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くまごろうのひとりごと

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くまごろうのサイエンス教室『燃料電池自動車と水素社会』

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トヨタMIRAI(Wikime... トヨタMIRAI(Wikimedia Commonsより借用)
2014年末にトヨタ自動車が燃料電池自動車MIRAIの販売を発表した。2015年末までに400台を販売する計画だ。またホンダも2015年中に燃料電池自動車を販売すると発表しており、いよいよ燃料電池自動車実用化の時代が到来した感がある。

自動車の原動機として歴史上は1769年のフランスのキュニョーによる蒸気機関が最初だが、これは実用化に至らなかった。19世紀になるとイギリスで蒸気機関を搭載した自動車による定期バスが運行され、フランスやアメリカでも普及していった。1870年にドイツでオットーがガソリンを燃料とした内燃機関を発明するとダイムラーがこれを改良して馬車に取付け、最初のガソリンエンジン自動車となった。実用的なガソリンエンジン車は1885年のドイツのベンツによる三輪車が最初で、数百台販売された。それ以来内燃機関が改良されることにより実用性や性能などが格段に向上し、自動車の原動機はガソリンまたはジーゼルエンジンが中心となり今日まで発展してきた。

1997年にトヨタがプリウスを発売して以来、低燃費で環境にやさしいということでハイブリッドカーの人気が上昇したが、これらのハイブリッドカーはスプリット方式と呼ばれるハイブリッドシステムを採用している。スプリット方式はエンジンからの動力をプラネタリーギヤ(遊星歯車)により発電機と車輪の駆動力に分割するシステムで、エンジンを最大トルクの低燃費領域で使用することにより燃費性能を向上させることが出来る。すなわち燃料消費の多い発進時や低速運転では電動機による駆動とし、減速時や下り坂では電動機を電磁誘導発電機として使用することによりエンジン効率を高める。ハイブリッドカーは通常のガソリンエンジン車より燃費性能の優れた車ではあるが、本質的にはガソリン車であり、また駆動にガソリンエンジンと電気モーターの2つの動力源を持つため、高価とならざるを得ない。

2008年にアメリカのテスラモーターズ、2010年に三菱自動車とニッサンが電気自動車の一般向け販売を開始した。これらの電気自動車はリチウムイオン電池と三相交流モーターを搭載し、電池に充電された電力で駆動する。電気モーターの高効率により燃費性能は高くハイブリッド車よりも低燃費だが、高速充電でも30分、通常の充電では8時間を要すること、および一回の充電による走行距離が200~300Kmとガソリン車やハイブリッド車に劣る。

電気自動車ではリチウムイオン電池にあらかじめ充電された電力を使用するのに対し、MIRAIのような燃料電池自動車では燃料電池で水の電気分解の逆を行い、水素を燃料として空気中の酸素と反応させることにより発電し、その電力で電動モーターを駆動する。すなわち水素分子は水素側電極の触媒層で電子を奪われ水素イオンとなって電解質溶液中を移動し、水素分子から奪った電子は外部の回路を通って酸素側電極にて酸素分子と結合して酸素イオンとなり、更に酸素イオンが水素イオンと結合して水分子となる。この際外部回路を通過する電子の流れにより水素側電極と酸素側電極の間で電気が発生する。リチウムイオン電池の場合は充電された電力がすべて放電されると放電が停止するのに対し、燃料電池では水素と酸素が供給され続ければ永続的に放電することが出来る。実際の燃料電池は水素側電極(負極)と酸素側電極(正極)の間にイオンの移動を可能にする高分子膜を電解質として貼り合せて一体化した膜・電極接合体を、水素と空気の供給や生成した水の排出を効率的に行うプレートで挟み込んだユニットを基本単位とし、これをユニットセルと呼ぶ。電極としてはカーボンブラック担体に白金、コバルト、ルテニウム・白金合金などの触媒が使用される。ユニットセルでは約0.7ボルトの発電能力があるが、これを直列に接続してより高電圧が得られるセルスタックとする。MIRAIでは370のユニットセルを重ねてセルスタックとし、発電能力が114キロワット(155馬力(PS))となっている。トヨタは『3Dファインメッシュ流路』と呼ばれるユニットセルの酸素供給プレートを超精密プレス加工で製作することにより改良し、酸素の供給および生成水の排水性を向上させることによって旧モデルと比較して2.2倍の出力密度となる3.1KW/Lを達成し、セルスタックの小型化に成功した。MIRAIは700気圧に圧縮された水素約5キログラムを容積122.4リットルの高圧タンクに充填することにより約650キロメートルの走行が可能であり、水素の充填は3分程度である。

