キリストとともにTogether with Christ
Aug
10
エペソ2:3-9
3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。4 しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、5 罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、・・あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです。・・6 キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。7 それは、あとに来る世々において、このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜わる慈愛によって明らかにお示しになるためでした。8 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。9 行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。10 私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。
もし、今のキリスト教に力がないとしたら。。。。Victorious Eschatology によると、今はキリストと聖徒たちがともに世を治める時。。とすれば、なぜ、多くのクリスチャンたちがもがいているのか。それは、「恵み」の理解の欠如からきている。
★恵み理解
恵みとは、100%自分の努力でえるものではなく、全くのプレゼントであります。ただです。しかし、プレゼント同様、受け取らなければ、あなたのものにはなりません。
私たちの恵みは、イエス・キリストに集約されています。キリストに恵みが満ちています。
1) 恵みを拒否して生きる二種類の人たち
自分のやり方を通す人…「恵み」とは、先ほど読んだ中にもある通りに、「自分自身から出たことではなく、神からの賜物」that not of yourselves; it is the gift of Godです。自分から出るものではありません。ですから、神の恵みによって生きようとする人は、自分から出るものを当てにするのではなく、神様から来るものを100%当てにして生きるものです。それには、自分のやり方に死ななければなりません。
よく小さい子が、「自分で出来るもん」という時期がありますが、親は、包丁はそう使うんじゃないんだよなどと、やり方を教えたいのですが、聞かない時期がありますよね。それに似ているのではないでしょうか。本当の成熟とは、神のやり方を100%受け入れる姿勢なのかもしれませんね。
2) 恵みのコンセプトをあまりにも虫が良すぎると思う人 too good to be true
もう一つのタイプは、人を頼ってはいけないと思うばかりに、神様にも頼ろうとしない人です。そんなに私ばっかり助けてもらっては、申し訳ない。自分でなんとかする。というタイプです。しかし、そういう人は自分で何とかできる範囲のことしか、出来ないのです。神様の恵みによって生きる人は、超自然的な神様の力を体験し、それを世に知らしめるのです。「自分で出来る」と思っている人は、自分の身のまわりのことだけで疲れてしまいます。休みがありません。その人に、真の神の子のアイデンティティもありません。なぜなら、神は、私たちを神の協力者としてみておられるからです。
◎ 恵み理解の欠如は、キリスト者のアイデンティティを奪うものでもあります。
そもそも、私たちは、「恵み」によって、信仰によって救われたのです。それは、私たちからでたことではありません。圧倒的な神様のちからによって、私たちは、引き上げられたのです。
6節を見てみましょう。
恵みの中核…キリストとともに together with Christ 6節を見てみましょう。
◎ ともによみがえらせ…よみがえりのためには、死を通らなければなりません。ガラテヤ2:20には「私はキリストとともに十字架につれられました。」I have been crucified with Christ; it is no longer I who live, but Christ lives in me; and the life which I now live in the flesh I live by faith in the Son of God, who loved me and gave Himself for me. とあります。何が死ななければならないのでしょうか。古い自分。罪です。イエス様が私たちの身代わりになって十字架にかかってくださった、あの十字架に、自分の古い過去、罪もいっしょにつけられたのだと、信じることです。信じるものは、キリストとともに復活の命に預かることができます。新しく生まれ変わることを体験します。それで、「ともによみがえらせ」と聖書に書かれているのです。
あなたは、もうキリストの復活の命によって、新しく生まれ変わりましたか? 世の中人生をやり直したいもう一度新しく生まれ変わりたい人は、ごまんといます。キリストにあっては、それが可能なのです。
◎ともに天の所にすわらせてくださいました…私たちの身分が奴隷から神の子に恵みによってキリストによって変わりました。天の所とは、何でしょうか。御座、玉座ですね。私たちも、キリストを信じている人は、みなキリストとともに、御座についているのです。王は、御座から裁きをします。人々のために良いことを作り出し、新しいシステムを作ります。物事をcall forth する場所であります。私たちもキリストとともに治めるものとすでにされているのです。すごいことです。今日、みなさんの目が開かれて、この恵みに気づくことが出来ますように。
★あなたは、神の作品
エペソ2:10
私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。10 For we are His workmanship, created in Christ Jesus for good works, which God prepared beforehand that we should walk in them.
