の木々の上に見えてます。
これじゃ、燃えていると勘違いをするのも当然ですね。


白虎隊士の自刃した場所に降りて、
鶴ヶ城が見えるのかなと思ってキョロキョロするが、
どこに見えるのか分からない・・・。
この石像の見ている方角にあると書いてあって、
ようやく見えた。

ほんとに小さくしか見えない。
建物も多いから余計にわかりにくい・・・。
これでは火の手が上がれば、
お城が燃えていると錯覚するのは当然。
実際は燃えてはいなかっただけに悲劇ですね。

15歳の飯沼貞吉だけが奇跡的に蘇生して、
白虎隊の悲劇が分かったんですね。
15歳から17歳までの少年たちですからねぇ・・・。

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#旅行

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「大内宿、会津鶴ヶ城、白虎隊」旅日記・・・(19)

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数段の階段を上がった正面に、 ... 数段の階段を上がった正面に、
白虎隊士のお墓が並んでるんですね。


ここから自刃の場所へと道が続い... ここから自刃の場所へと道が続いてます。
鬱蒼としてますね。
当時はほんと山の中って感じだったんでしょうね・・・。


足元は歩きやすいですが、 鬱蒼... 足元は歩きやすいですが、
鬱蒼とした山道って感じですね・・・。


この階段の下が自刃の場所なんで... この階段の下が自刃の場所なんですね。
けっこう狭いです・・・。
回りのお墓は関係のある人たちのお墓なのかな・・・。
よく分からないですね。


動く坂道の終点から少し階段を上がると、
「白虎隊」のお墓が立っている広いスペースに出ます。
地面が雨あがりのためか歩きにくい・・・。

そこから「白虎隊」の自刃の場所へ歩いていきます。
狭いちょっと鬱蒼とした道を歩いていくと、
階段の下に自刃した狭いスペースが現れます。

回りは墓所になってるんですね。
どういう人のお墓かはわからないですが・・・。

自刃した当時は山の中だったんだろうなという想像はつきます。

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#旅行

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