日本における現在のエネルギー価格をもとに1キロメートルあたりのエコカーの燃費を見ると、ハイブリッドカー(トヨタプリウス)では4.9円、夜間電力を使用した電気自動車では1.3円であるのに対し、燃料電池自動車では8.5円程度となり、これは高級ハイブリッドカーとほぼ同等である。しかし将来水素を主たる二次エネルギーとした水素社会が構築されれば、水素の価格は低減し燃料電池自動車の燃費は格段に向上すると予想されている。

燃料電池自動車が普及するために克服しなければならない課題のひとつに、ガソリンエンジン車のガソリンスタンドに相当する水素ステーションの整備がある。ガソリンスタンドは全国に約35,000あるが、経済産業省によると2014年7月末で水素ステーションは首都圏、中京圏、関西圏、北九州圏の四大首都圏に45か所しかない。トヨタに加えホンダも2015年に燃料電池自動車の販売を予定しており、燃料電池自動車普及を促進するために経済通産省は水素ステーションを2015年度に100ヶ所とする計画である。東京都も独自に水素ステーションの整備を計画しており、2020年までに35ヶ所、2025年までに80ヶ所とする予定である。

発電の大半を化石燃料に依存している電力を利用した電気自動車と較べ、燃料電池自動車は電力を消費しないが、その燃料たる水素は今のところほとんどが天然ガスなどの改質により生産されるため、その過程で副産物として炭酸ガスを発生し脱炭素化には至っていない。また日本全体のエネルギー消費を見ると、運輸部門が占める割合は20%を超える程度で、残りの大半が電力としてのエネルギー消費である。将来を期待されている化石燃料に代り水素を二次エネルギーとする水素社会を実現するためには、燃料電池自動車はその起爆剤に過ぎない。化石燃料を使用しない水素の工業的な生産方法としては水力、風力、潮力、太陽光、地熱など再生可能エネルギーによる電力を使った水の電気分解が容易に想像出来るが、2015年のくまごろうのサイエンス教室『高温ガス炉』で述べた高温ガス炉原子力発電の高温ガス利用による熱化学水素製造法もまたそのひとつである。その記事の繰返しになるが、熱化学法では水とヨウ素の混合溶液に二酸化硫黄を反応させてヨウ化水素と硫酸を生成させ、高温ガス炉からのヘリウムによりヨウ化水素は400℃で分解してヨウ素と水素を、硫酸は900℃で分解して酸素と二酸化硫黄を生成させることが出来る。日本原子力研究開発機構では2030年の高温ガス炉による熱化学水素製造法の実用化を目指している。福島原発事故のような冷却剤喪失によるメルトダウンとは無縁にもかかわらず、高温ガス炉を含めた原発新設の否定は水素社会の構築という日本の将来にとって国益とはならないだろう。

更に遠い未来の世界を見れば、2013年のくまごろうのサイエンス教室『人工光合成』で述べた光触媒を用いた可視光による水の分解も2050年頃には水素製造法として実用化される可能性がある。