作品というのは、ロボットを想像する人が多いかも知れませんが、原語によるとポエマ、詩という言葉が使われています。すなわち、あなたは、生きている神の詩なのです。詩といえば、聖書で詩篇をおもいだしますが、その多くを書いたダビデは、歌う詩人でした。現代でも、そのような人をサーミストといいます。彼が即興で祈りを歌にして歌う時、神の息、霊が流れました。また、その歌によって悪霊が逃げさりました。私たちの存在は、そのような存在なのです。神の息と私たちの作る歌とが一致したもの、私たちのすることが神の息に霊感されているものだということですね。
◎不思議な癒しのお話し;
神の霊が流れ、まるでサーミストのような神の働きをしたことがあります。私は、ある困難な状況にあったことがあり、うつ状態になっていたことがあります。そして、ミニストリーもままならなかった時期があります。しかし、そんな時、少しずつ心の癒しの体験を経験しました。完全な癒しではなかったですが、少しずつです。神様に毎日すがるようにして生きていました。すがることが精一杯でした。そんな時、ある傷ついた人が私の前に来ました。私たちは、そんなに言葉を交わしたわけではありませんが、どうしてだか分からないのですが、その人が急にぽろぽろと泣き出しました。そして、私の前で泣いたことによって不思議なことに心が癒されたという出来事がありました。
この不思議な出来事には一つの鍵がありました。それは、私が、完全にキリストと一つになっていたということにあります。
キリストに心砕かれ、傷ついた人の心が分かり、同情し、言葉を発しなくても、目があっただけで、内におられるキリストの霊が相手に流れ働かれるということでした。。
立派に何かが出来ていた時期ではありませんでした。地上の組織の中ではうつでしたから、全く機能してませんでした。しかし、神の国においてはしっかり機能していたのです。。。ただ、イエス様にすがるようにして、なんとか私の内側を満たしていただくことで精一杯でした。しかし、それが良かったのです。。神様は、心砕かれたものとともにいてくださいます。求めるものを満たしてくださいます。飢え渇いている者に満たしを与えてくださいます。神の愛がそそがれて満ち溢れる時に、キリストとともにある奇跡が起きるのです。
★宗教からいのち・恵みへのパラダイムシフトparadigm shift
Striving は宗教。宗教とは、自分の力で何とか精進して、神の域に到達しようという行為です。どんな宗教であれ、どんな名前のついている宗教も同じです。キリスト教は、恵みの宗教ですから、到達ありきの宗教ですから、そんな頑張りとは本来無縁のはずです。しかし、なんと、人々は、自分に鞭打って何かに到達しようとしてきたことでしょうか。もっと大きな教会に、もっと有名に、もっと大きな影響力などと。。。。
私たちは、もう他の宗教が求めているものに到達していることを覚えなければなりません。
そして、宗教のマインドセットから、恵みと恵みから来るいのちのマインドセットにパラダイムシフトする必要があります。あなたが求めるべきは、自分のミニストリーが大きくなることでも、りっばになることでもありません。あなたはもうキリストにあって立派なのです。
あなたのするべきことは、キリストと一つとなり、キリストと一つである働きをすることです。組織を立てあげることではありません。神の国の働きをするのです。人目を引くためではありません。むしろ天に宝を積むことです。
その鍵は、「キリストとともに」together with Christ です。キリストと、あなたがともにあり、一つであるなら、必ずそこに恵みがあり、いのちがながれます。それが、神のやり方なのです。
いつまでも、キリストを慕い求めるもの、キリストに満たされてるものでありましよう。
ぼ
Posted at 2015-08-10 17:20
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Posted at 2015-08-10 18:32
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Posted at 2015-08-11 00:33
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