秀吉の帝王学
Mar
14
秀吉の帝王学
秀吉が甥の秀次に関白職を譲る際、
支配者の心がけについてじゅんじゅんとその理を解いている。
新関白となる秀次に与えた教訓は
次のようなものであった
⑴ 家臣に対しては柔和、愛情、憐憫を持って臨むよう心がけよ。
⑵人を遇するにあたっては、
真実と誠意をもってし、
己に対しては実直、精錬、潔白を目指すべき。
⑶職務の重大さと権威に鑑み
円熟さと威厳を保つべき身の面目を損なうような
軽率を戒むべきこと。
⑷武芸に励み、かる精通し
一旦緩急あれば勇猛果敢な大将として臨み
勇気あり大胆な戦士として畏敬されるように心がけよ。
秀吉さん、
まさに第一級の帝王学を甥っ子に伝授しているといえます。
このような立派な教訓を甥っ子に与えて後
次のような忠告を付け加えています。
予には汝が真似てはならぬことがある。
予にははいくつかの悪癖があり、
その1つは一種の軽率さであり
予自らそれを感じている。
その二は予が遊楽のために多数の女たちを囲っていることである。
これは関白と言う高い位にあるものとしてはふさわしくないことである」
あーら、秀吉さん
この時には自らのことを正確に把握していたようです。
己自身を知るという事はなかなか人にはできないのです。
王様は裸になりやすい。
ところがこの時の秀吉はそのような軽率で
しかも女性には良いことなどの自らの弱点を冷静に分析し
後継者に見本とするのと忠告しているんです。
このときの秀吉は賢かった。
この後すぐに、老人性痴呆症が進んだためか
その自らを失うことになる。
つまり自らが考えている事
してることが何が何だか分からなくなってきている。
朝鮮出兵などはその最たるもの。
どれほど日本人が、朝鮮人、中国人が辛苦を舐めて来たか。
朝鮮に出兵した約15万の武士の内、
生きて日本の土を踏むことなく
彼の地に死んだ兵士達は5万人とされる。
一己の老人の妄想が行き着いた出費にしては大きすぎる。