二次エネルギーとしての水素は従来の方法では長距離の大量輸送が容易ではない。天然ガスの場合は-160℃程度に冷却することにより液化が可能だが、水素は-253℃まで冷却する必要があり、現在の技術では冷却貯蔵は容易ではない。千代田化工建設が提案している有機ケミカルハライド法はトルエン分子に水素原子を結合させて常温で液体のメチルシクロヘキサンとし、水素の体積を約500分の1にして既存のケミカルタンカーで輸送して、消費地でメチルシクロヘキサンから水素を分離してトルエンを回収する方法である。同社はこのプロセスで重要なメチルシクロヘキサンから水素を分離するための高効率触媒の開発に成功している。有機ケミカルハライド法が実用化されれば、例えば日照時間が長い海外の砂漠などに高効率太陽光発電設備と水素製造設備を建設し、メチルシクロヘキサンとして輸入することにより、より廉価な水素の供給が可能になる。人類は有限かつ環境に負担となる化石燃料中心のエネルギー供給体制より脱却し、水素社会を実現すべく技術開発を推進すべきであろう。
#受験 #外国語 #学校 #教育 #科学

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ペガサス
Commented by ペガサス
Posted at 2015-05-08 18:01

燃料電池車の仕組みとエネルギー源である水素の生成と運用の仕組みがよく分かりました。
大学時代、校内で水素自動車の開発をしていましたが、果たして実用化できるのかと思ってました。今実用化される時期の到来です。ある意味危険物である水素の安全で効率的な運搬方法も分かりました。技術的に目処がついたなら後はスタンドの普及と車輌コストの低下化の推移に注目ですね。

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くまごろう
Commented by くまごろう
Posted at 2015-05-09 21:45

産業革命以来、化石燃料の消費増大、特に過去20年間の急増は地球環境にとって大きな負担となっています。脱炭素社会は人類にとってとても重要な課題であり、水素社会の実現はその解決法のひとつです。

人類にとっての究極のエネルギー源は核融合でしょうが、その実現には少なくとも30~50年はかかると思われます。それまでのつなぎとして水素社会の実現はとても重要であり、燃料電池自動車はそのきっかけです。

水素社会実現のためにも簡単に脱原発などと言ってほしくありません。

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zakkah
Commented by zakkah
Posted at 2015-05-15 18:39

おはようございます、クマゴロウ先生。

科学の進歩に目を見張るものがある時、
それを活用、運用し指標・指針を先導する政治社会がお粗末この上ない姿にいかんともしがたく存じます。
論議を重ねより良き方向を目指すならともかく、党利党略、個々の議員の売名行為を目の前にしますと???

現実社会の動向を無視し、空論を展開する輩に腹立たしく思います。

いつもながらの論旨、真摯に拝読させていただきました。
若者たちとの語らいに供与させて頂きたく存じます。
ありがとう存じました。

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くまごろう
Commented by くまごろう
Posted at 2015-05-15 20:14

Zakkahさんこんにちわ。コメント有難うございます。

私は政権与党は産学より色々な要望もあり、国家100年の計の立場からそれなりに予算の配分や産業・学問の振興のために援助していると思います。それだからこそはやぶさやスーパーカミオカンデやスーパーコンピューターのような最先端科学も実現し、多くのノーベル賞学者を輩出することが出来ていると思います。

問題なのは科学技術音痴の野党議員とマスコミです。彼等のレベルの低さはくまごろうから見ると、せいぜい中学程度の科学の知識しかないと思います。そのくせ大衆に迎合して政府の足を引っぱり、科学技術に関する国策をスローダウンさせています。

例えば原発再稼動や新設に対する議論。もちろん誰も原発事故の被害者にはなりたくありませんが、原子力規制委員会の厳格な安全基準を満たした設備が事故を起こす確率は限りなくゼロに近くなっています。原発反対を唱えるものはもう少し勉強してからにして欲しいと思います。小泉元総理のような無責任な理屈で原発に反対するのは国益を損ないます。

くまごろうにとって原発再稼動で最も大切なことは、放射性廃棄物の無害化と思っています。半減期が20,000年以上ある物質の半減期を20~30年程度にする技術は必ず実現出来ると思います。

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